11)シユエト/シャカル <戦闘>
陶器製のコップが宙を舞う。緩やかな放物線を描きながら、敵の魔法使いに向かって飛んでいく。
向こう側にいる牝羊班の誰かがそれを放り投げたのだ。
まだ爆発のあとの煙が、部屋に漂っていた。その煙が彼らの目を刺激する。
シユエトは煙たくて目を閉じたくなったが、むしろ逆に大きく見開いて、そのコップの行方を見守る。
白い煙を切り裂きながら浮遊する陶器製のコップ、それはきっと爆発物に違いない。
あのアンボメの魔法が掛けられているのだ。シユエトはそう思った。ならば、絶対にそれから視線を逸らしてはいけない。
(敵のシールドを一撃で破壊したのだ。その凄まじい威力。シャカルやダンテスクの言葉に嘘はなかったわけだ。・・・今また、それが爆発する)
放物線を描いて飛んでいくコップを、シユエトとは逆の方向からシャカルも見つめていた。彼は左手には爆発物のスイッチを握っている。
(お前の大切なコップだろ? 割りたくないのならば、それを受け取るがいい)
その陶器製のコップを敵の魔法使いに向かって放り投げたのはシャカルだ。手を使わずに物体を移動させる魔法。それが彼の得意な唯一の魔法である。
(いや、別に手で取らなくてもいい。それがシールドに当たった瞬間、お前の命は終了する!)
シャカルは低レベルの魔法使いだ。彼には優秀な魔法使いになるために必要な忍耐力が欠けていた。持って生まれた才能もない。本人がそれを認めることは絶対にないが、魔法使いとして最下級のレベルだった。
しかしアンボメと出会ってから見間違えるようになった。どうすればアンボメの魔法を最大限に生かすことが出来るか研究を重ねたりしている。
その作業に関しては、忍耐力のないシャカルでも熱中することが出来た。なぜなら少しの努力や工夫が即、結果に繋がったからだ。
アンボメの魔法の威力は凄まじかった。何の計画もなく使っても、その威力は激甚。しかし少し工夫すれば、更にその威力は倍増する。
それは本当に面白いほどで、こんなに簡単に結果が現れたら、誰でもその作業に夢中になってしまうであろう。爆発のタイミングによっては、五人しか殺せなかった攻撃が、十倍に倍増することだってあるのだから。
(もう少しだ、もう少しでお前の命は地上から消え去る!)
その陶器のカップが敵のシールに当たるかどうか、シャカルがこんなにも気にしている理由は、アンボメの爆発の魔法の特性にある。
(アンボメのその魔法は、離れている相手でも効果は充分。鋼鉄の鎧を着た騎士を、この世から跡形もなく消滅させることも可能。しかし直接触れた状態で爆発したとき、その威力は数倍どころではない)
数十倍、数百倍かもしれない。
(敵の魔法使いのシールドに触れた瞬間、この爆破のスイッチを俺が押す。奴が貼っているシールドは確実に破壊される。シールドを失った魔法使いは、裸の処女が街を彷徨うのと同然。それほどに無防備)
「見ているか、ダンテスク。奴を殺すのは俺だぞ!」
シャカルは声に出して叫んだ。
先程、窓に貼られていたシールドを一撃で破壊することに成功したのも、その効果ゆえだった。窓に向かって放り投げた爆発物がそのシールドに当たった瞬間に爆破スイッチを押したのだ。
それなりに技術がいる。しかしそのタイミングは完璧だった。
(俺はそのやり方に習熟している)
この攻撃だって成功するに決まっている。シャカルはそう考えている。
(逆に言えば、シールドに当たらない状態で爆発させたら、威力が数百分の一以下になってしまうということ)
敵が強いとき、そのシールドのレベルが高いとき、どのタイミングで爆発させるかがとても重要になってくる。そのタイミング次第で、この攻撃が成功するかどうか別れるのだから。
しかし敵の魔法使いは彼らの魔法の特性を何も知らない。陶器のコップなどが飛んできても、気にも留めることはないだろう。それを回避することなく、シールドで弾かれるに任せるはず。
