lim13:Student Council
翌朝起きてからも、昨日のことが、未だに頭から離れないでいた。
「なぁ、ショージ。憧れてた相手が、とんでもない事実を持ってたとしたら?お前ならどうする?」
隣で漫画を読んでる悪友に聞いてみる。
「ハァ?意外?知るかよ!」
うーん、聞く相手と、その聞き方を間違えたか。
「じゃ例えば、紅花さんが武術の達人だった、って言ったら?」
「んなモン常識だっ!」
俺は一月前までは知らなかったんだけどなぁ。流石、紅花さんファンクラブ創設者にして会長。
それならば、もっと意外なことを聞いてみよう。
「じゃ、八木カナが実は剣道をやってて、しかも三段だ、って言ったら?」
「んな嘘なんて言って──テメーは俺を邪魔したいのか?!」
そう怒鳴って、読みかけの漫画へと視線を戻してしまった。ところで学校に行く準備は出来てんのか、お前は。
「……ま、そーゆー反応だよな」
完全に、聞く相手を間違えた。
コイツなら、直感的に感想を言うと思ったんだが……そもそも全く考えないもんな、言われたことを。
だからって、「生徒会長が女だ、って言ったら?」なんて聞ける訳がない。
ともかく、また考えに老けってしまう。
そう、実際に確かめた訳じゃない。会長が話しただけだ。
もし仮に、本当にあの人が女性だったとして、なんで……?
「おいレオ、今日は随分と暗いが、……はっ!つ、ついに紅花様にフラレたか?!」
いや待てよ、ショージなら冗談として受け止めるんじゃないのか?なら聞いてみても大丈夫だろうか?
「そうかそうか、散々弄んだんだから当ぜ──」
「お兄っ!!これはイッタイ何っ?!」
突然、バンっ、と破れんばかりの勢いで開かれる扉。
当然のごとく反応できない俺達。不覚だった。昨日は来なかったからと、この娘の事を忘れてた。
とは言え、今朝の様子は少し変だった。どこか鬼のような形相で、一冊の分厚いファイルを提示してきた真葵ちゃん。──ってアレ、"椿紅花写真集"じゃないのか?なんで真葵ちゃんが?
「オマっ!何でオマエがそれを持ってんだよっ?!」
ショージのこの慌てよう。どうやら渡したって訳ではないらしい。
と言うか、実の妹に、女の子の隠し撮り集を見せびらかす様な兄なんて、俺の知り合いにいてほしくない。
「クラスの男子が持ってたの!これって、コーハセンパイを隠し撮りしたモノなんでしょっ?!昨日の放課後、教室で見かけたから没収したのっ!アタシ、クラス委員だから……そう、アタシクラス委員なんですよ、レオセンパイっ!それにしても、ホントお兄はどうやって撮ったんでしょーねー?ほらほらレオセンパイ、このコーハセンパイなんて凄くカッコいいじゃないですかっ?!こんなの有るんだったら最初から言ってくれれば良かったのにぃ~っ」
写真集をネタにショージの事を怒っていたと思えば、ペラペラと写真集を捲っていき、終いには笑顔になっていた真葵ちゃん。
俺も、ショージでさえ、ポカンとせざるをえなかった。
「……違う違う違う!決っして、コーハセンパイを調べてる、なんてことしてませんよ~?ほ、ほら、お兄だってコーハセンパイ大好きなんでしょっ♪」
今自分から暴露してなかったか?
「真葵ちゃん、それ墓穴──」
「ち・な・み・にっ!アタシはレオセンパイ一筋ですからっ!きゃっ、言っちゃったっ♪」
訳の解らない事を言ったと思えば、顔を真っ赤にして部屋を飛び出して行ってしまった。行きずりに、俺の手に写真集を残したまま。
結局、この写真集がどうしたと言うのだ?
なんだか紅花さんの事を調べてる、みたいに言ってたけど、またどうして?
