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29)アルゴ <指令2>

 その日、ついに「そのような質問に答えるくらいならば死んだほうがマシ」と受け取れる類の返事を女の子は返してきたので、どうやらアルゴの最初の任務は完了したようであった。


――アルゴ、よくやった。君は大きな仕事をやり遂げた。


 ダンテスクがそう言ってくる。この程度で大きな仕事というのは言い過ぎに決まっているが、こうやって健闘を称えられて悪い気持ちはしない。


 とにかく仕事が終わったことは事実だ。

 本番の戦いはまだ先なので、それまでの間、魔法の訓練に打ち込もうとアルゴは考える。今の実力では、仲間の役に立ちそうにない。


 そのための計画が、彼にはあった。

 いくつかの戦闘に参加するのだ。一度の戦いの経験もないまま、このような大規模な戦闘に参加するのは、どう考えても無茶である。

 報酬は低いが、リスクの低い戦闘の仕事というものが存在する。それをいくつかこなして、場慣れしておくのである。

 もしかしたらそのとき、初めて人を殺すこともあるかもしれない。逆にアルゴが傷を負うこともあるかもしれない。しかしそれはとても貴重な経験になるであろう。


――ではもう一つ、重要な仕事を任せたい。敵の魔法使いに会いに行ってもらいたいのだ。


 しかしダンテスクの言葉を聞いて、アルゴのその計画は吹き飛んでしまった。


 「な、何だって?」


――敵の魔法使いのゲシュタルトも、解析しておかなければ意味がない。彼女を操っただけでは、この作戦は成功しないんだ。君には申し訳ないが、直接、我々の標的となる敵の魔法使いに会って来て欲しい。


 「ちょっと待ってくれよ!」


 アルゴが文句を言おうとする前に、ダンテスクが返してきた。


――君に危険が及ぶことはない。敵の魔法使いだって、それほど凶暴ではない。近づいてくる魔法使い全てを殺すはずがない。まして君は奴にその身分を明かすことはない。正体を偽って、彼に会えばいいのだ。ただ我々のために有用な情報を入手してもらいたいだけ。


 「有用な情報とは?」


 言いたいことは他に色々とあったが、アルゴは冷静を装って尋ねた。


――敵の魔法使いのゲシュタルトを正確に、かつ深いところまで読むためには、さっきの女の子のように上手く誘導して、幾つかの言葉を言わせて欲しい。そうやってチューニングを合わせる。


 「チューニング?」


 ダンテスクと話していると、よくわからない言葉が頻出する。


――敵の魔法使いのゲシュタルトを正確に読むための作業の一つだ。


 「わかった。それはよく理解した。それにダンテスク、あんたの魔法は本当に特別だと思う。しかし、どうして俺なんだ? あんたが直接、その魔法使いに会いに行けばいいではないか? それともこのような危険な仕事は、遣いの者にやらせておくという発想なのか」


――その街まで遠い。それに俺には、自由に動き回る時間も余裕もない。


 「あんたは優秀な魔法使いだ。あんたが忙しいのも理解した。しかしそれも仕事の一部ではないか?」


――怖がることはないんだ、アルゴ。君に危険が及ぶことは絶対にない。


 「別に怖がってはいないさ。ただ単に、あんたが直接赴けばいいのではないか、そう考えているだけだよ!」


――冷静に考えるんだ。敵の魔法使いだってその街で普通に生活している。彼も依頼人と会い、仕事を請け負っているのだ。彼と会うこと自体、何の危険もない。


 「だから、それほど簡単な仕事ならば、あんたが行けばいいではないかと俺は言ってるのさ!」


――敵のゲシュタルトを正確に読むことが出来れば、もしかすれば直接戦わずして勝てる可能性も生じる。俺の魔法で、奴の息の根を止められるのだ。そうなれば、君と俺の手柄になる。他に七人の魔法使いが参加する予定だが、我々二人でその手柄を独占出来るかもしれない。君は一夜にして大富豪になるぞ。


 (俺の質問に答えずして、利で説得するつもりか)


