Ep01_01 序章
20150702 細かい修正。
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◆序章
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万神之聲者 狹蝿那須滿 万妖悉發
万の神の声は狭蝿なす満ち、
万の妖 悉に発りき。
古事記
21世紀初頭。
ヒトと呼ばれる種は、その貪欲な開発の手を太陽系全域にまで伸ばしていた。惑星と衛星の各所に小さなコロニーや資源採掘プラント、それに伴う居住施設等が建設され、人類の約 1/1000 が宇宙生活者となっていた。
木星 衛星ガニメデ近郊。アメリカ宇宙軍第7艦隊。
天井にぶら下がるように張り付いたCICオペレーターが落ち着いた声で告げる。
「CIC(戦闘情報センター)よりブリッジへ。目標視認。以後目標をフィギュア1と呼称します。方位361、011、距離0.4光秒。
わが艦隊とガニメデのちょうど中間に位置しています」
オペレーターから見た天井――宇宙船の中では天井も床も無いのだが――の区画にブリッジ要員が詰めていた。その中心に陣取る壮年の艦隊司令官が口を開く。
「あれが例の『エイリアン』……か? ヒノミヤは『マガ』何とかと言っていたが、まさか本当に存在したとはな……」
「全長820m。質量不明。構成物質不明」
半包囲陣形を敷いて待ち構える第7艦隊の正面に、形容しがたい未知の物体が漂っていた。一見すると深海の生物のようななめらかな形状をしており、薄く発光している。モニターに映し出されるそれは、気のせいかどこかぼやけて見えた。
「かなりデカいな。よし、全艦隊イオン砲用意」
「し、しかし、いきなり発砲するのは…」
司令官の命令に、副官が少し驚いたように応える。
「かまわん」
司令官が事も無げに断言する。
副官は、一瞬顔をしかめたがすぐに平静を装った。
「主砲コントロールデータ入力 ……全艦イオン砲用意」
「撃て!!」
30隻の宇宙戦闘艦の主力兵装、艦首イオン砲が一斉に火を噴いた。10mの厚さのチタン合金装甲を一瞬で蒸発させるほどの破壊力を誇る炎の槍が、「敵」の胴体部分を無数に刺し貫く。
「着弾確認!!」
「どうだ。ひとたまりもあるまい」
静かに勝ち誇ったように艦隊司令官が独り言ちた。だがしかし、彼の自信とは裏腹に「敵」は悠然として前進を継続した。
「だ、だめです! フィギュア1にダメージ無し!」
「そんなバカな!? 確かに命中したはずだ!!」
司令官が立ち上がってオペレーターを睨みつける。
「全弾フィギュア1を貫通した模様!」
「か、貫通だと……!!?」
ブリッジ内に動揺が広がっていく。オペレーターが次々と情報を読みあげる。
「フィギュア1の尖端部分に高『光電場』確認!! レーザー兵器のようです!!」
「いや、レーザーとはなにか違……」
「出力上昇……。10兆……500兆……8000兆テラワット!!? なおも上昇中 !! 計測不能!!」
「そんな、あり得ない!! 地球上で作られるレーザーの数億倍の出力です!!」
苦虫を噛み潰して飲み込んだようなうめき声を漏らした後、続けて艦隊司令官が声を張りあげる。
「全艦回避運動! シールド出力全開!!」
「高エネルギー体、接近 !! 」
悲鳴まじりにオペレーターが絶叫した。「敵」の船首らしき部分にまばゆい光芒が見て取れた。凄まじいエネルギーの束が奔流となって米艦隊に押し寄せる。
「こ、これは……シールドの許容限界をはるかに……!!」
超高密度、超高出力のレーザーが米艦隊を焼き尽くす。直撃を食らった艦は蒸発さえする間もなく、ただ、消えた。まわりの艦も膨大なエネルギーの余波を受け次々と誘爆する。
……悲鳴。怒号。船体の崩壊する音。すべてが真空の宇宙空間に虚しく吸い込まれていった。
完全な敗北である。このわずか30分程度の会戦で米艦隊は87%の艦艇と、約5200人の人員を失う事となった。
そして。
西暦2XXX年。ヒトの黄昏がはじまる。
【続く】