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第十話『脱出』

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「まずは、おめでとうと言っておくわ少佐。あなたは組織への忠誠を見事任務を果たすことで示した。汚名をすすいだのよ」

「それはどうでもいい。問題は、なぜ君がミッターマイヤーに銃を突きつけているのかということだ。納得の行く説明をしてもらおう」

 ふう、と面倒くさそうに、胡蝶はゆっくりと大きなため息をついた。

「そうね。ま、今更隠しておくこともないでしょう。少し長い話になるわ」

 胡蝶はミッターマイヤーの膝裏を蹴り飛ばし這いつくばらせ、片手にデザートイーグル、片手に煙管を持ち、ふかしつつ話し始めた。

「結論から言うと、あなたは一度死んでいるの。ムリもないことでしょうね。88ミリ(アハト・アハト)の直撃を受けて、身体が残っているだけ儲けものだったもの。生身の人間なら消し飛んでるわ」

 やはりそうか、という得心の気持ちと、信じたくない気持ちがわたしの中で交じりあうのが良く分かった。本来なら死んでもおかしくなかった──という気はしていたが、事実であると言われるのはショックでもあった。

「そして、第四帝国本部では次世代の兵力の開発・研究が行われていたの。長い間、第三帝国時代の栄光にすがりついてきた彼らにとって、『過去に囚われず』、それでいて『高い忠誠心を持つ』という矛盾した性質を持つ優秀な兵士が必要だった。国を持たない第四帝国にとって、忠誠心の対象になりそうなのは第四帝国の大総統くらい。でも、ある一人のカリスマに向けられる忠誠心の脆さを、痛いほど分かっているのも彼だった。なんとしてもこの矛盾を解消しなくてはならない。まるで禅問答のようなその問いを解消するために、わたしはある国から引きぬかれたの」

「ロシアか」

「さすがに何も言わなくても分かるわよね。ソ連時代から培ってきた非合法的な医学技術は、現在のロシア共和国になってからは見向きもされなくなった。冷戦は終わり、科学技術はますます進歩して、人が人以上の能力を内包する意味は殆ど無くなったわ。でも私は生体科学者として、自分の研究したテーマがどこまで通用するかを試したいと思ったの。祖国を捨ててもね」

 祖国を捨てた胡蝶。祖国から試されているわたし。祖国から邪魔者扱いされているミッターマイヤー。わたし達の微妙に異なる共通点。胡蝶は、それを利用してわたし達を監視していたのだ。

「しかし、私の持ち込んだ技術は既に第四帝国で機械技術として成立していたの。クラウド・コンピュータを使った『総統達』の意識の共有化。共有の方法自体は個々の総統に委ねられていたから完璧なものとは言えなかったけど、私はそれに打ちのめされた。自分の理論より有用性の高い方法があったなんて信じられなかった。だからこそわたしは進退を賭けて、この今回のシナリオを書いたの。私の技術が勝つか、第四帝国の既存の技術が勝つか。医学が勝つか、科学が勝つか。国を捨てた私が信じたものは、自分の理論と技術だけ。後戻りなんてできなかった」

「大体の概要は理解できた。だが、君と言う人間がたった一人でこのシナリオを書き、たった一人で実行した、などとはわたしは信じられないな」

「それを可能にするのが私の技術なのよ。人間は、細胞の中にあるDNAにもとづいて構成されている。その末端組織の事をテロメアと呼ぶの。かつてのクローン技術では、このテロメアが極端に短くなっていた。そのため、クローン生物は短命に終わっていたの。人の不老不死は、このテロメアの長さによるのではないか。机上の空論に過ぎないけれど、わたしの研究は、このテロメアを伸ばすのではなくループさせることなのよ。死滅して短くなっていくテロメアをループさせ、永遠に細胞の分裂と分配を繰り返す。つまりは不死を実現する。同時に、テロメアのループは超人的な能力を付与することも可能にした。ミハイルや、その同志たちのように」

 一気に話し終えた彼女は、どこか寂しげでもあり、満足そうでもあった。わたしには分かっている。自分が抱えていることをいくら大声を持って叫んだとしても、それを完全に理解し得る人間などそうそういない。それでも、誰かに自分を知ってもらいたいという欲求は満たされるものだ。例え、それが何も産まなくても。かつてのわたしもそうだった。地下に潜って、ただただいつか来る第四帝国の時代を夢想していた。いつか来る栄光の時代。その中でわたしは、尊敬する『総統閣下』の側で、世界が変わる様を見守っていくのだ。それは誰に話すこともなく、ただの幻に終わった。わたしも、彼女も、失ってきたのだ。同じように。

「そして私も、その超人的な力を持っている。超高速で動く力? 野暮ったいことは言わないで。女の嘘はアクセサリーみたいなものよ。私の能力は、あらゆる感覚を誤認させることなの。何もかもというわけにはいかないし、誤認させるといっても一時的なものよ。でもミハイルをけしかけて、ミッターマイヤーの坊やに命令書を握らせるくらいは朝飯前。私、スーツを着て貴女にも会いに行ったのよ? 覚えてる?」

