Ep01_04 適性試験
20150705 細かい修正。
―――――――――――――――――――
◆教室
―――――――――――――――――――
テスト当日の朝。柚木秕が登校した時、日宮アリスはまだ来ていないようだった。授業開始にはまだ少し間がある。
ポツンと座っている秕の前に、三人組の少女達が通りかかった。
「西の神社って、柚木の家だったのね。あなたはオガミヤをついだほうがいいのよ。オガミヤだって立派な職業よ」
「メイちゃん。それって、まるで今日のテストにもう失敗するような言い方だよう」
少女達の内の一人、国枝芽衣は学級委員長としてフォローのつもりで言ったのだが、その前提がテストの失敗にあることを完全に失念していた。
それを夕微ひなたが小さな声で指摘した。メガネがちょっとずれている。
「あ、ホントだ。ごめんごめん」
悪気はなかったが、彼女が無意識にそう思っていたのも確かだし、秕の心に軽いジャブを食らわせたのも事実だ。笑ってごまかす。
「ま、ウチは士官学校の付属校と言っても、全員が軍に入る訳じゃないのよねー。だから、あんたも気を落とさないでもいいよー」
三人組のもう一人、白倉栞が言った。こちらには悪気があった。
三人組と入れ替わるように、不動栄二と古尾米太が登校してきた。相変わらず制服をだらしなく着崩している。視界に入った秕を早速からかい始めた。
「今日の試験を最後に、ついにテメーとはお別れだな。よかったなあ。これでインチキ陰陽道に専念できるぜ?」
「あきらめるのも大切な事だぞ。カスはカスらしく、人生をあきらめるんだ。そうすれば、何も苦しむ事はない」
「お、なに持ってるんだ? PM実習の教科書じゃないか。もうお前にはそんなものいらねーだろ?」
不動は秕の教科書を取り上げるとごみ箱に放り込んだ。何が面白いのか、下品な高笑いが教室中に響きわったった。秕には黙って下を向いて耐えるしか出来なかった。
さらにちょっかいを出し続けようとする不動と古尾を珍しくクロウが制した。
「やめとけ、そんなザコと関わるのは時間の無駄だぜ」
「お? おう、そうだな」
不動たちは笑いながら自分の席についた。去り際に、秕の机に軽くケリを入れるのを忘れなかった。
「む、ムダなんかじゃないよ……」
秕は、泣きそうになりながら、捨てられた教科書を拾った。震える小さな声で反論する。
「僕は、PMのパイロットになるんだ」
不幸なことに、そのつぶやきがクロウに聞こえてしまった。クロウの眉間にシワがよる。
「はっ。いるんだよな、頑張れば夢が必ずかなうと信じている頭わりーヤツがよ……。甘いんだよ。努力しただけで夢が叶うんなら、世界中が大リーガーや映画俳優であふれかえってる事だろうぜ」
関わるな、と言ったクロウだったが、思わず反論してしまう。
「オレは勉強はイマイチだが、ずば抜けた運動神経という『才能』があった。その才能を努力して磨く事によって、勉強出来ないのをカバーしたんだ。テメーみてーに『コネ』で入学した奴には分からん苦労だがな!!」
「こ、コネなんかじゃないよっ」
「フン……。まあいい。奇跡はそう続かねえ。入学出来たのは奇跡でも、何の根拠もなく実力も無く奇跡的にテストに受かる事は無い。お前のような甘い考えは通用しねえ。絶対にだ!!」
言いたいことだけ言って、一方的にクロウは話を切り上げた。秕もそれ以上言い返したりはしなかった。
張り詰めていた教室の空気が、少しずつ和らいでいった。一人の少女がオドオドしながら秕に近づく。とても目立つ格好をした少女だったが、不思議なほど存在感は無かった。
「だ、大丈夫? 秕くん」
「倫子ちゃん。うん、平気だよ」
「……でも、どうしてクロウくんはあんなふうになっちゃったんだろうね。前はもっとやさしくて、いい人だったのに」
「ええ? そうかな……。前からあんなだったような気がするけど。乱暴者で、口がわるくて、すぐに手が出る……」
「そんな事ないよ。私にはやさしかったんだから」
「そりゃまあ、悪い奴じゃないとは思うけど……」
―――――――――――――――――――
◆拒絶
