Ep03_03 地下遺跡01
20150705 3章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。
―――――――――――――――――――
◆訓練終了
―――――――――――――――――――
「ヒノミヤ候補生! どうした!? 返事をしてくれ!!」
ゲルゼンキルヒェン少佐がアリスの元へ向けて駆け出した。
訓練用要塞内は静けさを取り戻していた。格納庫にはPMアリス機が横たわっている。マガツカミの尖兵オボロをなんとか退けたアリスだったが、敵の攻撃により「ケガレ」に冒されてしまい、意識を失っていた。
額には汗がじっとりと浮かび、息が細かく浅くなっている。あまり良い兆候とはとても言えなかった。
不意に、アリス機の脇に1つの人影が現れた。少佐ではない。見慣れぬコートをまとい深くフードをかぶった人物だ。遠目には性別も年齢も定かではなかった。
その人物がPMに手をかざし、何事かつぶやいた。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
するとたちまち、アリスとPMに張り付いていた「ケガレ」が潮のように引き、燃え尽きる灰のように消えていった。
アリスの表情からは苦悶の影が薄れ、そのまま、穏やかな温かい眠りに落ちていった。
**********
アリスはコロニー管理センターの医務室で目をさました。
あの後、少佐と、駆けつけた応援部隊に救助されたのだ。彼女には全く怪我は無く、「ケガレ」による悪影響も無いようで、ただの過労だろう、と診断されていた。
「アリス少尉候補生」
病室に、ゲルゼンキルヒェン少佐をはじめ第11小隊の面々が集まっていた。
「いやー、見事だったよ。君にはすばらしい素質があるようだね。ウワサ通りだよ」
「君のお陰で負傷者の救出もうまく行ったしな」
しばらく状況が飲み込めず、アリスはぼんやりしていたが、思い出したように口を開いた。
「……それで、タイムは?」
「え?」
「訓練終了までにかかった時間は!?」
「あ、ああ。ええとたしか、2時間32分……だ。スゴイじゃないか。歴代3位の記録だよ。」
「3位? 2位じゃないのか?」
アリスが聞き返す。1位の父に敵わないのは良いとしても、まだ他に自分より上がいるとは。
「ああ。2位は杉藤大佐だ」
「…………」
「まあ、仕方ないさ。余計なアクシデントがあったんだ」
「……そうだな」
少佐の言葉にアリスはうわの空で答えた。
脳裏に焼きついた、マガツカミの断末魔の悲鳴が思い出された。
「(それにしても、『マガツカミ』って一体なんなんだ?)」
唐突に、そんな疑問がわき起こった。
「(霊であるということ。敵であるということ。……わかっているのはその程度しかない。目的は? なぜ地球を狙う? それに、どこから来たんだ?)」
考え始めると際限なく疑問が浮かんでくる。自分は敵を何もわかっていない。そのことに改めて気づかされた。
「(そういえば、秕のじいさんが言っていたな)」
――マガツカミとは旧き神々の敵じゃ――
「(古き神々。スサノオの敵。……神話の時代の話か。私の手に負える代物じゃないな)」
アリスはもう一度、深い眠りに落ちた。
―――――――――――――――――――
◆菜乃の日課
―――――――――――――――――――
秕の部屋のパソコンの前に、菜乃は座っていた。普段の活動には自前の携帯端末で十分だったが、プログラムを打ち込むのはやはり、キーボードが便利だ。
菜乃は地下遺跡で実験した対霊レーダーのデータをチェックしていた。さらなる改良を加え、レーダーを完璧なものにするためだ。
「そろそろ対霊レーダーもネットにUPしとくかな」
以前から彼女は自分のウェブサイトを運営していた。非営利の個人サイトで、いろいろなアイデア、設計図、論文等を公開してた。一応コメント欄はあるが、メール等の連絡先はなく、世間では、このサイトの管理人は謎の人物とされていた。
なぜメアドを公開しないかというと、「インターネットの危険から子供を守ろう!!」という、菜乃の父親の方針だった。インターネット上にいる人間は、一人の例外もなくロリコンの変質者であるからだ(菜乃の父談)。
とはいえ、第三者が実際に製品を作って売るのは許可していた。全ての発明品を自分で作るのは色々と面倒だし、お金にも大して興味は無かった。ただ、発明品を人々が喜んで使ってくれる、それが菜乃には嬉しかった。
―――――――――――――――――――
◆秕の特訓 02
―――――――――――――――――――
「どーした! 立てコラァ!!」
