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time LIMit→ZERO  作者: NOSUKE@home
第一章;紅篇
8/13

lim8:to Sea,to She

 一週間が経った。

 会えるかもしれない。会えたら、まずは謝ろう、その後は……

 なんて考えは、完全に皮算用と化していた。

 あの翌日、早速出掛けようとしたところに紅花さんと八木カナが現れた。なんでも、折角だから手伝いたい、とのこと。

 裏側のマップは作ってみたのだが、どうやら俺の認識は甘かったようだ。

 そう、余りに広すぎたのだ。

 初日は三人で固まって歩いていたのだが、確かに楽しかっただけに、調査全く進まなかった。

 なので、次の日からはバラバラになって、聞き込みや、それっぽそうな場所をチェックして回ったのだが、俺はともかくも二人は女の子だ(俺より強かろうが)。

 この時期だし、遅くても六時ぐらいには切り上げないとまずいだろう。それにこっち側は雰囲気が良くない。大丈夫だ、と言われてもそうはいかないだろう。

 その後にでも一人で探そうとしていたのだが、今度は俺がそれを止められてしまった。

 「少なくとも、私より強くなってからにしてよね」とは八木カナ。もっともなのかもしれないが、なんか悔しい。

 そして更に休日を跨いだ月曜日。終業式の朝だった。

「レオ!いい加減はっきりしてくれっ!」

「いきなり、何なんだよ……」

 最近の恒例となりつつある、ショージの怒声による目覚まし。

 と言うか、昼夜を問わず、俺に対して怒りを見せ付けてくれているのだ。

 ……まぁ、つまるところ、俺と紅花さんが一緒にいることが許せないからなのだけど。

 そんなに許せないんなら、お前も話しかければいいじゃないか。

 って、ムリだからこんなにも怒ってんのか。

「テメーは紅花様とヤギ、どっちが好きなんだっ?!」

(そっちかよ?!)

 てっきり昨日までみたいに、毎日のように一緒にいることを指摘されると思っていたのだが、また以外な方向からの指摘をされてしまった。

 まぁ、これもある種一緒にいることの指摘な気はするが。

「何度も言ってるけど、紅花さんはちょっとした事故からの協力関係。で、八木はそのサポート。別に、それだけだよ」

 何度言ったのだろう、本当に。さっぱり理解してくれないのは困る。

「嘘コクなっ!

 ──俺はなぁ、見たんだっ!二人と駅前でとっかえひっかえ、その……デ、デデデートをだなぁ~!」

 デートって……

 と言うか、たかだかデートって単語だけで、そこまで動揺するなよ。

 男が照れながら何かを喋るのは、特にショージだからだが、非常にキモチワルイぞ。

「そんなんじゃないよ。

 今も言っただろう、ただの協力関係だって」

「とにかく!今更、紅花様と一緒なのは言わないでやるっ!

 けどな、二人に……いいや!紅花様に恥をかかせるのだけは、この俺が許さんっ!!それだけははっきりしてくれ!」

 聞いちゃいない。

「恥って、あのなぁ。

 第一、二人とも俺にそんな浮わついた気持ちで接してないっての。

 デートだかなんだか言うのは勝手だけど、それは二人に失礼だろう?」

「むしろヤギにしろ!アイツだって見た目だけなら悪くない!全国の紅──」

 やっぱり聞いちゃいなかった。

 そんな、ショージの勘違いから始まった(一方的な)言い争いは、つい先日直されたばかりの扉が、ノックされる音で中断されてしまう。

 ショージがまたぶつくさ言い始めたので、仕方なく俺が出ることにした。

「どちら様ですかー」

「あの、おはようございま」

 と、勢いよくお辞儀をしたため、半開きの扉に頭をぶつけて悶える、紅花さん。

 結構いい音が響いたのだが、それは大丈夫なのだろうか?