「話はそれで終わりか? もういいだろう。君の目論見はここで終わりだ。ミッターマイヤーは関係ない。今更君に危害を加えようとも思わない。離してやれ」

「いやよ。私にもプライドってものがある。少佐、貴女が消えれば、このシナリオは白紙に戻る。私はこの技術をさらに改良して、世界に私の名前を知らしめるの」

 胡蝶は煙管をしまい、指を高らかに鳴らした。地下から這いずり出るようなうめき声が格納庫に響き、すえた臭いが鼻孔を襲った。異形の者達が扉を破り、わたしに襲いかかる。FARCの連中が土色の肌に身を包み、臓物をはみ出しながらそれでも動いているのだ。

「少佐殿! 逃げてください! 奴らはナイフで斬りつけても死なないんです!」

 銃声。ミッターマイヤーが絶叫をあげる。右側のふくらはぎを、胡蝶がデザートイーグルで撃ちぬいたのだ。

「口を開くんじゃない、青二才! さあ、私に見せなさい! 私の医学こそが科学技術さえも超えていくことを!」

 胡蝶の宣言を合図に、亡者たちが格納庫に雪崩れ込む。わたしは回収の終わった腕を変形させ、榴弾を放とうとする……が、弾が出ない。ミハイルに撃った分で最後になってしまったのだ。なおも襲い掛かる亡者に対して、対抗手段がない。近接格闘ではミッターマイヤーの言うとおり、死なないのだとしたら、素手のわたしには勝ち目はないだろう。咄嗟に腕をクローに変形させると、頭上に向かって放つ。ライトを掴むと、ワイヤーを回収する要領でわたしの身体は宙へと浮いた。胡蝶の舌打ちが聞こえ、わたしに向かってデザート・イーグルの50アクションエクスプレスが襲いかかる。だが、わたしにとって、通常の弾丸など恐るるに足らない。わたしの頭を爆裂させんと迫る弾丸を、首を捻って回避、クローを解除し整備用ブリッジに降り立った。

「やるわね」

「世辞はいらない。胡蝶、今一度警告する。出来る事ならわたしは……」

「甘い、甘いのよ少佐。所詮、貴女は国の……組織の飼い犬に過ぎない。誰かの飼い犬である限り、撃つことでしか忠誠心を示すことはできないの。でも皮肉なことに、兵士ほど誰かを撃つことを恐怖している人種はいない。だから私の技術は必要なの。だから貴女は……要らないのよ!」

 胡蝶がトリガーを絞ろうと指をかけたその瞬間、わたしの左目に反射光が飛び込んできた。ミッターマイヤーが決死の形相を浮かべながら、UFOと同じ鈍くナイフを胡蝶の左足に突き立てているのだ。胡蝶の放った銃弾は逸れてしまった。その上、デザートイーグルの衝撃は胡蝶の手から銃を落とす原因となったようで、格納庫をうろつく亡者の群れへと落ちていく。不死の存在となった証拠どおり、ナイフを突き立てても胡蝶に動じる様子はなかった。血が流れることもない。胡蝶は冷静にナイフを抜くと、ミッターマイヤーを蹴り飛ばし、わたしに向き直る。胡蝶にとっては一瞬だったかもしれないが、わたしが彼女を鋼鉄の左腕で殴りつけるには十分すぎる隙だった。二発目をお見舞いしようと振りかぶると、次の瞬間胡蝶が消える。感覚の誤認──擬似的な高速移動の正体は恐らく、視覚を誤認させ、移動中の姿を認識させないことなのだろう。

「だが、タネが分かれば関係ない」

 感覚を研ぎ澄ますこと、それはわたしの大きな武器だ。眼を閉じて、回りに自分の感覚全てを研ぎ澄ますことができれば、視覚に頼らなくても胡蝶を捉えることは難しくない。宙空を掴むように胡蝶の細腕をとらえると、手首を捻った。整備用ブリッジの柵にたたきつけられた胡蝶は、さすがに苦痛に顔を歪めた。

「わ、私を……殺すの?」

「やむを得ない。君の言うとおり、わたしは軍人だ。何もしなければ、わたしはただの飼い犬だろう。だが、飼い犬にも自分の領域はある。大切な物だって持ってる。君はわたしの領域を侵し、大事なものを奪おうとした。わたしの警告も無視した。何より、殺すことを決意した人間は殺されることも決意しているものだ。君だってそうだろう?」

 ぽろぽろと、大粒の涙が胡蝶の真紅の瞳からこぼれ落ちる。

「いやよ……私は、私は、こんなところで死んでなんかいられない……私の技術が使えるものだって証明しないといけないのに……絶対に……いや……」

 咆哮。鉄が膨張し、擦れるような音。整備用ブリッジはわたしがさっきほとんど破壊してしまったせいで、強度が落ちているのだ。突然傾きはじめたのを察知し、わたしはミッターマイヤーを抱える。胡蝶は先ほどの衝撃がまだ尾を引いているようで、崩れかけている柵にぶら下がっている状態だった。