──と思っていたら、またいきなり帰って来て、ソレを引ったくっていった。
「お兄っ!!コレは、アタシが没収するからねっ!……レーオセンパイっ♪また後程っ!」
バタン、と勢いよく扉を閉め、バタバタと走って行く。今度こそ行ったようだ、暫くしても戻って来なかった。
「……なぁ、ショージ」
「何だ」
「ごめん、俺、お前のこと騒がしい奴だとばっかり思ってた」
まさか、妹はそれ以上だとは思わなかった。……こともないか。
「そうだな。とにかくメシ食って、学校、行こうぜ?」
「だね。本物の紅花さんもいるわけだし。──あぁ、だから後輩にアルバム手離し……」
言い終わる前に、頭を抱えてその場でうめき出すショージ。まだ慣れてないのか、お前は。
とりあえず前言撤回しよう。コイツは、コイツなりに騒がしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃ、カナ。片割れはアンタね」
「何がですか、八木先生?」
始業前のHR時。
八木カナの"いつものこと"なのだが、シイナ先生が彼女を特別扱い……と言うか、下の名前で呼ぶだけで、不機嫌になる。
名前を呼んだだけならまだしも、今みたいに突然何かを頼まれようものなら、周りの空気がピリピリしだすのだ。
本人たちは俺も含め、周囲が引いてる事には気付いていないのだろうか?……いや、八木カナは気付いてないんだろうけどな。
「何って、学級委員。峰渡だけじゃ足りんだろう?」
「なら何故私なんですか」
それは最もだ。
そう言えば学級委員は男女一人ずつだったが、俺しか決まってはいない。何故昨日の内に決めなかったのだろう?単に忘れてた、ってのも有り得るが。
と言うか、何かを忘れてる気がする。
「はいガキ共~。カナが学級委員じゃ不服なら挙~手!」
「…………」
が、ガキ共って……。それが教師の言うセリフか、おい?
だいたい、そりゃ誰も手を挙げる訳もない。
それは、八木カナが去年、生徒会や学級委員として猛威を奮っていたのもあり、今更挙げるのも面倒だからだろう。俺も、こいつがパートナーになってくれるなら、それに越したことはないと思ってる。
……だいたいシイナ先生もそれを分かって、あえて「不服なら」、なんて言ってるんだろう。
勿論、八木カナを除く誰一人として、挙手しなかった。
「はいこれで文句なし、っと。
カナ、不満なら例の如く、後で職員室に──と、言いたいところだが、峰渡が、なぁ……」
「み、峰渡君が何か?」
ニヤリ、と、意地の悪い笑みを向けられて、思わず寒気が走ってしまった。
ああ、思い出した。自己完結してたけど、俺はこの人に呼び出されてたんだ。
「峰渡ですら、文句言いに来なかったし、なぁ?それをまさか、責任感強い八木が無視する訳無いよなぁ?」
「……峰渡君、行ってなかったんだ」
実質の生徒会入りや、会長の件で忘れていたのだ。
そもそも行こうが行くまいが、どちらにせよ俺に選択権は無いんじゃないのか?
実に理不尽ではあるが、俺は既に諦めていたぞ。だからその目を俺に向けないでほしい。
「──それと、学級委員①。生徒会、入るんだって?」
チョークで指されながら言われる。
その瞬間、また教室内がざわついたのは言うに及ばないだろう。
それと、学級委員が確定してるのはいいから、その呼び方はやめてほしい。
「いや、入るかどうかはまだ──」
「丁度今朝から書記の奴が休学してな。火織にも連絡したら、峰渡をそこに入れたいってなっ!良かったな、峰渡。あー手続きとか書類とか、メンドイことはあたしが終わらせといたから、今日からビシバシ、生徒会も頑張れよー」
俺が否定しようとするのも関係なしに、早口で用件を言われてく。
──って、何だ?!今の話って、つまりは完全に生徒会入り、ってことなのか?!
作為的過ぎる……あまりに、タイミングが良すぎる。実はこの人が裏で何かしてるんじゃないだろうか?
