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禁じられたアリス  作者: 右藤秕
Ep02 赤黒の月
14/26

Ep02_08 ほころび

20150705 2章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。


―――――――――――――――――――

◆最深部

―――――――――――――――――――


 月の地下遺跡に閉じ込められてしまった(シイナ)達3人は、出口を探して探索を続けていた。

 地下3層まで辿り着いた彼らは、ひときわ大きな扉を発見した。


「出口……かな?」

「開けてみればわかる」


 扉に手をかけようとしたPM(プレイトメイル)アリス機が、咄嗟に飛び退った。扉の前にPMよりやや大きな人型の「何か」が出現し、襲いかかって来たのだ。


「何あれ!? ロボット!!?」


 菜乃(ナノ)が驚きと好奇心半々の声を上げた。全体的なシルエットは工事用の搭乗式歩行重機(アーマチュア)に近いが、設計思想はまるで異なる。どちらかと言うとこの「遺跡」にある施設や装置のデザインに似たものを、菜乃は感じていた。


「門番と言ったところか」


 アリス機が体勢を整え、迷わずライフルを発射する。「門番」の装甲は固く、ライフルの弾は通らなかった。


「アリスちゃん!!」


 秕の声に合わせて、アリス機は大きく後退した。続けざま、秕機が呪符攻撃「一式雷咒(ライジュ)」を放つ。

 呪力によって生み出された雷撃が、門番を撃った。門番は激しく痙攣し、いたるところから煙を吹き出し、やがて動かなくなった。

 菜乃が「もったいない、なんで壊すの!?」と言いたげな視線を送ってよこしたが、秕は気付かないふりをした。

 その時、PM秕機の前に、一枚のカード状のものが舞い落ちてきた。


「……?」


 PMの左手でカードをつまみ、モニタで拡大してみる。


「なんだこれ……呪符によく似てるけど……?」

「いくぞ」


 アリス機が歩き始めたので調べるのは後にして、機体背面のインベントリに収納しておくことにした。

 PMの燃料や酸素も無限ではない。のんびりしている暇はない。

 秕はパイロット用宇宙服の酸素残量を確認した。今のところ問題は無いようだ


 大きな扉が自動的に開く。アリス機が扉の影からライフルを突き出し、先端に付けられた小型カメラで中の様子を伺う。


「……敵影ナシ」


 3機は慎重に歩を進めた。扉をくぐるとそこは半径150mほどのドーム状の広間になっていた。天井は高く、中心には塔のような祭壇のような装置がそびえている。


「何だろう……この部屋」

「ここが一番奥か?」

「ひろーい」


 中心の装置の前で秕機は足を止めた。装置の中程に、巨大なクリスタル状のパーツが嵌めこまれている。


「この機械は一体……」

「変わったインターフェースね」


 秕は何気なくPMの腕で装置に触ってみた。すると、かすかな駆動音をたてて、装置の一部から透明なプレート状の物体がせり出してきた。内部には電子回路のような模様が刻まれている。


「こ、これは?」


 さっそく菜乃がのぞきこむ。


「うーん。なにかのストレージみたいに見えるんだけど」

「すとれーじ?」

「外部記憶装置か」


 アリスが補足説明をした。


「うん。もしそうなら、すごい発見よ! コレを調べれば、この『遺跡』の詳細がわかるかもしれない!!」


 菜乃の瞳がきらきらと輝いた。


「遺跡……」


 アリスが改めて遺跡内部を見渡した時だった。再び菜乃の霊子レーダーが警告を発した。


「敵よっ!!」


 しかも、警報はすぐには鳴りやまなかった。


「な、なにこれ!? どんどん増えて……」


 次々と淡い発光体が出現する。計9体の霊子体が秕達を取り囲んだ。

 アリスが舌打ちをする。

 この9体は、ここまでの遺跡の敵とは異なる特徴を持っていた。地球上で遭遇したマガツカミにそっくりだ。いや、そっくりと言うよりも――


「こ、こいつら、マガツカミだ!!」


 顔色を失って、秕が叫んだ。最初に地上に出現したものよりもややスリムで、手首から先は3本の鋭い爪が生えており、頭には大きな飾りがあった。後で分かることだが、このマガツカミは「ウツロ」と呼ばれるタイプだ。それが9体も。


