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禁じられたアリス  作者: 右藤秕
Ep03 赤黒の月2
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Ep03_04 地下遺跡02

20150705 3章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。

―――――――――――――――――――

◆調査員

―――――――――――――――――――


 月の地下遺跡に侵入した菜乃(ナノ)は、調査員の目を避けつつ先を急いでいた。彼女の目的は最下層にある。


「ちょっとそこの君、なにをやってるんだ。ここは立ち入り禁止……」

「やばっ!!」


 ここまで順調に来ていたが、ついに菜乃は見つかってしまった。あわてて逃げようとする彼女を調査員の予期せぬ言葉が引き止めた。


「……あれ? ひょっとして、柚木菜乃(ユヅキナノ)さん?」

「え? なんで私の名前を?」


 振り返ると、大柄で小太りの調査員が満面の笑みで菜乃の方を見ている。その宇宙服も特注だろうか。


「いやー、今や時の人ですよあなたは。浦上学園の天才科学少女といえば、我々の内では知らないものはいません」

「(てんさいかがく……。もっと他に言い方はないの?)」


 あまりにもベタな愛称に、菜乃は苦笑した。


「なんで私が時の人なの?」

「『ナノラボラトリー』。菜乃さんのウェブサイトですよね」

「え!? ばれてる!!?」


 ナノラボラトリーとは、菜乃が匿名で様々な設計図や論文を公開していたウェブサイトの名前だ。

 気の利いた大人なら、ここでしらばっくれる事もできただろうが、菜乃はそこまで考えが及ばなかった。歳相応の少女らしく素直な反応をみせてしまった。


「あのサイトには、以前から色々な組織が興味を持っていたんですよ。でも、だれもサイト管理人の素性を知らなかった。それが最近、正体が判明したんです。正体を知った人たちはみんな驚きました。私も含めてね」


 まさか、10才の少女があれほどの才能を持っているなどと、誰が想像できるだろうか。古来、若くして難関大学に合格する天才的な人物の存在は皆無ではなかったが、それにしても彼女の存在は少し異質だった。

 なぜ、これほどの才能があるのか。なぜ、これほど科学の知識があるのか。考えてみれば、本人にもその理由はよくわからなかった。


「へえ。そうなんだ」


 正体がバレたことに、菜乃は大した感想は持たなかった。正体を隠すのはもともと父の方針で、彼女にはどちらでもよかったのだから。


「サイトで発表されていた、『対霊子理論』読ませてもらいました。大変興味深い!!」

「はあ。……あれは、相当前に趣味で書いたもので……」


 10才の少女の言う相当前とは、大人が考えるそれとは大きく異る。


「あれのお陰で、枢機軍の対霊兵器開発がうまくいったんです。あ、正式には甲型対霊子兵装と言うんですけど。ともかく、ありがとうございました」

「え、そうなの!!?」


 意外な事実に、菜乃は目をパチクリさせた。


「(そうか。格納庫で対霊兵器を調べた時、想像の範囲内だったのは、私の理論が元になってたからなのか……。そりゃ、自分の考えなんだから目新しくないのは当たり前か。あの時、何か引っかかると思ったけど、そういう事か)」


 枢機軍の内部組織クシヒルは対霊子兵装開発にあたり謎のウェブサイトの科学者に協力を仰ごうしたことがあった。そのサイトには連絡先が無かったのでコメント欄を使ってエージェントが協力を要請した事もあったのだが――


「(そういえば、以前協力してくれって言われたことがあったっけ。めんどk……忙しくて断ったけど)」


 断りはしたが、技術の使用は許可していた。それが対霊子兵装開発に繋がったというわけだ。


 その後、諦めきれないクシヒルは様々な調査を行ったが、わかったのはNANOという名前だけで、結局正体を突き止めることは出来なかった。そのサイトには、さまざまな妨害措置が施されていたのだ。


 それが先日、菜乃が学校のホストコンピュータに侵入したことがきっかけで、正体が判明した。侵入の手口は結局わからなかったが、遠足参加者に彼女が自分の名前を書き込んだ事が決め手となった。その辺り、菜乃もまだまだ子供である。


