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第八話『地下』



 ローベルトは常人の何倍も発達した視力を持って、相棒の死を悟った。いや、死というには語弊がある。ヴェロニカもローベルトも、既に死んでいるのだ。それを無理矢理蘇生させて、働かせているのだ。ローベルトのように冷静なままでいられる被験体は稀であり、ヴェロニカはそうした『副作用』が強く出た個体だった。蘇生された人間は、死んだ時の恐怖にとらわれる。その恐怖に抗うことなど出来はしない。出来なかったから死んだのだ、無理もないことだった。

「こちらローベルト。同志ミハイル、ヴェロニカがやられました。脳をぶち抜かれたようです。復活は不可能でしょう」

『同志ヴェロニカは戦士としてはお前を超えるほど優秀であったはず。狼の牙はそれ以上ということか』

 手にしたレシーバーから、しわがれた老戦士の声が、ローベルトの耳に呪いのように吸い込まれていった。

「その通りです。ですが、今ならサーモセンサーでやつを撃ち抜けます。命令を」

『もう無駄だ、同志ローベルト。お前はそこまでしてはいけない。おまえはここまでだ。ヴェロニカならばあるいは狼の牙を破ることができたやもしれん。そこで終わりになるはずだった』

「一体何を言っているのですか、同志ミハイル?」

『簡単なことだ、我々は所詮、シナリオの上にそって動いているにすぎないのだ。分岐が変われば役割も変わる』

 それは死刑宣告と同じだった。ローベルトの運命のレールは、この時切り替わってしまったのだ。




 ミッターマイヤーは胡蝶に手を引かれながら、基地の階段を降りていた。UFOの破壊は彼女の目的達成のついでだということだが、ミッターマイヤーにはそれが気に入らなかった。

「おい、ほんとにこっちであってんのか?」

「ああん、もう大きな声出さないでよ。ぶんぶん言うならハエでもできるのよ? ちょっとは黙ってなさいな坊や」

 通路の電気は消えかけていた。人の気配らしきものは無い。いかにこういう任務の経験の無いミッターマイヤーでさえ、その異様な雰囲気に気づかないわけがなかった。

「なあ、あんたはこういう所は慣れてるのか?」

「まあ、わざわざ否定しない程度にはね。坊やは初めてなの?」

「否定はしねーよ」

 靴が鳴らす音のみが、通路に響いていた。それは不安を煽る警告音のように、ミッターマイヤーの内側をかき乱していた。ミリィが側にいないから、ということもあるかもしれない。だが、それ以外の何かも感じている。ミッターマイヤーは特別勘が冴えるというわけでも無いのだが、これ以上進むと何かしら危険が及ぶのではないかという小さな予感のようなもの、と言っていいだろう。

「坊や、どうしたの? 顔色が良くないようだけど」

「うるせーな。……それより、変な感じだ。随分地下に降りたみてーだけど、こっちであってるのか?」

「それは、UFOが本当にこっちにあるのかって意味?」

 どこか、含みをもたせた言い方だった。まるで、迷路でチーズを探すラットを観察しているような、ミッターマイヤーにとって気に食わない上から目線。

「そうだよ。それ以外何があるんだ?」

「それを私から聞いてどうするのよ。どうやって真実を確かめるの? それとも、私から説明を聞いてそれを真実と思い込むっていうの?」

 おかしい。そう思ったミッターマイヤーは、C4を握り締めながらそれを悔やむことしか出来なかった。ずるずると這いつくばる何か。頭を直接揺さぶるような低いうめき声。

「でもね坊や。わたしは嘘はついていない。UFOにはここにある。でも私は坊やと少佐を騙しているの。ごめんなさい?」

 跳びかかる異形の者達の姿を、ミッターマイヤーは確かに見た。それは人の姿をしていた。迷わず袖に仕込んだナイフをつきたてる。粘土に棒を差した感覚に近い。映画でしか見たことのない存在が、確かに目の前にいる。

「なんだこいつらは! おい、どういうことだ!」

「不死の技術、その存在はあなたも知っていると言ったわね。これは、その技術と似て非なるもの。医療技術の発展によって、死を超越した者達。でも参考になったわ。適当な施術じゃ、理性も何も無くなってしまうようね」

