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禁じられたアリス  作者: 右藤秕
Ep02 赤黒の月
8/26

Ep02_02 赤い花びら

20150705 2章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。


―――――――――――――――――――

◆杉藤

―――――――――――――――――――


 北浦上町の公園を、密かにうかがう者があった。国連枢機軍の軍服を着ていたが、どうも人相が悪い。


「あの女か? 浦上学園一の天才パイロットってのは?」

「そのようですぜ。杉藤大佐。たしか名前はヒノミヤ アリス」


 杉藤の問に部下の中佐が答える。


「(ヒノミヤ?)」


 杉藤の視線の先に、(シイナ)とアリスの姿があった。秕の買ってきたプリンを食べたあと、特訓の続きをしている。


「なかなかいい女じゃねーか。あと10年もすれば……」


 チンピラのような口調で杉藤が言う。


「彼女なら知っているかもしれない。よし、行くぞ」


 杉藤勇作(スギトウユウサク)は肩で風を切って歩いた。厳格な兵士というよりはヤクザの若頭といった印象の、30歳直前の男である。

 アリスたちの前に出ると、杉藤は半笑いで声をかけた。


「よう、嬢ちゃん。俺とちょっと遊んでくれねーか?」


 もちろん本気ではない。にやにや笑いながら、完全にアリスを子供扱いしてバカにした態度だった。


「……あん?」


 不機嫌に振り向いたアリスだったが、相手の制服を見て怒りを抑えた。アリスも枢機軍に仮入隊することが決まっている。余計なトラブルは避けたかった。

 一方秕のほうは、長身で強靱な体躯をした杉藤を前に本能的にすっかり怯えてしまい、アリスの背中に隠れてしまった。小声でアリスに話しかける。


「あ、あれは枢機軍の制服?」

「ああ。しかも悪評高い『クシヒル』のメンバーだ」


 杉藤の制服の襟には、見慣れない紋章のバッジが付けられていた。


「くしひる?」

「枢機軍の中にある特殊な組織らしいが、あまりいい噂は聞かないな。なんでもクーデターを企んでるとか……。ま、噂だけどな」

「何をこそこそ話している?」


 どこか人をバカにしたような態度の杉藤をアリスは疎ましく思ったが、枢機軍の軍人を無視する訳にもいかない。


「私に一体何の用だ?」


 杉藤が悪役っぽく笑う。


「おれ達にタメグチとはね。気に入ったぜ。いやなに、俺達は人を探している。前の戦いで『マガツカミ』を倒したっていう、枢機軍の切り札、最終兵器『スサノオ』のパイロットをよ」

