Ep03_11 捜索
20150705 3章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。
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◆ロタウ2
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真クロトーを片付けたツクヨミがスサノオと合流した。
それはマガツカミにとっての災厄だった。ただでさえ手に余る式神が2体になったのだ。特に小型のヨルガミにとっては悪夢だったろう。
だが、同時にそれは、枢機軍にとっての希望だった。兵達が眩しそうな視線をその2体に集めた。
「ぼーっとしてんじゃねえ、秕!! ツクヨミももう限界を超える。そうなる前に、一気に叩くぞ!!」
「うん!!」
ツクヨミの限界時間は今のところ未知数だ。クロウの顔にも疲労が色濃く伺えた。気力だけでもっている状態だった。スサノオの連続使用に、秕がどこまで耐えられるかもわからない。一秒でも早く決着をつけなければ彼らの負けだ。2体の式神はロタウ目指して突撃を敢行した。
秕がヤツカノツルギの呪符を取り出す。
「式武召喚・八束剣!!!!」
ショートソードがスサノオの身長ほどもある大剣に変化した。そのままロタウの本体に向けて振り下ろされる。だがそれは、1つの首から吐き出された霊子レーザーによって妨害された。
続けざま、ツクヨミが雷撃のごとき飛び蹴りを繰り出した。しかし、それも踊るように蠢く首の攻撃のせいで失敗に終わった。
2機の式神はロタウから距離をとる。
ロタウの6つの首が胴体を中心に放射状に大きく開いた。スサノオとツクヨミを包み込もうとするかのようだった。ロタウの首が一斉に口を開ける。
「まずい、逃げろ!!」
クロウが叫ぶ。次の瞬間、2体の上下左右から同時に6本の光の槍が襲いかかった。スサノオとツクヨミはギリギリでそれをかわしたが、射線上にいたヨルガミや枢機軍のPM、艦艇が巻き添えとなり焼かれてしまった。
「あの首をなんとかしないと」
「秕!!」
焦る秕に、クロウが声をかけた。クロウは秕の返事を待たずに、ツクヨミを突進させる。
「!!!!」
多くを語る必要は無かった。秕にはクロウの意図が手に取るようによくわかった。
ツクヨミがロタウの前に無防備に停止する。
「な、なにを、クロウ!!?」
周辺で戦っていた杉藤が慌てて声をかけた。クロウの行動は自殺行為にしか思えなかった。
ロタウが再び6つの口を開き、ツクヨミに向けて、業火のような霊子レーザーを一斉に放った。
マガツカミの使う霊子レーザー兵器は、厳密にいえば地球のものとは異なるが、性質はよく似ている。レーザーとは光であり、その最大の特徴は、撃った瞬間に「光の速さで目標に到達する」ということだ。
「へっ」
クロウが目を見開き口角をつり上げる。文字通り光速で放たれた6本の光の槍を薄皮一枚の差でかわす。ロタウの首の方向から、軌道を予測しているのだ。
尚も執拗に放たれるロタウの連続攻撃を、ツクヨミは限界を超えた反応速度で避け続けた。
「なんて奴だ……」
杉藤が、驚愕を通り越し呆れた声を漏らした。ツクヨミの動きはもはや人の領域を超えつつある。
とはいえ、さすがのクロウもレーザーを永遠にかわし続けることは出来ず、何度かかすらせてしまった。だが、ツクヨミの装甲は、大きく焼けただれながらもそれに耐えていた。
レーザーは呪術ではないので跳ね返せはしなかったが。
「ちッ!!」
クロウは恐ろしいほどの集中力で攻撃をかわし続けた。何かを待つように、ロタウの注意をひきつけ続けた。
その時、秕のぎこちないが、力のこもった叫び声が聞こえた。
一旦距離を取ったスサノオが、死角から急襲する。このために、ツクヨミは囮を引き受けたのだ。先ほどのやりとりだけで、この作戦が立てられ、実行された。幼なじみの2人であればこそだろう。
