lim6:Reunite with Her
「こっちの先生が今度、またコウと手合わせしたいって」
「またなんだ……」
「何でも、今度は二刀流で挑みたいだって。前はあと一歩って処でコウが逆転したもんねぇ」
「カナちゃん、流石にもうお祖父ちゃんじゃなきゃムリだ、って、伝えてくれる?」
あれから紅花さんが復活して、居間に戻っての雑談会。
普段、二人はどんな会話をしているのだろうか。ちょっと気になって、耳を傾けていた。
最初はまぁ、俺も話に加わっていたのだが、途中からまったく分からなくなってきたのだ。……もし、だ。いきなり「回し蹴りより正拳突きの方が効率的ですよね?」と聞かれたら、お前ならどう答える?……と、いもしないショージ聞いてしまう程だ。そしてアイツの答えはこうだ、「いや、頭突きだろ」
──とまぁ、齢十六の少女達の会話は色気も華もない物だったのだ。
そして俺は独り、お茶菓子の煎餅をポリポリとかじり、テキトーに相づちを打ってただけだったのだ。……紅茶に煎餅浸けると美味しいんだっけ?
「──それで、峰渡君はいつくぅさんと会ったの?」
「へ?」
煎餅を浸けるかどうか迷ってるとき、突然……というか、前までの話が何で、どう繋がったのかが気にはなるのだが、俺が一番関係している話へとなっていたのだった。
お陰で持っていた煎餅はポチャンと音を立ててしまう。……もう、後戻りはできない。
「あれ"くぅさん"で、良かったんだっけ」
「あ、あぁ、くぅだよ。
あいつとは赤おん──紅花さんに初めて会った時と同じ日に、ね」
そこで「助けてもらったんだ」と言いそうになったのだが、紅花さん意外の人物がいるのに、例えそれが紅花さんの親友だろうと──いや、紅花さんの親友だからこそ──その事を言い出すのは不可能だった。
紅花さんを、これ以上悲しませたくない。
そうは思っていても、あの時の、屋上で魅せられた表情が浮かび上がっていて、どうしようもないやるせなさを憶えてしまう。
それでも紅花さんが続きを催促したので、その後の事をかいつまんで話すことにした。闘いに巻き込まれた俺を追って来たのか、帰った時に俺の部屋にいたこと、散々部屋を壊したこと、コンビニのおにぎりのこと、……紅花さんと、くぅのこと。
今思うと何で、くぅは俺の部屋に来れたのかが不思議でならない。二人共、やはりそこが一番気にはなっていたらしいのだが──くぅなら、「におい?」なんて言いそうで、それを想像したら可笑しくて堪らなかった。
「──真っ白レオタードに、脇には剣。しかも扉やベッドを壊すほど非常識……それでなくとも話題に上がりそうなんだけどなー」
特徴や情報になりうる事を書いたメモ帳に、ペンを叩きつけて思案する八木カナ。
余談だが、ベッドは未だ新しいのが届いていない。引き落としは、日頃の行い的にショージの所になってしまったので、今現在俺は床に座布団を敷いて寝ている。これくらいならまぁ、当然か。
「私もお相手して頂いた時に姿は見てますから、もし見かけたなら直ぐに分かる……と思います」
「う~ん。もしかしたら、それって解放状態の姿だった、ってことは?」
解放状態──LIM化のことか。ずっとLIM化LIM化と俺は使ってただけに、ちょっと違和感がある。
「いや、それはないと思う。
紅花さんから聞いた話だと、LIM化してられる時間は10分前後なんでしょ?アイツとは一時間ほど一緒にいたから、それだったら気付いてるよ」
くぅとネルヴェで違うのが、その何よりの証拠になりうるだろう。けど、今ここでそれを言うと余計ややこしくなるだけだ。
「私も、そう思います。あの方が、えと、LIM化?……しただろう時、明らかに感じが変わってたから」
「LIM化、ねぇ……うん、いいねソレ。
じゃあそのLIM化した時に"インビジ"する能力があるー、とかは──流石に無いっか」
どうやら『LIM化』で通してくれるらしい。俺としてはありがたい。
しかし、特殊能力については人それぞれ違うらしい。実際、くぅの能力が蔓を出すことと、暴走を止めること、後は、もしかしたら治癒能力が凄く高いかもしれないこと。それ以外にあるかどうかは分からない。