「おれ達は見学にきたんだ」


 杉藤の言葉を中佐が補足し、命令書を携帯端末に表示して見せた。国連軍統括本部発行の正式なフォーマットだ。


「見学?」

「そのパイロットがどいつか知ってるか? なんでもそいつは妙な術を使うそうだな。教えろ」


 しばしの沈黙の後、仕方なくアリスは秕を指さした。杉藤の事が胡散臭く思えたので少し躊躇したが、命令書は正式なものだったので仕方がない。


「コレだ」

「ど、どうも」


 秕の間の抜けた笑顔が杉藤の前に現れた。


「……冗談はよせ」


 杉藤は、揺るぎない100%の確信をもってアリスの言葉を信じなかった。


「残念ながら、冗談じゃない」


 真剣に答えるアリスだったが、杉藤には彼女が自分をからかっているのだとしか思えなかった。

 アリスの言う通りに、『秕がスサノオのパイロットである』という発想が、一瞬たりとも彼の脳裏に浮かぶことはなかった。


「……フン。クシヒルの俺に対してさえ秘密と言う訳か。優秀な女だな」

「いや、あの」

「まあいい、いずれわかることだ。行くぞ」


 杉藤達はその場を後にした。取り残されたような秕とアリスが二人を見送った。


「ホントに僕がスサノオのパイロットなのにどうして信じてくれないんだろ」


 凡庸な秕の顔を眺めつつ、アリスは冷やかに答える。


「まあ、気持ちは分かる」

「そんなー」



―――――――――――――――――――

◆気配

―――――――――――――――――――


 その後しばらく秕たちは特訓を続けていたが、それが終わりに近づいたころ、異変は起こった。

 日が暮れたわけでもないのに突然空が薄暗くなり、瘴気めいた霧が辺りに充満する。

 秕が怯えてあたりを見回した。尋常ならざる気配が彼の神経を圧迫する。遠くのほうに赤い花びらのような雪のようなものが舞っているのが見えた。


「……敵!?」


 秕がつぶやくと同時に、町中に響きわたる警報の音。


「緊急警報を発令します。住民の皆様は速やかに所定の避難場所に……」


 アナウンスが警報に続いた。


「敵? マガツカミか!!? 行くぞ秕!!」


 言うと同時にアリスは走り出していた。


「くそっ! ここ最近おとなしくしてたのにな。それにしたって、なんだってこの町ばかり狙うんだ?」


 少し走ってアリスは足を止め、後ろを振り返る。秕はついて来ていなかった。

 秕は目を見開いたまま立ち尽くし、小刻みに震えていた。


「……まだ、怖いのか?」


 アリスはため息混じりに聞いた。


「う、うん。正直、言うと……ね」

「でも、戦うしかない。現時点であの敵を倒せるのはお前しかいないんだ」

「うん」


 やはりダメなのか。いくら特訓したところで秕のヘナチョコは治らないということなのだろうか。

 しかし、今までとは何かが違うことに、アリスは気づいた。今までの秕なら、とっくに逃げ出すか、泣き喚くかしているはずなのに。


「秕?」


 彼は逃げなかったし、泣いてもいなかった。ただ、何かに耐えるように、じっとしてうつむいている。

 秕の脳裏には、先日の戦いで傷ついたアリスの姿がはっきりと焼きついていた。あの時、一歩間違えればアリスは死んでいたかもしれない。敵の攻撃が1mずれていたら。秕が助けに入るのがあと0.3秒遅かったら。それを思い出すたびに、発狂しそうなほどの恐怖が彼を襲った。

 彼にとってアリスを失うということは、例えば彼自身が地獄の業火に焼かれることなどよりも、はるかに耐えがたい苦痛なのだから。その恐怖が、少しばかり敵への恐れを上回った。


「あんなのはもう絶対イヤだ。二度とアリスちゃんをあんな目にはあわせたくない」


 思いつめたような表情で、ちらりとアリスを見る。


「僕は決めたんだ。もっと強くなるって!! もう弱音を吐いたり、逃げたりしないって!!」


 自分に言い聞かせるように、秕は言った。言いつつも、彼の手足は少しだけ震えている。いくらスサノオの力を手に入れたからといって、筋金入りのイジメラレッコである秕の性格がそう簡単に変わるわけではない。

 だが、秕は変わろうとしていた。少なくとも変わるために努力をするようになったのだ。彼の瞳の奥に、小さな決意の光が見て取れた。

 アリスは感激して、やさしく秕を抱きしめ、その勇気を褒め称えたりはしなかった。


「当然だ。今頃そんなことを言ってどうする。バカめ」

「ご、ごめんよー」


 秕にしてみれば、一大決心をしたつもりだったのだろうが、アリスはそれほど甘くはない。


「さあ、行くぞ。もたもたすんな!!」

「――うん!!」


 厳しく言って、先に走り出したアリスだったが、気付かれないように少しだけ秕を振り返った。


「(とはいえ、すこしは、マシになった……ということか?)」


 アリスの、秕に対する評価が少しだけ変わろうとしていた。

 本当にほんの少しだけ。



―――――――――――――――――――

◆アーマチュア中隊

―――――――――――――――――――


 北浦上町の外れの県道付近で、未知の地球外知性体マガツカミが1体、不気味に侵攻を続けていた。全長25mほどの鳥に似た形状で、表面が薄く発光しており、全体が半透明に透けている。

