謎と秘密
「おはようございます。エミリア様」
「…ん……?」
少し高めな声と明るい日差しで私は目を覚ました。
「よく眠れましたか?」
目を開けて視界がはっきりすると目の前にある椅子にカルロが座っていた。
「えっ、あ、はい。…あれ?」
昨日は確か図書室の仮眠室で寝たはずだったんだけど…、ここ…、仮眠室じゃない…?
家具の高さも私に合うくらいの大きさ…。
「エミリア様が眠っている間にお部屋に移動させて頂きました。今日からはこの部屋をご自由にお使い下さい」
「あ、ありがとうございます」
でも、どうやって私を運んだんだろう?
カルロに私を抱えるような力は無かったはずなんだけど…?
「あ、移動させたのは私ではありません」
「え?」
「僕だよっ!」
「うわぁ!?」
ベッドの横からにゅっとウィルが飛び出てきた。
「こう見えてウィルは、屋敷一の力持ちなんです」
「エリーちゃんすっごく軽かったのに抱えれないとか、カルロは貧弱過ぎるよ〜っ!」
そう笑いながら言うウィルだけれど、それを気にしているのかカルロは無言でウィルを見つめ返す。
恐らく睨んでるのかな…?
「あ、そーだっ! もう朝食が出来てるから一緒に食べようっ!」
「あ、はいっ」
「その前にお渡しするものがあります」
「ん? 渡すもの?」
そう言われてカルロに渡されたのは、小さくて可愛い赤色の腕時計。
「時計を持っていなかったようですので、お渡ししておきます」
「ありがとうございます」
よかったっ。
これで時間が把握出来るっ。
「じゃあ食堂行こっ…あっ!」
「ちょっ…!?」
走り出そうとしたウィルがカルロの伸ばしていた足につまずき、ウィルは顔面から転倒し、カルロは椅子から転げ落ちた。
「………ウィル…」
「ご、ごめんっ…なさいっ…」
うん、これは確実に睨んでるね。
「カルロ大丈夫? 立てる?」
ウィルはぶつけたおでこをさすりながら起き上がり、カルロに手を差し出した。
「………あまり見られたくなかったのですが…」
そう呟きながら立ち上がろうとしたカルロを、
「うわぁ、カルロも軽〜い」
「!」
ウィルは俵担ぎで起こした。
それに怒ったのかカルロは、
「痛っ!?」
「貴方といると調子が狂ってしまいます」
ウィルの頭に手を置いてぐんっと押し、その反動で立ち上がった。
「頭押さえないでよ! 首がめり込むかと思ったじゃん!」
「すみません。丁度良い高さの所に頭があったもので」
「そっか! じゃあ仕方ないね!」
「………」
確かに、ウィルと絡むカルロはとてもやりにくそうというか、ことごとく調子を崩されている。
ウィルの芯は真っ直ぐ過ぎて、まったく折れない。
嫌みなんかを言われても、恐らく超ポジティブにかわすんじゃないかな…。
「さ、エリーちゃんっ! 食堂に行こうっ!」
「わわっ! は、はいっ!」
ウィルがいると、自然と場が明るくなってしまう。
ウィルはお屋敷のムードメーカーなのかもしれないなっ。
朝食を食べ終えた後、私はウィルにお屋敷内を案内してもらっていた。
「僕がよく行く所があるんだっ。エリーちゃんもきっと気に入ってくれるよっ」
そう楽しそうに話すウィルはスキップするかのように身軽に歩いている。
でも歩幅は私に合わせてくれていて、全く急ぐ必要はなかった。
「僕がここに来た時から使っている部屋なんだよっ」
「来た時…?」
元々住んでた訳じゃないんだ。
1人暮らしがしたかったとか?
「僕がここに来たのは、まだ5歳くらいだったかなっ」
「!」
5歳って…まだ子どもじゃん!?
てかそもそも今何歳なの!?
「とても楽しい部屋だから、いつでも使っていいからねっ」
「あ、ありがとうございます」
「あっ、そろそろ着くよっ」
そう言うとウィルは、とても嬉しそうに私の手を引いて走りだした。
「ここは物置部屋なんだっ」
ウィルが扉を開けて電気を点けると、広い空間に迷路のように所狭しと大量の物が山積みに置いてある光景が飛び込んできた。
「凄い数…!」
「僕もまだ全部は見れてないんだよっ」
何年もいて全て見れてないとか、この物置どんだけ広いの!?