 後日、彼女が遠足に出かけた後、クシヒルからの捜査官が柚木家を訪れ、菜乃のパソコンを調査した。結果、そのパソコンの中に、これまで謎であったウェブサイトの元になった情報が発見されたというわけだ。

 学校のホストコンピューターは枢機軍と一部情報を共有している。本来なら重大な犯罪行為だが、今回、侵入の件は不問に付された。


 ちなみに、火星機動艦隊司令ソン=ヨシュウが菜乃を知っていたのも、この件の報告を受けていたからだ。


「開発チーム一同、感謝してます。報酬などの話も後ほどあるかと思いますが、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「はあ。(報酬なんて別にどうでもいいけど)」

「『霊的なエネルギーの科学的な考察・解析による再現』。いったいどうやってあのような発想を得たのでしょう? もしよろしければお教え願えませんか?」

「あ、そんなたいしたことじゃないんです。ただ、お兄ちゃんを見てたら思いついたんです」

「お兄さん?」

「お兄ちゃんはオガミヤなの」

「ほう。日本の魔法使いですね。それはそれは」


 菜乃がチラチラと通路の先へ視線を送る。


「あの、私急ぐので、これで」

「ああ、お引止めしてしまって、どうもすみません。お気をつけて」


 調査員は手を振って菜乃を見送った。


「……なんなの、一体」


 菜乃は先を急いだ。



―――――――――――――――――――

◆小惑星帯

―――――――――――――――――――


 四機隊(シキタイ)(シイナ)のPMを積んだ輸送船がネクロポリスのカタパルトから射出され、月の重力圏を脱出した。

 しばらく移動したところで輸送船は止まり、杉藤機、他の四機隊の機体、秕の13番機の順でPMが放出された。

 この先で秕の特訓が行われるのだ。


「うわ……」


 月や地球と違って完全に無重力である。前後左右上下、全てがほぼ暗黒の宇宙空間だ。呼吸の音だけがやけに大きく聞こえる。その、身に迫る孤独は実際に宇宙に行ったものしか分からないだろう。秕は、全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。

 しかも、厄介なのは宇宙での移動である。宇宙空間では一度発生した推進力はずっと影響し続ける。一度前進すれば、打ち消さない限り永遠に前進し続けるし、むやみに方向転換を繰り返すとその分複雑な力が機体にかかり、制御を難しくする。コンピューターにより自動で姿勢を制御することもできるが、そればかりに頼っているようでは一人前とは言いがたかった。

 最初の10分ほど、秕機はくるくると回っていた。


 月の裏側の上空に、小惑星や廃棄された宇宙船などを配置した訓練場があった。そこが今回の特訓の舞台である。

 秕のPM13番機は、訓練場の入り口になんとか辿り着いた。そこには、漆黒の杉藤機他、四機隊のPMが待ち構えていた。


「ここが宇宙サバイバル訓練場だ。内容はさっき言った通り、これから一週間、PMに乗ったまま宇宙空間で過ごしてもらう。当面は、俺たちと戦いつつ、食料を探すことがお前の目的になるだろう。とにかく、これから一週間生き延びてみせろ」


 杉藤がいつもの調子で説明する。


「……は、はい!!」


 半泣きで、半ばヤケになって秕は返事をした。


「よし、他の詳しい説明はコイツに聞け」


 杉藤が一人の兵をモニタ上に呼び出した。髪を短く刈り込んだ、いかにも軍人といった雰囲気の男だ。


「私はダニエル・オニール少佐。君の相手をする第二小隊の隊長だ。よろしくな」

「よ、よろしくおねがいします」


 この訓練の第一の目標は、宇宙空間になれることだ。風呂とトイレは訓練場内にいる補給艦を使ってもよく、空気と燃料の補給も許可されていた。だが、食事も睡眠も全部PMの中だ。