―――――――――――――――――――
しばらくして、アリスが教室に入ってきた。珍しく遅刻ギリギリだったのは、職員室に呼ばれていたからだった。
「アリスちゃーん! おはよーっ!!」
秕が駆け寄って、努めて明るく挨拶をする。一日でも早く仲直りのキッカケをつかみたいところだ。
「……フン」
アリスの返事は、にべも無い。涙が出そうになるのを何とかこらえる。
「(…ま、まけるもんか…!)」
教室のスミからひそひそと話す声が聞こえた。三人組の国枝と白倉だ。
白倉が最新のうわさ話を提供する。
「そういえば、聞いた? 昨日、柚木がアリスに告白したんだって」
「えー、まじ? バカだねー。もちろんフラれたんでしょ?」
「当然よ。それなのにまだ付きまとってるなんて、サイアクね。ストーカーになるわねアイツは」
白倉はいつにも増して口が悪い。
おそらく昨日のアリスと秕を誰かが見ていたのだろう。秕が告白したというのは正確ではないが、フラれたというのは正しいと言ってよい。クラス中の人間が好奇のまなざしを向けてくる。
「うう……」
だが、そんな噂話にくじけているヒマはない。秕はアリスのご機嫌を取るために必死だった。
「ねえアリスちゃん、お菓子もってきたんだ。あげるよ。おいしいんだよコレ。あ、ジュースもいるよね?」
「うわ、モノで気を引こうとしてるよ」
「しかも、あんな安上がりに済ませようとするなんて。フラれるわけだ」
「女をナメすぎなのよね」
秕の笑顔が引きつる。冷や汗が頬を伝った。
無責任な解説をどうにか無視して、秕はなおも果敢に話しかけた。アリスはお菓子を受け取ろうともせず、もちろん話を聞く気もないようだ。
「ねえねえ、アリスちゃん」
しつこく食い下がる。
「駅前にさ、新しいハンバーガー屋が出来たの知ってる? 今度行ってみようよ」
アリスは不意に半歩足を引いた。
「アリスちゃん?」
そのまま腰を落とし、左手を巻き込んで上体をひねり、引き絞った弓のように拳を解き放つ。幻と呼ばれた強烈な左の正拳突きが、秕の会話継続の意志を根こそぎ奪い去った。崩れた机や椅子に埋もれて、秕は戦闘不能に陥った。
「……バカだな。フラれた直後にあんなにしつこくすれば、殴られるのは当然だぜ」
「ここは時間を置いて、アリスの頭が冷えるのを待つのが常套手段だろうな。まあ、どのみち無駄な努力だとは思うが……」
体育会系の少年と文化系の少年が冷静に解説した。
アリスは、さっさと自分の席に着いてしまった。これ以上の会話を拒否する、強烈なオーラが出ている。
「うわああん。アリスちゃーん。捨てないでえええー」
泣き崩れる秕に対して、周囲の反応は「同情」から「失笑」に変わっていた。あまりにも情けない。男として、いや、万物の霊長たる人間としてあり得ない情けなさだった。
それでも、やがて泣き止むと秕は涙をぬぐい、顔をあげた。
「……。こうなったら、適性試験に見事合格してアリスちゃんに認めてもらうしか無い!!」
―――――――――――――――――――
◆ホームルーム
―――――――――――――――――――
適正試験が開始される前に、教室で簡単な説明が行われていた。担任の女性教師、鮎川あゆか27歳が教壇で注意事項などを読み上げている。
今日予定されているPM適正テストは、文字通りPMへの適性があるかどうかを判断するものだ。本人の意志ももちろん考慮されるのだが、あまりにもひどい結果が出た場合、PMパイロットへの道が閉ざされることも十分にあり得る。
教室には軽い緊張感が漂っているが、生徒たちに深刻な様子は無い。もともとこの学校の生徒は数々の難関を突破した選りすぐりのエリートたちである。PMの適性試験ごときであわてる者はいない。
……秕を除いて。
「以上で、説明はおしまい。あ、そうそう。一つ、おめでたいお知らせがあります」
勿体つけるようにわざとらしく、鮎川は咳払いして続けた。
「実はこのたび、ヒノミヤさんが枢機軍に抜擢される事が決まりましたー!!」
朝の教室がどよめいた。皆の視線が一気にアリスに集中する。彼女が今朝少し遅れたのは、この件で職員室に立ち寄っていたからだった。生徒たちは驚きもあらわに、あれこれささやきかわす。
