lim2:Lost Children
目の前で、一人の女の子が体育座りをしている。
ただし、肩甲骨辺りまで伸びた真っ白い髪をツインテールに纏めてあり、その瞳の色は青。明らかに日本人離れし過ぎだ。
レオタードのような密着した衣装は所々擦れたり汚れたりしていて、とても直視できたものではない。又、間接や胸、腰辺りは鎧のように金属に覆われていて、そして決め付けと言えばソレ。
「これって、やっぱり本物?コスプレ用とかじゃなくて?」
俺が問いかけるとコクンと頭を揺らす。あまり認めたくはないのだが、本当に本物であった物騒なモノ。
白い彼女はおもむろに立ち上がりそれを掴むと、鞘だろう筒から本体を抜き出す。そして大上段に構え、
「────!」
ふっ、と軽い風切り音。そして俺の背後で音を立て崩れる二段ベッドの上段。……どーすんだよ、これ。
本人は此方に振り返り、「ほらね?」なんて顔してるんだが、俺は彼方に対して唖然とするしかなかった。
因みにあえて言っておくが、この二段ベッド、上がショージだ。俺より体格の大きいショージが普通なら下なのだが、そこはショージだから許してやろう。
それとそのショージだが、俺が部屋に帰ってきた時からピクリとも動いていない。俺がいない間にいったい何が起こったのだろう。
……ともかく、いつになれば、彼はこの悲惨な現実を共に直視してくれるのか。
そして俺が何も言えないでいたのが悪かったらしい、彼女は再び大上段に構えると、って──
「やめいっ!」
「?」
可愛らしく首を傾げてみてはいるものの、とにかく人は切っちゃダメ、絶対。
物体"S"は、かろうじてショージの頭上ギリギリで止まってくれたようだ。茶色い線がヒラヒラと舞う。……赤い筋は額に描かれなかったみたいなので、ひとまずよかった、と言っても大丈夫だろう。ショージだし。
止めを聞いたら聞いたで、その物体を鞘に納め再び、何事も無かったかのように同じ姿勢へと戻る。またにらめっこが始まってしまう。
自ずと少女の全身を見直してしまう。
まるで登山でも──もっと酷く言えば冒険でもしてきたかのような汚れだ方。それにそれ一枚なのだろう、よくよく見てると体のラインがはっきりと……──
って、俺が知りたいのはそんなことじゃないだろっ。煩悩を消し去る様に頭を振る。
「なぁ、君はさっきの」
「おい!一体この娘は誰なんだ?!いきなり扉が真っ二つになった──俺のベッドがぁ!?」
「?」
さっきの戦っていた娘だよね?……と続く筈の言葉は、不本意ながらもショージの復活に遮られてしまった。
とりあえず、先ずはショージを落ち着かせるのが先、かな。
「落ち着け。いや諦めろショージ、どうやらこれは現実らしい」
勿論、その半分は自分に言い聞かせる。
「落ち着いてられっか!!何処の世界にいきなり扉斬って入ってくる銀髪美少女がいる?!そのベッドもコイツのせいなのかそうだろう!?」
自分よりリアクションが大きい人が近くにいると、妙に冷静になれる。そんなことを何処かで聞いた気がするが、どうやらホントらしい。こっちの興奮は冷めていく一方だ。
それとなく美少女、なんて言っていたのはこの際華麗にスルーさせてもらおう。
それより聞き捨てならない事を聞いたんだか──扉を斬って、だって?
部屋の入口を覗いてみると、これまた綺麗に真っ二つになった扉が崩れていた。
「……だめだった?」
「ったりめーだっ!!」
ショージの怒声にびっくりしたのか、困った様な顔を向けてきてくれる。
だが残念な事に、その非常識さを庇えるほど、俺は男ができていなかったみたいだ。逆に目線を合わせないようにするので必至になってみる。
「ごめんなさい」
ともすれば、今度は立ち上がって綺麗なお辞儀。そろそろ、この娘が本格的に分からなくなってきた。
だいたい、そんなんじゃ火に油だ。あのショージがそれで許すはずが──
「分かった!今回は許す」
「許すんかいっ!」
「ありがとう」
許してしまった。こんな時って、俺はどんな反応をしたらいいんだろう?
