Ep03_07 火星機動艦隊の戦い
20150705 3章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。
―――――――――――――――――――
◆戦場の秕2
―――――――――――――――――――
マガツカミの大軍の真っただ中へ単機で突入したスサノオに、杉藤率いる四機隊が追いついてきた。その後方にはソン・ヨシュウ少将の指揮する火星機動艦隊が控えている。宇宙イージス艦を中心に、航宙護衛艦、航宙駆逐艦、宇宙空母、宇宙戦艦からなる、200隻の艦隊だ。
「敵ウキフネの数は?」
火星艦隊旗艦ルゥケイロルのブリッジで、チョコレートを食べながらヨシュウが問う。これは別にふざけているわけではなく、脳に糖分を補給しているだけだ。
「現在167体」
ヨシュウの副官、リーゼロッテが冷静に報告する。
「ふむ。本当ならスサノオの力は、対クロウ君用にとっておきたかったのですが、そうも言ってられませんね。秕君、いけそうですか?」
「は、はい」
落ち着きを取り戻した秕が、緊張した声で答える。
「なるべく早く、敵を追っ払うことにしましょう」
「おにいちゃん……」
ルゥケイロルのブリッジに場違いな少女が浮かんでいた。兄が無茶をするのではないかと心配して、無理やりついてきた菜乃だった。(もちろん、この件にはヨシュウが一枚かんでいる。)
だが、もう一人、全く不似合いな客がこの船に乗っていた。
「きゃあっ! だれか、とめてえっ!!」
なれない無重力にバランスを失った少女がじたばたしながらブリッジに流れてきた。菜乃が手を差し伸べる。
「あ、菜乃ちゃん、ありがとう」
ルゥケイロルの医務室にいた倫子だ。彼女は、空腹で倒れて医務室に運ばれた後、艦を降りるタイミングを逃してしまっていた。
「りんこちゃん、もう大丈夫なの?」
アリスやクロウには「さん」付けなのに、同じ先輩であるはずの倫子には「ちゃん」をつける菜乃だった。親しみの表れなのだろうが。
「おや、菜乃さんのお友達ですか? 結構結構。どうぞ見学していってくださいな」
指揮官席から降りて倫子に話しかけようとしたヨシュウは殺気を感じて足を止めた。振り返ると、副官がものすごい形相でにらんでいたので、彼は倫子との会話をあきらめ、仕方なく艦隊の指揮を続けた。
副官のリーゼロッテは、ヨシュウとは真逆の堅物で、その知的な美しさとは裏腹に、皆に恐れられていた。ヨシュウと同い年の26才の女性である。
「…………」
菜乃の軽蔑の視線がヨシュウを射たが、彼は気づかないフリをした。
「見学? いいのかな。私、クロウくんを探さないといけないんだけど……」
倫子は何かを手に握り締めていたが、菜乃にはそれが何か分からなかった。
「……今は無理だよ。とにかく、そこのイスに座ってください」
「ありがとう」
本来なら、倫子を別室へ案内すべきだったかもしれないが、菜乃にはそんな余裕はなかった。
「お兄ちゃん!!」
通信モニタにむかって叫ぶ。菜乃はヨシュウにムリを言って、通信回線のひとつをスサノオ専用に空けさせていた。
「気をつけてよ、スサノオでいられるのは1時間が限度なんだからね!!」
スサノオは、国連枢機軍の戦闘ユニットPMに、陰陽道の力で式神を憑依させた特別な機体だ。その姿を維持するには秕の呪力が必要であり、自ずと制限時間が存在した。
「うん。分かってるよ」
意外と落ち着いた返事が返ってきたので菜乃は少し驚いた。あれほどマガツカミを恐れ、戦いを恐れていたはずなのに。
「どうなってんの? これも、特訓のおかげ……なのかな」
スサノオに杉藤機が近づいて直通の通信回線を開いた。