「ごはんはどうすればいいですか?」

「第二小隊全員が食料をもって訓練場の中に隠れている。それを見つけ出して倒せば、食料を渡してやろう」

「破棄された宇宙船の中にもあるかもしれないしね」


 第二小隊の1人、ジャック=ジャクソン中尉が付け足した。


「……わ、わかりました」

「この修行中、四機隊第二小隊の全員が、スキを見て君を攻撃する。もちろんダミーの武器だが、命中判定はコンピュータが実戦さながらに判断する。HPがゼロになれば、その日は食事抜きだ。HPは毎日0時に回復する」

「は、はい……」

「ちなみに、我々のPMの攻撃力は通常の1/5に設定してある。ハンデだな」


 もちろん、スサノオや呪術の使用は禁止だった。


「それじゃあ、さっそく修行開始だ!!」


 大声で杉藤が号令した。



**********



 秕は訓練場に入った。まずは宇宙そのものに慣れるのが大変で、無重力の空間を思い通りに動けるようになるまでしばらく時間が必要だった。

 最初の数日は、空腹との戦いとなった。1日目、果敢にも第二小隊の一機に戦いを挑んだ秕だったが、あっさりと返り討ちにあい、食事抜きとなった。2日目も同様。


 このままでは餓死すると判断した秕は、とりあえず逃げまわって宇宙に慣れつつ、廃棄宇宙船の中にあるという食料を探す事にした。まずは態勢を整えようと考えたのだ。

 だが、当然その考えは第二小隊側にも読まれていた。秕が廃棄宇宙船を発見した時、その前に1機PMが見張りに立っていた。


「ごはんごはんごはんごはん……」


 もはや限界だった。目は血走り、腹の虫は大合唱。あれこれ作戦を考える余裕もない。飢えた獣のように、秕機は一直線に見張り役のPMに襲いかかった。やぶれかぶれの突進だったが、これが功を奏した。敵役のPMは攻撃力が1/5になっている。秕の側はHPがゼロにならなければ良いのだ。攻撃を食らうにまかせ、突進し、ライフルを撃ちまくる。


「こ、こいつ!!」


 見張りのPMが慌てて応戦した。

 近距離から正面で撃ち合えば、攻撃力を1/5に制限されたほうが不利に決まっている。見張りのPMにあえなく撃破マークがついた。


「ごはんー!!!!」

「……ヤレヤレ。ほら、食料だ」


 撃破された機体は、食料を置いて輸送船まで引き上げて行った。強引な戦術だったが、勝ちは勝ちだ。


「ご、ごはん……」


 コクピットのシートの背もたれを後ろに倒すと、そこは小さな仮眠室になる。両サイドに小物入れや救急パック、小型の電子レンジや冷蔵庫にパソコンも完備されていてテレビも見られる。PMの運用に、長期のサバイバルも想定されているのだ。

 電子レンジで食料パックを温める。秕は2日ぶりの食事にようやくありついた。パック入りの宇宙食(照り焼きチキンカレー、ライス大盛)をがむしゃらに頬張る。ただの宇宙食をこれほど美味しく感じたことは今までなかった。

 さらに、廃棄宇宙船の中の食料も発見出来た。これで餓死する心配もとりあえず無くなったし、この訓練を突破する目処もたった。ひとまず秕は胸をなでおろした。



―――――――――――――――――――

◆遺跡の秘密

―――――――――――――――――――


 遺跡探検を続けていた菜乃は、先日、スサノオとクロトーの戦いが行われた広間にたどり着いていた。ここにも調査員が来ているはずだが、今は見当たらない。

 念のため、もう一度年代測定をやり直す。今度はより慎重に。


「……やっぱり、機械も故障してないし間違いない。この遺跡が作られたのは……12万年前だ」


 改めて広間を見渡してみる。一面が、発光する材質不明の素材で作られており、構造は一見シンプルだがところどころに設置してある何かの装置は、用途不明の超科学の塊だ。


「あれ?」


 奇妙な違和感を感じて菜乃は立ち止まった。


「(あんな扉、前、来たときあったっけ?)」


 広間の中心にそびえ立つ祭壇風のプラントの下部に、人間サイズのドアがあった。故障しているのか、特にロックもされていないし、トラップもなかった。扉を開けて中へ入る。中は小さな小部屋になっていて、例の転送装置と同じパネルがついていた。