「た、助けて……お願い……下のやつらは失敗作なのよ。私の命令なんてもう理解できていないの! 落ちたりなんかしたら、食欲のまま食い散らかされる!」

 わたしは左腕を文字通り伸ばした。伸ばした腕に胡蝶が掴まるのを見て、わたしは内蔵したモーターで彼女を巻き上げた。巻き上げた彼女の顔は、邪悪に歪んでいた。わたしの胸に、ミッターマイヤーが持っていたナイフが突き立てられていた。

「ざまあ見なさいよ、少佐……坊やともども、あの化け物共に食い散らかされればいいわ!」

 高らかに笑う彼女の眉間に、黒い穴ができた。銃声。硝煙の香り。わたしはいつの間にか柵を握る腕を離してしまっているのに、落ちていない。ミッターマイヤーがわたしを抱えて、ワルサーP38を放っていたのだ。

「落ちろ、クソ女。餌になるのはテメーだ」

 胡蝶の赤が、土気色の亡者の群れに落ちていく。白く長い腕もちらついていたが、やがてそれは見えなくなっていった。



 ミッターマイヤーは信じられないほどの力を出し、わたしを抱えたまま崩れかけた整備用ブリッジを駆け、UFOに飛び乗った。火事場の馬鹿力と言うやつだろうか。わたしに刺さったナイフは、なんとか致命傷を避けているということは分かった。

「君ってやつは……なんという無茶をするんだ」

「少佐殿こそ……大丈夫なんですか」

「ああ。最後の勲章だ。割れてしまったがな」

 胸ポケットに入っていた、従軍記章の代わりの、サビだらけの鉄十字勲章。わたしの最後の誇り。恐ろしく強い力で突き立てられたのだろう、真っ二つに割れてしまっていた。わたしはマントの端を引きちぎり、包帯代わりにミッターマイヤーの太ももに巻く。応急措置にもなっていない。下は人の味を知った亡者どもで溢れかえっている。どうにか脱出しなければならない。

「少佐殿、こうなったらイチかバチかUFOを飛ばしましょう。この基地さえ出られれば、後はなんとかなります」

「しかし、わたしはこんなもの飛ばしたことはない。運転できるのは車くらいだぞ」

「こういうのは、車とおんなじですよ、多分」

 ミッターマイヤーは目ざとく内部へのハッチを見つけ、滑り込んでいた。わたしも後に続く。内部は薄暗かったが、試験飛行のための準備はしてあるようで、キーのようなものを回すと、各部のランプが付き始めた。

「どのスイッチで飛ぶんでしょうね、これ」

「知ってたら苦労はしないさ。……ところで、C4はどうしたんだ?」

 ミッターマイヤーの顔が、青白くなるのが分かった。どうやら、失血のせいでは無さそうだった。

「やべえ……胡蝶に取られたままだ」

「……時限装置のスイッチは入れてないだろうな」

「……い、入れてました」

 わたしもミッターマイヤーも、動ける範囲でめちゃくちゃにトグルスイッチやらボタンやらレバーやらを引いたり押したりするしかなかった。デジタル表示のエンジン数メーターが上昇し始め、わたし達二人を浮遊感が襲った。その直後、さらにC4の爆発がUFOを襲った。格納庫の天井を突き破り、宙へ投げ出されたところまでは覚えている。そこから先の記憶は、二人で覚醒するまで覚えていない。




 墜落したUFOの中でわたし達は覚醒した。出来る事なら、もうどこへも行きたくないし、ずっと寝転がっていたかった。だがUFOの敗れた天井から差し込む光は、わたしに起きることを要請しているようだった。

「起きろ、ミッターマイヤー」

 ミッターマイヤーを揺らすと、不機嫌そうな声を漏らしながら眼をこすっていた。撃たれた足の血も止まっているようだった。若いから回復力があるのだろうか。

「……生きてる」

「当たり前だ。わたしも、君も、生きてる」

 わたし達は顔を見合わせて、笑った。心の底から笑った。ひとしきり笑った後、ミッターマイヤーは少しばかり真面目な顔になって、わたしの顔を真っ直ぐな瞳で見つめてきた。

「少佐殿。これから俺たち、どうしましょう」

「どうしましょう、とはなんだ」

「胡蝶の言い草じゃ、少佐殿は……その。実験するためのサンプルだから既に死んでるって。俺だって、胡蝶の能力でそう思わされてただけで、国じゃどうなってるのかホントのことは分からない。行くところ、どこにも無いじゃないですか」

 わたしは彼とは対照的に、そうは思っていなかったし、笑顔のままだった。

「簡単なことだ。共に行けるところに行けるところまで行こう。言ったろ? わたしは、君を見捨てない」

 ミッターマイヤーの色素の薄い肌に、朱が差すのを見ながら、わたしは彼に抱きついた。今度は、わたしだけの身勝手ではなかった。わたしは彼を離さないし、彼もわたしを離さないだろう。今は、その事実だけでよかった。それを確かめ合うように、わたしたちは唇を重ねた。少なくとも今日一日は、このUFOから出ようと言う気は起こらなかった。



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