Ep02_07 疑問
20150705 2章全体を1話10000文字以内で再構成。他、細かい修正。
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◆偵察
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準備を整えた秕たち3人は、機乗して杉藤の前に集合していた。杉藤も自分の機体、黒いF式PMに搭乗している。
「準備はいいか? よし、ついて来い。『外』に出るぞ!!」
南ゲートのエアロックをぬけ、四機のPMは月面に出た。ヨシュウの計らいで、菜乃も特別に訓練に参加する事となっていた。社会見学をかねた体験入隊だと思えば、それほどおかしなことでもない。
一面には白い大地と黒い空が広がっていた。大気が無いため、遠近感が狂う。秕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「さっきも言ったが、最初の課題は偵察をかねた長距離移動訓練だ。ネクロポリス北西にあるクレーター付近を偵察、情報収集後、帰投する。なにか質問は? ……よし、俺はココで待ってるから、まずはお前たちだけでやり遂げて見せろ。行け!!」
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3機のPMが月面を走っている。
月面と言う事もあり地上と比べて多少操縦感覚に違和感があったが、アリスと菜乃は特に気にした様子もなかった。秕も多少もたついてはいたが、なんとか二人について行っている。
「何にもないね。つまんない」
「……ん?」
早くも菜乃が飽き始めていたが、ふと、秕が立ち止まった。あたりを見回す。アリスがそれに気付いて振り向いた。
「どうした?」
「ええと、変な気配がしたんだけど……もう消えたみたい」
「なーんだ。残念」
「……残念って、菜乃」
待っているといった杉藤だったが、実はこっそり三人のあとをつけていた。通信も傍受している。尾行に気づかれたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「……気配、だと?」
一行は再び進みはじめた。
約一時間が経過したころ、3人はようやく件のクレーターにたどり着いた。アリス機がクレーターの縁に立った。
「ここが、例のクレーターか……。けっこう広いな」
「や、やっと着いた」
秕が肩で息をしながらつぶやく。走行中のPMのコクピットは車ほど快適ではない。地上よりマシとはいえ、パイロットはかなりの体力を消耗させられるのだ。
「でも、広いだけで何にもないね、お兄ちゃん」
「何かあったら困るよ。ただの訓練なのに」
「だが、この近辺でよく迷子がでるって噂もある。警戒しつつ、情報の収集を……」
アリスの言葉が終わる直前だった。再び冷たい感触が秕の背を貫いた。
「まただ。この気配は……!?」
「どうした?」
「なんだか嫌な気配がするんだ」
「敵か?」
「わからない。あっちのほうから……」
秕の指さした、北の方角にアリスが目をやる。小さなクレーターがあるだけだ。
「よし、行ってみよう」
「え、ちょ、ちょっと待ってよっ!」
アリス機と秕機が小さなクレーターを調べてみた。何の変哲もないありふれたクレーターだ。
「なにも無いぞ」
「うーん。おかしいな。確かに変な気配が……」
少しはなれて様子を見ていた菜乃の脳裏にひらめくモノがあった。
「そうだ、こんな時こそ!」
コクピット脇に置いていたバックパックに手を突っ込むと、菜乃は中から小さな機械を取り出した。
「ねえねえ、お兄ちゃん!」
何かを告げようと、菜乃機がアリス機と秕機に駆け寄った時だった。突然地面が割れ、巨大な穴が現れた。もろくなっていた岩盤が、PM3機の重みに耐えかねたようだ。
「なっ!!?」
「!!」
避けきれず、秕達三人はPMごと亀裂に飲み込まれてしまった。悲鳴だけが杉藤機に届いた。
「しまった!!」
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◆地下
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地下100mほど落ちただろうか。岩石が散乱する40m四方の空間に3機は横たわっていた。上を見ると亀裂が土砂で埋まっていて、ここからはい上がるのは無理そうだ。
「アリスちゃん、菜乃、大丈夫?」
「うん、へーき」
「ああ。大丈夫だ。杉藤大佐に連絡を」
「……あれ?」
「どうしたのさ。菜乃」
「通信が出来ない」
軍用端末、携帯はもちろん、PMに搭載されている無線装置も、軍用端末と同等の機能を持つPM用のリンク1000も反応がない。