「いいか、秕。いきなり英雄になろうと思うな。突然強い人間になるなんて不可能だ。ひとつずつ課題をクリアして、一歩一歩成長していけばいい」
「は、はい」
「まずは、操られてるクロウをどうにかしてみせろ。いくら強いとはいえ、お前と同じ年の同級生だ。絶対勝てないということは無い」
秕はコクピットの脇にヒノミヤにもらった御守りと、訓練終了毎にもらえるメダルを3つ貼り付けていた。その横にはこっそり撮ったアリスの写真もある。それらに目をやって、大きく頷いた。
「……わかりました。絶対クロウに勝って見せます!! (そうしなきゃ、本当にみんなおしまいだ)」
強気なセリフを口にしてはいるが、もちろん秕にとってマガツマミや戦場が怖くなくなったわけではない。いきなり何者も恐れない強靭な精神力の持ち主になるのはやはり無理だが、それでも秕は少しずつ成長しているのだ。慣れもあるだろうが、少なくとも、スサノオのコクピットにいる間はそれほどの恐怖を感じなくなっていた。
「…………秕」
それに、秕のそばにはアリスがいた。訓練のため合流は遅れたが、彼女も杉藤の四機隊に配属されて、戦場に同行していたのだ。秕の心の安定にとって、アリスの存在は非常に大きく、そして有用であった。
「アリスちゃん、大丈夫? 危なくなったらすぐ僕が助けるからね」
本当は、アリスには安全な場所で待っていてもらいたい。それが本音だったが、そんな説得はするだけ無駄だ、と、一番わかっているのは秕本人だった。
「余計な心配をするな。私は大丈夫だ。それより、自分の仕事をきっちりこなせ」
「……うん!!」
「フン。秕のやつ、ずいぶんマシになったな。ただのヘナチョココゾウだと思ってたが……。少しは努力したってことだな」
不肖の弟子を楽しそうに眺めながら杉藤はつぶやいた。
それでも、まだ秕は第一歩を踏み出したばかりだ。彼の行く手にはこれからもたくさんの壁が待ち受けているはずだった。
そして。
艦隊戦の第二ステージが開始される。
スサノオの登場によって、マガツカミの集団が浮き足立っていた。それを見てヨシュウはすばやく攻勢にでる。枢機軍側に若干有利に戦いは進展していった。
―――――――――――――――――――
◆スサノオの戦い
―――――――――――――――――――
「ん!?」
気がつくとスサノオは、再びマガツカミの小集団に囲まれていた。戦艦クラス1、駆逐艦クラス2、それに戦艦クラスから吐き出される無数の小型ヨルガミがザワザワと集まってくる。
ヨルガミが遠距離から一斉に呪詛を放つ。
「臨兵闘者皆陣破在前!!」
秕は九字を切った。九の言霊を一文字ずつ唱えながら格子模様を描く。
月御門流陰陽道では、九字の使い方に独自の方式があった。よく秕が使う読み下しの「変わり九字」は初心者用で、今のやり方が「早九字」と呼ばれる正式なものだ。また、一文字ずつ印契を結ぶ「切紙九字」という方法もある。
スサノオが腕を振るうと、光で描かれた格子が一斉に拡散し、全ての呪詛をはじき返し、なおかつ呪詛を放ったモノを切り刻んだ。1/3近くのヨルガミが消滅する。
間を空けず、残りのヨルガミが接近戦を挑んできた。PMの性能と比べるとかなりのスピードなのだが、スサノオには通用しない。畳み掛けるような敵の連続攻撃をスサノオはことごとくかわし、すれ違うごとにヨルガミは切り刻まれていった。
この程度の戦力で、今の秕を止めることは出来ない。
「……な、なんだろう。スサノオの動きが、すごく軽い」