「このお屋敷の色んなものの予備とか、飾らなくなったものとか、もう何っでもあるんだっ! 面白いでしょっ!」
ウィルはあたかもここが自分の部屋かのように自慢げに物置部屋を説明する。
「こっちには古い時計がたくさんあるんだっ! アンティークもいっぱいあるよっ!」
たくさんの物の間をすり抜けて、ウィルは物置部屋を案内してくれる。
その様子はとても楽しそうで、なんというか、例えるなら投げたボールを取りに行く犬のように、少し進んでは戻ってきて説明をしてくれる。
「僕はここの管理や整頓も任されてるんだっ! ここが大好きだし、力には自信あるしねっ! でもまだ整頓の途中だけどっ」
「カルロやここの主人は来ないんですか?」
「来ないよっ。カルロはここに関しては全く把握出来てないみたいだからっ。マスターは滅多に部屋から出てこないしねっ」
「そうなんですか」
そういえば、しばらく住まわせてもらうのにまだここの主人に会わせてもらっていない。
でも、滅多に部屋から出てこない人なんだったら、私が出向かないとダメだよね…?
「ねぇ、ウィル」
「何〜っ?」
「ここの主人とは会えないんですか?」
「マスターに会いたいなら、カルロと一緒に居ないと無理だよっ。カルロしかマスターの部屋を知らないからっ」
「そうなんですか…」
「僕も正式には1回しか会ったことないからねっ」
「正式には?」
「ちゃんと会ったのはここに来た時だけだったと思うっ。だからそのうちカルロが連れて行ってくれると思うよっ」
……あれ?
若干話を反らされた気が…。
気のせい…なのかな…。
「じゃあ、それまでは皆に屋敷を案内してもらいたいです」
「もっちろんっ! 色んな部屋へ連れて行ってあげるよっ!」
それにしても、ウィルは元気だ。
まず語意が明るい。
そしてやっぱり元気がいい。
でも気になるのはウィルの頭上。
「まずはどこから紹介しよっかなぁ〜っ」
「……ふよふよ…」
ウィルの頭には大きなアホ毛があり、ウィルが動くたびにふよふよと動いていて、多分猫がいたら飛び付く…、
「捕まえたーっ!」
「「うわぁっ!?」」
猫じゃなくてフィルが飛び付いてきたぁぁぁ!?
「ちょっとフィルっ! これに飛び付かないでっていつも言ってるでしょっ!」
「いや〜、それ見てたらなんだかじっとしてられなくて〜」
「これに何かあったら命が無いと思ってね」
「!?」
そのアホ毛はそんなに大事なものなのか!?
「てゆうか、何でフィルがここにいるのっ?」
「散歩してたら声が聞こえたから来てみたんだよ」
屋敷の中で散歩…。
暇なのかな…。
「あ、そうだ。今から休憩室に行こうと思ってたんだけど、エリーちゃんも行く?」
「休憩室…ですか?」
「ちょっとっ! まだ僕が案内してるんだけどっ!」
「エリーちゃんだって疲れてるだろう?こんな元気なやつと一緒にいたらさ」
「フィルのくせに生意気っ!」
「くせにとは何だよ。年上は敬うものだろう?」
「1個しか違わないくせにっ!」
何でこうフィルは皆からの扱いが酷いのだろう…。
「あ、あの、皆で休憩室に行きましょう」
これ以上ケンカしているのを見ているのもいたたまれないので、こう切り出してみた。
「あっ…、ここ…、楽しくなかった…?」
だが、ウィルが申し訳なさそうな顔をしてしまった。
頭上のアホ毛も垂れ下がる。
「いえっ! とても楽しかったですよっ! ただ休憩室にも行ってみたいなって…!」
「そっかっ! じゃあ行こうっ!」
よかった…。
傷付けちゃったかと思った…。
気持ちに素直な人だなぁ…。
先程の物置部屋から数分歩いた所に休憩室はあった。
一見は普通の部屋なのだが、
「ここが休憩室。この屋敷の人がいつでも休憩出来る部屋だよ。使用人も関係無くね」
「すっごぉい…!」
中はアンティーク調のテーブルと椅子がいくつか置いてあり、室内なのに小さな川が流れ、その周りには豊かな緑色をした木々や植物がたくさん生えていた。
川の流れる音がなんとも心地よい部屋だ。
「本当にここは屋敷の中なんですか?」
「勿論。エリーちゃんを屋敷の外に連れ出したりしないからね」
そっか、そうだよね。
でも本当に、室内とは思えないほど明るくて緑が豊か。
「ん?」
休憩室には2階があり、その2階のよく日が当たっているベンチに見覚えのある金髪の人が横になっていた。
角度的に頭しか見えないけどあれって…、
「あ、あれはカルロだよ」
「え!?」
やっぱりそうなの!?
「朝食から昼食までの時間はカルロの就寝時間なんだ。カルロは夜も色々と動き回ってるから寝る時間があんまり無いんだよ」
「そうだったんですか…」
昨日は"仕事がある"と言っていたけど、本当はここに休みに来てたんだ。
「今のカルロはかなり無防備なんだよ~っ」
ウィルが面白そうに笑いながら言った。
無防備って言われても興味な…
「仮面もしてないしっ」
何っ!!
それは気になる!!