向こう側では、シユエトという男も魔法の攻撃を開始している。エクリパンという男も、ブランジュといういけ好かない女も。
そしてデボシュもだ。今、敵の魔法使いは同時に四つの攻撃を受けている。
奴らの魔法では、相手のシールに傷一つつけることは出来ないだろうが、カモフラージュにはなる。これだけ魔法の攻撃に曝された中、飛んでくるコップになど注意を払うことはないはず。
(後悔することがあるとすれば、勝負を決するのが早過ぎることくらい)
敵がどのような顔をしているのかわからないまま、アンボメの魔法で粉々にしてしまうのは、これほどの大勝負にしてはあまりに呆気ない結末ではないか。
しかも若くて美しい男らしい。若くて美しい男を痛めつけるのが好きなシャカルにとって、長々と嬲れないのは惜しいこと。
とはいえ、惜しむべきことはそれくらい。
――シャカル、すぐに爆発させろ! 奴は気づいたようだぞ。
そのとき耳元で、ダンテスクの言葉が聞こえてきた。シャカルは一瞬、彼が何を言っているのか理解出来なかった。仲間の癖に、なぜ喜び勇んでいる俺に対し、水を差すようなことを言うのだ。そんな苛立ちが沸き起こったくらいだ。
しかし、敵の魔法使いが次に起こした行動を見て、彼はダンテスクの言葉の意味を完璧に理解した。
ダンテスクの能力、敵の心の中に入り込み、その僅かな変化で先の行動を予測出来るとか。本当にそんなことが可能なのかシャカルは怪しんでいたが、今、その能力が的中することが明らかなになったようだ。
敵の魔法使いは手に持った傘を掲げる。室内でも傘を持っているということは、これが奴の魔法発動のためのアイテムなのだろう。それと同時に何らかの宝石が、その男の手の中で砕け散ったのも見える。
魔法を使ったようだった。次の瞬間、シャカルが投じた陶器製のコップも消滅した。
一瞬、部屋の中の温度が急激に上昇したようだから、それを高熱で溶かしたに違いない。
「しまった」
せっかく投じた爆発物を爆発させる間もなく、完全に消滅させてしまったようだ。これでダイヤモンド一つ無駄にしてしまった。
アンボメの魔法にも弱点がないわけではない。魔法をかけた物体自体が損なわれてしまうと、その魔法も同時に消滅してしまう。そのコップが熱で溶かされてしまったのだから、その爆発物も同時に消え失せたということ。
(ダンテスクの声と共に、すぐに爆発させておけば良かったかもしれない。しかし、あのコップにまず攻撃を加えてくるとは・・・。俺たちの魔法の正体を見破ったのか? この程度の僅かな材料だけで?)
「どういうことなんだ、ダンテスク?」
シャカルが呆然としながら、ダンテスクに問い掛けた。
――今まで見たことのないゲシュタルトの変化だった。奴の警戒心が急激に跳ね上がったのだ。しかし君たちの魔法の正体を見破ったわけではなさそうだ。まだ奴の警戒心を示すゲシュタルトは一定していない。すなわち、何か確信を得たわけではないという証拠。まだまだチャンスはあるぞ。
(勘が鋭かったということなのか。いや、ただの偶然ということもある)
――敵はこの若さにして、相当に場数を踏んでいる。戦いのプロだと言っていいだろう。想像した通りの強敵だ。しかし少しも諦める必要はないぞ、シャカル、君たちの魔法なら殺れる。
(ああ、その通り。俺とアンボメのコンビは無敵だ。俺たちに敵う相手などいない)
ダンテスクの言葉を聞いて、沈みかけていたシャカルの心が再び蘇ってくる。
(むしろ下手に爆発させなくて良かったのかもしれない。奴もそれなりに勘は良いようであるが、まだこの爆弾の正体を見たわけではない)
「お前たち、俺に協力しろ。俺がこいつを殺す。俺ならやれるんだ。さっさと総攻撃に移るんだ!」
シャカルは腹の底から声を出すようにして、仲間たちに叫んだ。