これは一週間PMに乗り続けた特訓の成果だった。四六時中コクピット内にいたことで、秕はPMの操縦に慣れていた。普通の動きなら問題なくこなせるようになったのだ。そしてそれは、スサノオになったときの動きにも反映されていた。
「す、すごい」
「我々は必要ないんじゃないのか?」
秕の特訓を手伝ったダニエル・オニールらが呆れ気味に言った。
「おら、ボーっとすんな。仕事しろ仕事!!」
スサノオの戦いに見とれる兵たちを、杉藤が叱責する。
杉藤率いる四機隊がスサノオの前に割って入った。彼らの任務は、スサノオからPMに戻った後の秕の護衛だが、今のスサノオに護衛は不要だ。
「秕、ザコは俺たちに任せろ!! お前はデカイのをやれ!!」
「は、はい」
戦術データ・リンクシステムで近くのウキフネを探す。ヨルガミを無視して、スサノオは一気に戦艦クラスのウキフネに接近した。秕は口の中で小さく「禁刀呪」を詠唱する。
スサノオの強さは術者の呪力に影響される。呪力は術者の精神、想いの力に左右される。今の秕は気力も充実し、自信もある。最高の精神状態にあった。
スサノオの腕の先に「禁刀」が光の長大な刃となって具現化する。
「――急ぎ律令の如くせよ!!」
禁刀の一閃が闇を切った。眼前のウキフネが真っ二つに引き裂かれ、血を吹き出すようにして爆散した。さらにそのままの勢いで禁刀をふりまわす。スサノオの周りにはたちまち無数の火球が出現し、近づく敵はことごとくなぎ払われた。
「つ、つえええ!!」
「ほとんど反則だな」
「俺たちも負けてられるか!!」
アーマチュア部隊のPMが小型のヨルガミ、オボロと呼ばれるタイプめがけて殺到する。小型とはいえ大きさはPMの1.5倍、攻撃力は約4-5倍はある。PM4機がかりでやっと一体のヨルガミをしとめることが出来た。
そのヨルガミを数体、アリス機が立て続けに切り伏せる。これがはじめて戦場に出た13歳の少女のやることとは到底思えない。
「……フン」
小型のヨルガミなら、アリスはすでに何度も対戦している。余裕さえ感じられるほどだ。
「なんなんだ、あの女!!?」
「新人だと? アレで……?」
新人離れしたアリスの能力に、ベテランの兵たちも舌を巻く。
「やっぱり、オレより強い……」
アリスの訓練を手伝った、第11小隊長ゲルゼンキルヒェン少佐が自信を失って肩を落とした。
「やるな。だがっ!!!」
負けじと杉藤もオボロの一群に切りかかり、アリスを上回る数の敵を瞬時にしとめてしまった。そればかりか続けざま、オボロよりやや大型のマガツカミ、ウツロを叩き斬った。遺跡の地下に現れた8体と同じタイプだった。
ただのPMでこの戦果である。スサノオの影で全く目立たないが、杉藤の戦闘力も尋常ではない。
意外と負けず嫌いなアリスが舌打ちをする。杉藤にはどうしても勝てないのだ。
「気をぬくな!! まだまだ敵は腐るほどいるんだ!!」
杉藤の激に、四機隊の面々が大声で応えた。
―――――――――――――――――――
◆レーダー
―――――――――――――――――――
スサノオの突進力、破壊力に便乗して、枢機軍・火星機動艦隊も善戦していた。
以前の地球側の攻撃は、マガツカミには全く効果はなかった。それが、対霊子兵装によって反撃が可能となり、しかも極めて効果的に機能しているのだ。急造のシステムにしては上出来といえよう。
攻撃力でははるかに劣る火星艦隊だったが、あらゆる火器を総動員して豪雨のような砲撃を浴びせかけた。敵の進撃が一時的に止まった。
「おいおい、行けるんじゃないか!!?」
「俺ら、つええ!!」
お調子者のブリッジクルーが軽口を叩く。しかし、火星機動艦隊首脳陣は、そう楽天的では無かった。
「――ですが、我々の不利は動かせません」
「ですねえ」