「こ、ここ、紅花様!?」

「え、えと、"さま"、……ですか?」

 その紅花さんの声を聞いたからか、現実へと戻ってきたショージ。

 と言うか、その呼び方といい、いきなり姿勢を正すところといい、流石の紅花さんだって狼狽えているようだ。

「それより、朝からどうかしたの、紅花さん?」

 すると今度は、随分と恥ずかしげにモジモジし出したのだった。顔も更に紅くなった気もする。

 そして、

「は、はいっ!

 ……えと、たまには、迎えに来てもいいかな、なんて」

 と、言い放ったのだった。

 また以外な答えが返ってきて、これまた状況を掴めなくなってしまった俺。そして後ろの方から聞こえる、実に爽やかな笑い声。

 つまり、だ。

 今日の昼飯代、後でショージに渡しておこう。

 そう思わざるを得なかった、と言う訳だったのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「多々良さん、でしたか?

 あの、私の事、"様"を付けて呼ぶの、出来れば止してもらえませんか?」

「そ、そんな畏れ多いっ!紅花様は紅花"様"たからこそ"紅花様"なんですよっ!」

 意味が分からん。

「それに、俺なんかが一緒に歩かせていただいてるだけで、光栄ですっ!えぇ、光栄なんですとも!!」

「は、はぁ……」

 さっきから、紅花さんがコイツに何か話しかける度、こんな感じだ。

 同い年なのに、ショージは紅花さんに変な呼び方をしたり、妙に腰を低くしていたり。

 勿論そんな態度に、紅花さんが戸惑わない訳がなく、幾らか指摘したりするのだが、対してショージは変な言い訳をする。

 事の発端は、あの後すぐ、ショージはさっさと身支度をして出ていったのだが、部屋の外で紅花さんに捕まったから、らしい。

 彼女のことだ、どうせ、ご一緒しませんか、とか言ったのだろう。

 俺が外に出たときには、既に変なショージになっていた、と言うわけだ。

 しかしこんなんで大丈夫なのだろうか?主に社会的な問題として。

(多々良さんって、いつもこんな感じなんですか?)

 ショージの将来を心配していた矢先、歩調を少し早め、いつの間にか俺の隣まで来ていた紅花さんに話しかけられた。

(それは……相手が紅花さんだったから、だと思うよ)

(私が、何かしたのでしょうか?)

 ファンクラブがある、って事は、この人に言っても大丈夫なのだろうか?

 ……いや、多分ダメだろうが、ショージだしいいっか。

(紅花さんファンクラブの会長やってるからさ、アイツ)

(えと、何かの会長さん、なんですか?)

(あー……まぁ、ね)

 この様子だと、多分、肝心の処は聞こえていなかったようだ。

 多少の安堵感と罪悪感に悩まされる。

 どうやらその肝心の部分を聞きたいようなのだが、これは反芻すべきものではないだろう。

「多々良さん、何かの会長さんなんですか?」

「そ、それはっ──!!?」

 遅かった。

 紅花さんが隣からいなくなった時点で気付くべきだったのだろう。

 俺がすぐに答えなかったからか、それともその"会長"と言う響きに興味があったからか、紅花さんはショージに直接問いかけていたのだった。

 ……その、少なくとも紅花さんの口からは言ってはいけないであろう疑問を。

「頑張って下さいね、会長さんっ」

「────!」

 しかもあろうことか、輝かしい程の笑顔をショージへと向けてしまったのだ。

 勿論、ショージがこの人の笑顔を直接見たことなんてないだろうし、ましてや疚しい事に対して向けられた笑顔だ。普通の人が耐えられるハズがないだろう。

 一瞬固まった後、顔を真っ赤にして、また泣きそうな表情で、走り去って行ったのだった。……だから、キモチワルイって。

「多々良さんって、随分と謙虚な方なんですね」

「そう思えてる紅花さんが凄いよ」

「え、えと……?」

 思わず深いため息を吐いてしまった。

 ──紅花さんって、天然だよね。

 なーんて言ったところで、この人には効かないんだろうな。

 八木カナ辺りにでも言ってやれば、面白い答が期待できそうではあるが。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 終業式、とあって、今日のやることは式本番と、(俺たちのクラスに関しては)短いHR(ホームルーム)、後は大掃除だけだった。

