規則
噂のお屋敷に滞在する事になった私は、フィル、エド、ウィルの3人と話していた。
彼らと話していると、とても気分がワクワクして時間が経つのがとても早く感じた。
そしてその数時間後、
カルロが、"昼食の準備が出来ました"、と私たちを呼びに来た。
「お客様がいる食事は久しぶりだね〜!」
食堂へと向かいながらウィルが嬉しそうに話しだした。
「私の前に来たお客さんって、どれくらい前に来たんですか?」
エドにそう尋ねると、エドは少し眉を下げた顔をした。
「あまり覚えていませんが、大体7年前くらいですかね」
「なっ7年前!?」
大分来てなかったんだ…。
そりゃ歓迎してくれる訳だ…。
「俺たちの存在は年が進むにつれて薄れてきてるみたいだよ」
「?」
……ドユコト?
「あ、エリーちゃんはまだ知らなくていいかな」
そうなのか…。
でも今はここに居れるだけで幸せだし、知らなくていいか。
「知っていてほしい、といいますか、守ってほしい事はあります」
「うわっ、びっくりした。急に喋り出すなよ~」
「フィル、うるさいですよ」
ずっと黙っていたカルロが突然口を開いた。
「規則ですか?」
「そのようなものです」
余程大事なことなのか、話し出す雰囲気になった途端、カルロ以外は全員口を閉じた。
「エミリア様」
「は、はい」
「今から言う事は必ず守って下さい」
「はいっ…」
「まず、夜10時からは部屋から出ないで下さい」
「10時から…ですか?」
「はい。何があっても決して部屋からは出ないで下さい」
「はい…」
「次に、このお屋敷の2階の奥にある部屋には絶対に近づかないで下さい」
「な、何があるんですか…?」
「…我が主人の部屋があります。ですから、決して近づかないで下さい。日が落ちたら2階にも行かないで下さい」
「わ、分かりました…」
何で…"主人の部屋"と言う時に少し躊躇ったのだろう…?
「その2つくらいですかね」
「カルロ〜。もっと大事なことがあるっしょ〜」
フィルが呆れた顔で話に入ってきた。
「ん?」
「いやいや、屋敷の外出たら…」
「それはエミリア様が分かっています」
「あ、そうなの?」
「え? ……あっ」
このお屋敷には2回出会えない…って噂は本当なんだ…。
外に出たら…もう…皆には会えなくなるんだ…。
「大丈夫です。私、絶対に守りますから」
「ありがとうっ!」
「わっ!?」
ウィルが私の手を取ってぎゅうっと握った。
人懐っこい性格のようだ。
「こらこら。女性の手を無闇に触るんじゃありません」
「あ、ごめんっ!」
エドは紳士的な性格なのかな。
英国人って感じ…。
「エミリア様が居て下さると私も嬉しいです」
「!」
カルロって自分の気持ちも言うんだ…。
意外かも…。
「俺も嬉し…」
「ここが食堂になります」
「あっカルロっテメェ!! 自分だけ言いやがって!!」
皆のフィルの扱いにはもう慣れてしまった。
でも見ていて面白いからあえて触れないでおこう。
「わぁーいっ! おっ昼〜っ!」
ウィルが昼食が用意されたテーブルに走っていく。
「走らないで下さい。食事に埃が入ります」
冷静に注意しながらエドも席に向かう。
「……ん?」
テーブルの上の料理は、何だかとても変わっている。
フィルの前にはお魚料理。
エドの前には油揚げが乗った"うどん"という日本の麺料理。
ウィルの前には…これは…ビーフジャーキー…?
「…変な…料理ですね…。ウィルに至っては料理じゃない気もするけど…」
「皆さんがお好きな料理を事前に聞いておりますので。エミリア様にはブレッドとスープを用意させて頂きました」
「わぁっ! 美味しそうっ!」
私が席に案内されると、目の前のテーブルには焼きたてのブレッドとクルトンの入ったコーンスープが置いてあった。
「ありがとうございますっ!」
「エミリア様に喜んで頂くために用意させて頂きました」
「あれ? でも…」
何で私の好きなもの知ってたんだろう?