…………容易に想像できて逆に怖い。
「うん以上。授業に備えておくよーに」
最後に定型文を付け、教室を出ていくシイナ先生。
その後に、やっぱり何人かは興味本意で俺の所に来たのだが、如何せん、言葉が出なかった。
今の俺に、何が言えるか。
適当にあしらって、その場しのぎをする。五分が過ぎれば、始業のチャイムが鳴り、一限目が始まってくれた。俺の、初号令だ。
号令が終わり、席に着いた時に項垂れ、盛大なため息をつく俺と八木カナだった。
「お互い、大変だな」
小声で隣の被害者に話しかける。
「あなたは自業自得でしょ」
ぷいっと、そっぽ向かれて会話は成り立つ前に終了してしまった。
失礼な。そもそも、元の原因は、生徒会に入りたいそうですー、なんて言ったお前なんだぞ。
学級委員だって、真葵ちゃんがあんな事を言い出さなきゃ……。
「なぁ、俺、何もしてないよな?」
「はぁ?私のこと巻き込んでるでしょ」
律儀にも此方に振り向いてから答えてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
納得いかんっ!
なーんて言っても始まらないことに、俺はもう気付いていた。
放課後になり、教室へと訪ねてきた紅花さんに謝り先に帰ってもらい、生徒会室へと拉致された。なんと無駄のない一連の流れなのだろうか……。
初めての定例会入りだと言うのに、回りの反応はかなり微妙だった。
紹介だって簡素だったし、何も盛り上がりもしなかった。いや、だからって盛り上がられても困るんだろうけどさ。
「──では、これで今日の定例会は終わりにする。
操音は来週の事の掲示、柳原は去年度の決算から予算案だけ作って、僕の所へ持ってきてくれ」
会長の号令で、俺と真葵ちゃん以外の全員が片付け始める。
生徒会の役員って少ないな、と思ったのだが、いつも腕章してたのは何も、ここにいる、去年からの役員の五人と真葵ちゃん、そして俺の、いわゆる"執行部"だけじゃないらしい。
来週から始まる委員会の、その委員長も込みで普段は回してくらしい。真葵ちゃんへの説明の中に、そんな内容が読み取れた。
だからって、この部屋に全員入るのだろうか?
そして今日の会議を経て俺、必要ないんじゃないのか?なんて思ってしまった。
執行部の人事は、会長、副会長、会計、広報、書記書記書記──……。
新入生である真葵ちゃんは、流れを覚えるために書記をやるみたいなのだが、それでも書記、多すぎじゃないだろうか?
ホワイトボードには、同学年の東さん、ノートには俺と真葵ちゃん。しかも、三台のパソコンは会計の柳原君と、広報の根津先輩が使ってて、もう一台は何故だか八木カナが使っていた……ちらっと見たら、ボードの内容は全てその中に書かれているようだ。
要するに、俺が入らなくても回ってたんじゃないだろうか、と言うことだ。
「必要あるよ。峰渡君は多々良さんのサポート、やってよ?」
八木カナにそう言われた。必要ないんじゃ、の下りが声に出てたらしい。
「でも記録なら、パソコンの方に全部書き込んでなかったか?と言うか、ノート二人も要らないだろ」
「私が記録するのは当たり前。だって副会長だもん」
そう自慢気に言うのは構わないが、せめて他の役職就いた方が落ち着く気がする。
ほら、真葵ちゃんだって必至にノート作ってるし、そろそろ書き終わりそうだ。俺よりもよっぽど早い。
「──明日は、キモダメシっと」
…………え?
「……ねぇ多々良さん、ちょっとノート見して?」
「はい?」
厳しい顔つきで真葵ちゃんの元へ行くと、引ったくるようにしてノートを確認する。
すると口をポカンと開け、終いにはいつものカナフェイスへと変わっていった。
「峰渡君、読んで」
「は?何で?」
「いいからっ!」
言われるままに読んでみる。
文字が異様にカラフルな所以外は、なんだ、別におかしな所は無いんじゃないのか?