 それも全て終わる頃には、昼近くなり、クラス毎のHRの長さなんてものは意味をなしていなくなっていた。

 それと、本来なら俺は掃除当番じゃなかったのだ。

 朝、あれ以降ショージの姿は見かけていない。鞄だけは机の上に置いてあるのだが……

 そんなんだから、シイナ先生からご指名を受けたのだ。

 ──アイツの代わりに掃除をやれ、と。

 せっかく昼飯奢ってやろうと思って、今月なけなしの仕送を使ってやろうと思ったのだが、止めた。もっと有意義な事に使いたい。

「峰渡君、いますかー?」

 俺が掃除を終える頃、そろそろ来るかな、と思っていたところに八木カナだけがやって来た。

 ここ一週間、HR終了直後には、八木カナと紅花さんが此方の教室へと顔を出すようになっていた。終業式とあって掃除などが忙しいのか、今は紅花さんの姿は見受けられない。

 これも、最初の二、三日こそ、また各所でこそこそと言われてはいた。今となってはそこまで気にされていないみたいで、俺も落ち着いていられる。

「ねえねえ、八木さんって、峰渡君と付き合ってるの?」

 ……とまぁ、男からは追及されなくなったが、そっちが落ち着くと、今度は女子から色々と聞かれるようになってきたのだが。

「ち、ち違う違う!こんな変態と一括りにしないでっ」

 久々にこいつから変態、と呼ばれた。そろそろ許してもらいたい、本気で。

 むしろホントに変態なら、とっくにどうにかなっているだろうに。

「へ~、峰渡君、何かしちゃったのぉ~?」

「そうなんだよっ!峰渡君って前に女子こ──」

(おいっ!)