「数が多すぎるよっ!!」


 菜乃の声が少し引きつった。


「しかたない。秕、スサノオを使え!」

「わ、わかった!」



―――――――――――――――――――

◆一対多

―――――――――――――――――――


 恐怖で一瞬足がすくみそうになった秕だが、なんとか気持ちを奮い立たせ、スサノオの式札を取り出した。


「(アリスちゃんのために!)」


 勇気と声を振り絞る。


「式即是空、空即是式……わが招聘に応えよ、スサノオォ!!!!」


 秕のPM13番機を中心に、轟音とともに光の柱が立ち上った。光の結晶がモザイク状に装甲を侵食し、機械と霊子が無理矢理に同化する。やがて光が収まるとそこには破壊神のごとき巨神、スサノオの姿が顕現した。


「何度見てもスゴイな。いったいどういう仕組なんだろ」


 スサノオに見とれる菜乃の意識を、アリスの声が呼びもどす。


「菜乃ちゃんと私で秕の援護を!!」

「りょ、りょうかい!!」


 概観で、「スサノオ:敵1体:PM1機」の戦闘能力の比率は、およそ「100:10:1」程度と思われる。全体では秕達3人のほうが優勢にあるとはいえ、致命的な弱点もあった。

 例えば敵の半数がスサノオの足止めをし、残りの半数がPM2機を攻撃したとする。アリスがいくら優秀で、対霊兵器を装備しているとはいえ、初心者の菜乃をかばいつつ、マガツカミ4体を相手にし続けるのは、かなり厳しい。もしアリスと菜乃に万一の事態が起こったなら、秕の戦う気力は一気に失われ、スサノオはその形態を保っていられなくなるだろう。


 だが幸いなことに、敵は2機のPMには見向きもせず、一斉にスサノオに攻撃を仕掛けた。


「秕、囲まれるなよ!!」

「う、うん!」


 アリスの指示を秕はよく理解した。このような一対多の戦いにおいて、取るべき戦術は限られている。敵に囲まれないよう高速移動しつつ、敵と一対一で対峙して各個撃破していくというものだ。

 仮に、敵に包囲され集中砲火をくらったとしても、スサノオならあるいは耐えられるかもしれない。だが、出口のわからないこの状況では、極力リスクを避けておくべきだった。


 アリス機と菜乃機は障害物に隠れながら移動し、スサノオのサポートに徹していた。

 秕は移動しつつ、「ヒフミ祓詞」を唱えた。


「ヒフミヨイムナヤ コトモチロラネ シキルユヰツ ワヌソヲタハクメカ ウオヱニサリヘテ ノマスアセエホレケ」


 この術には除災招福――つまり癒やし効果があるとされている。マガツカミ等の死霊にとって、癒やしとはすなわち毒であった。また、この術には即効性は無いが効果は広範囲におよび、多くの敵と対する時に有効だった。敵の動きがいくらか鈍くなり、囲まれにくくなる。


 大きく後退したスサノオに釣られて、マガツカミ――ウツロ――の一体が突出してきた。すかさずスサノオの豪腕が叩き込まれ、ウツロは霧散した。

 続けて、アリス機と菜乃機が砲撃を集中し、ウツロ数体の注意を惹きつけた。そのスキに、残された集団の一番端にいる個体をスサノオの霊子をまとった爪が引き裂く。

 このウツロと呼ばれるマガツカミは、以前地上に現れた2体に比べると若干戦闘力が落ちるようだ。しかも、知能もそれほど高いとは言えない。秕達3機が連携して、各個撃破していけばなんとかなりそうだ。


 約5分が経過した。アリスは言うまでもなく、サポートに徹している菜乃も、危なげ無く善戦していた。スサノオの力が大きいとはいえ、9体いた敵のうち、7体をすでに仕留めている。

 8体目のウツロが秕の隙をついて後ろから急襲しようとしたが、スサノオには通用しなかった。振り向きざま、スサノオの斬撃がその個体にとどめを刺す。風に巻かれる煙のように、ウツロは掻き消えた。


「よ、よしっ」


 息は乱れていたが、秕は、これまでと比べてずいぶん落ち着いてきていた。


「ス、スサノオと対霊兵器があれば、マガツカミなんてたいしたことない……。あ、悪霊だって、もう、コワクないぞ……!!」


 アリス達のサポートがあったことも大きいが、多くの悪霊やマガツカミを倒したことで、秕の、霊に対する恐怖心が少しずつ和らいでいるようだった。

――いや、和らいだと言うより、マヒしたと言ったほうが近いかもしれない。どんな苦境でも、それが続くと人はある程度なれてくる。今の秕もそんな状態だろう。もちろん、根本的な解決にはほど遠いが、以前のように霊を見ただけで泣き叫ぶよりは、はるかにマシだ。