「え? 僕たちは話せてるのに?」
「どうやら電波の状態が不安定なようだな。少し離れると連絡は不可能か」
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地表では、杉藤が一人取り残されていた。
「くそっ通信不能か。まあ、土砂に埋まったとはいえ、PMの中にいれば死にはすまい。応援を呼ぶしかないな」
杉藤は地下に空間があるなどとは思いもしない。3機が土砂に埋まったと考えるのも無理はなかった。
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アリスがPMを立ち上がらせ、あたりを見回す。
「それにしても、なんなんだこの空間は?」
「あっちに道が続いてるよ。出口かも」
秕機が指し示す方向に、PMが2機並んで通れるぐらいの洞窟が伸びている。秕機がその方向に歩き出そうとしたが、菜乃に止められた。
「ちょっとまって。私の実験装置が役に立ちそう」
菜乃は先程、バックパックから取り出した装置をPMの外部スロットに差し込んで起動させていた。レーダーの表示が新しく切り替わる。
「装置? ああ、機械の実験するっていってたな。そういえば。でも、一体どう役に立つって?」
「うわ、スゴ。この先にいっぱい反応があるよ」
レーダーを見ながら菜乃が言った。
「……だから、なにが?」
兄の問に、妹は得意そうな笑みで答えた。
「実はこれ、私が作った『霊子レーダー』なの。お兄ちゃんが感じる『気配』をデジタルで再現出来ないかなと思って」
「へえ」
「宇宙にいる『敵』を探知するために月で実験したかったんだけど。まさか、月の地面の下で役に立つなんてね」
「実験ってその事だったのか。やっぱり菜乃はすごいな。天才だよ」
「えへへ。カノジョにしたくなった?」
「いや、だから、僕達は実の兄妹なんだし……」
兄と妹がインモラルな冗談をかわしているあいだ、アリスは冷静だった。秕が見落としていた当たり前の事実を口にする。
「そのレーダーが霊を捉える性能を持ってて、しかも反応があるってことは、つまり、この先にマガツカミがいる……ということだな」
「はわわっ!! そうだ、落ち着いてる場合じゃないよ。ど、どうしよう。もどろうよ」
秕の顔が一気に青ざめた。
「どうやって? 私達が落ちてきた穴は崩れてふさがっている。進むしかないだろう」
「でも……」
「強くなりたいんじゃなかったのか? あのセリフはウソだったのか?」
先日の、公園での出来事を秕は思い出す。
――僕は決めたんだ。もっと強くなるって!! もう弱音を吐いたり、逃げ出そうとしたりしないって!!!――
「う、ウソじゃないけど……」
進行方向を見つめる。なんともいえない嫌な雰囲気が漂って来る。アリスのために強くなりたい。秕のその決心は変わらない。敵が襲ってくれば、彼も意を決して立ち向かうことはできる。
だが、敵に対する恐怖心がなくなったということではない。わざわざ自分から敵の巣窟へ出向く気には到底なれなかった。決意はしたものの、まだ恐怖を克服したわけではないのだ。
「じゃあさ、せめて援軍を呼ぼうよ。杉藤大佐とか呼んで、みんなで行けば怖くない……」
秕は最後までしゃべることは出来なかった。1番機が13番機を蹴飛ばしたのだ。
「さっさと行け!!」
「はい……」
「ふん。ちょうどいい。秕の根性をたたきなおすいい機会だ」
「それに、『対霊兵器』の実験にもなるし、ね」
一行は出口を目指して歩き出した。
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◆洞窟
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「わー、すごい洞窟ー。RPGみたい」
「……のんきだな、菜乃は」
洞窟がよほど珍しいのだろう。菜乃はずっとはしゃいでいる。
「まあでも、このまま敵が出てこなきゃ、それでもいいんだけど……」
淡い期待をこめた秕のセリフはしかし、現実によってあっさりと否定された。目の端に、弱い光の揺らめきが映る。鳥肌が彼の全身を覆った。
「……来た!」
菜乃機のレーダーが警告音を発する。
「レーダーに感有り。近くになにかいるよ」
「戦闘準備!!」
あたふたと、秕はスサノオの式札を取り出した。
「まて。スサノオはまだ使うな」
「どうして!!?」
「まずは、対霊兵器を試すんだ」
3人の目の前で淡い光が漂い、揺れながら一つの塊にまとまっていく。5mほどの、人魂を巨大化させたような青白い個体が姿を表した。後の分類でスレイムと呼ばれるマガツカミの一種だ。