 咄嗟に八木カナの口を塞いでしまった。

 モゴモゴと言っているが、多分これなら内容はわからないだろう。

「女子……なんて言ったの?」

「さ、今日も張り切ってこー!」

「ち、ちょっとー!」

 追及から逃れるように、いや、逃れるため、八木カナを引っ張って強引に教室から抜け出す。

 階段の踊り場まで来て、こいつのことを睨んでみたのだが、あかんべーとされてしまった。……すっげームカつくんだが。

 と言うかなんだ、俺を貶めてどうする気なんだこいつは。

「そうだ、忘れてた。今日、私行けないから。コウと二人で頑張って」

「は?」

 と思いきや、いきなり妙ことを言われてしまった。

「コレ」

 理由を俺が追及する前に、自分の左腕を指差して腕章を見せつけてくれた。

 つまり、生徒会の仕事があるから行けない、ってことらしい。

「最近サボり気味だったしねー。どっかの誰かさんの性で」

「そっか、紅花さんにはそう伝えておくよ」

「うわっ、ヒッキョー」

 久々に見たカナフェイス。やっぱこいつは、この顔じゃなきゃね。

 階段を上ってゆく八木カナ。それを見届けて、俺も一度教室へと戻っていった。案の定、帰ってきてすぐに囲まれてしまったが。

 それから教室から出ると、丁度紅花さんも教室から出てきたようで、そのまま肩を並べて学校を後にする。

 この一週間で歩き慣れた、裏側へと行く道。

 学校からだと、駅へ向かうよりそのまま線路を越えた方が近いし、何より手間が省ける。

 普段なら、三人で裏側から駅へと行き、そこで一度解散して、と言う流れだった。だが今日は、

「海、行ってみようか」

 少し趣向を変えてみることにした。

「え、い、いいんですか?」

「いや、むしろ俺が了承を得たいんだけど」

 変な回答を得られたのだが、この分なら反対、ということはまずないだろうか。

 ただ少し遠くなるし、そっちの方は連休中、時間がたくさんできてから、改めて行こうと思ってはいたのだ。

 まぁ、紅花さんも喜んでるみたいだし、生徒会で来れないらしい八木カナには悪いが、二人で海へと行くことにした。

 ちょっと息抜きも兼ねて──と思っていたので、バスで行くことにする。丁度、停留所には海岸行きのが止まっていたので、それへと乗り込む。

 この時期に向こうまで行く人は少ないのか、客は俺たちを含めても十人もいかないほどだった。

「──えと、実は今日、私も海の方へ行きたいなー、なんて思ってたんです」

 二人掛けの座席に座ると、紅花さんはこんなことを言ってきた。

「なら、丁度よかったよ。

 毎日ここら辺り歩き回るのも、ちょっと疲れてたしね」

 海岸前の停留所に近付いた時には、バスの中に他の人はいなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 だからって、これは予想外だった。

 季節は春。とは言えまだ三月半だ。

 有名な海水浴場、って訳でもないここに、ましてや人なんている筈はない。

 それは季節柄なところもあるが、こんな肌寒いのに、ここへと足を運ぶ物好きは、どうやら俺たちだけらしい。砂浜辺りに人影なんてありやしない。

 そして何が予想外だったのか、と言うのは──

「どう、でしょうか……?」

 と、恥じらいつつも俺の目の前に立つ、一人の水着姿の女の子のこと。

 要するに紅花さんだ。

「うん、凄くよく似合ってると思うよ」

「ほんとですかっ?!」

 ──遡ること十分ほど前。

 バス停に降りるなり、「少し、お時間頂けますか?」と、それだけ言って紅花さんは何処かへ行ってしまったのだ。

 何処へ行くのかを聞いていなかったから、少し離れた所にあるコンビニで、お茶と、鮭、梅、焼たらこのおにぎりを、それぞれ二つずつ買ってきて、元の場所で待っていた。

 勿論、二つずつってのは俺と紅花さんの分だ。

 ショージのために用意していたお金だったど、アイツに奢るくらいなら紅花さんに出した方がよっぽど有意義だ。それならアイツだって認めるだろうし。

 で、待つこと更に数分。

 「お待たせしました」と、元の(・・)姿で帰ってきた紅花さん。

 そしてその場でいきなり脱ぎだし、現れたのがこの姿、と言う訳だ。

「──って、なんで俺の前で着替えたんだよ……」

「えと、その、あまり他の人に見られるのは、ちょっと……」

 あまり他人に見られたくない、ってのは分かったが、俺の目の前で服を脱ぐのは恥ずかしくはないのだろうか?