「あと一匹。……これなら楽勝だ!」


 秕はあたりを見回した。


「あれ? あと一匹、いたはずだけど……?」

「お兄ちゃん、あそこ!!」

「!!」


 どこに隠れていたのか、最後の一体がふわりと現れた。



―――――――――――――――――――

◆最後の一体

―――――――――――――――――――


「さっさと片付けて、早く宿舎に帰ろう!!」


 秕は、残った敵の一体に狙いを定めた。他とは若干形態の異なるマガツカミだったが、見た感じそう大した事はなさそうだ。


「二人はそこで見てて!」


 自信が付いたのか、珍しく積極的なセリフを秕は口にした。気合とともにフットペダルを踏み込み、力任せにスサノオを突撃させる。振りかぶった右手が凄まじい破壊力を内在して繰り出される。


 しかし。


 スサノオの拳は、敵がいない場所を殴っていた。床が大きく陥没する。先ほどまでいた場所に、その敵の姿は無かったのだ。


「え、あれ!!?」


 戸惑う秕の背を、刃となった悪寒が刺し貫いた。


「秕、後ろだ!!」

「!!?」


 振り向くより早く、敵の攻撃が迫る。かわす暇もなくスサノオは直撃を受けてしまった。秕が叫び声を上げる。轟音とともにスサノオは吹き飛ばされ、地面に倒れ伏した。装甲に亀裂が入っている。


「おにいちゃん!!」

「秕!!」


 その一撃は、秕の余裕を奪い取るのに十分であった。かわりに、彼の心は冷たい恐怖に支配されていく。


「あ、あのマガツカミ……」


 怯えた目で秕は敵の姿を見上げた。


「……他のやつとはぜんぜん違う。と、とんでもない霊格だよ!!」


 力を抑えていたのだろうか。実際に拳を交えてみて初めてわかることもある。秕の当初の見立ては完全に間違っていた。この敵の強さは別格だ。


「ふ、震えが止まらない……。まるで……まるで、『呪』そのもののような禍々しさだ……!!」


 倒れたスサノオに敵が近づく。秕が体勢を立て直そうともがいていると、コクピットのスピーカーから嘲笑がもれ聞こえてきた。続いて聞き覚えのある声。


「どうした秕」

「!!?」

「やっと見つけたと思ったら……そんなもんかよ、スサノオの力は」

「え? この声……?」


 秕の顔がみるみる青ざめる。


「この声は……、ま、まさか……クロウ!!!?」



―――――――――――――――――――

◆クロウvs秕

―――――――――――――――――――


「クロウだと!!?」

「なにこれ? あの敵からPM5番機の識別信号が……」


 アリスと菜乃にも動揺が走る。眼前のマガツカミの位置と、レーダー上にあるクロウの5番機の信号位置が重なっていた。そして、そのコクピットにいるのは、秕とアリスの幼馴染、水凪九郎(ミズナギクロウ)だったのだ。


「まさか、スサノオと同じ幽機憑依の力……!!?」

「幽機憑依……!? あれは5番機が変化したものだっていうのか?」

「いや、そんなはずは……。それに、あの形は式神というより……どう見てもマガツカミだよ」


 そのシルエットはウツロによく似ていたが、一回り大きく、スラリとした人型で、薄く発光していた。先ほどまでとは違い、全身から禍々しい殺気を放っている。


「なんでクロウがこんな事を……!!?」


 アリスには到底信じられなかったが、一方で妙に納得してもいた。


「(そうか……他の8体がPMを襲わなかったのは、クロウの指示か……)」


 今のクロウにはスサノオしか見えていないのだ。


 秕たちが逡巡している間、クロウはおとなしく待ってなどいなかった。

 雄叫びとともに、マガツカミ「クロトー」が、スサノオの至近まで一気に接近する。テレポートではないが、それに匹敵する機動力だ。


「速い!!!」

「『外道・怨(ゲドウ・エン)』!!」


 毒々しい光を発し、クロトーの右腕におぞましい巨大な亡者の顔が現れた。口を大きくあけ、鋭利な牙をむき出しにして、スサノオに殴りかかる。かわす暇もなかった。すれ違いざま、亡者の牙がスサノオの片腕をいともたやすく喰いちぎる。