再び見ることになってしまった綺麗なお辞儀を目の前に、そんな無意味な思考を試みたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寮管は五分ほど経った後に部屋へと上がってきた。
部屋の──と言うか扉の状態を見ただけで胃を押さえていた。「ここもか」、なんて不吉な言葉が聞こえたのは、きっと気のせいだと思うのだが、これで持病の発作か何かが起きたりしなければいいな、と。
お約束だとは思ったけど、女の子は咄嗟に布団にくるめてしまった。まぁ、寮管も気にした様子は……いや、気にする余裕がなかっただけだろうけど。
壊れたベッドや扉を、とりあえず部屋の隅に置いて片付けた事にしておく。幸い木屑とかは殆ど出てなかったようだけど、ちゃんとした方付けは明日にしよう。
ショージに関して言えば、まだ九時前だと言うのにぐっすりと眠ってしまった。こんな状態でも寝れる、奴の神経がよく分からない。と言うか、コレがさっきまで気絶してた奴なのか?
とりあえず一段落着いたようなので、俺はもう一度コンビニへと行くことにした。
「どこ、いく?」
そんな言葉と共に、意識だけが俺を追ってたのか、ちょっと前屈みになりながら小首を傾げてくる。それが不覚にも可愛いと思ってしまった。
それより、その言い方だとまるで着いて来るように聞こえるんだが。
「メシ、買いに行こうかなって思って」
「ごはん……?」
「あぁ、さっき君が食べちゃったしね」
それに何を感じたのか、また妙に落ち込んだ風な表情を見せてくる。
「……だめだった?」
「いいや、別にもういいよ。お腹空いてたんでしょう?」
無言で、それでもちょっと遠慮がちに頷かれる。
その反応を見た後に、窓枠に足をかけて乗り越えよう──としたのだが、何かに突っ掛かったよう感覚に一瞬、後ろへ倒れそうになる。近くにあったベットの柱につかまり、なんとかその場に堪えてみせる。
振り返るって見てみると、制服の背中の部分をつままれていたようだ。片手でこれだけ強くつまめるあたり、この娘はかなり力があるんじゃないだろうか?
「どうしたの?」
「わたしも、いく」
そんな気はしていたが、やっぱり着いて来る気だったようだ。まあ、ここに留守番させるよりかは安心だろう。
「……分かった。ここから出るけど大丈夫?」
「だいじょぉぶ」
それは愚問か。きっともっと跳んだり跳ねたりしてたんだろうから。
そのまま着いて来るかと思いきや、机の横に立て掛けてある物騒なモノを脇にかかえだす。
「それは置いていきなさいっ」
「……だめ?」
「ダーメ!」
この娘には、一般常識とやらが尽く欠けているらしい。って改める必要も無いか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ところで君の名前は?」
コンビニからの帰り道、一番大事なことを聞きそびれていたことに気付く。むしろ、今の今までそれに触れなかったのが不思議かもしれない。
因みに、例の物騒なモノはちゃんと彼女の脇にかかえてある。何度言っても聞かなくて、結局俺が折れただけなのだが。
大丈夫だろうか?なんて考えてもいたけど、偶然にも外では他の人には会わなかった。それに格好が格好だからだろう。コンビニの店員も最初こそは目が点になっていたが、会計の時は苦笑いされただけで済んだ。……暫くはあそこへは行けないか。
「なまえ……?」
「そ。俺は峰渡礼於。──いつまでも"君"、とかって呼ぶのも変だしね」
すると君、君と呟き出してしまう。どうしたんだ?
