15)デボシュ <闘技場2>
邪悪な魔法使いを殺すための戦い。その戦いに、デボシュと共に参加することになったルフェーブという相棒、彼は遠い異国から来た戦士である。
他の仕事に気を取られ、忙しくしている間に、ルフェーブという若者が新しい王者になるかもしれないと部下たちから教えられた。それが彼との出会いの日だ。
「どんな男だ?」
泡風呂の中で別の仕事の資料に目を通していたデボシュは、部下に尋ねる。そのとき口に咥えていた葉巻が唇からこぼれ、お湯の中に水没してしまい、彼は大きな声で「クソ!」と吼えた。
「あんなふうに戦う戦士を始めて見ましたよ」
「客たちは喜んでいるか?」
「はい、それはもう、とてつもない程に」
闘技場を始めた当初は様々な戦士を輩出してきたが、それから年月も経ち、最近は新しい才能が出てこなくなった。
新人たちはどれこれも同じくらいの実力で、王者に挑戦する前にお互いで潰し合いをしている。
参加している戦士たちのアベレージが、それだけ上がってきた証しなのかもしれないが、抜きん出る才能がなければ新しい王者は生まれない。
そのせいで、いくらか見込みのある戦士に、あえて弱い相手をあてがい、無理して王者に仕立て上げる必要があった。
そんなやり方をデボシュは好んだわけではないが、商売のためならば仕方がない。
しかしそんな戦士は、真の王者とは呼べない。
「わかった、そいつも王者にしてやるんだ。しばらく、そいつを中心に売り出せ。その仕事はお前に任せる、いいな」
その新しい戦士にデボシュは何の期待もしていなかった。どうせこれまでの連中と変わることはないだろう。
しかし、少しでも見込みがある戦士ならば王者にしてやる。逆に言えば、王者に仕立て上げなければ目立つことがないということ。
「ところで、その戦士は何を使って戦うんだ?」
「それが素手なんです」
「はあ? 素手だと?」
この言葉を聞いて、初めてデボシュの中に好奇心が芽生えた。
「はい、素手です。防具もつけていません。まるでサルのようにすばしこくて、蜂のようにグサリとパンチを打ち込み、簡単に相手を失神させます」
部下はまるで自分自身の強さを誇るように自慢げに言ってきた。話しを大げさに飾り立てている様子でもなさそうだ。
「おいおい、お前。なぜ、そんな面白そうな奴が出てきたことを、早く話しに来ないのだ!」
「いえ、それが昨日参加したばかりで」
「昨日来たばかり? それで王者になりそうだって?」
連続して十回の勝負に勝利した者だけが王者への挑戦権を得ることが出来る。ほとんどの戦士たちが一日に一試合で体力を使い果たしている。余裕がある者も二試合か三試合か限度だ。
「そいつは昨日、何試合したんだ?」
デボシュは泡風呂から立ち上がった。
「七試合です。それで打ち止めにしました。彼を見るために、今夜も客が押し寄せてくるでしょう」
「よくやった。今からそいつに会いに行こう」
さっきの話しはなしだ。こいつは俺自らが育てる。デボシュは服を着ながら、部下に言い渡した。
部下のほうは、あらかじめデボシュがそれを言い出すのがわかっていたようで、文句もなく頷く。
「異国から来たんだって?」
「はい、遠い東の国から、砂漠と海を越えてきたそうです」
「どんな顔立ちだ?」
「端正でしょう。我々とは顔立ちは違いますが」
「女性たちの人気を集めそうか?」
「異国情緒溢れるその雰囲気は、女性だけではなく、きっと男性からも愛されるはずです」
「そうか、楽しみだ」
闘技場のある酒場の裏手に、戦士たちの控え室と練習場がある。宿のない者には部屋も貸している。ルフェーブという男も、昨夜はそこで寝泊りしたらしい。
その練習所は、野戦のときに使われる幕舎を更に大きくしたようなもので、風通しも良く、汗臭い男たちの体臭がこもることのない作りだ。
まだ闘技場で試合が開催される時間ではなかった。多くの戦士たちがウォーミングアップと訓練を兼ね、身体を動かしていた。
戦いで生きようと志した男たちが、更に強くなろうと自らの肉体を極限まで追い込んでいる姿を見るのは嫌いではない。
ときおりデボシュはこの練習所に足を運び、男たちが汗を流す姿を見ることはあった。
しかし今はそれどころではない。
「ルフェーブはどこだ?」
「見当たりませんね」
部下の男がテントの中を見回し、ルフェーブの姿を探すが、彼の姿を見つけられないようだ。一方、デボシュの姿に気づいた男たちが、徐々にざわめき始めていた。
闘技場の支配人、彼らの運命はデボシュが握っているも同然なのである。この国の王よりも恐ろしい存在。
戦士たちは、デボシュの姿をあからさまに意識することはないが、その練習に一段と熱が込め始める。
「ルフェーブという男を知らないか?」
デボシュは大声で尋ねた。知っている者がいれば、誰か返事するだろう。
しかしいかつい男たちは誰も首を傾げるだけであった。
「素手で戦う、異国の男だ」
「彼に何の用があるというんですか?」
ようやく一人の男が前に出てきた。しかしその男はやけに不満そうに言ってきた。
「その男が昨日、素晴らしい戦いをしたと聞いてね。君たちも同じだ。客を喜ばせる戦いをした戦士は、すぐに引き立てる。闘技場には、莫大な金貨が転がっているぞ!」
「や、奴は卑怯です。ただ単に運が良かっただけですよ」
その男は言ってきた。
「何だと?」
「確かに鼠のようにすばしっこいのは認めます。しかし奴が昨夜、俺に勝てたのは、運が良かっただけ。こっちは、あのような戦いに不馴れだったからで、奴の戦い方を知った今となれば勝利はわけないことです。実際、こっちはほとんど無傷です。顎を少し蹴り上げられただけ」
「ほう、そうか。ならば、もう一度、戦えば勝てると言うのか」
「言うまでもありません」
この世界で生き残るためには、自分を売り出す押しの強さや、諦めの悪さも必須の条件だ。
この男の腕前がどれだけわからないが、そういう部分では優れた戦士の条件に適っていると言えるだろう。デボシュはこのような男が嫌いではない。
「では、もう一度、チャンスをやろう。すぐに準備をするんだ、ルフェーブと戦わせてやる。彼に勝つことが出来れば、お前の名前を覚えてやる」
「それは有り難い!」
その男は本当に嬉しそうであった。もう一度、戦えば勝てる自信があることは事実なのであろう。それだけ、ルフェーブという男の戦い方が異質だったのだろうか。
「すぐに戦いの準備をしろ」
デボシュは部下に指示を出した。「審判は俺がする」
彼はルフェーブの実力をこの目で見たかった。ルフェーブをどのような王者に仕立て上げるか、本番の前に見極めておかなければいけない。その実力を見極めるには、この男は手頃な対戦相手であろう。
ルフェーブという戦士に、華やかさがあれば王者にしよう。実力が少し足らなくても、そこに関しては目をつぶる。
とはいえ、実力が不足していれば、対戦相手の選別が必要だ。強い相手をぶつけて、ルフェーブを壊したくない。
逆に実力があっても、退屈な戦い方しか出来ないのであれば、目をかける必要はない。放っておく。実力で伸し上がるかどうか、それは彼次第。
ルフェーブはどちらであろうか? あるいは両方を兼ね備えているかもしれない。
しかし肝心のルフェーブがまだ見つからない。