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20)ルフェーブ <闘技場5>

 ルフェーブはその魔法を習得して以来、戦闘のとき、空間を細かく区切るようにしてしている。

 単位は自らの足の爪先のサイズ。

 彼の爪先のサイズ、その長さを10センチメートルとして、縦横高さ、10の三乗立方センチメートルの立方体を思い描くのである。


 更に戦闘を行う範囲内を、縦が約10メートル×横10メートル、高さは10メートルと仮定する。

 ルフェーブの戦い方を考えると、それくらいが適当だからだ。

 すなわち、これで1000の三乗立方センチメートルの巨大な立方体のリングが現れるわけだ。


 その1000の三乗立方センチメートルの巨大な立方体のリングを、先程の爪先のサイズ、縦横高さ10センチメートルのスペースで区切っていく。

 更にそこに縦横高さの座標軸を作り、それぞれの立方体に記号をつけていく。そのときの0地点は敵の頭の位置。

 こうしてUDとLRとFBの三つの軸が誕生する。すなわち上と下、右と左、手前と奥。


 (F17、R5、D3、その地点に右足をかけ、その空気の弾性を利用して、B3、L5、U9に移動する。すなわち敵の斜め後ろ、頭より1メートルほど高い位置)


 ルフェーブはそんなふうにして、戦いのイメージを頭の中で描くのである。


 (そこから体を反転させて、回し蹴り。この一撃で兜を蹴り飛ばし、一端着地しよう。そしてB8、L1、U0のラインを上方に向かって一段ごと駆け上がり、宙返りした勢いで相手の脳天を蹴り落とす)


 この魔法を会得して、ルフェーブの戦いは三次元的になった。

 これまではチェスの盤上で戦っていたようなものだった。縦と横で成立した平面でしかなかった。

 しかし、そこに高さが加わったのだ。


 どのスペースを魔法の力で空気の段にするか、彼の戦闘はその選択の連続だ。

 空気の段と化したそのスペースは、一瞬の間だけ、宙に浮いた足場となる。

 その足場を利用していけば、はるか上空まで駆け上がることも出来るだろう。空を飛ぶことは出来ないが、空を駆けることは出来る。

 地面の上しか歩くことの出来ない敵の頭上を跨ぎ越すことも可能。勢いをつけて、急降下することも。


 しかし選ぶことの出来る選択肢が飛躍的に増えたせいで、彼の戦い方は複雑さを増した。

 しばらくの間、せっかく会得した魔法を、上手く活用することが出来なかった。

 今まで圧勝を続けていた闘技場の戦いで、後れを取ることも増えた。勝つには勝つことが出来ても、これまでのような華麗な戦いが鳴りを潜めたのである。


 闘技場の王者ルフェーブが、魔法を習得したというニュースが、デボシュによって街中に喧伝されていた。

 観客たちの期待は否が応にも高まっていた。

 ルフェーブはこれから、どのような戦いを見せてくれるのであろうか。しばらく街はその噂で持ちきりだった。


 新しいルフェーブがデビューした日、デボシュの闘技場にはたくさんの客たちが押し寄せた。

 しかし彼は観客たちの期待に、まるで応えることが出来なったのである。

 肝心の魔法を使いこなせていない。

 本当なら、ルフェーブの敏捷さを飛躍的に増すはずだった魔法。それなのに彼は、翼を失った鳥のように、以前のように飛び回ることが出来なくなっていた。


 期待に応えることが出来なかったのは、最初の日だけではなかった。観客たちの失望は次の戦いでも、その次の試合でも続いた。


 「魔法を習得したルフェーブは鈍重になった」


 「まるで面白みのない、退屈な乱暴者に堕した」


 そのような悪評が観客たちの間に囁かれ始める。魔法を使って戦うことを意識するあまり、本来の身体のキレも失いかけていたのだ。


 「焦ることはない。お前の中で大きな変革が起きているんだ。誰だって、新しい自分に馴れるまで時間は必要だ」


 デボシュが慰めてくれる。ルフェーブならば、いずれその魔法を自分のものとするに違いない、デボシュは確信してくれていたからだろう。

 しかしルフェーブは観客の期待だけでなく、デボシュの期待も裏切り続ける。


 「どうしたんだ、ルフェーブ? あの魔法はそんなに難しいのか? とにかく今まで通りに戦えばいいんだぜ」


 デボシュの声にも苛立ちが混ざり始めていた。それに気づかないルフェーブではない。

 まるで結果が出ないので、ルフェーブ自身も弱気になっていた。彼は魔法などを会得したことを後悔しそうになったこともある。


 もちろん、更なる高みを目指す上で、何か新しいことを覚えるのは必要なことであっただろう。

 しかし魔法などという奇術を覚えるという手段が果たして正確だったのだろうか。

 むしろこれまで習得した武術を、地道に磨いていくべきだったのではないか? 


