バットエンド
これこそ「バットエンド」だと胸を張って宣言しましょう。
最近になって知りましたが、どうやら「バットエンド」なる言葉があるようです。
私は今までそのような言葉聞いたことなどありませんでしたが、どうやら存在しているらしいですね。
……まあ、これからご紹介するような内容なのは間違いないでしょう。
バットエンドですしね。
では、拝見してみてください。
「バットエンド」を。
「ぐっ……!」
「もう一息だ! 吸血鬼を仕留めるチャンスは今しかない!」
とある中世の屋敷の中で、一人の吸血鬼が複数の男性に攻撃されている。
吸血鬼は周辺の女性を何百年にも渡って襲い続けた恐るべき相手であり、討伐されるのもやむなしであろう。
吸血鬼を攻撃している男性の一人が銀の槍を取り出し、突き刺そうとするが――――
「わ、私は、こんな場所で死ぬわけには、いかないのだよ……っ!」
吸血鬼が突如蝙蝠(=バット)に姿を変え、そのまま窓を突き破って逃げ出してしまう。
それを見た男たちは、慌てて外に居る仲間に知らせる。
「吸血鬼が逃げたぞ! 闇に紛れて逃げている蝙蝠を撃ち落とせ! そいつが吸血鬼だ!」
「居たぞ! あそこだ! 撃て撃て!」
男の声を聞いた外に居る仲間たちが即座に弓を構え、次々に矢を放つ。
しかし、吸血鬼に当たることは無く、残念ながら逃がしてしまう。
「ぐ……何とか、逃げ、おおせたか。しかし私は諦めない……。必ず、この地に舞い戻ってくるだろう……覚えておくのだ、な……」
何とか追撃の手を逃れた吸血鬼。
彼はそのまま蝙蝠の姿を保ち、夜の闇の中へと消えていく。
野生の蝙蝠の群れに紛れ、吸血鬼の化けたこの蝙蝠も、どこかの洞窟で羽を休めることになるだろう。
どうでしたか、バットエンドは。素晴らしい物でしたよね。
……え? これじゃない?
こんな物はバットエンドではない、と仰りますか。
分かりました。そんな貴方のために、実はもう一つお話を用意してあるのですよ。
次は、そちらをご覧ください。
それがあなたの求める「バットエンド」なのだと私は考えますので。
それでは、どうぞ。
「さあ、激闘の末、九回裏まで試合が進んでしまいました。ここで一発が出なければそのまま負けてしまいます!」
とある女子ソフトボールの試合。
九回裏、ツーアウト、満塁。
そんな状況で打席に立つのは背番号72を持つ長い髪の一人の女。
その手には水滴が付着した金属のバット。
どうやら氷でかなり冷やしてきたらしく、耐久度を犠牲にした代わりに非常に強烈な一発を打ちやすくなっている。
「……見ていて、春香。私が、この試合、決めてみせるわ!」
「あんたで最後よ! どれだけ足掻いても、私の勝利は揺るがないっ!」
ピッチャー、バッター共に気合は十分。
そして、全力を持って投げつけられたストレートを――――
「そこっ!」
――――彼女のバットは、確かに捉えた。
強烈な打球が空を突き進み、レフトスタンドに一直線に飛ぶ。
そして、彼女の持っていたバットは――――。
バキッ!
ストレートの威力に耐え切れなかったのか、無残にもその場でへし折れてしまう。
真っ二つになったバットの先がコロコロと転がり、ピッチャーとファーストの間で止まる。
そして、打球は――――。
「――――――――入ったあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!! 逆転!! サヨナラ! ホームラン!! 見事決まったあーーーーー!」
「う、嘘……」
「やった、やったわ! 逆転よ!」
衝撃的な光景に座り込んだピッチャーと、喜びのあまりガッツポーズを決めるバッター。
勝負は、決した――――。
見る者全てを魅了したその逆転劇を引き起こした彼女はこの試合のヒーローとなり、友人、チームメイト全てが彼女を称える。
そして、選手たちが去った球場には……私は役目を果たした、と主張するように、真っ二つに折れたバットが、転がっていたのだった――――。
どうですか? 即興で作った出来ですが、バットエンドになっていたでしょう?
……え? これも違う?
悪い展開が最後に起きて、絶望的だったり後味の悪い展開が起きるのがバットエンドではないか、ですか?
――――ふむ、それはまた困りましたねえ。
バット・エンド。つまり、蝙蝠か、野球のバットが最後に出てくるエンドなのですよ、バットエンドって。
少なくとも、絶望的な展開が出てくるバットエンドなんて見たことも聞いたこともありませんよ?
――――おや、ひょっとすると、アレなのかもしれませんね。
ほら、良く言うじゃありませんか?
バッ「ド」・エンド、って。
BAD、バッド。意味は「悪い」です。
END、エンド。これはそのまま「終わり」って意味ですよ。
私の勧めるバットエンドとは、似て非なる物ですね。以後、お間違えなきよう。