 ゾンビ、グール、リビングデッド。言い様はいくらでもある。だが目の前にいるそれは、間違いなく『ばけもの』だ。ナイフを投げても切りつけても意に介しない。

「くそっ、やっぱり何かおかしいと思ってたんだ。てめーは、初めから胡散臭いと思ってたが……」

「はいおしゃべりそこまでよ、坊や」

 砂漠の鷲がミッターマイヤーを狙う。ゾンビどもはそれを合図に、ミッターマイヤーから手を離し整列した。良く見ると、全員同じような軍服を着込んでいる。だが顔には生気が無い。臓物が服からはみ出しているような重症の輩もいる。

「坊や、ここまでは上手く進んだわね。でも、あなたはシナリオをはみ出した。修正を行わなくてはならないわ」

「一体何を……」

 銃声が淀んだ大気を切り裂いた。ミッターマイヤーの白い肌に、胡蝶の髪と同じ色の線が引かれる。

「頭をふっとばされたくなければ、動くのはやめなさい。ああ、攻撃もしないほうがいいわ。回りの彼らにフライドチキンみたいに食い散らかされたくなければね」

 無鉄砲であっても、ミッターマイヤーは馬鹿ではなかった。観念したように両手を挙げる。両手に掴んだナイフとC4が落ちる音が、地下に響いた。その音は胡蝶の口端を上げるに相応しい音だった。

「いい子ね、坊や」

「どうかな。俺はワルだぜ。いいこちゃんとは対極にいるのさ」

 高く挙げた右手を下に振り下ろす。袖から飛び出したのは、ワルサーp38だ。死ぬのは怖い。だが、直感的にミッターマイヤーは『自分が胡蝶に利用される』と感じてしまった。それでミリィの足手まといになってしまうのだけは避けたい。ならば、C4をぶち抜いて道連れにしてやるつもりだった。だが、ミッターマイヤーの右手からワルサーがすり抜けていってしまい、からからと音を立てて転がっていってしまった。

「コートの中の物全部出しなさいって言わずに済んだみたいね」

「……もう一回手上げていいか?」

「いいわよ。わたしはいい女。男のしたいことを汲み取るのは慣れてるわ」





 地下へ降りていくと、淀んだ空気がわたしの頬を撫でた。細い通路は大木に蔦が絡むようにパイプが走っている。なぜだが自分が臓器の中を通っているような感触を覚えた。突然、目の前が開けて広い空間が現れる。地下ドッグ。わたしが入ったのを合図に、花が開くように一斉にライトが点いた。その中で、ひときわ無機質に佇む銀色の円盤。どうやら、わたしはミッターマイヤーより先にUFOにたどり着いてしまったらしい。

「しかし……これ以上無いほどのUFOらしいUFOだな」

 SF映画で出てきそうな、アダムスキー型と呼ばれる円盤型のそれは、だれがどうごまかしてもUFOと言わざるを得ない、そんな形だった。ライトがその銀色の肌を照らし、わたしの片方だけの眼に容赦なく入り込んでくる。

「その通りだ、私もそう思うよ、『狼の牙』」

 次にわたしの眼に飛び込んできたのは、整備用ブリッジを歩く背の高い老人だった。長く白い髭をさすり、黒い詰襟の軍服には、見せつけるように数々の勲章がぶら下がっていた。

「その名前で呼ばれるのはわたしは初めてだ」

「そう呼ばれているのだよ、ミリィ=ハーネ少佐。……自己紹介が遅れたようだ。私の名前はミハイル=ソロコフ。傭兵をしている」

 わたしは手をアサルトライフルに変形させると、彼に銃口を向け、発砲した。名乗りを聞いて拍手をするほど、わたしには余裕は無かった。

「判断が早いようだな。軍人としての適格は十分のようだ」

 わたしの視界が一瞬で回転をはじめる。気づいた時には、わたしの背中には激痛が走っていた。わたしの視界には、ミハイルが写っている。そんなわけがない、彼は私の頭上の整備用ブリッジを歩いていたのだ。どう移動しても、この短時間で私を制圧できるわけがない。

