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26)シャカル <魔界3>

 こうして二人の逃避行は始まった。シャカルはアンボメを娼家から連れ出し、安宿を転々としながら、追っ手の目をくらませる。

 しかしその町から遠く離れるわけにもいかなかった。アンボメの望みは、彼女を犯した男たちを殺し尽くすこと。それを果たしてやるためには、あの娼家のある街に戻らなければいけない。


 シャカルはアンボメの願いを叶えてやっている。その街で、シャカルは道行く男たちを適当に拾っては殺していく。

 その男が、本当にアンボメを犯したかどうかわからない。確かめようがないからだ。しかし適当に殺した男の首を切り取り、意識を取り戻したアンボメに見せる。


 アンボメと出会い、シャカルの日常は、そんなふうに様変わりしていた。

 いや、それまでの人生とそれほど変わっていないとも言える。誰彼かまわず殺しているのは以前と同じだから。

 変わったのは、その町に住んでいる男だけを標的にすること。殺したら男の首をわざわざ切ること。


 アンボメは月に一度、意識を取り戻した。月の満ち欠けに関連しているようであるが、それが数日遅れることもあった。完全な規則性はないようである。

 普段のアンボメは、生きたまま死んでいるかのようである。

 口を半開きにして涎を垂らすに任せ、視線も焦点を結ばず、言葉は一切喋ることが出来ないで、ただ風に揺れる植物のように、フラフラと佇んでいるだけ。

 殴られても反抗しない。キスをされても無反応。炎を怖がるだけの獣と変わらない。


 しかし月に一度だけ、何の前触れもなく、意識を取り戻す。

 そのとき彼女は魔界を通じて魔法使いたちと交信して、最も多くの人間を効率的に殺すことの出来る魔法のコードを探すことに時間を費やした。

 その一方で、シャカルの仕事ぶりが物足りないと、彼を詰ってくる。


 「シャカル、あなたは私の望みをまだ理解していないわ。私には時間がないのよ。私がいなくなっている間に、もっと殺しまくってよ。これくらいじゃ満足出来ないわ。さもないと私があなたを殺す」 


 「何だって?」


 アンボメの言葉を聞いて、シャカルは笑いそうになった。何度も繰り返している通り、アンボメが意識を取り戻すのは月に一度だけだ。

 そのときのアンボメに喧嘩を売るつもりはないが、その日以外はただの抜け殻である。首を絞めるだけで、彼女の息の根を止めることが出来るだろう。圧倒的な優位にいるのはシャカルだ。


 しかしアンボメを殺してしまうのが、勿体ないことも事実だった。

 彼の尽きることのない、激しい暴力を伴った性欲は、アンボメのその華奢な身体で解消させてもらっている。

 意識も知性もない、涎を垂らしている少女を嬲っても物足りないが、とはいえ、その少女はあの美しいアンボメでもあるのだ。シャカルはそれでもけっこう愉しませてもらっている。


 それにだ。


 (アンボメのガルディアンは異常な力を持っている。すなわち彼女の使える魔法の力も異常ということ。常軌を逸していると言っていいだろう。その力、使いようによれば、全て俺のモノになるかもしれない)


 実際、アンボメが必死になって探そうとしているのは、そのような魔法の類であった。アンボメが意識を失っている間でも、その魔法の力を利用出来るようなコード。

 それを見つけることが出来れば、シャカルはとてつもない力を手に入れることになるだろう。


 (言い方を変えれば、アンボメは、俺にそれほどの力を与えようとしている。それだけ俺を信頼しているということ。それがパーフェクト・リゾナンスとやら)


 「わかった、出来る限り殺しておく。しかし俺の力では限界がある。早くお前の力を活用させる方法を考え出してくれ」


 ある意味において、アンボメとシャカルは利害を共有していることは確かだ。アンボメは世界の破滅を願っている。シャカルは、世界を破滅させることが出来るくらいの力に酔いたい。彼はまだ、アンボメと離れるわけにはいかない。


 シャカルも空いた時間を使って、アンボメにうってつけの魔法のコードを探してやっていた。

 無闇にプライドが高く、難解な言い回しを多用する魔法使いたちと意思疎通を図るのは、彼の好むところではなかったが、そのような魔法を見つけることが出来れば、自分の力になるのだから、それくらいの我慢は必要だと言い聞かす。


 その運命の魔法のコードを見つけ出したのは、アンボメであった。一月ぶりに意識を取り戻したアンボメが、シャカルに言ってきた。


 「ガリレイという人と知り合ったの。その人が私たちのために、凄い魔法のコードを作成してくれるらしいわ」


 「何者だよ、そいつ。信頼出来るのか?」


 全ての物事を疑ってかかるシャカルにとって、自分の正体を明かさず、偽名でコンタクトを取ってくるような人物を信頼することなど絶対にしない。

 もしかしたら、裏であの老婆が関わっているのではないか。近頃、老婆がアンボメとシャカルを見つけ出すために、複数の追っ手を差し向けているという噂を聞きつけていた。老婆はまだアンボメに対する恨みを忘れていないようだった。


 「相手も私のことを知らないのよ。知っているのはこっちの事情だけ」


 「そうかい」


 「もうすぐ、私はいなくなるわ。あなたが私の代わりに、交渉を続けておいて」


 「わかったよ。お前の言いつけには、何でも従ってやるよ」


 シャカルは笑って返す。


 (その代わり、お前が意識を失っている間、いつもの倍の力で俺はお前を殴りつけてやる。せいぜい、偉そうにしておくがいい)