ヨシュウ付きの副官が正論を吐く。このままマガツカミと戦い続けるにはどうしてもこちらの数が少ない。
戦況は地球側に若干有利に展開しているとはいえ、マガツカミ・ウキフネの主砲の破壊力は枢機軍艦艇の防御力を凌駕している。直撃すればひとたまりも無いのだ。
それを今は、スサノオの力とヨシュウの神業とも言える艦隊運用によって、かろうじて優位を保っているに過ぎない。
「敵集団B、左側面より接近!!」
「回避!! シールド出力全開!!」
敵の砲撃が火星艦隊を襲った。しかし、距離が遠かったのと、迅速な回避行動が幸いして被害は15隻程度ですんだようだ。
「あぶな……。ちゃんとレーダー付いてるの、この船?」
冷や汗混じりに、菜乃がつぶやく。
「まあまあ。レーダー要員を責めてはいけません。我々のレーダーでは敵を捉えられないのですから」
「うそ」
ヨシュウの説明に、菜乃は信じられないという顔になった。
枢機軍ともあろうものが、霊子レーダーのひとつも完成させられなかったとは。
「正面の敵に対し半時計回りに全速航行。側面の敵との距離をとる」
「右舷に敵集団C!!」
「天底方向に回避」
菜乃を気にかけつつも、ヨシュウは的確な指示を出し続けていた。200隻近くからなる艦隊が、魚の群れのように一糸乱れぬ艦隊運動を行い、戦場を駆け巡る。
それでも、善戦していたかに見えた火星艦隊が、徐々に失速していく。敵集団の包囲網にすこしずつ追い込まれていくのだ。
「せめて、レーダーが使えると、もう少しラクに戦えるのですが」
めずらしくヨシュウがグチをこぼした。しかしその口調はおだやかで、「うちのテレビは映りがわるい」ぐらいの深刻さしかなかった。
「…………」
しばらく考え込んでいた菜乃が、突然行動を起こした。
「ちょっとどいてください!!」
レーダー要員を追い払って自らが席についく。
「こらっ!! そこの子供、なにをする!!」
菜乃につかみかかろうとする副官を、ヨシュウが手で制した。
「!!?」
菜乃はコンソールパネル制御ユニットのふたを叩き割ると、内部の拡張スロットを探し出した。そこに、自らが開発したオリジナルの霊子レーダーを無理やり接続する。地下遺跡でテストをした試作機の改良版だ。同時に、キーボードに向かい手早く各種設定をやってのけた。かなり強引だが、既存のレーダーを利用しつつ、中枢だけを入れ替えたのだ。エンターキーを押す。
すると、メインスクリーンにこの戦場の半分をカバーする広域レーダーの映像が映し出された。もちろん、マガツカミの情報も小型のものにいたるまで詳細に表示されている。
「こ、これは!!?」
「まあ、この船の出力だけだと、これがげんかいかな」
得意気に菜乃は言った。
「ど、どうなって……!?」
「な、何故だ!? 枢機軍技術部が1年かかって作れなかったものが……!!?」
「……この子供、いったい……」
レーダー要員はじめ、ブリッジのクルーが軒並み絶句する。
「すごいなあ、菜乃ちゃん」
倫子の場違いな拍手が響いた。
「さすが菜乃さん。天才科学少女と言われただけのことはありますね。もっと早くレーダーの件を確認しとくべきでした」
「……ヨシュウさん、やっぱり私のこと知ってたの?」
「え? ええ、まあ。ウワサぐらいなら」
「(……だから私をこの船に乗せたのか)」
ヨシュウがそこまで計算していたかどうかは謎であるが、結果だけ見れば見事な采配である。
「やはり菜乃さんは私が見込んだだけの女の子です。ぜひ、私の妹になってください」
「おことわりします」
絶対的な拒絶を持って、菜乃は応じた。
―――――――――――――――――――
◆衝突