「!!!!」

「そんなっ!!」


 驚愕に秕の顔が歪む。アリスが目を見開く。菜乃が両手で顔を覆う。3人は、スサノオがこれほどあっさり損害を受けるとは、想像もしていなかった。


 クロトーの右腕の亡者の顔が、スサノオの腕を咀嚼して飲み込み、その後、ゆっくりと姿を消した。


「……な、なんだ今の技!? 呪術か!!?」

「……呪術っぽいけど……なんだかよくわからない」


 うめきつつ、秕が顔色を失って答える。「外道」とは呪術の一種だが、秕の知っているものとは別物のようだ。


 呆然とする3人の元に、クロウの、狂気に満ちたヒステリックな笑い声が響いた。

 アリスが違和感に気付く。


「クロウの様子が変だ。まるで何かに取り憑かれているような……」


 モニターにクロウの顔が映っている。その目にはまるで生気がなく、死人のように虚ろだった。しかしその行動は異様に攻撃的で、常に興奮しているような精神状態に見えた。

 クロトーが跳躍しスサノオに迫る。


「シネ、死ね、しねぇ!!」


 クロトーの猛攻が嵐のように吹き荒れた。スサノオは防戦一方で後退する。


「くっ、だ、だめだっ」


 後ずさりしたスサノオが壁際に追い詰められる。


「は、反撃しなきゃ……やられる!!」


 相手がクロウだということで呪術の使用を躊躇していた秕だったが、そんなことは言っていられなくなった。右腕を失ってはいるが、まだ戦闘能力は十分に残っている。


「臨める兵、闘う者、皆、陣烈れて前に在り!!」


 秕は変わり九字の術を使った。それを嘲笑するように、クロウの虚ろな顔が不気味に歪む。クロトーが軽く手をふった。すると金属製のトレイを殴りつけたような乾いた音を響かせて、直前で九字の術は弾き返されてしまった。呪詛返しのようだ。スサノオがダメージを受ける。


「そんなバカな!!」


 そんな事はあり得ないはずだった。呪術を返すには呪術をもってする他ないはずだ。だが今のクロトーの動きには、呪術や先程の妙な技を行使した形跡は見られない。


「……そのマガツカミの能力なのか?」

「ケリをつけるぜ、秕!!!」


 それからの戦いは一方的なものとなった。反撃を試みてはみるものの、秕の呪術主体の戦い方では、クロウの格闘主体の速攻には相性が悪い。しかも、クロトーには秕の呪術が通用しなかった。やむなくスサノオも格闘で応じるが、腕を一本失っている上に、格闘技のセンスはクロウのほうが格段に上だった。


「つ、強い……。掛け値なしに強い」


 戦いを見守っていたアリスが呆然と声を漏らす。心なしか震えているようにも見える。


「機体の力はほぼ互角に見えるが……。クロウは秕より圧倒的に強い。大人と子供ぐらいの差がある」

「どうして!? 機体の強さが同じぐらいなら、なんとか……」


 心配そうに菜乃が問いかける。


「パイロットの技量の差だ。格闘センスだけで言えば、クロウは私より上だからな」

「学園トップのアリスさんより!? そんなに強かったの? クロウさんて」

「ああ。PM同士の戦いで奴がホンキを出せば、私でも勝てるかどうか」

「そんな」


 菜乃の顔が青ざめる。今まではどこか遠足気分だったが、これがただごとではないと今更ながら気付いたのだ。スサノオに対する、絶対的信頼が過信を産んだ。これは遊びではなく、戦争なのだ。菜乃の脳裏を最悪の想像が支配する。


「お兄ちゃん!!!!」


 アリス機がライフルを構えるが、2機の動きが早すぎて狙いが定まらない。


「チッ! 手を出すことも出来ない!」


 みるみるスサノオが傷ついていく。


「(クソッ!! 長官の危惧が現実に……)」


 枢機軍統括本部でのやりとりを、アリスは歯痒さとともに思い出していた。 スサノオが無敵だとまでは思っていなかったが、まさかこれほど早くにほころびが出ようとは……。しかも、その相手が幼なじみのクロウだとは……。


「冗談だろ!? クロウ……。まさか本気で秕を殺す気か……!!?」


 その考えは、アリスを戦慄させた。


「クロウ!! 何やってる、目を覚ませ!! クロウ!!」


 通信装置に向かってアリスが叫んだが、クロウの心には届かなかった。


 クロトーの隕石のような拳が容赦なく降り注ぐ。なんとか距離をとって反撃に繋げたい秕だったが、致命傷を避けるのがやっとだ。

 対してクロウは、フェイントでタイミングを外したり、的確にガードのスキを突くなどして、着実にスサノオの防御力を削っていった。


「(反撃しなきゃ、反撃しなきゃ、反撃しなきゃ……)」


 追い詰められた恐怖から、秕は軽いパニックに陥った。焦るあまり、無謀な選択をしてしまう。何の策も無くクロトーに向かって突進し、無理やり殴りかかったのだ。叫び声と共にスサノオの拳が突き出される。

