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16)デボシュ<闘技場3>

 「ルフェーブはどこなんだ? ここにいるんだろ?」


 この闘技場の支配者デボシュは闘技場に隣接してある練習場で、ルフェーブの姿を探している。

 ルフェーブ、もしかしたら新しい王者になるかもしれない戦士。


 「彼ならそこです。壁際で、妙な姿勢で座っている男です」


 やがて、一人の男がデボシュに近寄って言ってきた。「私ももう一度、あの男と戦わせて下さい。今度戦えば、絶対に勝つことが出来ます」


 「いいだろう。お前もやるがいい。で、ルフェーブはどこだって?」


 その男がもう一度指を差す。確かに妙な姿勢で男が座っている。足を器用に組み、背筋をピンと伸ばし、目を閉じている。


 やけに静かな雰囲気を漂わせていた。多くの人間が彼の噂をしているというのに、当のルフェーブはまるでそれを気にすることなく、自分の世界に籠もっているかのようだった。

 その妙な姿勢は異国の座り方なのだろうか。あるいは両手を合わせているところから判断するに、祈りを捧げているのかもしれない。


 「ルフェーブ!」


 デボシュは彼の傍まで行って、ありったけの大声で怒鳴った。「お前は昨夜、既に私の闘技場で戦い、報酬を得ているんだ。俺の指示に従ってもらうぞ!」


 デボシュの声に反応したのか、ルフェーブという男が、ずっと閉じていたその瞳を開いた。

 切れ長の黒く細い目だ。獣のような荒々しさとともに、深い湖の底のような静けさも感じさせる。デボシュを見ているのか、それともその向こうを眺めているのか、深い黒はその焦点を惑わせた。


 デボシュはその瞳に、思わずたじろいでしまった。自分と同じ人間の瞳には見えなかったからだ。これは獣か、人形の作り物のような瞳。

 その男の表情がまるで読めなかった。もしかしたら祈りを邪魔されて、怒っているのかもしれない。あるいは、デボシュの大声を不快に思っている様子にも見える。


 デボシュはこれまで傭兵として生きてきたから、異国の人間との付き合いは多いほうである。

 しかし信奉している神までも違う者と接することは少ない。ルフェーブはまるで違う文化圏の人間だ。何を考えているのかまるで理解出来ない。


 突然、ルフェーブという男が、すくりと立ち上がった。

 それほど背は高くない。しかしその異国のゆらりとした白の衣服越しでも、引き締まった筋肉の気配が伺える。

 体の中のエネルギーを出来る限りに圧縮したような感じ。棒で突くと、ぱっと弾けて飛び出してきそうな躍動感。


 「き、君の実力を知りたい。今すぐ戦って欲しいのだが」


 デボシュはその男の圧力に負けないように、さっき以上の大声を上げた。「嫌とは言わせないぞ! なぜなら昨夜、君が戦った闘技場は私の所有物。そこで更に稼ぎたいのであれば、君は俺の言うことを聞くしかないのだ!」


 ルフェーブはデボシュから一切視線を外すことなく、こちらに近づいてくる。デボシュも当然、彼から視線を逸らすことがないから、自然とルフェーブと睨み合う形になる。


 やる気なのか。


 相手がどれだけ強くて、変則的な戦い方をしたとしても、デボシュが負けることはないだろう。なぜなら彼は、魔法を使えるのだから。


 魔法を使える者と使えない者が戦えば、ほとんどの場合、使える者が勝利する。

 デボシュの魔法の実力など、魔法使いの中では大したことはないが、それでもだ。


 もちろん、あの生きる伝説、騎士バルザくらいの豪の者であれば、話しは別であるが。

 バルザは魔法が使えない騎士であるが、彼の振り落とす大剣ならば、デボシュの貼った魔法シールドを一撃で破壊してくるかもしれない。

 しかしあの伝説の騎士と匹敵するような強さを持つ戦士なんて、滅多にいるものではない。ルフェーブという男が想像以上であっても、デボシュが後れを取ることはないであろう。


 やるならやってやる。デボシュは懐の中の宝石を探り、静かに相手の出方を待った。

 ルフェーブが不意を討って攻撃を仕掛けてきたとしても、魔法のシールドでその攻撃を弾くことが出来る。

 それを余裕で受け止めながら、デボシュ得意の「空気砲」でノックアウトだ。


 もちろんルフェーブを殺しはしない。大切な商品だから。見込みがあれば闘技場で使ってやる。その予定に変更はない。デボシュより弱くても、王者になる資格を失いはしない。


 (いや、待てよ)


 そのときデボシュは思い出したことがあった。ルフェーブは武器を持たない。素手で攻撃することを得意としているらしい。昨夜、素手で七人もの対戦相手を倒したというではないか。


 素手の攻撃、それだけは魔法のシールドで防ぐことは出来ないのだ。

 魔法のシールドならば、その耐久力の限界まで、あらゆる攻撃を防ぐことも出来る。

 もちろん、魔法の攻撃、武器や岩石など、物理的な攻撃も弾くことが可能だ。


 しかし魔法のシールドにも一つだけ欠陥があった。人間の手や足など、生身の肉体による接触を防ぐことは出来ないのだ。

 どのように強力なシールドであっても、素手や蹴りの攻撃、体当たりはシールドを通過する。

 それはシールドの弱点ではなくて、欠陥であった。いまだ、どの魔法使いも、その攻撃を弾きことが出来る魔法のコードを編み出していない。


 長い長い魔法の歴史、これまでに無数の天才たちを輩出してきた。

 しかし誰もそれを成し遂げていない。当然、デボシュのような中級レベルの魔法使いは言うまでもない。


 やばい。


 表情にこそ出しはしなかったが、デボシュは内心では慌てふためいていた。余裕を持って、こいつの攻撃を受け止めることが出来ない。


 こうなれば先制攻撃だ。仕方ない。相手が何かやってくる前に、こっちから攻撃して、叩きのめすしかない。


 「おい、これ以上近づけば、攻撃意図があると見なすぞ!」


 デボシュは警告を与えた。出来るだけ内心の動揺を見せないように、居丈高な口調で。

 すると、ルフェーブの身体がさっと沈み込んで、デボシュの視界から消えた。

 デボシュはハッと身構える。

 しかしもう手遅れだ。デボシュは自分の顎がルフェーブの拳で打ち砕かれる幻影を見た。


 しかしその拳は襲ってこなかった。


 「あなたがここの主人ですか? 一飯の宿、お世話になりました」


 足元で、そのような声が聞こえた。彼はデボシュの足元にひざまずいたのだ。


 「これからも数日、お世話になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」


 「・・・お、おう」


 ルフェーブの従順な態度にデボシュは胸を撫で下ろす。「き、君の実力が見たい。今すぐ練習試合をするんだ、いいな」


 「わかりました」


 何と礼儀正しい男なんだ。それとも彼の国では、このような態度が当たり前なのだろうか。

 それに、酷く訛った言葉も面白い。彼の声を聞いて、馬鹿にするように笑っている男たちもいる。しかしデボシュはルフェーブへの関心を更に募らせた。

 こういう男は嫌いなじゃない。いや、むしろ大好きなんだ。


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