私今まで一回も口に出したことないのに…。
「エリーちゃん食べよ〜っ!」
「えっ、あ、はいっ」
まぁいっか。
不思議な事なんてたくさんあるんだから、一個一個気にしてたらきりがないや。
そして、私達は楽しく話しながら昼食を食べ始めた。
「エミリア様は、本などは読まれますか?」
昼食を食べ終えた私は、カルロに屋敷内を案内してもらっていた。
「本ですか? うーん…小説とかはたまにしか…。雑誌や新聞なら読みますが…」
「このお屋敷にある図書室は書物の種類が豊富ですので、お暇になりましたら是非ご利用下さい。勿論、雑誌も新聞も最新のものを仕入れています」
「分かりました。ありがとうございます」
あれ…?
雑誌も仕入れてる…って事は…、
あった。
やっぱりあった。
私が案内された、屋敷の2階にある図書室で見つけたのは、自身が書いている記事の載っている雑誌。
「買ってもらえてたんだなぁ…」
「いつも楽しく見させて頂いていますよ」
「えっ!?」
カルロって雑誌読むんだ!?
えっでも…、雑誌の置いてある棚に手が届くの…?
カルロが屈めるようなスペースも無いし、そもそもそんなに大きな椅子も机も無いし…。
「ど、どうやって読んでるんですか…?」
「どう…って…」
少し困ったかのような反応をしたカルロは、近くにあった長テーブルの椅子を器用に長い足で引き、
「こう、です」
と、足を少し投げ出す形でストンッと座った。
「わぁっ器用ですねっ」
少し感動に近い気持ちを抱きながら、座ったカルロに近づく。
「…あれ…?」
カルロって…こんなに座高が低かったんだ…?
さっきまで見上げて話していたのに、今は見上げられている。
──…顔…小さい…。
あまり見えなかったカルロの顔も今ならよく見える。
と言っても、白い仮面を付けているから、口とうーっすら目が見えるくらい。
カルロの瞳は青色のようだ…。
パーマのかかった金髪も近くで見ると本当に綺麗だなぁ…。
「私の顔に何かついているでしょうか?」
「あ、いえっ…」
でも本当に身体と足のバランスがおかし過ぎる…。
恐らく座高は私より大分低いと思われるし…。
……今なら…聞いてもいいだろうか…?
「…あの、カルロ…」
「はい」
「その…その足って……、本当に足なんですか…?」
あぁぁ!
ついに聞いてしまった!
「足ですよ?」
「えぇぇ!?」
当たり前でしょみたいな反応が返ってきた!?
「本当ですか!?」
「だって、手には見えないでしょう?」
「は? ……あっ、いえっ、そういう意味では…!」
ちゃんと先まで本物の足が通っているのかという事が聞きたかったのだけれど…。
カルロなりの冗談…だったのかなぁ…。
ああぁ…、質問の仕方を間違えた…。
「私もしばらくここいますので、お好きな書物をお読みになって下さい」
「あれ? 今は仕事とかないんですか?」
「エミリア様をお持て成しする、という仕事中です」
ああ〜、成る程。
「じゃあ、あっちの本棚に行ってきます」
「ごゆっくりどうぞ」
私は座っていたカルロに背を向けると、本棚にどんな本が置いてあるのかを見て回った。
物凄い量の書物はとても綺麗に分けられて整頓されていた。
「動物…についてが多いなぁ…」
この棚には動物の特徴について書かれた本がたくさんあった。
「ここは兎についてか…」
「兎はお好きですか?」
「あっカルロ」
いつの間にかカルロが後ろに立っていた。
「あ、えっと、一通りの動物は嫌いではないですね」
「そうですか。私は好きです」
「えっそうなんですか?」
ちょっと意外。
兎って結構可愛いから、カルロとは雰囲気が違うと思ったんだけど…実は可愛いものが好きなのかな?
……いやでも、兎と触れ合うカルロは全く想像出来ない。
「兎は、私と似ていますから」
「は…!?」
兎と似てる!?
カルロが!?
えっ、"寂しくて死んじゃう"系だったりするの!?
似合わなさすぎるよ!?
「……そんな訳ないって顔をしていますね」
「えっ!? あ、いえっ…!」
「確かに、エミリア様からすればあり得ない話ですよ」
「?」
じゃあ皆からしたら、カルロは兎っぽいって事なのかな…?