「……しろみ?」
「いやいや黄身じゃなくて──って、もしかして"しろみ"って名前?」
ふるふると頭をふり否定される。と言うことは、それはネタとして狙ってたのだろうか。今一この娘が掴めない。
「あ、後、さっきそこで戦ってたのって、やっぱり君だよね?」
「……ん?」
ついで、さっき聞こうとしたことも聞いてみる。だが思いの外反応が鈍すぎるみたいだ。
「ほら、もう一人が俺に殴りかかってきたの、止めてくれたでしょ?」
「……?、?」
どうやら本当に分からない、と言うか分かっていないらしい。
……確かに、よくよく振り返ってみても、あの時戦っていたであろう彼女とは雰囲気が全然違う気がする。
そんな事を言っても、あの時に見た白い髪、翳していたこの剣、それに、あの必死な声──
全文偶然の一致なのかもしれない。けど、こんな真っ白い髪の女の子なんてそうそう日本にはいないし、ホンモノの武器だって普通目にしない。声は……はっきりと覚えれるものでないにしろ。
「まぁいいや。とにかく、君の名前を教えてくれないかい?」
「……なまえ、ない」
「え?名前が無いって、どうゆう?」
疑問をそのまま口にすると何故だか、今までで一番困った顔をされる。
まあ、つくづく変な娘だとは思ってはいた。けど、まさか、名前まで無いなんて事は流石に信じ難いが。
「ひつよー、……ない?」
と、理由を聞いたら疑問を疑問で返されてしまった。
「う、うーん……、必要だと思うよ?」
「そお?」
頭を左右に揺らしながら、再度ウンウンと深く考え始める女の子。
……と思いきや、明らかに質の違う音が、大きく下の方から鳴り響いた。
「おなか、すいた」
もう苦笑いしか出なかった。
仕方なく、帰り道の途中、公園内にあるちょっとした広場で早めの、遅い夕食を取ることにした。
袋からおにぎりを二つ取りだし、片方のシャケを渡す。もう片方の梅干しは俺が頂くことにした。……って、両方とも俺が買ったモノのハズなのだが。
「それにしても君、よく食べるなぁ。」
「ん?」
ペースはそこまで早いわけじゃない。だが、見ていて気持ちの良いほどしっかりと食べてゆくのだ。……本日五個目へと突入したおにぎりを。
もちろん合計で六つしか買っていない。つまり、結局俺は一つしか食べれていないのだ。なんだか、今日はホント、やけに虚しい日だなぁ、なんてのも今さらか。
そんな食べっぷりを見ていてふと、変な思いつきをしてしまった。
「んー、じゃ、"くー"、ってのはどうだ?……いやく"ぅ"か?」
「くぅ……?」
「そ、君の名前。勝手に決めちゃ駄目だった?」
よく"食う"、"空"腹の女の子。
安易すぎるし、どうも子犬や仔猫っぽい名前にしか聞こえない。けどこの娘にはそれがまた妙にピッタリな気がした。──って、歳の近そうな女の子に子犬仔猫、とは少々酷い気もするが。
くぅ(仮)は何度か自分の名前を口に出して反芻すると、今度は俺と彼女自身を交互に指差しお互いの名前を繰り返し唱える。何が楽しかったのか、繰り返して、笑っていた。
初めて見る、野に咲く一輪の百合の花──
その笑顔が枯れるのは、見惚れてる時間すら与えられない程に短い間だったのだけは、嘘じゃないだろう。
ダンボールか、それとも発泡スチロールか。そんなものを割った時のような鈍い音が耳についた。
──赤い手が、身体から生えるなんてありえるだろうか?
──それはやっぱり、くぅが異常な生物だった、と言う事なのだろうか?
その手が身体の中へと吸い込まれるや否や、くぅは力が抜けたかのように、いや多分、本当に抜けていたのだろう、地面へと倒れ込んでいった。
空気が、変わっていた。
「く、ぅ……?おい、くぅったら、そんなとこで寝ると風邪ひく、ぞ……っ?」
振り返らない方が、もしかしたら恐怖することは無かったのかもしれない。
それよりも先に気付くべき、いや、認めるべきだったんだ。くぅは、先ほどの"片方"で、ここは"戦場"だった、ってことを。
改めて見て、初めて分かったことが二つほどあった。
気持ち悪い顔だと思っていたのは、どうやら仮面らしい。そしてまるで、その仮面から生え出てきているかのようにも、又は血を吸い上げたかのようにも見える、真っ紅な髪。
そしてもう一つ。胸の辺りが裂けて校章は確認できなかったけど、この服って、学校指定のジャージなんじゃないのか?
振り上げられていた右拳は、何故だか先程のナックルは無かったが、今度はあの時のようには止まらないだろう。下手なスロー映像の様に俺を狙う。
「────!」
体だか頭だか、とにかく転がり込んだお陰か、そうゆう急所には当たらなかったみたいだ。その代わり、右肩から下の感覚がない。
……良かった、腕は付いてる。
肩でも打ち抜かれたのだろう、一瞬後から一点が熱くなってゆく。
「ア゛ァァアア!!」
獣のような叫びと、トドメと言わんばかりの大振りな拳。握られてるのは左の拳。ナックルが無いさっきの一撃とは威力も、──ヤバさも、桁違いだろう。
「くぅ……」
ふと顔を上げると、ちょうど目の前にくぅの顔があった。その顔を、姿を、無性に瞳に写したくなる。
──赤く塗られた白い少女の
──その金色の瞳が近付く
──唇に、温もりが触れていた
心臓が締め付けられるような、そして数字が一つ少なくなるような、──体から溢れ出る力が、何かに邪魔されるかのような。
その行為がキスだと認識できる頃、目の前の現実は、大きく霞んでいた。
「"死なせないから──"」
拳が、俺の頭の真上で静止している。そんなのは本日二度目だ。
這い出て見上げると、赤い髪の女の腕には蔓のような物が絡まっていた。さっきもこれで止められていたのだろうか?