もしそこで更に、"透明になれる"能力の存在を考慮するんだったらもうお手上げだ。けどまぁ、それなら常にLIM化してなきゃいけないし、暴走する恐れもあるから無いだろう。
それまで考え出すと何でもアリの状態になってしまうし、不毛な結論しか出ないのは、全員分かっていた。
「ま、一応橘さんには報告しておくね」
「サンキュ、八木」
なんやかんや言いつつも、八木カナは結構協力的だ。紅花さんが絡んでるから、なのだろうけど、それでもやっぱり、嬉しい。
決して悪い奴じゃないのは理解してたが、そこまで気に食わない堅物、って訳でもなさそうだし、案外良い奴なのかも。
「期待はしない方がいいよー。今の今まで話題に上がってこない人なんだしさー」
実に気だるそうな、またティースプーンをカチャカチャと鳴らした対応。
それでも、なんだかちょっと楽しそうに見えたのは、きっと気のせいじゃないのだろう。そんな態度に、なんだか共感してしまった。
「協力が得られるだけでも嬉しいさ。ありがとう」
嬉しくなってつい、俺はその場で、机に両手をついて、土下座紛いのことをしてしまった。
「ちょ──止めてって!べ、べつに、私は橘さんに聞くだけだし……」
予想以上に反応がいい。照れるにしても、もう少し普通の──いや、待てよ?確か前にからかった時も……?
そしてまた、妙なイタズラ心が沸いてきた。
「それでも、だよ。俺は純粋に、俺のワガママに協力的になってくれた八木を、敬意すらするさ。正直、お前の事、こんな良い奴だとは思わなかった」
語尾を荒め、八木カナの手を強く掴んで上下に揺さぶり、感極まった"演技"をする。我ながら中々のモノに仕上がってしまった。
俺の必死さが伝わったのか、八木カナの顔はみるみると赤く染められていく。
やっぱりこいつ、からかえばからかうだけ味が出る体質らしい。……まぁ、紅花さんからはからかわれる事なんて無かったかだろうからなぁ。
「八木さ、そうやって照れてる方が可愛いぞ?」
「ぬぁっ──~~っ!!?」
ボンッ、と音が鳴りそうな瞬間沸騰と、聞いてはいけなかっただろう声、そして何故だか聞こえた、何かが割れるような音。
視線を移すと、お怒りモードになりかけていた紅花さんと目が合ってしまった。……ちょっとやり過ぎたかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻、とあるビルの上にて。
週末になっても、それが長期連休でもなければ、そこはあまり賑やかではなかった。
夏になれば多くの人でごった返しになるこの場所も、しかし、三月の寒気では人は寄り付かない。こんなに半端な直に、海水浴へと来る客は、地元住みの一部の物好きくらいだろう。
夏のピーク時に向けて、この街の、駅と線路を境にした海側はビル街、特にホテルや大型のマーケット等の観光客様の施設が整っている。
反対側、住宅街は年中人の出入りが多いが、先の通り、"こちら側"は人の出入りが滅多に無い。
その事実は海に近くなればなるほど顕著に現れ、海に近い場所のホテル等はほぼ全てが閉まっている。その中でも一番高いこのビルの上は、それ故に誰の目につくこともなくなっていた。
二人が再会したのは、そんな彼らにとって絶好の場所であったのもまた事実。
「やっと見つたぞ」
「……だれ?」
一人はスーツをだらしなく着こんだ無精髭の男。歳は三十半から四十、と言ったところか。
だが、そのだらしない見た目に反して首筋は血管が浮き出ており、横に太く見えるのは脂肪ではなく、鍛え上げられた筋肉からだと分かるだろう。
「お前さんの元調整係だ。ま、顔なんざ覚えちゃいないだろうが、……な」
「ちょーせー……?」
「そーだ、試験体廃棄No.03、固有別称"ネルヴェ"さん、よぉ。
ヒドイとは思わないか?『タチバナが直々に回収してこい』、だとよ」
そしてもう一人の特徴は、サファイアを思わせる蒼い瞳、真っ白な髪真っ白な肌、そして真っ白で所々汚れ、擦りきれた衣装。その衣装の腹部とその裏側には、大きな穴が空いている。