秕は「禁刀呪」を唱えた。
「吾は是、天帝の執持使むる所の金刀なり
凡常の刀に非ず 是百錬の刀也
一たび下せば何ぞ鬼の走らざるや、何ぞ病の愈らがざるや
千妖も万邪も皆悉く済除す」
ヤツカノツルギに霊気が密集する。光の結晶がツルギをコーティングし、その破壊力を何倍にも高める。
秕の知る最上級の呪術、禁刀呪は、「禁刀」となるツルギを得たことで、究極のレベルに達した。
「な、なにこれ? スサノオの周りに空間の断絶が発生しています!!」
「なんだと!!?」
ルゥケイロルのオペレーターが特異な現象を観測し、上ずった声で副官に報告する。
「まさか、スサノオにそんな力が!!?」
スサノオはツルギを大きく振りかぶった。
秕の脳裏に様々な思いがよぎる。死んでいった仲間たち。倫子。そして、守るべき人たち。その思いをこめて操縦桿を押し込んだ。
「――急ぎ律令の如くせよ!!!!」
ヤツカノツルギが、雷撃となって振り下ろされ、ロタウの残りの首を全て、一閃のもとに跳ね飛ばした。
痛みを感じるのだろうか。ロタウが、切断面から血のような瘴気を吹き出しながら、のた打ち回った。
「…………す、すごい!!」
杉藤が何のヒネリもない感想を漏らした。
「な、なんてこと! く、空間が約400メートルにわたって断絶しています……!!」
「そんな馬鹿な……」
オペレーターが愕然としつつ報告し、リーゼロッテが絶句する。
「クロウ、今だ!!!!」
「まかせろ!!!!」
これ以上ないタイミングでツクヨミが反応する。秕とクロウの息はピッタリと合っていた。
獣のような、地鳴りのような雄叫びを、クロウが上げた。彼は呪術を使えないが、ツクヨミには独自の特殊能力が備わっていた。クロウの気迫に応え、ツクヨミのその力が目覚める。
「ああっ、こ、これは!!?」
「今度はなんだ!!?」
「ツクヨミの周辺に局地的な重力異常を確認。右手の周りに降着円盤が発生しています!!!! 中心部の質量は……太陽の約108倍を超えています!!!!」
降着円盤とは、ブラックホールなどの周りに作られる、チリやガスで出来た円盤のことだ。ツクヨミの場合のそれは、余剰のエネルギーから成っていた。
副官のリーゼロッテが息を呑む。
「まさか、ツクヨミは重力を操るのか!!?」
「アレほどの重力を発生させながら、自由に動き回れるなんて……。物理法則は休憩でもしてるの!?」
菜乃が呆れ果てたという表情で言った。
ツクヨミが瞬間移動にも匹敵するスピードで無防備なロタウに迫った。
「その程度の力で、よくもオレ達に刃向かえたもんだな!! あんまりナメるんじゃねぇ!!!!」
その腕には、残虐なまでの破壊力がみなぎり、自らを破壊するほどにうち震えた。
「(りんこ。こんなので罪滅ぼしになるとは思っちゃいねえが……。お前のために、マガツカミ共をぶっ潰してやる!!!!)」
渾身の気合とともに、クロウが叫ぶ。
「くらえ!!!! カミイクサ・水無月!!!!!!」
限界まで高められたツクヨミの重い拳が、ロタウの中心部に叩きこまれた。衝撃波が津波のように辺りを圧倒する。
しかも、その技はそれで終わりでは無かった。ロタウが、殴られた部分を中心に収縮し始める。見ると、ツクヨミの腕にあったはずの降着円盤がロタウの周りを回っていた。太陽の108倍を上回る超質量体が、ロタウの中に打ち込まれたのだ。
ロタウは軋みながら、水圧に押しつぶされる潜水艦のように、次々と圧縮され、へこみ、縮んで行き、最後には小さな黒い塊になった。そして、次の瞬間、血のような瘴気を吹き出したかと思うと、一気に膨張し、宇宙を揺るがす衝撃波とともに爆発、四散、消滅した。
「!!!!!!」
その圧倒的な破壊力に、杉藤をはじめ、皆が呆気にとられ言葉を失った。
「……たしか、マガツカミに重力は影響しないはずじゃ」
ルゥケイロルのブリッジでは菜乃が、困惑していた。
ヨシュウが相槌を打つ。
「確かに。でも、そんなのお構い無しですね」