南ゲートの外で、秕の根性を叩き直すべく特訓は続いていた。しかし、状況は一向に変化の兆しを見せなかった。秕はただ、一方的に攻撃を受けるだけだった。
「うう…。こんな事したってもう無駄なのに」
「あァ?」
またしても秕が弱音を吐く。杉藤の忍耐力も限界に近づいている。苛立ちを隠そうともしない。
「特訓したって僕なんかがクロウに勝てるわけないんだ」
「逃げるのか?」
「……もうだめです。もう、いまさらなにをしたって遅いんだ!!」
こらえきれず、ついに秕は泣き出してしまった。
「――ってバカ、泣くな! それでもパイロットを目指す者かっ! 少尉候補生だろうが!」
「ううう。で、でも……」
杉藤は深い溜息をついた。自分が厳しすぎるのは分かっている。遊びたい盛りの子供にこれほどの苦難を強いるのは心が痛む。もしこれが世間に知られたら、虐待だのなんだのと責められるのは間違いない。――だが。
「……秕、ちょっとこれを見てみろ」
「…………?」
杉藤は秕のPMに映像データを送った。13番機のコクピットにニュースが映し出される。
それは数日前、マガツカミの先遣隊による攻撃を受けた海王星系デスピナの映像だった。かろうじて逃げ延びた報道関係者が撮影したものだ。
「こ、これは」
そこに映し出されたものは、あたり一面の廃墟だった。デスピナの地表に建設されたさまざまなプラント、住居などの残骸。
そして、そこここに異様な物体が転がっているのがわかる。最初見たとき、秕にはそれが何か分からなかった。目を凝らす。ややあって彼は理解した。それは、かつて人だったもの――デスピナ住民の亡骸だった。
「…………!!!!」
秕は顔色を失って黙り込んでしまった。杉藤がどんなに呼びかけても返事をしない。それほどショックだったのだ。秕には刺激が強すぎたらしい。どうやら逆効果だったようだ。万策尽きた杉藤はサジを投げたい気分になった。思わずグチがこぼれる。
「ガッカリだな。ヒノミヤ大佐はなんでこんなガキにスサノオを託したんだか」
「え? し、知ってるんですか? アリスちゃんのお父さん……ヒノミヤさんを?」
杉藤は意外そうに秕を見た。
「ああ。オレの上官だった人だ。今頃、嘆いてるだろうぜ。こんなヘナチョコにスサノオを託すんじゃなかったてな」
ヒノミヤの話が出たことで、秕の表情が少し引き締まった。
―――――――――――――――――――
◆秕とヒノミヤ
―――――――――――――――――――
「俺にもしものことがあったら娘を頼むぞ、秕」
「うん!! おじさんに『もしも』なんてあるわけないけどね」
秕は思い出していた。在りし日のヒノミヤとのやり取りを。そのころの秕は今よりももっと子供で、もっと愚かだった。
「でも、僕には何の力もない……。アリスちゃんを守ること出来るかな」
「出来るさ。俺だって、アリスのために努力してきたんだ。やれば出来る」
「そりゃ、おじさんには出来るよ。でも、僕みたいに何の価値もない人間は何をやってもうまくいきっこないんだ……」
10才にして、自分の限界を悟ったつもりになっている少年に、ヒノミヤは軽い怒りを覚えた。
「バカかお前は。人には生まれながらに価値があるとでも思ってんのか?」
「え? ちがうの?」
「たりまえだ。人にはハナッから価値なんかねえ。カミサマが人に使命や価値を与えてくれるなんて思ったらオオマチガイだ!!」
「そうなの?」
不思議そうに、秕はヒノミヤを見た。
「お前は、アレだろう。『人は何のために生まれ、何のために生きるのか』とか考えてんだろう」
「……うん。たまに、だけど」
「ふむ。まあ、誰でも一度は考える疑問だな。だが、答えは簡単だ」
自信たっぷりに、ヒノミヤが言う。
「教えてやろう。人が生まれてきたのは何のためでもない。ただ偶然が重なって意味もなく生まれてきたんだ。だから、別に目的も役割も与えられてはいない」
「……そんな。夢も希望もない……」
身も蓋もない話だが、本当のことなのでどうしようもない。人間というものは、自分達が神や超越的な存在によって使命を与えられ、運命とともに生まれてきた、と考えたがる傾向にある。だが、人は誰もそんなものを与えてもらってはいないのだ。
「そもそも、人類が地球に生まれたのはただの偶然だ。そしてさらに偶然が重なってここまで進化してきた。そこに何者かの意志も運命も価値もないんだよ」
「けど、おじさんには価値があるよ。枢機軍最強っていう価値が」
「そりゃそうだ」
「???」
秕にはワケが分からなくなってきた。
「しかし、それは誰かに与えられて最初から備わってたわけじゃねえ」
ヒノミヤの目が鋭く光る。