 「わかった」


 わかったよ、ダンテスクさん。またもや、俺は彼に呆気なく説得されてしまったようだ。

 アルゴは溜息混じりであるが、そう返事した。これ以上、ダンテスクに抵抗をしても時間の無駄だろう。いずれにしろ、彼からの依頼を断ることは出来ないのだ。


 それに実際のところ、最初に思ったほど危険な任務でもないような気もする。

ただ会うだけではないか。彼が実はその魔法使いの命を狙っているなんてこと、相手に察知されるはずがない。

 アルゴにも好奇心がある。敵の魔法使いという男に、会ってみたくもあった。

九人もの魔法使いが束となって、その男を殺そうというのだ。いったいどれだけの魔法使いなのだろうか? 何だかその男に会うのが楽しみになってきた。


――どのようにしてその敵の魔法使いに近づくか、計画は用意してある。君にはそれに従ってもらうだけだ。


 ダンテスクが続けてきた。


 「では、その計画を聞かせて欲しい」


――その魔法使いにも弱点がある。とても大きな弱点が。彼には頭痛という持病があるようなのだ。彼はそれを緩和するため、様々な薬草を取り寄せている。彼のため、薬を用立てている医師を突き止めた。君はその医師の助手として、しばらくそこで働いて欲しい。いずれ、その魔法使いは薬のため、その医師の許にやってくるだろう。そのとき医師に代わって、君がその応対をするのだ。怪しまれないため、それなりに薬の知識や技術を学ぶ必要があるかもしれない。


 「わかった」


 その話しを聞いて、アルゴは更に安心を深めた。このやり方ならば、敵の魔法使いに怪しまれることはないはずだ。

 しかしこれでアルゴが立てた計画が潰えたことは確実。戦いの経験を深めるために、他の戦闘に参加する時間はなくなっただろう。


――その医師の心を操り、君を助手として採用したくなるように仕向ける。明日一日、休養をやる。しかし次の日、すぐに現地に向かってもらう。後の指示は、その度に出すつもりだ。そのイヤーカフは外さないように願う。


 「了解している」


 (薬草か)


 幸いにもアルゴは健康で、何一つ持病もない。これまで薬草のお世話になったことはなかった。

 とはいえ、新しい知識を吸収するのは嫌いじゃない。むしろアルゴは、魔法使いのような仄暗い職業よりも、医師のような堅実な職業のほうが似合っていたかもしれない。性格、容姿とも、そちらのほうに向いている気がする。


 アルゴは医師という職業に思いを馳せながら、そのとき、ふと思いついたことがあった。


――なあ、ダンテスク、彼の薬を調達する立場にあるのならば、そこに毒を混ぜることも可能ではないだろうか? 


 毒殺である。アルゴの頭にそのようなアイデアがはひらめいたのだ。

 古来より、毒殺されたという魔法使いの話しはあまり聞かないが、毒殺された王や騎士は数え切れないほどにいる。毒が有効であることは事実だ。


 (何という冴えたアイデアだろうか。これなら何一つ、危険を冒すことなく、巨大な敵を殺すことが出来るではないか!)


 しかしアルゴの興奮が愚かしく思えるほど、ダンテスクはとても冷静な口調で返してきた。


――我々ももちろん、まずその可能性について考えた。しかし無理であろう、敵も用心深い。奴にもかなりの薬の知識があると判断していい。この医師が用意するのは原材料までだ。調合は自ら行っているらしいのだ。それにそれがばれたとき、君の死が確定する。危険な任務となるのだぞ。


 (ああ、そうか・・・)


 それは当然のことかもしれない。それなりに高名な魔法使いならば、これまで多くの人間を殺してきたはずだし、多くの恨みを買ってきたに違いない。

 それでも生き残っているということは、それだけ用心深いからだ。そのような相手に毒殺など通用するはずがない。


 そもそも自分には、毒殺など性に合わない。

 敵の用心深さについてまるで考慮せず、毒殺などという暗殺法を提案した間抜けさだけではなく、そのような卑怯な作戦を思いついたことまでも恥ずかしくなった。


 (そして思わずそんなアイデアにはしゃいでしまったことも。またもや、ダンテスクに馬鹿にされたかもしれない)


――それでは作戦の成功を願っている。連絡はまた明日後日する。


 ダンテスクはこれまでと変わらない口調でそう言ってくるが、アルゴはそれを冷静に聞いていられなかった。


 (このまま馬鹿にされたままでは悲し過ぎる。絶対にこの任務を成功させてやる)


 彼はこんなふうに、決意を新たにする。


 (そしてダンテスクを見返したい。この任務を成功させれば、俺への評価は一変するはずだから)


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