 魔法の修練には本当に時間が掛かった。

 幼い頃、父や兄から武術を叩きこまれたときに感じた苦しみや痛みはなかったが、とにかく机の前で長い時間を費やさなければいけなかったのである。

 そのとき自分には魔法の才能などないことを、痛いほど自覚させられた。

 武術を習っていた頃は、数段ごとに自分が成長していく感触を得ることが出来た。

 彼には天賦の才能があったからだろう。

 しかし魔法の習得において、その飛躍は一瞬も現れることはなかった。

 それでも、魔法を学ぶ必要があると自分に言い聞かせて、その勉強を続けて、数年を費やしてようやく魔法使いの端くれに加わることになったのに、ルフェーブは強くなるどころか弱くなってしまったのだ。

 しかもデボシュがルフェーブのために、斬新な魔法のコードを手に入れてくれたというのに。


 (大地が変わったのだ。足場が変わったのだ。俺は平坦な地面に立っていない。杭の上、梯子の上、塀の上。あるいは壁際、大木の傍・・・。俺の周りは障害物で溢れている)


 杭、梯子、塀、壁、大木、それらに類する障害物は、ルフェーブが望めば魔法で作り出せる。

 しかしその障害物が自分にとって不利なものかと言えばそうではない。むしろそれは圧倒的に有利なもの。

 それを使えば、上からでも下からでも、背後からでも攻撃が可能なのだから。


 (この魔法を使いこなすことが出来れば、俺は絶対に強くなる。それは間違いない。デボシュの提案は絶対に間違っていない)


 改めて自分に強く言い聞かせるまでもない。わかっているのだ。わかっているが、それはあまりに扱いにくくて、それから逃げようとしている自分がいる。

 ルフェーブはそんな自分を叱りつけて、この魔法を習得するために研究を重ねた。


 そして、どうにかして彼はその使い方を見つけた。

 それが新しい空間の把握方法だ。この縦横高さ10センチメートルの小さな立方体を、頭の中で思い浮かべるやり方。

 戦闘時、ルフェーブはこの世界を、立方体の無数の集まりとして認識するようにしたのである。

 敵の頭の位置を0地点として、縦横高さの座標軸を作る。それぞれの立方体に数字を振り分ける。

 それが、ルフェーブに新しい世界のイメージをもたらした。高さのイメージをもたらした。

 これまでは何もなかった空中に、ルフェーブは自分の足場の予感を見ることが出来るようになったのだ。


 (あの場所に段を作り、そこに足を掛ければ、高く飛び上がることが出来る。座標軸で言えば、F17、R5、D3)


 ルフェーブはこのように具体的なイメージを描く。


 (敵に向かってまっすぐ突進。その勢いのまま右側に身体を傾けて、その足元に魔法で空気の段を作り、そこに足を掛けて飛ぶ。その足場の位置が、座標軸F17、R5、D3の位置)


 そのジャンプで敵の斜め後ろに移動。ルフェーブの身体は、相手の頭より1メートルほど高い位置へ。


 (更に魔法で空気の段を作成。それに足を掛けて反転。そして回し蹴りで相手を攻撃。一端着地して、そこからB8、L1、U0のラインを上方に向かって一段ごと駆け上がり、宙返りした勢いで相手の脳天を蹴り落とす)


 全てが思い描いた通りに展開していた。

 対戦相手は目の前で倒れていて、観客たちは卒倒しそうなほど興奮して感動の悲鳴を上げていた。

 ついにこの魔法を自分のものにしたのである。


 魔法を使いこなしたルフェーブは、以前よりも更に華麗に空を舞い始めた。

 対戦相手や観客からすれば、ルフェーブは人間の動きとは思えない動きを見せるのである。

 突然、急旋回したり、不意に反転したり。対戦相手は彼に触れることすら不可能になった。

 一方、観客たちは、まるで戦う天使を目撃しているかのように感動している。


 こうして長い年月を費やし、様々な苦労を乗り越え、何とか魔法を使える戦士としての自分を確立することに成功した。

 しかしこれでルフェーブの心が満たされたかといえば、そうではなかった。むしろ、これまで心の底に押し込められていた野心がざわめき始めたのである。


 今までだっても闘技場の戦いに物足りないものを感じていたルフェーブである。その魔法を完璧に会得してからは更にその思いを強くした。そこはもはや、ルフェーブの演舞場に過ぎない。


 彼はより強い敵と戦いたかった。さもないと自分が強くなれないからだ。

 魔法を教えてくれたデボシュには感謝の念が耐えないが、彼の許を離れなければいけないときがきたようだ。


 しかしそのとき、あの依頼が来たのである。

 ガリレイという男、ルフェーブのためにこの特殊な魔法を開発してくれた者から、仕事を手伝ってくれないかという依頼である。

 ルフェーブはこの戦いを最後に、デボシュの許を離れる決心をした。


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