―――――――――――――――――――
一時的に劣勢に立たされていた枢機軍だが、すぐに体制を立て直した。菜乃のレーダーが役に立ったからだが、その情報を最大限に活用したヨシュウの指揮官としての能力が大きかった。
スサノオと一体となって枢機軍火星艦隊は敵集団を徐々に押し返していった。このまま順当にいけば、この戦いに勝利を収めるのも不可能ではない。
流れは確実に枢機軍サイドに向いていた。
だが。
すさまじい霊子と霊子のぶつかり合う衝撃波があたり一面を揺さぶった。
戦闘参加から18分、順調に戦果を挙げていたスサノオが500m近く弾き飛ばされ、そのまま、浮遊していた小惑星に激突したのだ。
衝撃で肺を圧迫され、秕がうめき声を漏らした。
「おにいちゃん!!」
「秕っ!!」
菜乃とアリスが叫ぶ。
スサノオの進撃が止まった。
「あ、新たな敵影!!」
「なんだと!!?」
オペレーターの報告に副官が声をあげる。
光学モニタがその敵を映し出す。菜乃の背筋に悪寒が走った。
「あれは……、クロウさんのマガツカミ……!!」
「……?」
倫子が不思議そうに首を傾げた。
菜乃にもう少し余裕があれば、この事を倫子の耳に入れるべきではないと判断し得ただろうが、今の彼女は兄のことで頭がいっぱいだった。
「ヤツがスサノオを止めたのか!!?」
「あれが……。このあいだ秕くんを叩きのめしたという……?」
副官とヨシュウの会話が追い打ちをかけた。
「………え?」
倫子の表情が、笑顔のまま硬直した。このブリッジのなかで一番驚いていたのは倫子だった。彼女は何も知らなかった。クロウがマガツカミに堕したことも、秕と戦ったことも。倫子はいいしれない恐怖にとらわれた。いやな事が起ころうとしている。自分にとっても。クロウにとっても。
「……く、くろう、くんが……マガツカミ……? な、なんで……?」
倫子は足が震えて座り込みそうになったが、ここには重力がないのでそうはならなかった。彼女は青い顔をして、よたよたとブリッジから出て行った。誰にも気づかれずに。
―――――――――――――――――――
◆火星機動艦隊の戦い
―――――――――――――――――――
蒼く、仄暗く発光している禍々しい機体がスサノオと火星機動艦隊の前に立ちふさがっていた。秕たちには知る由もなかったが、このマガツカミは「クロトー」と呼ばれていた。
呪いそのもののような呪力をあたりに撒き散らしながら、クロトーはゆっくりとスサノオに向きなおった。
「やはり来たか、クロウ」
やりきれない思いで、アリスがつぶやく。
「目を覚ませ!! 私のことがわからないのか!!」
しかしながらアリスの叫びは、クロウには届かなかった。彼の関心は、ただひとつ。
クロウの暗い瞳がスサノオをにらみ据える。クロトーはおもむろに加速すると、体勢を立て直しているスサノオめがけて突撃を仕掛けた。
あわてて秕は回避する。一瞬の差で、それまでスサノオが張り付いていた小惑星が吹き飛ばされた。
「なっ、800m四方はあろうかという小惑星を、たった一撃で……!!」
杉藤が驚嘆する。
クロトーは再びスサノオに向き直った。
「……コロス」
「!!!!」
クロウの紛う方なき殺意が、秕の心の奥へ突き刺さった。背筋に悪寒が走る。ガラスの破片に埋めつくされたような緊張感がこの宙域を包み込んだ。
これまでの秕なら、このまま逃げ出していたかもしれない。
だが、今の彼は少し違った。
メダルと御守りに目をやる。これ以上の被害を出さないために。アリスたちを犠牲者の列に加えないために。震える手足を必死に押さえ込んで、秕はこの場に踏みとどまった。