──そう思っていると、途中の人事配置図だろうか?そこから、"アタシ→猫→お化け"とか、"柳原センパイ→柳の木→お化け"とか。
曲がり曲がってホワイトボードの内容から大きく逸脱した挙げ句、明日の予定欄には"キモダメシ"と書かれていた。どうしてこうなった。
「ま、真葵ちゃん?これは一体──」
「いやー、途中からちょ~っと睡魔が襲ってきちゃいましてー。ほらほら、睡魔って名前のお化け、いそうじゃないですかっ?!そう思ったらなんかこー、ポーっとしてきて──ってな訳で、明日、キモダメシしませんかっ?!」
「……峰渡君」
「ああ、分かってるよ」
俺の存在は、どうやら予想外に必要だったようだ。
「ほぇ?」
分かってないのは、書いた張本人の真葵ちゃんだけじゃないだろうか?
ってそれより、早くボードの内容書き写さなくちゃ!
「──キモダメシ、か。丁度良いかもね」
「夏織先輩っ?!」
しかしまた、意外な賛同が会長から発せられた。何が丁度良いと言うのだろう?
「そうだな……。
明日は流石に無理だろう。だが明後日なら、翌日休みだし、放課後にでもやろうか。君と、峰渡の歓迎会を兼ねて、ね」
「はいっ!是非やりましょっ!!」
「それに、君達にはもうバレてる。ついでに生徒会全員に説明する段取りが欲しかったんだ」
「あ……」
それで昨日のことを思い出した。
咄嗟に回りを見渡したが、他の三人はもう出ていっていて、他には誰も居なかったようだ。
「峰渡、八木。そう言った訳だから、明後日の放課後は開けておいてくれ。どうせ、暇なんだろう?」
いつもクールなイメージのあった会長が、そんな茶目っ気を含んだ言い方をしたものだから、俺は度肝を抜かれた気分になってしまった。
「あ、あー私、パスで」
しかし、八木カナもまた予想外の切り返しをするのだった。
「八木は、何か用事があるのかい?」
「いや、そう言う訳じゃ──あーいえ、用事が……」
あからさまに、こいつの態度はおかしい。なんだか焦ってる様にも見える。
「か、代わりにコウを連れてきますから!」
「"コウ"って、……コーハセンパイですかぁっ?!それはいいですねっ!
でもでも、八木センパイの用事って何なんですか?せっかくのキモダメシなのにぃ~」
キモダメシ、という単語に反応したのを、俺は見逃さなかった。
「う、うん。ちょっと、用事が──」
「どうせ怖いからだろ」
「う゛……」
あ、やっぱり図星なんだ。
「べ、別に、こ怖きゅなんてなひヨ?」
噛んでるし。口調おかしいし。しかも紅花さんを身代わりにってヒドイだろ。
「そ、そう!実は私の方の道場に用事あるん、デスヨ?それじゃ、パソコン方付けてくるんで、お疲れさまでーす」
そう言って生徒会室からさっさと出ていってしまったのだった。
ここまで顕著に表れる奴ってのも、中々に珍しいぞ。
「あいつ、逃げたな」
「はい、逃げましたねっ」
「逃げたね」
その後、浮かれてしまい使い物にならない真葵ちゃんの話を耳から流しつつ、急いでボードの内容を書き込んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いいの~?かなちゃん達」
蛍が峰渡達より一足早く部屋を出ると直ぐ、一人の女生徒が話しかけてきた。
「ああ、知られたからって、罰則は無いからね、操音」
会話から察するに、この二人の関係はかなり親いものなのかもしれない。
蛍の性別の事だろう。それを話し合っているのもあるが、二人の、そのお互いを見る眼差しは柔らかく、言うなれば、カナと紅花の眼と同じ類いだろうか。
「レ太くんと実穂子ちゃんにも教えるの?」
「一応ね。特に東は男嫌いなみたいだし、丁度良いんじゃないのかな」
「ふふふっ」
その笑い方は、紅花の様な優雅さを含み、それでいて少し幼さを感じさせるものだった。
見る人が見れば、「勿体無い」とでも言っていただろう。
「さ、帰ろう」