腕から飛び出していたそれの元を辿ると、どう言う事か、くぅの持つ剣の切っ先に繋がっていた。
「くぅ……?」
「抑えてるの、……辛いから、早く──!」
元の体勢が悪かったのか、俺は半ば、体ごと突き飛ばされる様な形でくぅの後ろに下げられた。
俺がくぅの後ろへと突き飛ばされた直後には、蔓は女の奇声と共に千切られていた。
──ちょっと待ってくれ、状況が理解できないっ!だってくぅはさっきこの赤女に腹を……?
「くぅ、そのお腹──」
その後ろ姿を見上げても、中心が破れ背中の一部が露出しているだけだった。
「"くぅ"じゃない……"ネルヴェ"」
「え?ネルヴェ?一体どうゆうことだよ!?」
「話は後──彼女、暴走してるから」
そう言うなりくぅ、いや、ネルヴェ?は赤女に斬りかかる。火花が散り、それが左のナックルで剣を弾いたことを物語る。その後カウンターを入れるかのような右足での回し蹴り。それは当たったのか、はたまた上手く躱したのかは判らず、それ以降の動きなんて目で追うのが無理だった。
ネルヴェ?暴走?お腹を貫かれた傷は?
俺は悪い夢でも見てるのだろうか?まるで最初の、さっきの戦いをリピートしたかのようで、くぅの感じも……あんな感じ、だったような?
何回かぶつかったり離れたりを繰り返しているのを見ていると、大まかな動きだけは判るようになってきた。勿論攻撃の瞬間とか、後は攻撃が入っていたか、ぐらいしかざっとは確認できない。
バトル漫画のページでも捲っている風景に、次第に強まる肩の傷みがそれは現実だと教えてくれる。
「何なんだよ、おい──」
結構な距離もあり聞こえたハズもないだろうに、くぅは赤女に大きく横凪ぎをすると、その勢いを使って文字通りの一息で俺の目の前へと後退してきた。
「なぁお前は……一体何者なんだよぉ?一体今はどうなってんだよっ?!」
「LIM 。今は、彼女を止めようとしてる」
「り、りむ?それに止めるってこう、説得とかじゃ──」
「煩い。……時間がないから、黙ってて。」
「時間って、何が──」
言うが早いか、再び踏み込む。今までのが本気じゃなかった様な、目が慣れた俺ですら終えない程のスピード。明らかに別人の動きだった。
先ほどまで互角以上にやりあってた赤女ですら防ぐのが精一杯のようだ。が、それも長くは続かない、突然のように叫び出す赤女に、次瞬には左腕がついていなかった。
予想外に、溢れる血は少なかった。
唯一剣撃を弾ぐことのできた装甲は切り落とされ、彼女には自身を守るためのモノが無くなってしまう。そして、避ける間も無くその胸に剣を突き立てられる。
──宿木
そう、聞こえた気がした。そう、頭の中にテロップが流れる。
その剣は胸を貫通した様子もなく、直ぐにそのまま鞘に納めらる。同時、その場へと崩れ落ちた赤女は、その場を赤い池へと変貌させた。
"ネルヴェ"が戻ってくる。
目の前に立つ少女は返り血を浴びてすらいない、真っ白なままだった。唯一赤い腹回りが、その白さを余計に恐ろしく立てていて、
「来るなっ!!」
と、青い瞳の少女を拒絶していた。
「れ、お……?」
「リムだか何だか知らないけど……お前は──お前は、人を殺して平然な顔をしてられるのかっ!!」
「──っ!?」
事実を言われた事より、俺に怒鳴られた事に驚いているだけかもしれない。あるいはその事実の善悪すら知りはしなかったのかもしれない。
彼女は只々、迷子の子供のように顔を歪ませ、その足で一歩踏み出すだけだった。
「近寄らないでくれ。……もう、目の前に現れないでくれ──っ!」
「なんで、れお……?」
そして差し伸ばされるその手を、俺は叩き落とす。それで最後だった。
肩の痛さや目の前の死体で酷い吐き気を覚える。
とぼとぼと、見失った目標を探すその背中を、同じく迷子になってしまった俺が追える訳が無かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
からん、という乾いた音と共に"漆黒の髪の少女が起き上がったのは、それから294秒後のこと。
当然のことだが、俺の顔も声も、しっかりと覚えられていた。