 確かに、下に予め水着を来ていたんだから、結果的には問題は無いのだろう。

 だが、その過程があまりにも刺激的過ぎることに、この人は……いや、気付いてないよな。

「それに、どうして水着なんて?」

「あの、せっかく海に行くなら、って、……カナちゃんが」

「つまり、元から持ってきていたんだ」

 控えめに、頷かれた。

 終業式の割に、やけに荷物が多いな、と思っていたのは、どうやらこれらが入っていたからのようだ。納得。

「でも、そんな格好で寒くない?」

 紅花さんの水着は、所謂、ワンピースタイプというやつなのだろうか?それにしてはやけにピッタリしている気はするが……

 真っ白を基調として、腰から、花柄刺繍だろう、フリルのスカートが伸びているのが特徴的だった。

 だが所詮は水着、それ一枚じゃ、いくら太陽がてっぺんに来ていようと、この季節じゃまだ寒いだろうに。

「私、寒いのには強いんですよ。夏より、冬の方が好きですし」

 言うだけあって、手足には、パット見た感じだと──あまりじっくり見るのは失礼だろうから──鳥肌は立っていなかった。

 それどころか、この涼しさに当てられてか、普段より生き生きとしてる様にも見える。

 確かに紅花さんのイメージとしては、冬、しかも、丁度この季節が合う。

 それだからか、春先の海辺で、真っ白い水着を着ている紅花さんが、やけに綺麗に見えてしまった。

 考えてみたら不思議なものだ。

 つい二週間前には、全校男子が憧れているこの人と、まさかこんな事をしているなんて想像できなかった。

 改めてこの人の魅力を知ったのと、ちょっとした優越感に浸るくらいは、いいだろう。

「それに、昔から寒中稽古で雪山に行ってたりしましたから、薄着もへっちゃらですっ」

 ……いや、前言撤回。

 やっぱり紅花さんは、憧れの美人と言うよりかは、ちょっとズレた女の子、って表現の方が良さそうだ。


 昼食を食べ──前に言っていた通り、本当にコンビニのおにぎりを食べたことがないらしく、ビニルを剥くのに苦労していた──それから暫く遊ぶことにした。

 ただ、遊ぶと言っても、俺は制服だし、砂細工をする歳でもない。行けて波打ち際だ。

 必然、紅花さんを目で追うだけになってしまう。……まぁ、それだけでも十分だけど。

「礼於さん、もっとこっちの方、行ってみませんか?!」

 それで、俺が波打ち際で波を蹴っていると、少し先で、奥の岩場を指して叫んでくるのだった。

 手を振って、荷物を持って、小走りでそっちの方へと向かって行く。

 岩場は、少し小高い形になっていて、砂浜としては丁度真ん中辺りに位置していた。

 いい場所だ。

 海へと少しかかっている所に腰かけると、また、適度な日光と、少し涼しめの風が気持ちよかった。

「うわっ──」

 のだが、俺の日光浴は、紅花さんの放った水鉄砲によって中断されてしまった。

「こ、紅花さん……?」

「ご、ごめんなさい!顔に当てるつもりじゃ……

 でも、礼於さんも、そこに居るだけじゃつまらわぷっ──」

 仕返しに、海面を蹴って水をかけてやる。我ながら、ナイスコントロール。

 すると、また、今度は確実に顔を狙って、紅花さんは水を飛ばしてくる。勿論俺が避けれる訳がなく、ずぶ濡れになってしまう。

 もう怒ったぞ。

 上着を脱いでYシャツ姿になる。ズボンの裾を膝まで上げて、腕捲りをし、岩場から降りる。

 岩の、ゴツゴツした感触と、藻のヌメッとした感覚に足を取られそうになりつつも、そのまま水を掬って紅花さんへと引っ掻ける。

 が、俺が掬った水は尽く躱されてしまい、みるみる内に遠くへと逃げられてしまう。流石、格闘家、ってか?

「こっちまで、これますかーっ?!」

 したり顔で、脚が全部浸かりそうな場所から挑発される。

 とは言っても、流石にあんな所までは行けやしない。卑怯、ってものだと思うんだが。

 そう思っていた矢先、少し大きめの波が来て、それに身体を持っていかれそうになったのか、紅花さんの身体が大きく傾いた。

「紅花さん?!」

 慌てて、制服が浸かるのも気にしないでそこまで行き、彼女の腕を引き上げる。

 ……と、反対の手で顔面に水をかけられてしまった。

「引っかかりましたね」

 もろに海水を飲んでしまって、辛くて何も言い返せなかった。

 その隙にするりと脱け出されてしまって、また距離を取られてしまう。……まんまと騙されてしまった。

 そんな、本当にたわいない事ばかりしていたのに、気付けば空は、茜色に染まりかけていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「へっくしっ!!」