 対する国連枢機軍は、第43アーマチュア中隊を投入しこれに当っていた。先ほどアリスたちに絡んできた杉藤も、所属は違うのだが合流している。


 前回の戦いでいい所の無かった枢機軍だが、今回は万全を期して大兵力をこの地に集結させていた。内訳は、PM(プレイトメイル)装甲擲弾機兵隊、バンデットメイル特科隊、キュイラス後方支援隊等。PMを中心とした160機ほどのアーマチュアが激しい防衛戦を繰り広げていた。


 しかし。


 兵たちの、尋常ではない悲鳴がそこここで響いた。無数の手がPMのコクピットの中に湧き出し、兵達につかみかかったのだ。PM自体がその「手」に絡めとられ、身動きできない者もいる。


「クソッ、一体何が……。――ん?」


 あるPMのコクピットの天井から何かのしずくがたれて、兵の頬に付着した。兵が手でふき取ってみるとそれは、真っ赤な鮮血だった。血は後から後から流れ出し、コクピットを真紅に染めていった。

 兵はパニックになって、金切り声を上げながらコクピットを飛び出した。


「何やってる、落ち着け!! 一斉砲火だ!! これ以上バケモノを町に近づけるな!!」


 兵達の不甲斐なさを叱りつける杉藤だったが、それは酷というものだ。相手が悪すぎる。

 部隊は持てる火器の全てをつぎ込んで、総攻撃をしかけていた。しかし、あらゆる種類の通常兵器が虚しく敵の身体をすり抜けるだけだ。

 敵の口から妙な音が漏れる。まるで、人間のブザマさをあざ笑っているかのようだった。

 杉藤が激しく舌打ちした。


「こっちの攻撃がまったく効いていない!! それに、なんなんだ『手』だの『血』だの!!」


 さすがの杉藤も苛立っていた。チンピラ風の部下がそのセリフに答える。


「大佐、やはりあの噂は本当なんじゃないスか? 敵の正体が『霊』だって言うヤツ」

「何をバカな。そんな事あるワケが……!!」


 そこで杉藤はある事を思い出した。


「そうだ、『切り札』はどうした!? いまこの町にいるはずだ!!」

「ここにいる。」


 タイミングよく、少女の声がスピーカーから響いた。訓練用PM1番機に乗ったアリスと13番機に乗った秕が前線に到着したのだ。

 事態を察知した学園が、秕たちのPMを公園まで送ってよこしたらしい。彼らがいた公園からここまではPMの足で5分とかからない。


「なるほど。切り札はアリス穣ちゃんだったのか。それなら納得だ。」

「は?」


 杉藤は一人納得して頷いた。甚だしい勘違いに、アリスが思わず眉をしかめる。


「噂は聞いてるぜ。相当な腕らしいな。どんな『魔法』か知らないが、さっさと奴を片づけてくれ!!」


 好奇心いっぱいに言って、杉藤が続ける。


「それより、何でそのガキまで来てるんだ? あっち行け。ここは遊び場じゃないぞ!!」

「いや、だから。さっきから言ってるだろ」


 なおも勘違いをし続ける杉藤に対し、アリスが軽く呆れてため息をつく。彼の勘違いをいつまでも放っておくわけにはいかない。

 アリスの1番機が秕の13番機を指さした。


「『切り札』はコレだ。秕だよ!!」

「ど、どうも」


 初対面の時と同じように照れ笑いする秕が杉藤機のモニタに映った。

 杉藤が、表情をそのままに首をかしげる。彼には「全く」意味が理解出来なかった。アリスが何かぜんぜん別の言語をしゃべったように聞こえた。彼の頭の中で「秕」と「切り札」という二つの単語が、どうしてもイクオールにはならなかったからだ。