「では私も少し、読書させて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はいっ、勿論ですっ」
「ありがとうございます。では、図書室から出たい時は言って下さい」
「分かりました」
そりゃこれだけ働いてたら休憩したいよね。
私の視界にいる時はいつも何かしらしてたし。
それからカルロは隣の棚にあった本を手に取ると、テーブルがあった場所に戻っていった。
私もさっきのテーブルに座ってゆっくり読もうかな。
数分後、
私は本を一冊手に持って、テーブルの場所に戻ってきた。
「あ…」
すると、そこに先に来ていたカルロは机に本を置いて頬杖をついて読んでいた。
でも首がゆらゆらしていて、何だか少し眠そう。
「ん…?」
………本が大きいのかな…?
何かカルロがさっきよりも小さく見える…。
「……あ、エミリア様」
足音に気付いたカルロがこちらに顔を向ける。
「あの、眠いんですか?」
「えっ…あ…いえ…」
「眠いんでしたら寝てても大丈夫ですよ。私はまだ図書室から出ないので」
「ですが…エミリア様を持て成すのが私の仕事で…」
「十分持て成されていますので。カルロも休んで下さい」
「………」
(恐らく)不安げな顔で見つめてくるカルロ。
もしかして…、
「あ、大丈夫ですよ。寝込みを襲ったりしません」
「あっ、はい、それはとてもありがたいのですが言い方が…」
確かに気にはなるけど、安眠を妨害したりはしたくない。
「では、すみませんが、少し眠らせてもらいますね」
私の言葉に安心したのか、カルロは本にしおりを挟み、腕に顔を伏せて眠り始めた。
そして、私も本を読み始めた。
数時間後、
「……ふぅ〜…」
こんなにゆっくりと読書したのはいつ以来だろう。
物凄く集中出来た。
カルロは私が本を読んでいる間も今もずっと眠っている。
相当疲れていたようだ。
そういえば今何時だろう?
……時計無い…。
カルロに聞いたら分かるかな?
あ、でも起こすの可哀想だし…。
……外に時計あるかな?
そう思った私は図書室の扉に向かった。
そして、扉を開けようとドアを少し押そうとした瞬間、
「!」
何か聞こえる事に気付いた。
これは……鳴き声…?
腹の底から響くような…とても低い…、獣…の鳴き声…?
それに…、どんどん近づいてきているような───…、
「うわぁぁあぁああぁ!?」
「!?」
テーブルのあった場所から叫び声が聞こえた。
恐らくカルロだ。
「どうしたんで…!?」
急いで駆けつけようとすると、
「来ないで下さい!!」
「ええぇ!?」
明らかに緊急な叫び声だったんですけど!?
「しまった…。こんなに長く寝ちゃうなんて…」
カルロが何やら喋っているが、姿は本棚に隠れて見えない。
「あの…大丈夫…ですか…?」
一体何があったんだろう…?
「ああ…。取り乱してしまってすみません…。………あの、すみません…」
「え?」
「実はたった今…、10時になってしまいまして…」
10時…?
………あっ!
部屋から出ないでと言われた時間だ!
えっ!?
ってことは今日はもう出られないって事!?
この図書室から!?
「すみません…。私が寝てしまったばかりに…」
「いえ…! 私が本に熱中し過ぎてしまったので…!」
あれ?
カルロってこんなに普通に喋ってたっけ…?
なんか変な感じ…。
「………えっと…、夕食はここで食べられますか…?」
「え、あ、はい…。ここで食べていいのなら…」
「では、用意させて頂きますので…その…、扉が見えない場所に行ってもらってもよろしいでしょうか…?」
「え? は、はい…」
何でだろう…?
寝起き顔が見られたくないとか?
いやいや、仮面してて分からないからそれはない。
そう考えながら図書室の奥の方へ進んでいくと、カタンッとカルロが出ていく音が聞こえた。
理由は何だったんだろう?
でも、普段じゃ見られないカルロが見れた気がする。
それに少し嬉しさを感じながら、私はカルロが来るのを待った。
でも、その数分後に扉の方から音が聞こえた。
「えっ…早くない…?」
いくら何でも早すぎると思い、少し扉の方を覗いてみる。
するとそこにいたのは…、
「えっ嘘っ…!?」
今まで見たことが無いほど、とんでもなく大きな大きな真っ黒の狼だった…。