 一度全部を絞ったとは言え、乾かしていた上着以外は全滅、勿論、俺はずぶ濡れの体を震わしてしいた。

 昼間ならともかく、日が傾いてくると、まだ夏は遠い事を感じさせてくれる。要するに寒いのだ。

 正直、無理し過ぎた。

「だ、大丈夫ですか?」

 着替えから戻ってきたのか、元の制服姿の紅花さんが現れ、そのまま俺の隣へと腰を下ろした。

(そう思うなら、せめて手加減してくれよ……)

 苦笑混じりで言った俺の呟きは、彼女には聞こえなかったようだが。

「これ、使いますか?私が使ったの、ですけど……」

 そう言って、肩にかけてあったバスタオルを渡される。

 断る謂れも無いので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 顔と頭を拭いた時、塩の香りと、それとは別の、簡単に予想のつく薫りが鼻を擽った。

 肩からそれを羽織ると、まるで紅花さん自身に包まれてるような、ちょっと気恥ずかしい気分になる。その割に落ち着かせてくれる何かも感じていた。

「結局、遊んでるだけでしたね」

 一通り体を拭き終わった頃を見計らってか、紅花さんがそう、口にした。

「いいんじゃないかな?せっかく海に来たんだから。元々息抜きのつもりもあったんだしさ。

 それに俺、ここは初めて使うからね」

「初めて、ですか……?」

 あぁそうだった。八木にはそれとなく言っていたけど、この人にはまだ何も言っていなかったんだっけ。

「俺の実家、北海道なんだよ。

 中学の最後に、ちょっと、色々あってさ。それでこっちに進学したんだ。──だからあの寮にいるんだけどね。

 聞いたところだと、ショージも同じ様な事でこっち来たみたいでさ、妙に息が合ったんだよな。

 まぁ、とにかく、そんなんだからここは初めて来るんだよ。

 ……去年の夏は、アイツにさんざん振り回されてバテてたしね。

 だからさ、ちょっと寒かったけど、こうして遊べて良かったよ。ありがとう」

「い、いえいえ、感謝するのは私ですっ!本当なら、私は礼於さんと一緒にいちゃいけないのに──」

 もう引きずってないだろうと、少しは期待していたのだが、やっぱりまだ気に病んでいたらしい。

 その事が、かなり悲しく感じてしまう程には、俺は彼女を信頼していただけに。

「その事はもう無しにしよう。

 前にも言った通り、紅花さんは最高の、俺の仲間なんだから、さ。あんまり気にされると、逆に悲しいって」

 あまり深刻にならないよう、少しおどけて言ってみせる。

「それじゃ、その……

 私、多々良さんと、同じくらいには、……認めて、くれますか……?」

 上目遣いでそんな事を聞いてくるもんだから、俺の心臓は早鐘を鳴らしてしまった。

 勘違いするな!これは、"ショージとの仲の良さ"の基準からの、ただの確認(・・)だっ!

「た、確かに、ショージは親友みたいなもんだけどさっ。紅花さんは、こっちに来てから、女の子の中では一番仲良くなれた人だよっ。……って、そんなこと勝手に決めちゃダメか」

 なるべく、無難な、そしてこの人が安心しそうな言葉を選んで言ってみる。

 なんだか告白でもしてるような気分になって、思わず早口になってしまった。

「いいえ、私だって、そう思……

 ──ううん。前向きで、強くて、優しくて。こんな私ですら、ちゃんと受け入れてくれて、一番にしてくれて……

 そんな礼於さんに、私は──」

 そこで一呼吸置かれる。

 ──って、あれ?

 この流れって、まさか……?