アリス機が対霊仕様のGM1ライフルAt「モスキート」を構え、引き金を引いた。モスキートの弾丸は銀でコーティングされ、対霊干渉イオンが練りこまれている。ライフル自体にも霊的な改修が施されていた。これで、マガツカミ等の霊体への攻撃は可能になるはずであるが、実際に使用した例はまだない。
果たして、モスキートの弾丸が命中し、スレイムの霊子の肉が弾け、飛び散った。
「やった!!」
菜乃が歓声を上げた。
だが、一撃で撃破というわけにもいかないようだ。スレイムは怒り狂い、アリス機に体当たりを食らわせる。アリス機はよろけたが、ダメージはほとんど無かった。これも対霊仕様改修の成果といえよう。
「……行ける」
アリスが前衛となり、攻撃を続けた。菜乃は、才能があるとはいえ、やはりまだ小学生だ。後方からアリスの援護射撃をするのが精一杯だった。それでも、最低限の役割は十分に果たしていた。
一方の秕は、戦闘に参加するタイミングをすっかり失ってしまった。
「ど、どうしよう。と、とにかく落ち着いて……」
深呼吸して、心を鎮める。恐怖はまだあるが、とにかく動かなければならない。アリスのために。
秕は呪符を取り出した。
対霊仕様改修によってPM本体に付加された新機能は主に2つ。1つ目は霊体に対する霊的防御力の向上で、もう1つが「呪装伝達機能」である。これは、コクピット内で発動した呪術や呪符の力を増幅し、PMの腕を介して外に放出する機能だ。
秕は取り出した呪符をコクピット正面右のアイテムスロットに貼り付け、狙いを定める。
「一式炎咒!!」
月御門流陰陽道において、呪符を発動させるトリガーは言霊の開放である。あらかじめ決められた単語を発することで、呪符に込められた力が開放されるのだ。言霊さえ知っていれば素人でも使用可能である。
アイテムスロットで発動された術は、瞬時にPM内の呪装機関によって増幅され、腕に設置された噴出装置に送られる。
PMの腕から炎弾が放たれ、スレイムに命中した。炎系の属性攻撃が霊体を焼く。追い打ちをかけるように、アリスと菜乃が集中砲火を浴びせる。苦しみにもがき、表面を激しく波打たせながら、スレイムは消滅した。
「…………」
3人はしばらく黙って敵が消えた空間を見つめていたが、ついに菜乃が声を上げた。
「た、たおしたーーー!!」
飛び上がって、手放しではしゃぎ回る。いままで手も足も出なかった敵に対し、陰陽道の力を借りたとはいえ「科学」が初めて一矢報いたのだ。科学の使徒である菜乃にとっては特別な出来事であった。
「対霊兵器も結構使えるようだ。スサノオ以外で敵を倒したのは、これが最初かも知れないな」
大きく息を吐き出しながら、アリスが言った。
「わたしのレーダーもけっこういけるよ」
「ああ。この武器とレーダーが完成して全軍に装備されれば、スサノオは必要なくなるかもな」
「そうなるとお兄ちゃんはお払い箱かもね」
「どっちにしろ、スサノオの力はいざという時のためにとっておいた方がいいだろうな」
秕は、深く長いため息をついてぐったりとシートに身を沈めた。スサノオの力があればまだしも、PMだけで戦うのはやはりまだ相当キツイ。技術的な面だけでなく、どうしても小さな頃のトラウマがよみがえるのだ。霊に襲われて、死を身近に感じた時の記憶が。
それでも何とか耐えていられるのは、そばにアリスがいるからだ。
「お兄ちゃん、大丈夫? ちょっと顔色悪いよ?」
「う、うん。大丈夫」
通信モニタの中の菜乃が心配そうに秕の顔を覗きこんだ。強がって見せる秕だが、その内心の恐怖は隠しようもなく顔に出ている。
「怖いって感じるのはなぜだと思う? それは『知らない』からだ」
アリスが珍しく秕にフォローを入れる。
「人は未知の物を本能的に恐れる。相手をよく知る。安全な距離を見極める。――そしてあとは『なれる』そうすれば怖くなくなる」
「つまり……?」
「もっともっと戦って戦って戦いまくれ」
秕はがっくりと肩を落とした。
「そんなムリヤリな……」
「(アリスさんて、たまに大雑把よね)」
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◆疑問
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洞窟には他にも数体の敵が隠れていた。3人はそれらを排除しつつ、奥へ奥へと進んでいた。
「……それにしても、ここにいる敵は、マガツカミとは何か違うような」
「やっぱり? お兄ちゃんもそう思う?」
進みつつ、秕が疑問を口にする。
「なんなんだろう。マガツカミというよりは、どちらかというと普通の霊に近いような気がする。なんというか、野生の霊っていうか」
「じゃあ、乱獲は避けたほうがいいの?」
「(……乱獲?)」
秕は一瞬キョトンとした。彼の妹は時々変なことを言う。