各部分には鉄のパーツを着けられていて、軽装の鎧の様な風貌になっている。そしてそれを鎧と思わしめる最大の要素として、脇に抱えている、大きめの剣。
それは現在においてあまりに非効率な武器になってしまった為か、まともな武器としてではなく飾り、象徴、または小道具として扱われる事が殆どだ。
だが見る人が見れば、それが本物の武器であること、そして多く使われている事は明白だろう。
「かえりたく、ない」
「まそう言うなって。俺だってもう研究者じゃねぇ、お前さんを構う義理なんてな、本来なら無いハズなんだ。」
そう言う男の顔は、何故だかとても疲れているように見えるあるいは、彼女を探すことに体力を使いすぎたから、か。
「随分と、かくれんぼが巧くなったモンだ。……が、大人しく、帰ってはくれねぇか?」
「こないでっ!」
近寄ろうとする男に、剣を抜いて構える。要するに、それがコタエなのだ。それは数日前、仮面の少女と死合った時より明らかに不恰好で情けない。よく見れば足腰だって震えている。男に対しての拒絶は或いは、そこから伺える恐怖から、とも捉えられるかもしれない。
「そんな風に育てた覚えは、俺にゃ無いんだがね」
そんな少女に男は悪態をつくと、懐から小型の刃物を取り出す。
ナイフ──果物ナイフほど細くはなく、コンバットナイフほど厳つくもない、よくてサバイバルナイフと言ったところか。
対峙する武器は大振りの剣と、実に小振りなナイフ、一本。
スーツ姿で、他に仕込みもなく、それでいてナイフ一本とは些か相手を嘗めている様に見える。……実際、少女がへっぴり腰で剣を構えてるのだ、嘗められても仕方ないのだろうが。
「あーそうかいそうかい、そっちが遣るってんなら、俺だって遣ってやるさ。
──出来るなら、解放させずに仕留めてやりたいしなぁ」
男はナイフを大きく掲げると、それを投げつけるでもなく、あろうことか自分の腕へとふり下ろしたのだった。
リストカット──手首から鮮血が飛び散り、辺りに赤を染み渡らせた。
だが次の瞬間、その傷は痕跡すら残さず……いや、その"赤さ"だけを残して口を閉じていく。
その"赤さ"は腕を伝い身体中を染め上げる。体躯は一回り以上肥大化し、そのボサボサの髪は地に着くほどに長くなる。そして目の下まで突き出し伸びた犬歯、蟀谷の少し上から生えてくる角──"赤鬼"を表現するなら、当に彼の成の姿だろう。
「よぉ……お前さん、ナイフってモノの、一番の威力の出し方って知ってるか」
彼女に問い掛けたのではない、むしろ教えるかのような口調。ただしその声は先程の男の声より一オクターブは低いだろう。
彼、いや赤鬼はナイフを手の中に包むと──手が大きすぎるので、普通に握っていても覆えてしまうのだろう──次の瞬間には、そのナイフは三本へと増えていた。そう、まるで手品のように。
そしてその増えたナイフの内、二本を少女に投げる──普通のナイフ投げではあるが、そのモーションの速さ故に、巨体から高速でナイフが飛び出したようにしか見えない。
「ぅっ!」
少女は咄嗟に剣を振るおうとしたのか、その時体が傾き、一本は少女の髪を数本切るだけで空を飛んでいく。だが、二本目は少女の心臓を──いや、心臓より少し右にそれてはいるが──貫いた。
「外れた……か?」
どう見ても直撃はしている。もし今のを"外した"と言うなら、彼方へと飛んでいった一本目。二本目は心臓の真横、致死の場所を貫いているからだ。
それなのに、男は焦り、落胆し、不安に駆られていた。それは一体何故なのか。
「おいおい、一撃で仕留めるなんてったって、やっぱ無茶だろう……。こりゃマジでヤバイかもな」
体を貫かれた少女はその場に倒れる事はなく、あろうことか胸に刺さった異物を抜き去ったのだ。
男は舌打ちを付くと、ナイフを横凪ぎに構える。それを横に一振りすると、その軌道上には十ほどのナイフが浮かんでいた。
ナイフを持っていない左手で、その内一つを弾く。すると、最初の様なスピードではないにしろそれを先頭に、ナイフは一斉に少女へと向かい走る。どういう訳か、一つは真っ直ぐに、一つは曲線を描き、と全て違う方向へと向かい、また違う角度から一斉に少女を狙ったのだ。……その迫力や、勿論攻撃性も、先程の比ではないだろう。