「……いったいどんな原理で!!?」
戦場全体が、一瞬止まったように静まり返ったが、1人、リーゼロッテが我に返り、声を張りあげた。
「提督!!」
ハッとして、ヨシュウも我に返る。
「今だ!! 全艦一斉砲撃!!!! 敵集団を叩き潰せ!!!!」
旗艦を失って混乱する敵に向けて、くすぶっていた火星艦隊の主砲が一斉に火を噴いた。防御に徹していた分艦隊も攻撃に全てを集中させる。
幸いなことに、ロタウクラスのウキフネはもういないようだった。
宇宙に巨大な火球がいくつも生まれて、消えた。
火星艦隊は、マガツカミの集団に回復不能の大打撃を与えることに成功したのだ。
程なく、敵残存部隊はすごすごと引き上げていった。枢機軍陣営に大歓声が巻き起こった。空気が歪み、一部のガラス製品にヒビが入るほどの大騒ぎだった。
「ざまあみやがれ、バケモノどもォ!!!!」
「二度と来んなァ!!!!」
火星艦隊のあちこちで。月面の統括本部で。そして地上のいたるところで。人々は喜びを分かち合った。
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「……あの2人、ホントにやりやがった。たいしたもんだ」
杉藤がため息混じりに言った。驚き疲れてぐったりしている。
コクピットの中で、アリスは大きく息を吐き出した。張り詰めていたものが、一気に緩む。顔をふせ、しばらく身じろぎもせず押し黙っていた。
「おめでとうございます提督!!」
ルゥケイロルのブリッジでは、いつも冷静なリーゼロッテが、興奮した面持ちではしゃいでいた。
「いや、これは私の力ではありません。あの二人のおかげですよ」
深く椅子に沈み込んで、ヨシュウが答えた。彼の周りには、沢山のチョコレートの包み紙が散乱していた。
「まあ、ともかく勝つことは勝ったのです。今日は早く帰って、みんなでパーッと騒ぎましょう!! さあ、菜乃さんもご一緒に……」
菜乃の姿はどこにもなかった。帰艦する兄を迎えに行ったのだろう。
ヨシュウは窓辺に歩み寄り、宇宙空間に目をやった。
「……それにしても、スサノオとツクヨミ。たいしたものです。さすが、アマツカミの究極兵器……ですね」
いつになく、ヨシュウの瞳が意味深げに輝いた。
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◆捜索
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戦いは、一応の結末を見た。
枢機軍艦隊は、火、金合わせて、艦艇200隻近くを失い、戦闘ユニット部隊の半数以上が破壊され、計1万人を超える死傷者を出した。それでも、月の住人約240万と地球を守ることが出来たのだ。十分な成果を上げたと言ってよかろう。とりあえず、この時点において人類の命脈は保たれたのだ。
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ネクロポリスから数キロはなれた月の表面に、小型艇の残骸が散らばっていた。見上げると、真っ暗な空に青く輝く地球が浮かんでいた。
PMクロウ機、アリス機、秕機がしきりに周辺を探し回っている。3人とも戦いの直後で極度に疲労していたが、そんなことは一言も口に出さなかった。宇宙服姿の菜乃が、その様子を寂しげにながめている。りんこの身に悲劇が降りかかってから約2時間が経過していた。
その時、菜乃の携帯端末が着信を告げた。
「いま忙しいの。あとにして!! ……なに? 遺跡? だから、そんなの後に……」
菜乃が遺跡で出会った、大柄で小太りな調査員からだった。どうやってケータイの番号を知ったのか分からないが、ぜひ菜乃の意見を聞きたいということらしい。
「……遺跡?」
頭のスミに何かが引っかかって、菜乃は小首をかしげた。
「あれは……?」
クロウが墜落現場から数百メートル離れたところに何かを見つけた。急いで駆け寄って、PMから降りる。