 それでも杉藤は必死で考えた。アリスの言葉の真の意味が彼の脳に染み渡って、理解に至るまで、約三秒必要であった。


「なっっっ!!!! なにイイイイイィィィィイイ!!?」


 PMの外部スピーカー全開で杉藤の絶叫があたりにこだました。


「こ、この貧相なガキが枢機軍の切り札だと……!!?」


 通信モニタ越しに、アリスが無言でうなずく。


「お、おわりだ……。世界の破滅だ。あんなヘタレのハナタレコゾウが『切り札』とは……。あんな奴にこの世界の運命をまかせねばならんとは……!!」


 あまりのショックに、コクピット内で頭を抱え、杉藤はふさぎ込んでしまった。


「なにもそこまで言わなくても」


 そこまで言われれば、逆に清々しい。秕はもはや笑うしかなかった。

 杉藤の受けたショックに同情をしめしつつもアリスが叫ぶ。


「何してる秕!! 急げ!!」

「は、はいっ」


 不安ではあったが、ほかに選択の余地は無かった。今アリスを守れるのは秕しかいない。


「と、ともかく、前回一度マガツカミとは戦っているんだ。無我夢中だったけど。スサノオがあれば何とかなる。……はずだ! 僕がアリスちゃんの盾になるんだ!!」

「お、おい、本気か!?」


 放心していた杉藤が正気にかえる。


「よせっ!! お前みたいなヘタレコゾウにそいつを倒せる訳が無い!! 死にに行くようなもんだぞ!! さがれ!!」


 先ほどのショックを引きずりつつも、死に急ぐ哀れな少年を救うべく、杉藤は声を振り絞った。しかし秕は止まろうとはしなかった。

 秕は懐から「スサノオ」の式札を取り出し、精一杯叫んだ。


「式即是空、空即是式……わが招聘に応えよ、スサノオォォ!!」


 轟音と共に閃光が辺りを支配し、13番機が光の中で複雑で劇的な変化をとげた。やがて光が収まると、そこにはPMならざる機体、破壊神のごとき巨人、スサノオがそびえ立っていた。



―――――――――――――――――――

◆スサノオの力

―――――――――――――――――――


「臨める兵、闘う者、皆、陣破れて前に在り! 消えろっ!!」


 秕が「変わり九字」を切る。スサノオの右手が振るわれ、周辺一帯の瘴気をなぎ払った。アーマチュア中隊を惑わせていた数々の霊障が消えうせる。

 杉藤や枢機軍の面々は、顎がはずれんばかりに口を開いて絶句した。


「な、なんだアレ!? PMが……へ、変身した!!?」

「し、新兵器スか?」

「しかも、手と血が消えた!?」


 アリスが秕に注意を促す。


「秕、来るぞ」


 軍の防衛網をやすやすと突破して、マガツカミがその姿を現した。だが、その個体はスサノオには興味を示さなかった。どういうわけか、後方に控えるアーマチュア部隊にむけて移動を開始した。

 すぐさまスサノオが立ちふさがる。


「お前の相手は、この僕だ!!」


 大音響とともにスサノオの一撃がマガツカミを叩き伏せた。

 またしても杉藤がショックを受ける。もはや何が何だか分からない。


「一体どうなってるんだ? 俺達の最新装備が全く通用しなかったのに」

「ス、スゴイ。信じられない……」


 呆然としている杉藤に部下が同調した。


「敵の正体が『霊』だっていうのはどうやら事実らしい」


 彼らの驚きと同じものを一度体験しているアリスが落ち着いて説明をはじめた。


「秕はもともとオガミヤ……陰陽師だ。スサノオは式神とPMが融合したもの。そして、『悪霊』を御祓いするのはオガミヤと式神の仕事と昔から決まっている」


 自らの常識とあまりに乖離した出来事に、言葉を失うしかない杉藤だった。


 町外れの県道の、比較的広い場所でスサノオとマガツカミの激しい戦いが繰り広げられている。その様子を、枢機軍のアーマチュア部隊が遠巻きに見守っていた。

 周辺には、破壊されたPMの残骸が散乱している。住民の避難は完了していたが、建築物等への被害は免れようがなかった。


 スサノオが、まず直接攻撃で様子をみる。

 本来、オガミヤが魔霊を調伏するには、呪術をもってするのが常道だが、未熟な秕にとって、スサノオを使役しながら呪術を同時に使用するのは負担が大きかった。やってやれないことは無いが、ここぞという時のために力を温存しておきたかったのだ。