「俺は自分の価値を、自分で作り上げたんだ。人間に価値がないのなら、自らそれを作り出せばいいだけのことだ!!」
「!!!!」
秕は目を見開いた。考えてみれば当たり前のことであるが、それでも、世界を形作る真理のひとつを、明快に示された気がした。価値を自ら作り出す。…もちろん、生易しいことではないだろうが。
「俺は、アリスとその周りの世界を守るために、自分の全てをかけてきた。そして、自ら掴み取ったんだ。その力を、な」
秕にはヒノミヤの自信がまぶしかった。何かを成し遂げた者だけが持つ自信。その言葉は秕の心の隅に深く刻み付けられた。
「才能とかではなく、人はみな『力』を持っている。夢を実現させる力を。でも大部分の人はその力を信じることが出来ず現実と妥協するんだ。けどな、秕。人間本気になってやれば、一生のうちに何かひとつぐらいモノにできるもんさ」
「ほんき……」
「――だから。自分に価値がないとか、自分には出来ないとか言う前に、とにかくまず、やりたいことをやってみろ。意外と何とかなるもんだ。少なくとも、やる前からあきらめるのは漢のすることじゃあねえ!!」
最後のセリフは少し芝居がかっていたが、ヒノミヤは力強く言った。
「…………」
どんな夢のような言葉でも、どんな大雑把な言葉でも、ヒノミヤが言うとなぜか真実に聞こえてくる。秕もいつの間にかその気になっていた。
「いいな。アリスをたのんだぞ」
ヒノミヤはポケットから小さなお守りを取り出すと秕に差し出した。後に秕とアリスを救うことになるスサノオの式札が入ったお守りである。
「うん!!」
両手でしっかり受け取ると、秕は子供らしく元気に答えた。
「わかった。アリスちゃんのことは任せて。僕がPMパイロットになって絶対守ってみせるよ!!」
ヒノミヤは大きくうなずいた。そして、まじめくさって秕に言う。
「ただし!! アリスに変なちょっかいだしたら、俺がお前をぶっ飛ばす。いいな」
「……そのまえにアリスちゃんにぶっ飛ばされると思うけど」
「それもそうだな」
二人は、ばかみたいに大笑いした。
―――――――――――――――――――
◆秕の決意。
―――――――――――――――――――
「そうだ。約束したんだ」
秕の目に涙がにじむ。ヒノミヤはもういない。今の秕の状態をヒノミヤが見たらどう思うだろう。こんな惨めな自分の姿を見せられはしない。秕はそう思って気力を振り絞った。
「一回負けたぐらいであきらめてる場合じゃないんだ。そんなことじゃ、アリスちゃんを守れやしない!!」
秕は史上まれに見る臆病者ではあるが、どうしても譲れないものがあった。ほかの事全てを差し置いてでも、守りたいひとがいるのだ。約束のために。そして何よりアリスのために。
目をとじると脳裏にアリスの顔が浮かぶ。その少し厳しいが自信にあふれた顔が、秕にささやかな勇気を与えた。
13番機が立ち上がる。
「それに、クロウのことだって、ほっておけないし……」
秕は泣くのをやめ、特訓が再開された。
「行くぞ、秕!!」
杉藤機が容赦なく突進して凄まじい攻撃を繰り出した。13番機はまた簡単に吹き飛ばされた。しかし。
「よけなかった!?」
秕は逃げようとして攻撃を受けたのではなく、反撃しようとしてモロに攻撃を食らったのだ。13番機が、よろよろと起き上がる。
「……僕は強くならなきゃいけないんだ!!」
歯を食いしばり、操縦桿を握り締める。13番機が杉藤機に向けて走り出す。
もちろん、その攻撃はあっけなく返り討ちにあったが、秕の気持ちに変化があったのは明らかだった。
「……フン」
杉藤がたのしそうに笑った。
「よし、次の段階に入るぞ!!」
「え? ……は、はい!!」
―――――――――――――――――――
◆遺跡へ
―――――――――――――――――――
兄が修行に出かけて行ったため、暇になった菜乃は一人で地下遺跡に向かった。あの遺跡を一度じっくり調べてみたいとずっと考えていたのだ。
PMを持ち出すわけにいかないので、観光用のレンタル月面車を借りることにした。オートパイロットシステムなので、行き先の設定ができれば子供でも利用可能だ。
しばらくして、菜乃は遺跡近くのクレーターに到着した。月面車を待たせておいて、宇宙服姿で単身遺跡に向かう。
先日の戦いの後、この遺跡には専門家が大挙しておとずれ、今もそこらじゅうを調べている。入り口は警備員が厳重にガードしていて、簡単には入れそうにない。物陰に隠れて、菜乃は様子をうかがった。
「(どうにかして中に入る方法はないかな。他にも入り口があればいいんだけど)」
調査員達の通話を「無断で」聞いてみる。