「どのみち、あまり善良な霊じゃないみたいだ。むしろ、悪霊の部類に入る邪悪な霊たちだよ。マガツカミとはまた違った怖さが……」
「――ようするに、倒してもかまわないってことだな、秕」
「うん」
更に進むと、少し広くなった洞窟の壁に、PMが通れるだけの横穴があった。警戒しつつその横穴を抜けると、景色は一変した。岩だらけの洞窟から人口建造物の内部に出たのだ。壁がほのかに発光している。高さ幅、共に20mほどあるだろうか。
「やった! 助かったー!」
「……いや、ちょっと待て秕、何かおかしい」
「え?」
アリス機が辺りを警戒する。
「そう言われてみると……確かに変ね」
菜乃も違和感に気付いた。
「……なにが?」
「だって、変じゃない。月の地下にこんな建造物があるなんて……」
「ネクロポリスの地下街か何かじゃないの?」
「この場所が町からどれだけはなれてると思ってるのよ」
「じゃあ、軍の『秘密基地』とか……?」
「にしては人の気配がないな」
秕の説をアリスが否定した。
「(それに――)」
アリスは奇妙な既視感に捕らわれていた。
「(――この建築様式、以前どこかで……?)」
「き、きっと完成したばかりなんだよ。捜せば誰かいるはず」
「人はいないと思うよ。だって、まだ敵がいっぱいいるもん」
レーダーを見ながら菜乃が言う。
「そんな……」
「助かったと言うには、少し早すぎるようだな」
「じゃあ、先を急ごうよ。こんなところ、早く抜け出そう」
「えー、ゆっくり見学しようよー。気になるじゃない、ここが何なのかー!」
「だめだよ菜乃。早く出るんだ。こんな危険なところ」
「えー」
3人は敵を退けつつ、この建築物の探索を続けたが、出口を発見することは出来なかった。代わりに奇妙な小部屋を見つけた。小部屋といってもPMが3機ギリギリ入れるほどの大きさだ。その小部屋の一角に、何かの装置があった。
「これは……、何かのコントロールパネルみたいね」
菜乃が張り付いて解析を始めた。秕が横から覗きこんで口を挟む。
「この文字はなんだろ。見たことないな」
「……数字? たぶんこれは数字ね。とすると、この小部屋はひょっとしてエレベーター?」
「エレベーターか……。どうする、アリスちゃん?」
「先へ進むしか無いだろう」
「そうね」
アリスの提案に菜乃が同意する。秕は黙って従うだけだ。
菜乃機がPMの指をコントロールパネルに向けて伸ばした。指の先から細かい作業をするためのマニュピレーターが現れ、パネルを操作する。すると、扉が閉まり、室内がまばゆい光で満たされ、そしてすぐに消えた。扉が開くと、エレベーターは別のフロアに移動していた。どうやら1つ下の階に来たようだ。
「……何、今の?」
菜乃が目を丸くする。
「え? もう移動したの? ちょう高速エレベーターだね」
「超高速? 何言ってるのよ、これは早過ぎるよ」
「早過ぎる?」
「そう。このフロアは最低でも1階が高さ20mはあるのよ。それを、加速もせず、一瞬で次の階に移動するなんて、エレベーターっていうよりはむしろ転送装置!?」
「転送……?」
「すごい。物質転送なんて、わたしでもまだ出来ないのに」
「先を急ごう」
アリス機が警戒しつつ前進をはじめた。しばらく同じような通路と小部屋が続いたが、一向に出口は見つからない。
そのうち、なぜか菜乃が不審な行動をとりはじめた。PMを這いつくばらせたり、天井にジャンプしてみたり、何やらゴソゴソとやっている。
「……菜乃? どうかした?」
たまりかねて秕が声をかけた。
「うーん。おかしいなあ」
「どうしたのさ?」
通信モニタの先で菜乃が忙しく作業している。コクピットの中には様々な機器がいつの間にか増設され、少し狭くなっていた。
「あのね、この建物の簡易年代測定やってみたの。コケとかホコリとか採取してね。そしたら」
「そしたら?」
「12万年前ってでちゃった。てへ」
あまり突拍子もない測定結果だったので菜乃は測定をミスしたと思ったようだ。いたずらが見つかった子供のように、小さく舌を出して見せた。
「菜乃でも失敗することがあるんだね。そんな昔に誰かが月にいるわけないじゃないか」
「そうだよねえ」
菜乃はのどかに笑ったが、真面目な顔でアリスがつぶやく。
「……いや。測定ミスとは限らない。宇宙にはマガツカミみたいなバケモノがいたんだ。他に何がいたっておかしくはない」
「…………!!」
雷に打たれたように、菜乃は目を見開いた。
「そういわれてみると、ありえない話じゃない……。確かに、この施設はおかしなことばかり。見たこともない文字。転送エレベータのような、地球よりはるかに進んだ技術……」
「もしそうだとすると、この迷宮は……?」
「何者かが残した、『遺跡』……という事になるね」
【続く】