 しかし、そんな単純な攻撃が当たるわけもない。スサノオは、大きな隙をクロトーに晒す事になってしまった。

 スサノオの眼前に、クロトーの禍々しい機体が肉迫する。クロウの目が狂気に輝いた。


「喰らえ!! 『外道・怨(ゲドウ・エン)』」


 クロトーの右腕に再び亡者の牙が現れ、衝撃波を伴ってスサノオに襲い掛かる。秕が「しまった」と思った時はもう遅い。亡者の牙はスサノオの胸から上を首ごとごっそり削ぎ取っていた。胸部にあるコクピットの一部が露出する。


「…………!!!」


 計器類に火花が走る。スサノオの傷つけられた霊体が現世とのつながりを失いかけて揺らぐ。ついにスサノオは、クロトーの足元に倒れこんだ。

 それを見下ろすクロウの顔に、見る者を闇に引きずり込むかのごとき笑みが浮かんだ。


「そ、そんな……」

「お、お兄……ちゃ……」


 秕にたいした怪我はなかったが、式神の霊体が傷つけられたことにより、術者の呪力も大幅に消耗させられる。もはや立つこともままならない。

 クロウの勝ち誇った下卑た高笑いが辺り一面にこだました。


「倒したぞスサノオを!! 秕を!!! どうだみたか!! やはり最強はこのオレだー!!」


 高笑いが更に狂気をはらみ、止まらなくなる。


 秕は力なく、うめき声を漏らしてクロトーを見上げた。クロウの顔に凶悪極まりない殺意が閃く。


「……トドメだ……くたばれ!!!」


 クロトーの攻撃がむき出しのコクピットに襲いかかる。その時、たまりかねたアリス機が飛び出して、クロトーを羽交い締めにした。これが純粋なマガツカミならPMがすり抜けるだけだろうが、クロトーはPM5番機がベースになっている。


「やめるんだクロウ!!」

「!!?」


 だが、PMの出力でマガツカミにかなうはずもない。クロトーが一つ身震いすると、呆気なくアリス機は振り落とされた。


「くっ!!」

「……アリスちゃん」

「じゃま……するな……」


 絞りだすようなクロウの呟きは、すぐに叫び声にに変わる。


「ジャマするなー!!!」


 クロトーの強烈な蹴りがアリス機を強襲する。秕が呼吸を忘れて恐怖に凍りつき、菜乃が悲鳴を上げ、そしてアリスは自分の無力さを呪った。

――誰もが覚悟した、その刹那――

 クロウの頭の中で強烈なイメージがはじけていた。


 3年前の懐かしい日々。

 幼いころ。クロウ、アリス、秕の3人が、遊び疲れて眠り込んでしまった、あの日のことを。


「ぐっ!!」


 クロウの心臓が締めつけられるように激しく鼓動した。クロトーの攻撃が止まる。


「……!?」

「(な、なんだ? オレは今何を……。あれは……アリスのPMじゃねーか)」


 クロウの意識の奥底で、無数の手がうごめいている。何者かの「声」が響く。


『コロセ……。コロセ……』

「(殺す……? アリスを……!?)」

『……肉を引き裂け。……血をすすれ。そして、その女を我らのイケニエに……』

「な、なんでアリスを殺さなきゃならねーんだ……!!?」


 ぞわぞわと蠢く手が、目覚めかけたクロウの理性を、再び闇の中へ引きずり込もうとする。


『コロセ……』

「い、いやだ」


 正気を失っていたとはいえ、クロウにもそれだけは出来なかった。尚も声は命令する。


『コロセ……!!』

「うるさい、だまれ!!」


 命令と抵抗。互いに相いれぬ力のせめぎあいは、クロウの心に負荷をかけ続けた。心が砕けてしまうかと思われるほどの負荷を。

 そのせめぎあいは、互いに一歩も譲らぬまま負荷を増大し、ついに臨界点に達する。


『――コロセ!!!!』

「――――!!!!」


 獣のような、ノイズのようなクロウの叫び声が辺りに乱反射した。

 頭を抱えて叫びながら、クロウの体は発作を起こした。クロトーがひざを着く。

 すかさずアリス機がスサノオを引きずって、クロトーから距離を取った。


 クロトーは動きを止めた。

 そして……そのまま、掻き消えてしまった。テレポートしたようだ。


「た……助かった……?」


 アリスが呟いた。

 地下迷宮の闇の中に、3人の機体だけが残された。秕は呆然とクロトーが消えた空間を見つめていた。



 【続く】



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