「マジかよ。枢機軍っつったら世界中の優秀な人材を集めて作られた地球最強の部隊だろ?」
「対エイリアン用の切り札。真のエリート……」
「でも、アリスの実力ならあり得る」
「あの若さで枢機軍なんて……すげえ」
「すごいすごいと思ってはいたけど、まさかここまでとは……」
いかにも体育会系といった見た目の村山英太が目を見開いて感心している。
「しかし、枢機軍に入るってことは軍人になって『奴ら』と戦うって事だよな?…奴らの事は、正体はおろか目的も、どこから来たのかも全く分かっていない。米軍でさえ手も足も出なかったんだ。…大丈夫なのか?」
文化系の雰囲気の少年、尾藤悠が心配そうにアリスに目を向ける。
「ばーか。アリスなら大丈夫に決まってるだろ。これで地球も安泰だぜ」
「……そうだな」
枢機軍がかなわなかったら、この星には他に自衛手段は無い。そのことは誰も口にしなかった。
「アリスちゃんが枢機軍に!? そんなっ! 聞いてないよっ!!」
HRの最中にもかかわらず、秕は隣の席のアリスに詰め寄った。
「お前とはもう会う事もなくなるだろうな」
「……だったら、僕も枢機軍に入る!!」
教室が静まり返った。クラスメイト達はみな眼をまんまるに見開いて秕を見つめる。やがて、さざなみのような苦笑が起こり、徐々に勢いを増していき、ついに教室は大爆笑に満たされた。
「無理にきまってんだろ!!?」
「バカじゃない!!?」
不動と古尾が先頭を切って大笑いしている。他の生徒達も、こればかりは笑うしかなかった。
「入らなきゃいけないんだ……」
それが絶望的なことだとは、秕もよくわかっている。それでも、アリスと離れたくない、その気持だけは、揺らぐことは無かった。
アリスは目をつむって、無関心を貫いていた。
「はい、はい、静かにっ! しーずーかーにー!! みんなさっさと移動して! 10分後、PMに搭乗して校庭に集合すること!!」
―――――――――――――――――――
◆PM格納庫
―――――――――――――――――――
浦上学園には初等部が6学年6クラス、中等部が3学年6クラスある。全生徒に専用のPMがあるわけではなく、全学年で約50機のPMを交代で使用することになっていた。
ただし、成績トップクラスの数名には専用機が与えられている。アリスの1番機やクロウの5番機がそれだ。秕は13番機に乗ることが多かったが、これは、13番機が旧式でいつも余っていたからだ。
次のチャイムが鳴ると、いよいよ適性試験が始まる。秕たちは学園の地下にあるPM格納庫に集まっていた。
「……いつ来ても、ここだけ未来みたいだ」
巨大な地下空間に数十機のPMが整備用作業台に固定されて、整然と並んでいる。そのまわりを様々な機械類が囲んでおり、その間を整備学科の生徒たちがちょろちょろと動き回っている。よくある整備工場のような雰囲気だが、ただ、壁や床だけは、あまり目にしないデザインになっていた。
格納庫の中を見渡しながら、秕は13番機のところへ急いだ。そこで、秕は意外な人物に出くわした。
「じいちゃん!?」
「秕、しっかり勉強しとるか?」
学校で肉親に合うのは気恥ずかしいものだ。秕は周りの目が気になって小さくなる。
「なんで学校に?」
「うむ。ちと学校見学にな。実はここの校長はわしの同級生でな……」
調度良いタイミングだった。秕は先ほどクロウに言われた言葉が少し気になっていた。早速祖父に確認してみる。
「……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんじゃ」
「僕がこの学校に入学出来たのは……コ、コネなんかじゃ、ないよね?」
恐る恐る祖父の顔を見上げる。
「なんじゃ、そんなこと気にしとったのか」
事も無げに祖父は笑う。その反応を見て、秕はホッとした。
「な、なんだやっぱりただのデタラメ……」
「――いや。わしのコネじゃよ」
「え」
秕は凍りついた。
「問題は入学して、なにをなしたか……じゃ。細かいことは気にするな!!」