「こらこら。カルロの貴重な睡眠を妨げるなよ?」
フィルが呆れ気味な顔で注意をする。
そうだよね…。
迷惑になっちゃうよね…。
「既に妨げられているのですが」
「!」
私達の話し声が聞こえていたのかカルロが体を起こした。
「す、すみません…! 貴重なお時間を邪魔してしまって…!」
「大丈夫ですよ。もう1時間くらいは眠れていますから」
1時間って…、1日中動き回ってるのに絶対少ないよね…。
…っていうか…仮面してないのに前髪が邪魔で顔が見えない!!
失礼だけどなんか残念!!
「あ、仮面仮面…」
あー…!
仮面つけちゃったー…!
お顔を拝見したかったなー…。
「休憩されに来たのですか?」
「あ、えっと、はい」
「では何か飲まれますか?」
「カルロ。休憩室なんだから休んでなよ」
「お客様がいるのに休むなど失礼極まりないです」
「大丈夫ですよ。失礼とか思いませんからっ」
てゆうかむしろ、休んでくれていた方が私は嬉しいんだよね。
「私達は静かに休んでますので、どうぞ寝ていて下さい」
「ウィルが静かに休めるとは思えないのですが…」
わぁお、本当だ…。
絶対無理だよ…。
「大丈夫っ! ちゃんと静かにしてるからっ!」
「既に煩いんですよ」
やっぱり休憩室から出たほうがいいかな…。
結局カルロの休息を妨害しちゃってるわけだし…。
「…でも、御言葉に甘えさせてもらいますね」
「!」
「お恥ずかしい話、実はまだ寝足らなかったりするのです」
「全然恥ずかしくないですよ! 思う存分寝ていて下さい!」
「ありがとうございます」
お礼を言ったカルロはまた仮面を外し、ベンチに横になった。
よかった。
なんか安心したよっ。
「じゃあ俺が何か飲み物持ってくるよ」
「あ、ありがとうございます」
「僕オレンジ…!」
「「しーっ…!」」
ウィルがちゃんと静かに出来るのか不安だなぁ…、と思っていたけど、
「うーん…僕も朝早かったから眠いや…」
「ウィルもしばらく眠っていたらどうですか?」
「そう…しよっ…かなぁ……」
と呟きながら既に眠りに落ちていた。
これなら静かになるね。
よかったよかっ──…
「エリーちゃーん。紅茶を持ってき…あっ」
「あっ!」
フィルが紅茶を持って戻ってきたが、途中でシュガーポットが落下した。
その"ガチャンッ!"という音に2人は起きてしまい、
「……フィル、ちょっとこちらに来なさい」
「へっ…!?」
「いいから、早く来なさい。いいではないですか、いつもと違って相手になってあげるんですから」
「ひぃぃ…!」
明らかに不機嫌なカルロにフィルはトボトボと連れていかれてしまった。
ここの人達はどこか騒がしい一面があるなぁ…。
ま、それが楽しいんだけどね。
「あ〜あ。カルロを怒らしちゃったっ」
すっかり目が覚めたウィルがフィルが置いていったオレンジジュースを飲みながら呟く。
「怒ると怖いんですか?」
「普段怒らないから余計ねっ。カルロは敬語で問い詰めてくるし、言ってる事は正論だから反論出来ないし。前イタズラした時に怒られたっ」
それは想像するだけで怖いよ…。
カルロにイタズラ仕掛けたウィルもね…。
「この屋敷を取り締まってるから頼りになるけどねっ」
「主人が取り締まっているんじゃないんですか?」
「マスターはいつも部屋にいるだけだよっ」
「部屋で何してるんですか?」
「わかんないっ。仕事でもしてるんじゃないのかなぁっ」
私はそろそろその"マスター"に会いたいと思っている。
カルロに頼んだら会わせてもらえるのだろうか…?
「その主人に会うには、どうしたらいいんですか?」
私がそう尋ねると、ウィルは少し眉を下げた顔で答えてくれた。
「僕達"住人"じゃ、どうしようもないんだっ。マスターのことは全てカルロに聞かないとっ」
「…?」
「ん? エリーちゃん、どうしたの?」
「…カルロは、"住人"ではないのですか?」
また尋ねると、ウィルはさらに眉を下げた顔をした。
「……カルロは…、"住人"…じゃないよ…」
彼らはこの"住人"という言葉をよく使う。
"住人"に何か他の意味があるのだろうか…?
「でも…、カルロも元々は、"住人"だったんだ…」
「え…?」
「……僕が話せるのはここまでっ! 後は本人にでも聞いてみてっ!」
「あ、は、はい」
あんなに明るかったウィルが、あんなに表情を落とすほど、"住人"という言葉をには意味があって、カルロにも何かあるんだ。
いや、"あった"、なのかもしれない。
…私は、それが知りたい。
ここに来た目的は取材、それを忘れたらいけない。
このお屋敷には、何か、普通とは違う雰囲気が漂っている。
それを突き止めて記事にする、それが私の仕事。
でも、私が個人的に知りたい、という部分も少なからずあるわけで…、
「ここの主人のこと、カルロに聞いてみます」
だから、私は行動に移す。
このお屋敷の謎を解くために。