「……だが、私のほうが上だ。兵士の世界には、どちらが上か下か、それ以外に何も存在しないのだ。例えばこのように」

 ミハイルの手がわたしの手に伸び、凄まじい力で締め上げる。八十近い老人のパワーとは到底思えない。変形をもどし、わたしを締め上げる手を握りつぶそうとするが、まるで鋼鉄を生身の手で握っているような感触を覚えた。信じられない。わたしの義腕は確かに重火器を搭載したタイプであるが、握力は近接戦闘にも対応できるようにしてある。生身の人間の手などひとたまりもないはずなのだ。

「無駄だよ、狼の牙。所詮君は弱いのだ。その左腕をつけて強くなったつもりでも、こうして首を絞められれば苦しい」

 意識が反転する前に、わたしは小指と人差し指だけを立てた。簡易的なスタンガン化したわたしの左手は、ミハイルを引き剥がすのに十分だった。目の前が揺らぎ、倒れそうになるが、そんな甘えは許されない。目の前にいる彼は、普通の人間とは明らかに違う。わたしは彼の手首を掴んだ。が、次の瞬間彼は掻き消え、数メートル手前に出現した。確かに掴んだはずの感触が、まだわたしの手には残っている。

「貴様……一体何者なんだ!」

「何者か? そうだな、あえて言うとすれば、君と私は同類なのだよ狼の牙。国に弄ばれ、飽きられて用済みだから捨てられる。だからこそ君は生き残った時、死のうと一瞬だけでも思ったのではないかな」

 何が分かる。そう怒鳴ってやりたかった。死にたいと思ったのは事実だ。それは仕える主を無くし、生きる目的を失ったからだ。今は生きようと願っている。生きたいと思っている。それを肯定してくれる者もいる。

「どうした、歯を食いしばって。動揺していると言うのなら、認めているという事ではないのかね」

「黙れッ」

 榴弾を発射し、ブリッジごとミハイルを吹き飛ばす。移動したようには思えなかった。だが、これで倒せたとも思わなかった。一つの仮説がわたしの脳裏によぎり、最悪の想像をふくらませる。

 もしかすると、彼は死なないのではないか? そしてわたしは何も出来ず、ミッターマイヤーは路頭に迷うか、本部の人間に役立たずとして処分される。

「わたしは死なない。ミッターマイヤーも死なせない。わたしはお前に負けない」

「どうだろうな。祖国のために生きてきた先人の話はよく聞いたほうがいい。いずれ君の信じるものも消え、自分をどこに置き、なんのために生きるのかが分からなくなるのだ。祖国愛というのは、国が消えれば全て掻き消える。私のようにな」

 黒い詰襟にはチリひとつついていない。もうもうと立ち上る爆炎を軽く払うと、ミハイルは軽く手を挙げた。その瞬間、わたしの右肩を銃弾がかすめた。スナイパーだ。今のは掠めてしまったのだろうが、腕のあるスナイパーなら二発目は決して外さない。

が、物陰に隠れたわたしに、それ以上の銃弾が放たれることはなかった。

「命令を無視して命を捨てるとは、なんと愚かなことを、ローベルト……シナリオに修正はきかないというのに」

 ミハイルの嘆きが、地下ドッグに響く。ローベルト、あの対物ライフルを立って扱っていた男。ヘタをすれば、地上からわたしを撃ってきたに違いない。しかし、シナリオとはいったいなんだというのだろう。計画がずれると言うのなら、わたしに放たれた銃弾が逸れたことを指すのか。分からない。

「一体どういうことだ、ミハイル=ソロコフ。シナリオとは一体何だ」

「残念ながら質問に答える必要も義務も私には無いよ。それは私の役割ではないからな」

「なんだと?」

「傭兵である以上、クライアントからの要望を達成せねばならないのだ。今回は私自身の私情と噛みあうからこそ、ここまでやるのだがね。……おしゃべりが過ぎたようだ、狼の牙。ここから分岐点……どちらかが生き、どちらかが死ぬ」

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