「なっ?!」

「きゃっ──」

 そんな俺の、期待と不安の入り混じった妄想は、海岸の奥の方の崖から発せられた、ドン、という爆音と衝撃によって中断されてしまう。

 見ればそこに、巨大な砂煙が立ち込めていて、そして、一瞬、()が見えた気がした。

「くぅだ」

「えっ……」

 紅花さんが、話の途中で区切っていた事も忘れ、俺は走り出してしまっていた。

 走り辛い砂浜が、走り辛い革靴が、走り辛いびしょ濡れの服が、この時ほど憎く思えたことは恐らく、この前も後も無いだろう。それでも、走った。

「──やっぱ、敵わない(叶わない)なぁ……」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 僅か、百、二百メートルかそこらだろう。

 それがやけに長く感じられた。

「くぅ……!!」

「──ん?」

 だがその場に着くと、そこには俺が求めていた人物はいなく、代わりに、この世の者とは思えない、()が立っていた。

 肌は赤く、頭に生えた大きな角、そして牙。

 俺よりずっと大きな体躯は、まさしく絵に描いた"赤鬼"だった。

「テメェか……もう首突っ込むなっつったろうが」

「え……っ?」

 その、認めるには時間を要した現実は、あっさりと俺の事を認識し、それだけでなく記憶もしていたらしい。

 俺は、コイツの事を、知らない。

「多少痛めつけなきゃ、解んねぇ、かっ!」

「っつ──」

 腕を振るったと思った瞬間、俺の耳元を何かが掠めて行ったらしい。

 僅かな風切り音の後、針で(つつ)かれた様な痛み、そして、それに遅れる様に、頬を伝う液体。

「今のは見えたか?……見えねぇよな、テメェじゃあ」

 そしてもう一度、その太い腕を振るわれる。

 また何かが来ると思い下を向いて、目を閉じてしまうが、特に何かが掠れる感覚もなく、そのまま目を開ける。

 そして、目を開けた先に映ったのは、足下の砂に半分程埋もれた、見たことのある(・・・・・・・)ナイフだった。

「言ったよなぁ。『次にそのナイフを見かけたら、目の前掠るだけじゃ済まないと思っとけよ』って、なぁ」

「な──っ?!」

 戦慄が走る。

 初めて、戦いを見た時の、あれと同種の恐怖を憶える。

 橘だと、そう気付いてしまう。

 足下のナイフに触れようとした時、それはまるで、砂のオブジェのように崩れてしまった。

「じゃ、あばよ。──嗚呼、安心しろ。急所には当てないでやるからよ」

 三度(みたび)、腕を震う。

 その直後に肩にかかった何かと、俺を詰るそよ風に、だが、"当たらない"と思わせるには十二分だった。

「礼於さんを、傷付けさせはしません──!!」

 得体の知れない模様の仮面と、そこから伸びる、烈火の如く真っ紅(まっか)な髪。

 場違いに映えてしまう、学園の制服と、更に場違いに思わせてしまう、鉄製の籠手(ナックル)

 久々に見た、彼女の本気の姿に、先程までの恐怖は無くなってしまっていた。安心、しきってしまった。

 夕陽に照らされたその髪は、不謹慎な程に艶やかに輝いている。

「仮面に、紅い髪。そうか、お前さんが椿か」

「貴方は?」

「橘幾斗。八木に聞いてんだろう?

 ……ま、今の姿は解放中の俺、だけどよ」

「でしょうね」

 俺ですら、肌で感じれる程に強烈な殺気同士がぶつかり合う。

 その形容しがたい冷たさに、飲まれそうになる。

「礼於さん。……あの方の後ろ姿が、さっき見えました。向こうの、青い建物の近く。──行ってて下さい」

「え、ああ!」

 紅花さんの言葉で、止まったように感じていた時間が、動き出してくれた。

 しかしそれは、橘の時間すら動かしてしまったらしい。

 アイツも、俺に、いや、くぅを追って走り出したのかもしれない。──速すぎる。

 さっきまで十分な距離があった筈なのに、既に目の前と言ってもいい距離まで詰められていた。

 低い位置からナイフが投げられる。

「貴方は、通しません!」

 その俺と橘の間に、紅花さんが立ち塞がる。速さだけなら、今のでも橘以上なのだろう。

「まいったな……。

 俺だってあの娘追ってんだがよぉ?」

「なら、私を倒してから行って下さい。──礼於さんは速くっ!」

「ああ!」

 こっちも気にはなるけど、せっかく紅花さんが助けてくれたんだ、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 俺が走り出してすぐ、そこでは、闘いが始まろうとしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「──くぅ!!」

 その姿は、思った以上に早く見つかった。

 怪我をしていたのだろうか、腕と、その腕の下の脇腹は赤く滲んでいた。

 途中まで逃げて来て、傷が直るのでも待っていたのだろうか?