 迷わずパネルを操作すると、小部屋は瞬時に移動した。ドアの上の表示をみると、広間の1つ下のフロアを示していた。

 菜乃は小部屋から出た。


「…………!!」


 そこは、他のフロアとは少し雰囲気が異なっていた。辺り一面、何かの装置でうめつくされ、中心には巨大な塔の形をした構造物が屹立していた。何かの祭壇のようにも見えたが、何らかの目的のために造られたプラントらしい。全体の構成を考えると、このプラントが遺跡の中心的設備で、上の広間の塔はこのプラントの一部のようだ。

 言葉を失ったまま、菜乃はしばらく立ち尽くしていた。


「なによコレ……。こんなの今まで見たことない。しかも動いてるし……。ホントに12万年前の遺跡なの!!?」


 菜乃の心の奥に火がついた。目がギラギラと輝く。


「こんなの見たら引き返すなんて出来ない!」


 喜び勇んで、菜乃は調査を開始した。

 塔の向かって右側側面が大きく破損していた。大昔に何かが爆発した跡のようだったが、プラント自体は動き続けているし、重要な部分には影響なかったのだろう。

 中心の塔から半径100mほどの円状に、筒型の透明な装置が無数に設置されていた。一つ一つの大きさは、ちょうど中に人間が入れるほどだ。大部分は壊れていたが、2、3基、完全な形をとどめているものもある。中には何も入っていない。


「(まさか、ね)」


 そのうちのひとつのカバーが開いている。中をのぞいて見ようと菜乃が身を乗り出したその時に、偶然手が何かのスイッチに触れたらしい。


「あっ」


 突然カバーが閉じて、菜乃は装置の中に閉じ込められてしまった。同時に、プラントの中心にある巨大な構造物がうめき声を上げる。菜乃は装置の中で錯乱状態になった。悲鳴をあげて透明なカバーを闇雲にたたきつける。


「きゃーっ! いやーっ! だれかーーっっ! おにーちゃーんっっ!!」


 彼女の叫びもむなしく、カバーはびくともしない。そのうちに、巨大な塔状構造物の前面にある、小さな祭壇風の装置が光を放ちはじめた。光はさまざまに色や形を変え、ゆがんだり渦を巻いたりしながら、やがてひとつの映像に収束する。

 光が収まると、そこには立体映像のような半透明でうっすらと光を放つ菜乃が浮遊していた。


「えっ!?」


 おかしなことに、菜乃の意識はその半透明な浮遊体のほうにあって、筒状の装置の中で意識を失っている彼女の体を眺めていた。


「ええっ!!?」


 全てが彼女の理解を超えていた。いったいどういう原理でこんなことが起こりうるのか。彼女にはもはや、叫び声を上げる他なすすべがなかった。


「ええええっっ!!!?」


 塔状構造物の唸りが消えていく。全てのシステムが沈黙する。一連の作業シークエンスは終了したようだ。


「…………」


 しばらく時間をおく。菜乃の頭脳が冷静さを取り戻していく。


「なにこれ……。ひょっとして――」


 生唾を飲み込む。


「――人の魂を抜き取る機械!!!?」


 自らの考えのあまりの突拍子もなさに、自分でもあきれながら、それでも他に考えようがないことに菜乃は気づく。自分の手を見る。向こう側が透けて見える。その辺の機械を触ってみる。難なく手がすり抜ける。


「私、今、幽霊になってる……?」


 普通の人間なら取り乱して自分を見失うだろうが――


「スゴイ。こんなトンデモナイ技術をもった宇宙人がいたなんて」


――菜乃には関係無かった。


「スゴイスゴイスゴイ!! だいはっけんよー!!! のーべるしょーよー!!!!」


 感極まって、はしゃぎまわる。こんなところはまだまだ10歳の子供らしい。ふと、菜乃は動きをとめた。笑顔が少し引きつる。


「私、元にもどれるのかな……?」



―――――――――――――――――――

◆試練

―――――――――――――――――――


 訓練が始まってすでに四日がすぎていた。この時点で秕は、最低1日1食を手に入れられるようになっていた。普通の人間がこの訓練を受けた場合との比較はさておき、秕にしては上出来だった。