祖父はサンタクロースのように笑った。
**********
「しかし、人型兵器が主戦力になる時代が来ようとはな」
格納庫から生徒たちが次々とPMを運び出し始めた。その様子を眺めながら、技術担当の教師がしみじみと言った。
「仕事だから整備はキッチリやるが、オレは本当は戦車を弄りたかったんだ。人型兵器なんて、全く馬鹿げてる」
「確かに」
とても中学生とは思えない、鋭い眼光の少年、折神連河が応じる。
「かつては、ロボット兵器というと、大半の者がゲームやアニメを思い出して馬鹿にしていました。アニメのように空を自由に飛び回ったり、大出力のビーム砲を持っていたりすれば、あるいは大活躍出来るかもしれませんが。ですが、実際のPMは空は飛べない。ビームも無い。さらに、関節むき出しで脆弱な装甲、的にしてくれと言わんばかりの身長」
「そうだ。戦車やヘリのほうがよっぽど役に立つ」
「もちろん。そういう局面も多いでしょう。ですが、それだけではままならない、PMという人型兵器が必要な戦場も確かに存在するのです」
面白くなさそうに、技術教師が折神を見た。折神が続ける。
「例えば、森林や瓦礫の散乱した都市などでの走破性はPMが圧倒的に有利です。ビルの上に登ったり、邪魔な障害物を素早くどかしたり出来ます」
「しかし、足の関節に泥や木が挟まったり……」
「人型兵器は人型土木作業機械から進化したものなので、泥や砂の対策はある程度できています。小さな石や木が挟まったぐらいなら粉砕されます。大きな木や鉄骨などの場合はマニュピレーターで取り除けます」
「いや、だけどゲリコマに対してはどうする?」
「ゲリラ等の隠れた歩兵に対する脆さは戦車も同じでしょう。それに、最近の対人センサー等の進化や戦術データリンクシステムによって、ある程度対処出来ます」
「それはそうだが……」
「それと、前後左右に急速回避する瞬発力は特筆すべきです。気付いてさえいれば砲弾を回避するのも不可能ではない」
「そうは言っても……」
「コストの問題も大きいでしょう。戦車は1両約10億円。PMは初期開発費用こそ膨大でしたが、現在、1機約18億円で制作可能です。人型土木作業機械の普及により、部品が大量生産され安価に供給されるようになったおかげです。修理も、手足の部位ごとに交換できるので、比較的簡単ですし。PM1機で戦車2両破壊できれば、十分役に立つといえるでしょう」
「だが、しかし……」
「そして、人型兵器の存在意義の、最も重要な点。戦車やヘリに出来なくて、PMにだけ出来る事があります」
「あの……」
「すなわち、近接格闘戦です」
珍しく折神は熱くなっていた。何かと戦うように、誰かに言い訳するようにまくし立てる。
技術担当教師もそろそろうんざりし始めていた。
「戦車が役に立たないと言っているのではありません。戦車もPMも、どんな兵器も運用方法次第、ということですよ。先生」
「……わかってるよ。そんなことより、おまえもテストがあるんだろ? さっさと行け」
―――――――――――――――――――
◆適正試験開始
―――――――――――――――――――
授業開始のチャイムが鳴り響いた。校庭にはPMが整列して駐機姿勢をとっている。校庭までPMを運んだ生徒たちは一度機体から降りて、担任教師の前に集合していた。
「えー、では、適性試験を行います。重要なテストではありますが、基礎的な適性を見るだけだから気楽にね」
ジャージ姿の担任の鮎川が、試験の手順等を説明している。
「仮にPMの適性がなくても、宇宙艦の操舵手やPM整備士、士官候補生などなど道はいくらでもあるからあんまり思い詰めないでように。――では、まず日宮アリス」
「はい」
颯爽とアリスはPMに乗り込んだ。システムを起動させフットレバーを踏み込むと、軽いモーター音を発し、深紅の装甲のPM1番機がしなやかに歩きはじめる。PMの基本歩行はプログラムされたものでパイロットの腕の差はあまり関係ないはずだが、彼女にかかるとまるで草原を行く肉食獣のように優美に映る。