その、「何か」のまえで彼はがっくりとうなだれて座り込んだ。
「クロウ?」
秕とアリスが駆け寄ってPMから降りる。
そこには無残に焼け焦げた宇宙服があった。
「りんこ……ちゃん……?」
2人はその場に立ち尽くした。
「りんこ……。すまねぇ」
クロウが倫子の体をかかえて抱きしめる。損傷が激しく、体組織の30%以上が失われていたが、顔は無傷で安らかな表情をしていた。
「……遺跡」
菜乃の脳裏に、先の遺跡での出来事がよみがえった。
「はっ! そうか、もしかして!!!!」
突然、菜乃が大声で叫んだ。叫びながら兄に駆け寄る。
「おにいちゃん、今ならまだりんこちゃんを助けられるかも!!」
「え? 今ならっていっても……もう」
「違うの、人は死んでも、細胞の一部は生きてることがあるの。世界には心停止後しばらくしてから蘇生した例はいくらでもあるんだから。ひょっとしたら、だけど、『魂』はまだその体にとどまってるかもしれない」
「……どういう意味?」
「だから、遺跡よ、遺跡!!」
「はっ! そうか、菜乃が見つけたっていう、遺跡の隠し区画か!!」
クロウが訝しげな視線を2人に向けた。
「どういうことだ!? 助かるってホントか!!?」
「わかんないけど、もしかしたら」
自信無げに、菜乃が答える。
「どうすればいい!!?」
「クロウ、りんこちゃんをつれて、早く遺跡の隠し区画へ!!」
「わ、わかった!!」
PMにりんこの身体を収容すると、4人は急いで地下遺跡へ向かった。
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◆一縷の望み
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遺跡のその空間は、辺り一面を何かの装置でうめつくされ、中心には巨大な塔の形をした構造物が屹立していた。塔から半径100mほどの円状に、筒型の透明な装置が無数に設置されていた。
装置の一つにりんこの身体を入れる。
「お願い、間に合って!!」
祈りをこめて、菜乃は装置のスイッチを入れた。プラントの中心にある巨大な塔状構造物が低いうなり声を上げる。
「……これは一体?」
クロウは、わけが分からず、不安げに菜乃を見た。
「これは人の魂を取り出す機械らしいの。さっきも言ったけど、もしもまだ、りんこちゃんの体の中に魂が残ってたら、それを取り出すことが出来るかもしれない。」
「…………?」
「その後本体は冷凍保存されるみたい。体のほうはもう心臓は止まってるけど、すべての細胞が死んだわけじゃない。将来再生医療が今よりもっと進歩すれば、ひょっとすると失われた組織を取り戻すことが出来るかも知れない。体は99%が死んじゃってるけど、でもまだ100%じゃあない。つまり、すくなくとも死をギリギリの一歩手前で『待たせる』ことができるかもしれないの」
「……よく、わかんねえけど……。『かも』ばっかりじゃねえかよ」
「……そ、そう……ね」
希望を見出しかけた菜乃だったが、冷静さを取り戻し、意気消沈する。そんなにうまくいく事があるだろうか。
中心の塔状構造物がガス欠の車のような音を立て始める。やはり死者を引き止めることは出来ないのか。
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「ああそうか、私はしんだんだ」
現実世界ではない、どこだかわからない不思議な空間に倫子の意識は漂っていた。周辺には何も知覚できるものはなく、ただ「無」がそこにあった。
「ここは……天国?」
それにしては何もなさすぎる。倫子は辺りをキョロキョロと見回した。
「あれは……?」
何もない空間のただ一箇所にだけ、他とは違うものがあった。光のような闇のような何か。
それがどういったものかは知る由もなかったが、ただ、倫子にはわかった。「その先」へ行かなければならない、と。