 それ故に、スサノオによる直接攻撃を選んだのだが、しかし、このマガツカミは素早く動き回る上に、よく転移を使う。


「ああもう、速すぎて当たらない!!」

「落ち着け、秕!!」


 焦る秕をアリスがたしなめる。

 マガツカミの行動の特徴の一つに、「転移」がある。霊子(レイシ)によって構成されているマガツカミのボディは、あらゆる物理作用の影響を受けない。さらに、この次元の空間による干渉も受けないので、自由にどこにでもテレポート出来るのだ。

 ただし、転移を使うにはある程度のエネルギーが必要で、多用は出来ないようだった。


 もたもたしている秕に、マガツカミは遠慮しなかった。

 両腕を翼のように羽ばたかせる。赤い吹雪が巻き起こり、スサノオめがけて嵐のように吹き付けてきた。

 みるまにスサノオの装甲が赤い花びらのようなもので覆われる。

 続けざま、マガツカミは口を大きく開き、背筋に虫がはい回るような鳴き声を発した。鳴幻(メイゲン)と呼ばれる能力で、聞くものの心に恐慌を引き起こす。同時にそれは、赤い花びらに変化をもたらせた。赤い色がどす黒く染まっていき、炎のようにチリチリと燃え始める。


「くそっ!! 穢れか!!?」


 幸い、スサノオの中にいる秕に鳴幻の効果は無かったが、このままでは埒が明かない。出し惜しみをしている場合ではないと秕は気づいた。

 十字を切る。これはキリスト教のそれとは違い、陰陽道の九字護身法に一文字足した強化版である。最後の一字は、文字の種類によって様々な効果が発動される。

 さらに威力を高めるため、九字の部分は一文字ずつ印契を結ぶ必要があった。

 スサノオは両足で大地を踏みしめ、直立不動で屹立した。肘を水平にあげ、胸の前で手のひらをがっしりと合わせる。コクピット内の秕の詠唱に同期して次々と印契を結んでいく。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・破・在・前――」


 秕が目を見開く。


「――縛!!」


 目に見えない鎖がマガツカミを縛りつけ、動きを鈍らせた。


「今だ!!」


 スサノオの激烈な回し蹴りがマガツカミの側面をとらえた。砲弾のように弾き飛ばされたマガツカミは、中空に爪を立てて勢いを殺し、かろうじて戦線にとどまる。だがそれは、マガツカミにとって致命的な選択ミスだったかもしれない。飛ばされる勢いのままに、その場を離脱する事も出来たはずなのだ。

 回復のスキを与えないよう、スサノオがさらなる追い打ちをかける。身長の五倍程もジャンプして、痛烈な飛び蹴りを食らわせる。そのまま、マガツカミごと近くのビルに激突し、3棟を突き破った。倒壊したビルが周囲に埃を巻き上げる。


「な、なんて動きだ。PMの比じゃねぇ!!」

「や、やったのか……?」


 杉藤が目を見張る。部下が身を乗り出す。


「まだだ。秕、とどめを!!」

「うん!!」


 アリスの掛け声に、秕が今一度気を引き締めた。

 断末魔の鳥のような、敵を威嚇する虫のような雄叫びをあげ、マガツカミが埃の中から飛び出し、突進してくる。しかし、この個体にはもはや力は残っていなかった。

 スサノオを操る秕には若干余裕が出て来ていた。この神にも等しい式神の力は明らかに敵マガツカミの霊格を凌駕していたからだ。


「これで終わりだっ!!」


 スサノオが一気に間合いを詰める。秕は口の中で、静かにすばやく「禁刀呪」を詠唱した。


「吾は(これ)、天帝の執持(しゅうじ)使()むる所の金刀なり

凡常(ぼんじょう)の刀に(あら)(これ)百錬の刀(なり)

一たび下せば(なん)ぞ鬼の走らざるや、何ぞ病の(やわ)らがざるや

千妖(せんよう)万邪(まんじゃ)も皆(ことごと)済除(さいじょ)