「この遺跡からは、妙な妨害電波のようなものが発生しているようだ。これのせいで、ナビが狂って迷子が多発したのかもしれないな」
「今は大丈夫なようだが」
「東側の小さな通路は何だった?」
「地表まで続いていました。非常口のようですね。とりあえず封鎖しておきました」
「そうか」
菜乃の瞳が怪しく輝いた。
**********
やっとのことで、菜乃は調査団の目を盗み、遺跡内へ忍び込むことに成功した。改良型の霊子レーダーであたりを確認する。
「(よし。もう霊はいないみたい)」」
先日の戦いで全滅させていたのか、あるいは、あの後枢機軍がやって来て対霊兵器の実験場にでもなって片付けられたか。
「(これで心置きなく調査出来そうね)」
菜乃はただでさえ機械いじりが好きな、好奇心の塊のような少女である。初めてこの遺跡を訪れたときから、調べたくて調べたくてウズウズしていたのだ。特に、年代測定をやって出てきた12万年前という数字が気になっていた。
「(さーて、じっくり調べるぞー)」
気合をいれて歩き出す。
もし年代測定の結果が正しいとすれば、この遺跡は人類以外の何者かが建造したということになる。そうであれば、人類には想像も出来ないようなオーバーテクノロジーが隠されている可能性があるのだ。それはマガツカミと戦う上できっと役に立つはずだ。ひょっとしたら敵についても何か分かるかも知れない。色々と思いをめぐらせつつ、菜乃は好奇心の導くまま、奥へ奥へと歩いていった。
―――――――――――――――――――
◆秕の特訓 03
―――――――――――――――――――
杉藤の説得や、ヒノミヤとの約束を思い出したこと等により、秕はなんとか立ち直っていた。
次の訓練のために、南ゲートへと向かう。
「やあ、秕君。調子はどうですか」
途中、火星艦隊司令ソン=ヨシュウに声をかけられた。その、のほほんとした様子は、どうみても艦隊司令という柄ではない。
「あ、ヨシュウさん……じゃなかった、ソン提督。大変ですけど、でも、全力でやってます」
「そいつは頼もしい。頼りにしてますよ。なにしろ、全ては君しだいですから」
「はあ」
ヨシュウにそんなつもりはないのだろうが、秕はプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「それで、僕になにか……?」
「あ、そうそう」
ヨシュウはポケットを探って小さなカード状のものを取り出した。
「ヒマがあったら、これ読んでおいてください」
秕にメモリーカードを押し付ける。
「これは?」
「菜乃さんに頼まれていたものです」
「わかりました。じゃあ、菜乃に渡しておきます」
「お願いします。でも、そのまえに、秕君も読んでおいたほうがいいですよ」
「はあ」
ともかく、秕はそれを受け取った。
「がんばってください。この戦いの行く末も、スサノオの真の力を引き出せるかどうかにかかっていますからね」
それだけ言うと、彼はふらりと姿を消した。これを渡すためにヨシュウはわざわざここへ来たのだろうか。
「……スサノオの……真の力?」
カードを手に、秕はぽつんと取り残された。
「(一体何のことだろう)」
**********
秕が南ゲートの中へ入ると、そこには杉藤が待ち構えていた。杉藤はいきなり訓練の解説を始めた。
「次の訓練の舞台は、宇宙だ」
「うちゅう!!? そ、そんな、まだ心の準備が……」
突然の事態に、秕があわててしどろもどろになる。杉藤がため息混じりに答える。
「何をいまさら。宇宙での訓練をするために、お前は月まで来たんだろうが。今までのが準備運動で、これからが本番だ」
「……はい」
13番機が格納庫から搬出されてきた。足の部分に宇宙用の推進機関が取り付けられている。これがあれば、簡単に月の重力圏から脱することもできる。
秕は早速PMに乗り込んだ。
「それで……。僕は何をすればいいんですか?」
モニタの中の杉藤に聞く。
「これから一週間、PMから降りることを禁じる」
「えええ!?」
「さらに、その間は、宇宙で俺たち四機隊と戦ってもらう。俺達すべてが、お前の敵だ」
「ええええええ!!?」
途方もない命令に、秕は戸惑うしかなかった。
「いくらなんでも、そんなのムチャですよー!!!!」
半泣きで慌てふためく。こういうところはやはり以前の秕のままだ。
「ならばどうする? やめるか?」
一瞬秕はためらった。少しだけ逃げ出したくなったのだ。しかし。
「……いえ。やります!!」
しかし、秕は逃げなかった。約束のため。アリスのために。
「(もっと強くなるんだ。スサノオをもっと自由自在に操れるように! そのためにまず、PMの基礎力を高めないと)」
【続く】