「アリスちゃん、危ないから近寄っちゃダメだよ」
「秕こそ、気を抜くな!!」
「うん!!」
**********
「スサノオが足止めされてしまいましたね。これはまずい。戦況は?」
「現在の敵数、ウキフネ121。ヨルガミ約320。対してわが艦隊は残り168隻。アーマチュア297。艦上戦闘機252」
モニタに映し出される概略図を指しながら副官がヨシュウに説明する。月をバックにした火星機動艦隊を半包囲するように、四つの集団に分かれた敵が取り囲んでいた。
「数で言うとこちらが上ですが、単体での戦闘力の差を考慮すると、敵の戦力は、我々の約3倍になります。……これはスサノオを除外した値です」
「そうかあ。ヤバイなあ」
リーゼロッテが解説し、ヨシュウが頭をかく。
「金星艦隊が補給を終えて戻ってくるまではまだ時間がかかります。月にいる我が艦隊の残り98隻も、間に合わないでしょう。他の星系にいる艦隊や米艦隊は大半が対霊子兵装を装備できていないので役にはたちません」
「うーん。スサノオを当てにしすぎましたねえ。やあ、失敗失敗」
ヨシュウはさわやかに言った。
「スサノオの力は、敵の巡洋艦クラス約20体、もしくは戦艦クラス4体に匹敵します。――ただし限界時間が1時間。しかも今は例のクロウとかいう少年の相手をするので手一杯のようです」
「他の敵は我々だけで何とかするしかなさそうだね」
面倒くさそうにヨシュウはため息をついた。
「イヤだなー、戦争って。私はまだ死にたくないよ」
「そういことは声に出して言わないでください」
ヨシュウがメガネを取って、手で目を覆うようにこめかみを揉みほぐした。
「……しかたない。あんまりこのテは使いたくなかったんですが……」
再びメガネをかける。全クルーの視線が吸い寄せられるようにヨシュウに集まってくる。こうみえて、彼は部下に信頼されているのだ。ブリッジの雰囲気が変わった。
「艦隊を2対1の2チームに分けます。少ないほうは全エネルギーをシールドにまわし、完全に盾になります。攻撃はしないでよろしい。残りは全エネルギーを攻撃に集中させます。防御は考えなくていいです」
この時代のもっとも常識的な宇宙艦艇の戦いかたは、高電磁シールドを張りつつイオンビーム兵器やミサイルで攻撃する、というものである。ヨシュウはその常識にこだわらなかった。
「そんなことしたら攻撃チームは完全に無防備になるよ!!?」
菜乃が心配して言った。子供でも分かる、無茶な戦法だ。
「そのかわり、単艦の攻撃力と防御力がアップします」
臆せずヨシュウは言ってのけた。つまり、一隻の艦を一個の武器と考えると、剣は切れ味を増し、盾はより頑強になる。30の普通の剣と盾より、20の魔剣と10の魔法の盾というわけだ。大胆な作戦であるし、リスクも大きい。
「でも……」
「かまいません。この作戦が通用しなかったら、どうせみんな死ぬんですから」
いつものように彼は、緊張感のカケラもない声で言った。ヨシュウの命に従って艦隊は戦いつつ編成を変更する。
「艦隊編成、変更完了しました」
「結界シールド最大出力」
「対霊イオン砲、データ入力。フルチャージ」
副官が報告する。オペレーターが状況を読み上げる。それらを聞いて、ヨシュウはゆっくり頷いた。
「……よし、撃て!!」
オフェンス艦隊の主砲が一斉に火を噴いた。新編成の攻撃が魔剣さながらに、敵マガツカミ群を切り刻む。また、ディフェンス艦隊は臨機応変に移動しつつ、敵の攻撃をはじき返した。
「さすが提督! これなら戦える!!」
兵の誰かが言った。
「(しばらくはね)」
ヨシュウはそう思ったが、口には出さなかった。
【続く】