――急ぎ律令のごとくせよ!!」


 金属塊を引きちぎるような音が響いた。スサノオの強靱な霊気の爪がマガツマミをバラバラに切り刻んだのだ。

 マガツカミは哀れな呪詛の悲鳴を残して跡形もなく蒸発した。オガミヤが言う所の「除霊」が成功した瞬間だった。

 アーマチュア隊の兵達の間に歓声がわき起こった。スサノオの強さを目の当たりにした高揚感と、敵の恐怖から解放された安堵が彼らの表情から伺えた。

 もっとも、一番ほっとしていたのは当の秕だったが。

 秕は大きくゆっくり息を吐き出した。



―――――――――――――――――――

◆事後処理

―――――――――――――――――――


 歓声が町を満たしていた。シェルターから出てきた人々が、いたるところで喜びをかみしめている。


「ん?」


 そのうちの一人が、秕とアリスを目ざとく見つけた。二人はPMを輸送車両に乗せ、コクピットから降りたところだった。


「あの人だ!! あの人が敵を倒したんだ!!」


 住民たちが英雄の姿をひと目みようと集まって来る。二人はあっという間に彼らに取り囲まれた。


「あ、しまった。スサノオのパイロットが誰なのかは軍事機密なのに」


 だが秕の心配は杞憂に終わった。人々はアリスに群がって、サインを求めたり記念撮影をしたりしはじめたのだ。

 アリスは無言でなすがままにされている。

 どうやら彼らには、どちらがスサノオのパイロットか分からなかったらしい。スサノオから直接秕が降りたのを見た者はいなかったからだ。

 二人を一目見てアリスのほうこそ英雄に違いないと、人々は勝手に判断したのだった。


 何を思ったか、人々の求めに応じてアリスも普通にサインをしている。彼女の態度はあまりにも堂々としていたので、それが誤解であると気づくものはいなかった。

 あるいは、機密の漏洩を防ぐためにアリスは自らその役を引き受けたのかもしれない。

 そんなアリスを秕は複雑な心境で見守っていた。


「僕の努力は一体……?」


 二人の様子を遠く眺めながら、杉藤は独りごちた。


「なるほどな。ヨシュウの奴が言ってた事は本当だったって事か。てことは、例の武器の開発が進んでるって話も事実なのか?」


 しばらくして、ようやく2人は群衆から開放された。秕がアリスに話しかける。


「アリスちゃん、見てくれた? 僕、がんばったんだよ!!」

「……そうだな」


 ぶっきらぼうに彼女は言った。


「それだけ?」

「なんだ? お前は何か見返りを求めて戦ってるのか?」

「そういうわけでは……」

「じゃあ、帰るぞ。私の荷物を持て」

「は、はい」


 秕は荷物のある場所まですっ飛んで行った。


「だけど……」


 秕にはひとつだけ、気にかかることがあった。先ほどの敵はなぜ、最初スサノオに向かってこなかったのか。なぜアーマチュア部隊の方へ行こうとしたのか。


「まあいいか」


 頭を振ると、アリスを追って秕は走り出した。



**********



 秕たちが帰ったあとも、人々は興奮冷めやらず、あちらこちらでうわさ話に花をさかせた。


「なーんだ、敵っていってもたいしたことないんだね」

「ニュースみた? 敵を倒したのは、枢機軍の切り札、『スサノオ』っていうんだって。スサノオがあれば、問題なしだね」

「パイロットの女の子、カワイかったな」


「おかしいな。あいつらどこへ行ったんだろ。赤い雪が降るまではいたんだけど……」

「あの敵の正体は霊だってウワサだけど、もしホントなら何でみんなにみえるんだろう?」

「マガツカミはとんでもなく強い霊力を持ってるから、皆、見ることが出来る。普通の霊は霊力が小さいから、オガミヤや陰陽師のような能力者にしか見えないのだよ」

「あんた詳しいな」


 マガツカミの解説をしたのは、偶然通りかかった折神連河(オリガミレンガ)だった。


 やがて、枢機軍も撤収し、人々もそれぞれ家路についた。

 その後、誰もいなくなった町の片隅にうごめくものがあった。良く見るとそれは壁に張り付いた人の手形で、壁を伝わって移動している。そしてそれは、そのまま闇に紛れ排水溝の中へと消えていった。



 【続く】



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