──が、その全ては弾かれ、または斬り割かれ、一本も少女の体を貫くことはなかった。これも勿論、その少女によって成されたことだ。
「はぁ……だからこの娘と遣り合うのは嫌なんだがな」
今度はナイフを二つに増やす。それを両手の中指と薬指の間に挟み、前方への突進して行った。
その最中、片方のナイフを対象に投げる。少女が跳躍でそれを避けると、もう片方のナイフを握り直し、此方も跳躍しながらの切り上げを繰り出す。その疾風のごとき連打はしかし、切り上げたナイフを鋒で受け止められ、勢いをそのままに背後への二重跳躍によって避けられてしまう。
とん、と軽い音で手すりに降り立つその動きは、サーカスの綱渡りでも見ているかのようだった。
「──っ……?!」
空から降り立った時、赤鬼の右腕だけはそのまま、それだけで地面へと落ちてしまう。
先の一連の流れで、いつの間にやら、その利き腕を斬り裂いていたらしい。
「今は、闘いたくない」
それどころか、ここまで優勢になってしても、少女は自ら戦う意思を見せなかった。
「俺だって、お前さんとなんざ戦いたくないっつの!……だったら、さっさと戻って行ってくれって」
「今は……戻りたくない」
そのまま後ろへ跳躍──ビルから飛び降りる形での戦線を離脱しようとしたのだ。
「逃がすか、よっ──!!」
そんな状態でも、男も黙ってはいなかった。
左手でナイフを拾い上げると縦、横、斜め、と縦横無尽にそれを振るう。軌道上には先程より遥かに多いナイフが現れ、今度は停止することなく、現れ様に少女へと飛んでゆく。止めなかったからだろうか、特殊な起動は一切描かず、真っ直ぐに対象を狙う。
しかしそれらが少女に触れるか否かの時、少女は緑色の──蔓の壁に覆われる。勿論ナイフは彼女を貫く事はなく、その壁諸とも、少女と共に落下して行った。
「ちっ、マジかよ……。いつの間にミストルティン以外から出せるようになったんだ、アレ」
落下し、蔓の壁に護られ無傷のまま走り出した少女を見下ろして、それで諦めたのかナイフをホルダーにしまい、そこから背を向けた。
ゆっくりとした足取りと、どこか満足げなその表情は、彼が意図的に少女を逃がしたのではないか。そう思わせるものであった。
だが、ここには当事者以外の、誰の目も無いのだ。後になってこのことを追及することは、きっと誰にもできやしないだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それでは、また月曜日に」
「うん、今日はありがとう」
「結局私までお邪魔しちゃって、……ごめんね?」
三者三様に、それぞれが挨拶を交わす。
あれから暫く、とりとめのない会話をしていた。……主に、武術関連の内容だったのだが。
どうやら彼女たちは、最近の話題に尽く疎いらしい。女の子同士でどんなことを話すか、なんてのは知ったこっちゃないのだが、まさか二人ともテレビを見ないとは思わなかった。
八木カナは同じ寮生だったらしいのだが、どうにも遭遇しなかったのは、彼女がテレビを見ないから、だろう。
「帰り道、分かるよね?」
てっきり一緒に帰るものだと思っていただけに、その言葉は意外だった。
「分かるけど……まさかお前、帰り道分からないのか?!」
「そんな訳ないでしょっ」
「じゃあ、どうしても俺と帰るのが嫌だとか?」
盛大にため息をつかれてしまった。
「ちがう。さっき言ってた塾の先生、橘さんに会ってくる。早い方がいいでしょ?」
「あ、あぁ」
俺が相づちを打つと、止める間もなく駆け出してしまった。
折角だから一緒に行ってみたかったのだが、と思っていても時既に遅し。ただ、
「八木って、良い奴だな」
「そうですよ。カナちゃんは凄く良い人なんです」
反応もやることも、考え方も極端に走ってしまう彼女に、ほんの少しの共感と、意外と大きな好意を持っているのには気付いた。
帰り道はなんとなく、騒がしくない一歩前に寂しさを感じていた。