1番機は校庭に隣接する演習場に歩を進めた。試験用のホロシミュレーターが起動し、正面にホログラムの敵部隊が出現する。
「はじめ!!」
鮎川の合図と同時に、3両の22式戦車改の44口径120mm滑腔砲が一斉に火を噴く。距離は約1000m。着弾まで約0.5秒。それだけの猶予があればアリスには十分だった。歩きながら機体を軽く揺らし、砲弾を次々とかわしていく。障害物の影から対地攻撃ヘリが対戦車ミサイル、ヘルファイアⅢを発射したが、これも難なく回避した。
そして。
ため込んだ力を爆発させるかの如く、アリスのプレイトメイルは一気に獲物に襲いかかった。訓練用のGM1ライフルをセミオートに切り替え、素早く照準を合わせ引き金を引く。腹に響く発砲音が轟くたび、ホログラムのターゲットは次々とたたき落とされていく。
その動きにはまるで無駄が無く、生身の人間よりも人間らしい。人馬一体という言葉があるが、これはまさに人と機械が一体となったようだ。わずか数十秒でカタがついた。アリスの技術の高さに一同、ただ唖然とするばかりだった。
「スゲーな、アリスはやっぱり格が違うよ」
「さすが、枢機軍に入るだけはあるな」
その様子を複雑な表情で秕は見つめていた。昨日の自宅でのやりとりを思い出す。
――「奴ら」は私が倒す! 絶対にだ!!――
「(ご両親を亡くして以来、アリスちゃんは変わってしまった。以前は明るく活発な女の子だったけど、何かに取り憑かれたように敵を倒す事だけ。おまけに僕を避けるようになるし……)」
やはり。アリスを一人にしてはおけないと、秕は思った。彼女は敵のこととなると冷静さを失い暴走しがちになる。枢機軍に入るということは、その「敵」と接触する確率が格段に高くなるということなのだ。
「僕がしっかりしなきゃ……」
続いて数人の適正試験が行われた後、いよいよ秕の番がやってきた。
「じゃあ次、柚木秕!」
「は、はいっ」
教師に呼ばれて立ち上がり、秕は自分のPMに向かった。
「出たぜえ、ドシロートが!!」
「へたくそーっ ひっこめーっっ」
「おめーは山奥でインチキ陰陽道をやってりゃいいんだよ」
いつものごとく、不動と古尾がチャチャを入れる。
「(見てろ。僕だって練習してるんだから。ここでイイ所をみせて、アリスちゃんと仲直りだ!!)」
決意とともに、秕はPMのコクピットに乗り込んだ。後部ハッチを閉め、主電源を入れる。PMのオペレーティングシステムが立ち上がる。
「IDとパスワードを入力してください」
IDによって管理される個人データがロードされ、コンディションコード「00」が返される。問題無しという意味だ。システムが正常に起動し、PMも駐機姿勢から立ち上がった。13番機が演習場に入る。
「では、はじめっっっ!」
「(大丈夫。昨日だってしっかり予習したんだから。自分を信じるんだ!!)」
思いを込めてフットレバーを踏み込む。そして……。秕のPMは転倒した。
一瞬の沈黙の後、堰を切ったように笑い声が渦巻いた。不動と古尾が腹を抱えて転げまわっている。
「信じらんねー!!」
「ちょっとありえねーよっ!?」
「笑っちゃかわいそうよ」
委員長の国枝がフォローを入れようとするが、セリフの途中で耐え切れず吹き出してしまった。
「やめろ やめろ !!」
「転校しちまえー!! 」
アシモの時代ならいざしらず、現代の動歩行技術は格段に進歩している。ちょっとやそっとの段差ぐらいでPMが転ぶことは殆ど無いはずなのだ。
秕は絶句していた。手の震えが止まらない。
一言で言えば、彼は甘かったのだ。何かをなし遂げるには、才能と努力が必要不可欠である。彼には才能が無かった。それを埋めるだけの努力をするにはあまりにも時間が不足していた。何の才能も努力もなくして、ある日突然「力」が覚醒するなど、現実にはあり得ないという事だ。
まして、この時の秕はプレッシャーにも負けた。
「……ちくしょうっ。どうして僕はこうなんだ!? こんなんじゃ、ほんとに落第だよ……。ホントにアリスちゃんにおいて行かれる……!!」
その時、聞きなれない電子音が校内の全てのスピーカーから鳴り響いた。
【続く】