「……行かなくちゃ」
彼女は「その先」を目指してふらふらと漂い始めた。何かに引き寄せられるように。川を流れる水のように。しかし、なぜだかその足取りは鈍かった。
来た方角を振り返る。
「なんだろう。なにか忘れてるような、まだやらなきゃいけないことがあったような」
心の隅でそう感じてはいたが、行かなければならない、という思いがそれに勝る。後方に意識を残しつつ、彼女は先へ先へと進んでいった。
ふと、倫子は自分が何かを握り締めていることに気付いた。
「なんだろうこれ?」
手を開いてみる。それは、彼女手作りのお守りだった。……クロウに渡すための。
「――くろう君っ!!!!」
唐突に彼女は思い出す。クロウのこと。クロウに対する自分の気持ち。
「そうだ。これを渡さなきゃいけなかったんだ」
しかし、お守りは彼女の手の中で消えてしまった。
「そんな……」
なおも倫子は「その先」へ流されていった。もはや彼女の意志ではない。強制的にそちらへ引っ張られていくのだ。
「いやっ! そっちには行きたくないっ!!」
彼女は抵抗した。「その先」へ行ってしまうと、もう元にはもどれない。
「やだっ! 行きたくないってばっ!!」
進行方向に背を向け、倫子は必死で流れに逆らう。
「わたしは……」
何もない空間に手を伸ばし、ありったけの想いをこめて、倫子は叫んだ。
「わたしは、くろう君と一緒にいたいのっ!!!!!!」
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塔状構造物が動き出して、10分近くが経過した。しかし何も変化はなかった。
「……やっぱり……ダメか」
「あ、あたりまえだ……。死者の魂を取り出すなんて……、出来るわけがねぇ……」
かすれた声でクロウがそう言ったときだった。塔状構造物の前にある祭壇風の装置から、シャンパンの栓を抜くような音とともに「何か」が飛び出してきた。
その何かは、半透明で薄く発光しており人間の半分ぐらいの大きさだが、確かに人の形をしていた。
そしてその顔は、間違いなく倫子のものだった。
「!!!!!!」
秕、クロウ、アリスの3人が、我が目を疑って一瞬硬直した。
それは装置によって抽出された倫子の霊体だった。作業は成功したのだ。霊体のサイズが少々小さめなのは、取り出すタイミングが遅かったからかもしれない。
「う、うまくいったのか!!?」
クロウが誰にともなく問いかける。
「…………?」
倫子は戸惑いを隠せない様子であたりを見回していた。自分が死にかけたことを理解しているのかどうなのか。状況を説明してやらないわけにはいかなかった。菜乃が口を開く。
「あの、りんこちゃん。落ち着いて聞いてね。あなたの体は実はちょっとアレで……○×△ってなっちゃって……でもその、気を落とさないで。ひょっとしたら将来、再生医療が……」
「きゃーっ! みてみてーっ! 私、とんでるーっ!!」
霊体に重力は影響しない。うれしそうに倫子はそこらじゅうを飛び回った。
「…………」
クロウはなんと声をかけてよいか分からず、困惑しきっていた。他の三人と同様に。
「あ」
倫子がクロウに気づいて向き直る。
彼女はしばらくクロウを不思議そうに見つめていたが、やがて恥ずかしそうに、テレながらいった。
「てへ。私、しんじゃったみたい」
「…………」
四人は途方にくれた。
そのセリフはまるで死者への冒涜だったが、本人が言うのだから誰も責めるわけにはいかなかった。
思わず菜乃は、倫子に死ぬことの意味を言い聞かせようとしたが、それも残酷な話なのでやめた。
しかし、クロウにはどうしても言わなければならないことがあった。
「りんこ、すまねえ。オレがお前をコ――」
「――くろう君!!」
クロウの言葉を倫子がさえぎった。
「ホラ、みてみて。私飛べるようになったの! スゴイでしょ!!」
楽しげに彼女は笑っている。
「あ、いや……」