 それと、直ぐに違う(・・)ことに、今回は気付けた。

「……ネルヴェ(・・・・)っ!」

 そうしてやっと、振り向いてくれた。

 そっちで正解だったらしい。その事がやけに嬉しかった。

「……何?」

 返事は、温度が下がるほど冷たい響きだった。

「謝りに来た」

「謝りに……?」

「そうだ。

 今はネルヴェで、だから、くぅの気持ちは分からないかもしれない。

 けど、俺はくぅに──そしてネルヴェ、お前にも、謝らなくちゃいけない様な事を言ったんだ。……だから、ずっと探してた」

 ──ネルヴェとくぅでは、二重人格。

 そう仮定したけど、もし本当にそうだったなら、これは全く無意味な行為かもしれない。

 ただネルヴェの表情は変わらなくて、本当にそうなのかどうかも分からなかった。

「本来ならくぅに対して言うべき事かもしれない。けど、──ごめん」

 深く頭を下げる。歯を食い縛る。

 俺の、精一杯の気持ちを、この一言に乗せる試みをした。

「……何で、今謝るの?」

「君を、君達を拒絶したから」

 ネルヴェは、その時になって初めて、その無表情を崩してくれた。

 その表情は自嘲が多分に含まれていそうな、悲しい表情ではあったけども。

「それは当たり前だよ」

「それでも、俺は、君達を受け入れたいと思った」

「受け入れて、それで?」

 顔を上げて、ネルヴェですらたじろがせる様な視線で、目を合わせる。

「友達になりたい!」

 表情は変わらなかった。

 けど、唖然としたハズだ。……そうだろう、ネルヴェ?

 そうさ、もう、逃がさないって。受け入れるって決めたんだ。

 あと、五分もすればネルヴェはくぅに戻る。

 俺の闘いは、この五分間。こいつを引き留めて、説得させて、そして、くぅと会うことだから。

「……やっぱり、あなたは、普通じゃない」

 ドキっとした。

 まさか、あんな憂いを帯びた表情が、あんな絶望の淵にあるような表情が、ただ少し口許を吊り上げるだけで、こんなにも綺麗で、この女の子に似合うとは思えなかった。

 それでも、なんとか怯まずに次の言葉を探し出す。

「そう、かもしれない。……でもさ、だってそうだろう?

 こんな事実、普通見ないし聞かないし、まして出会うなんてしやしない。

 でも──俺達は出会えた。会っちゃったじゃんかっ?!なら、その後の過程なんてもう、決まってるも同然だろう?!」

「っ……!」

 驚きの仕草。

 そしてやっと、俺が見たかったあの(・・)可憐な笑顔と、全く同じものが、そこには浮かんでいた。

「──『あなたは、わたしのイバショかもしれない』」

「ネルヴェ……?」

 そうして、此方へと一歩目を踏み出した。

「だから──」

 二歩目、そして三歩目……

 既にお互いの距離は、手を伸ばせば、触れられる位置にまで縮まっていた。

「今は、サヨナラ、れお」

「は──!?くぅ……?!」

 そして、ここに来てやっと気付いたのだった。

 その距離が、その言葉と共に、簡単に開いてしまうモノであったこと。

 踏み出そうとして、足下には蔓が絡まっていたこと。

 ──ネルヴェとくぅが、"同じだった"、ってこと。

 手は、空だけを掴んでいた。

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