 シャカルは安宿のランプの光よりも薄暗い微笑みを浮かべて、アンボメが意識を失っていく姿を見送る。


――スイッチによって、時間差で稼動する爆発物。それが私の考えた魔法のアイデアだ。


 アンボメが意識を失ったその次の日、ガリレイという人間はそう書いて寄こしてきた。


――たとえアンボメに意識がない間でも、その爆発物を作成出来るような仕組みも考えている。アンボメが触っただけで、そのガルディアンの魔法が作動して、どんな無機物でも爆発物に変えるという仕組みだ。そしてそれが爆発するのは時間差。スイッチを押せば好きなタイミングで爆発させることが出来る。そのスイッチは第三者が作動させることも可能にする。


 (なるほど。俺がタイミングを計ってスイッチを押せば、好きなときに爆発させられるわけか。アンボメの魔法の力が働くのは、爆発物を作成するところだけ。悪くないアイデアだ)


 しかしあの馬鹿。自分の本名を明かしやがって。

 シャカルはガリレイから届いた手紙に目を通しながら舌打ちをする。

 魔界はオープンなスペースだ。下手をしたら、アンボメの名前がヒットして、老婆が嗅ぎつけてくるかもしれない。アンボメの復讐への意欲は凄まじいものがあるが、あいつ自身はまだガキだ。驚くほどに脇が甘いところがある。


――気に入ったぜ、そのアイデア。さっさと作ってくれ。そもないと、俺たちはもう死んでいるかもしれない。


 シャカルは返事を送る。


――単純なプログラムだ。もう完成した。すぐに送ろう。しかしまだ改良の余地はある。この魔法で一度に作ることの出来る爆発物は、二つまでという弱点がある。一つが稼動している間、右手が動かなくなる。もう一つも稼動させれば左手の自由も失う。


――それで充分だ。報酬についてはアンボメと話し合ってくれ。


――報酬はいらない。しかしいつか君たちに仕事を頼むかもしれない。それを引き受けてくれればいい。


 (新しいプログラムを書くのに、報酬はいらないだって?)


 シャカルにはコードを書く知識がない。コードを書ける者たちが別人種に思える。尊敬はしないが、羨ましい能力だと思っている。


 (無報酬でやるような仕事ではないだろう。ガリレイという者、ますます怪しい奴だ。警戒が必要だ。アンボメにも言い聞かしておかなければ)


 シャカルはそのことを胸に刻んでおいた。もしこいつから仕事の依頼が来ても絶対に受けてはいけないと。それはきっと無茶な依頼のはずだから。

 しかしその数年後、シャカルはそのことをすっかり忘れ、ガリレイからの仕事を引き受けてしまう。

 彼がその仕事を請けたのは、しっかりと胸に刻んだはずの戒めを忘れてしまったことだけが原因ではない。

 アンボメの力のあまりの凄さに酔ってしまったことも起因しているだろう。

 その力は想像をはるかに越えていた。彼は自分たちが誰かに負けるなど想像も出来なくなっていた。


 ガリレイから貰った魔法のコードを習得したアンボメは、シャカルと共に本格的な報復を開始する。

 二人はあの街に戻り、目についた男たちを無差別に殺し始めた。

 石ころでも、レンガでも、扉の取っ手でも、アンボメに触らせるだけで、それらは爆発物に変わる。


 石ころやレンガならば、殺したい相手に投げつける。

 取っ手ならば、標的がそれに近寄るか触るまで待って、タイミングを計ってスイッチを押す。

 爆発を起動させるためのスイッチも、何だっていい。アンボメにそれをそうだと認識させられれば、どんなもので危険な発火物に変わる。


 その魔法に自信を得た二人は、老婆の家に直接乗り込む。

 アンボメの師匠であった老婆は、それなりの力を持った魔法使いであった。

 中級クラスの魔法使いだと言ってもいいだろう。シャカルの比ではない。本来ならば、正面から戦って勝てる相手ではなかった。

 しかしアンボメの魔法はあっさりと老婆のシールドを打ち破り、老婆は跡形もなく消え失せてしまった。


 (この魔法に弱点があるとすれば、あまりに強烈過ぎて、相手が苦しむところを見ることが出来ないところだ。そういう意味では俺向きの魔法ではない。アンボメの復讐心も満たされはしない)


 実際、老婆を殺してもアンボメの心は少しも晴れなかったから、これからもずっと変わることなく、無差別に街の人間を殺して欲しいとシャカルに頼んでくる。


 (わかったよ、アンボメ。お前の魔法の前では、あらゆる人間はゴミだ。俺がきれいに吹き飛ばしてやる)


 最初の標的は街の男だけであったが、面倒なので近くにいる女も巻き込んで殺す。

 やがて、二人の大量殺人は多くの者の知るところとなり、事件となった。この二人を成敗しようと、王宮から部隊が送られてきた。

 しかしシャカルとアンボメは、そいつらも全員殺した。

 明らかに自分たちよりもレベルの高い魔法使いが相手でも、一撃で即死させることが出来る。百を越す軍隊でも、まとめて殺すことが出来る。アンボメは殺しの天使だ。


 (そしてアンボメの支配者である俺は、殺しの魔王だ)


 ガリレイからの依頼が来た頃、その自惚れは極限まで達していた。シャカルは以前の警戒感をすっかり忘れ、ガリレイの依頼を安請負した。

 こうして二人はこの魔法使いの戦いに加わることになったのである。


 (こいつがどれだけレベルの高い魔法使いか知らないが、しかし俺とアンボメの魔法に勝てるわけがない)


 シャカルはそう思いながら、目の前に立つ敵の魔法使いをじっと見据える。

 ルフェーブが何を出来ずに、相手の前にひれ伏してしまったのを見たが、シャカルは依然としてその自信を失うことはなかった。


 ダンテスクが言ったとおり、あの扉から、もうすぐ爆弾少女が来るだろう。

 その少女はアンボメの魔法のかかった爆発物を携えてやってくる。


 (それでお前の命も終わりさ)

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