クロウは再び言葉を失った。倫子の性格は昔からとらえどころがなかったが、ここまでひどいとは……。
だが、そうではなかった。霊体となったりんこの頬に一筋の涙が光った。
「あれは事故だったの。クロウ君のせいじゃないわ」
倫子は必死で笑顔を作って言った。彼女は全て覚えていたのだ。
「……そうだよ。クロウは呪いに操られていたんだ」
あわてて秕もフォローを入れる。
「でもそれは、オレの心にスキがあったから……」
「ちがうってば。事故だったの。事故。ていうか、どちらかというと、悪いのは私のほう」
「でも……」
「だから、気にしないで。私、ゼンゼン平気なんだから。ちっとも痛くなかったし、怖くもないし、イヤじゃないんだから」
倫子は泣きながら笑いながら、しゃべり続けた。クロウに自分のことで苦しんでほしくない。自分のことよりなにより、彼女の頭の中はクロウのことでいっぱいだったのだ。
「……そんなことより、くろう君が元に戻ってよかった」
心の底からホッとしたという笑顔で、倫子は言った。
倫子にわびるべきは自分なのに、逆に心配されてどうするのか。自分の未熟さと愚かさがこれほど悔しかったことはなかった。クロウが泣くことなどめったにない。だが今日はそれが二回もあった。ひざを着き両手をついて、クロウは肩を震わせて泣いた。その背中に、倫子が触れることのできない手でそっと触れていた。
「……大丈夫。私はまだここにいるよ。くろう君と話ができるよ」
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◆帰り支度
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三日後。
秕たちは体力も回復し、落ち着きを取り戻しつつあった。それぞれ、地球に帰る準備をはじめていた。
切り札が地上に降りては、この先敵の襲撃があった時に対応が遅れる、との意見もあったが、いざとなればシャトルでPMごと打ち上げることも出来る。なにより、切り札の帰還は、国連防衛委員会・防衛委員長の厳命だった。
「テメェら、もたもたすんじゃあねぇ!! さっさと帰り支度しろっ!!」
クロウがPMの搬送作業の指揮を(勝手に)とっている。秕たちも、部品などの整理を手伝っていた。
「よかった。クロウのヤツ、元気そうだね、アリスちゃん」
「……そうか?」
アリスにはわかった。クロウが無理やり明るく振舞っていることが。あの日以来クロウは、絶えず罪の意識にさいなまれていた。倫子のことも、クロトーの犠牲になった他の者達のことも。いくら意識を乗っ取られていたとはいえ、彼の背負った罪はそうやすやすと消えはしない。
アリスがクロウに声をかける。
「クロウ。あまり無理はするな」
「ああ? なんでオレが無理なんか」
「……りんこのことを気にしてるんだろう」
「…………」
一瞬言葉につまったが、クロウはすぐに明るく言った。
「起こっちまったことは仕方がねえ。それに、まだ希望は残ってる。りんこはまだ完全に死んじゃいない。回復する見込みもゼロじゃないんだ」
自分に言い聞かせるように言う。
「――いや、このオレが全てをかけて、りんこを元に戻してみせる。待ってろよ、りんこ!!」
「なあに?」
なぜか「下」のほうから倫子の声が聞こえた。
クロウが声のしたほうを見てみると、自分の腹から倫子の顔が生えていた。
ホラー映画ばりの悲鳴を上げ、腰を抜かしてクロウがへたり込んだ。
「アホかっ!!!! 遊んでんじゃねえ!!!!!!」
「ご、ごめんなさいーっ! わざとじゃないのっ! キライにならないでー!!!!」
倫子はクロウにすがりつこうとしたが、すり抜けてクロウの体にめり込むだけだった。
「きゃあ」
「だから、人の体の中に入るなー!!!!」
アリスが困惑気味に、2人のコントを眺めていた。どうやら彼らに、深刻に悩んでいる暇はなさそうだ。
「これで、いいの……かな?」
「………さあ」
兄の問に、妹が困ったように答えた。
【続く】