 夜は安全な場所を見つけて、PMのコクピットのシートを倒し、丸くなって眠りにつく。秕は、この特異な環境にも慣れつつあった。


「(アリスちゃん、今頃何してるのかなあ。ああもう、四日もアリスちゃんに怒られてないよ。なんだかさびしいな)」


 彼は、今までいつもアリスに怒られてすごしてきた。それが日常になってしまっていたので、そのことで傷つくことはない。それどころか、むしろアリスに怒られないと物足りなく感じるようにさえなっていた。


 そして、順調に訓練は続き、やがて最終日の朝が訪れた。


「よーし。今日が最後だ。最後の戦いに勝てば、この訓練も終わるんだ」


 気合を入れて、秕は操縦桿を握った。


 いくらアクションゲームが苦手な者でも、他人の10倍も20倍も練習すれば1ステージぐらいクリア出来るようになるものだ。秕は、飲み込みは遅く才能もなかったが、努力の甲斐あって、ようやく人並みの力――宇宙空間でPMを自由に操る事が出来る力――を手に入れたのだ。

……冷静に考えると、あれだけ努力してやっと人並みか、と言えなくもないが。


 最終日。訓練場の中心に秕は呼び出された。最低限の課題はクリアしたと言ってよいが、まだ、最後の課題が残っていた。

 秕機の前に、杉藤の第5世代F式PM-S44の漆黒の機体が現れた。最後の課題は杉藤機と戦って勝つ事だった。


「よくここまで来たな。これから俺とサシで戦ってもらう。しかし、俺が全力で戦えばお前は絶対に勝てない。だから、俺のPMの攻撃力は1/30に設定しといてやる」

「それは、いくらなんでも……」

「お前なんかそれで十分だ。さあ、かかって来い!!」



**********



 1時間に渡る長い攻防の末、秕は杉藤に辛くも勝利した。


「くそっ!! 1/30は、やりすぎだったか!!」


 杉藤は後悔したが、もう遅い。ハンデをつけすぎたのは事実だ。しかし、それでも今までの秕ならば勝てなかっただろう。少しずつだが、着実に彼は成長しているのだ。

 最初は無謀と思えたことでも、繰り返すことで身についていく。努力ではどうしようもないことも世の中にはある。だが、どうにかできることも確かにあるのだ。


「ほら、これをやろう」


 杉藤が秕に小さなメダルを与えた。それは、秕の宝物となり、自信となった。



**********



 秕たちはネクロポリスの南ゲートに帰還した。久々の月の重力が心地よかった。杉藤が秕に声をかける。


「途中で逃げ出すかと思ったが、よくやったな」

「え?」

「なんだよ。人がせっかくほめてやってるのに」

「あ、ありがとうございます!! ……その、僕は人にほめられることがあまりなかったので」


 秕は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。


「見直したぜ」

「よく耐えたな」


 特訓に協力してくれたダニエル=オニールとジャック=ジャクソンら四機隊のメンバーがねぎらいの言葉をかけてくる。


「みなさん、ありがとうございます……」


 秕は目頭を熱くして、涙ぐんだ。こんなに人にほめられたのは初めてだったからだ。しかもそれが、自分の努力の結果を認められてのことなので、なおさらだ。何かをやり遂げた満足感と、心地よい疲労が彼を包んだ。


「これでこの特訓は終了だ」

「はい。お疲れ様でした!」


 秕は頭を下げて、宿舎に向かって歩きだした。これで、久々にゆっくりできる……と思ったが、秕の肩をがっしりと杉藤がつかむ。


「どこへ行く?」

「え? でも、特訓は終わりって……」

「そうだ。さっきの特訓は終わりだ。次はまた別の特訓を開始する!!」

「えええ!!?」


 秕はがっくりと崩れ落ちた。



 【続く】



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