lim12:Unusual Day
翌朝。
危惧していた事は、杞憂に済んだ。
……要するに、真葵ちゃんの襲来だ。
結局、昨日のは何だったのか、いくら待っても来る気配が無かった。
真葵ちゃんが来るのに備えて一人、一時間ほどすごく暇な時間を過ごしたのは、ここだけの秘密だ。
それで、俺達──と言っても俺は既に起きていたのだが──はいつも起きる時間に起き、本の少しゆっくりと部屋を後にしたのだ。……今日は、やっぱり八木カナは食道にいなかった。
教室へと入ると、そこでは皆、妙に浮き足立った感じでいた。
と言うのも、周りから聞こえた話の様子だと、昨日の火事のことのようだ。
挨拶をしながら教室に入るとすぐに、誰が言ったのか、俺が昨日消火活動を手伝っていた時の事をいくつか聞かれた。俺だってパニクッてたんだたら、状況なんて全然分からなかったってのに。
「それでさ、会長を助けた赤髪の女子、って誰だろうな?」
「ぶっ──」
そんなことも聞かれたものだから、思わず噴き出してっしまった。
「峰渡?何か知ってるの?」
知ってる、紅花さんの事だ。……なんて言える筈もなく、適当にあしらって、自席へとつき、大人しくしている事にする。
俺の焦りなんて露知らず、そんな中勝手な憶測が飛び交う。体操部だ、とか不登校の先輩に、とか。中には特撮の撮影現場だった、なんてのも話題に上がっていた。
だが流石に、紅花さんの名前は出てこなかったみたいだ。イメージが違い過ぎるからだろうか。
「なーに聞き耳たててるの?」
生徒会から帰ってきたのか、教室に入ってきた八木カナに、怪訝な顔で問い詰められる。開口一番それは、随分失礼な気もする。
「ん、八木か。おはよう。お前も話題に挙がってるぞ?」
「話題って、昨日のでしょう?挙がるも何も、そこに居たんだし、別におかしくないでしょう?」
「いや、それが赤髪の女子学生の正体候補に」
言うや否や、八木カナの顔は呆れの色に変わってく。
「はぁ……。私はちゃんと隣にいたって言うのに。勝手な憶測なんてしないでもらいたいよね」
そうだよなぁ……。だって、身長とか──
「何か言いたいことでもあるの?」
「別に?」
本当の事を知ってるだけに、多少のイラつきはあるが、噂話なんてそんなものだ。LIMの事は言えないし、今は黙って聞いてるのが一番だろう。
「それはそうと、峰渡君、"謎の流水"ってのは聞いてる?」
"謎の流水"……?
「聞いてない。新しい怪談か何かか?」
「……聞き耳たててた割に、全然役に立ってないみたいね」
そんな顔向けられたって、聞いてないもんは聞いてない。役に立たないと思うなら、それは俺ではなく、他の奴等に言ってくれ、理不尽だ。
「昨日、あの後誰かがあの炎を消火したんだって」
「そりゃ、そうだろう?」
「それが、幾ら消火器使ってもダメだったのを一瞬で。しかも消防とかじゃなくて、水道から水引っ張ってきただけらしいの」
マジか、それは。
もし本当なら、それはもう凄いとしか言い様が無い。どうせ、根も葉もない噂の飛躍なんだるけど、関わった身としては確かに気になる。
「で、生徒会としても、この件は放っておけないってワケ。
……期待はしてないけど、何か聞いたら教えてね」
それだけ言うと、同じ事を他の人へと聞きに行った。……やっぱ納得いかないぞ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、これにて校長の話を終わりにする」
昨日あんな事があったのに、入学式は意外にも、特に滞ったことなく進められた。
体育館へと向かう途中、興味本位で昨日の現場に行ったのだが、焦げた跡と使用禁止になった焼却炉はともかく、立ち入り禁止になってはなく、俺みたいな野次馬が結構いたくらいだった。
式中も焼却炉使用禁止の旨を説明されただけで、大きく何か変わった様子はないようだ。
「次に、入学生代表の言葉。多々良真葵」
聞き覚えのある名前が挙がる。真葵ちゃんだ。
代表になるってことは、入学試験(有って無いようなモノ、落ちることはまずないと言われてはいるが……)での成績がトップだった、ってことだ。
あんなブッ飛んだ性格の割に、やるときはしっかりやるのだろう。兄貴とは違って、さすがだ。少し、見方を変える必要がありそうだ。
そんな兄貴の方は成績は学年最下位、しかも体育だけ評価が「五」と言う、典型的なバカだ。よく俺と一緒くたにされてるが、失敬だ。俺はオール「二」以上だっ。
そんなことを考えつつも、真葵ちゃんの宣誓は館内に響く。堂々と、そして持ち前のだろうはきはきとした声に、耳を傾ける。
「──それと、アタシはこの学園に来て既に、素晴らしい出逢いをしました。…………峰渡レオセンパイですっ!」
「ぶっ──!!」
突然の、俺への名指しに思わず噴き出してしまった。い、一体、何をいいだすんだこの娘はっ!
周りから冷たいような、生暖かいような視線を受ける。あれ、最近の俺って、学校で悪目立ちしすぎやしないか?
それでも更に、俺への無駄なヨイショは続く。
「代表に選ばれ、この学園に足を運んだ日。あの時に偶然見かけた私の事を、覚えていてくれたのです!」
あれが偶然か?……確かに、帰ってきた時『偶然』居たのだが……。
それにあんな会い方して、更に正体はショージの妹だ。イヤでも覚えてしまう。
──なんて思っていても、必然、特に女子からは白い目を向けられる。下心もクソもないってのに。
「それと昨日。火災の時、センパイは自らを犠牲にしてでも、火中のカイチョーを助けようとしていましたっ。……まぁ、もちろん止められてましたケド。
でもそんな、他人の為に率先して動ける彼を尊敬し、アタシもそのような、ユウカンな先輩になれるよう、努力を積み重ねたいと思っておりますっ!
以上、入学生代表、多々良真葵っ!」
溢れんばかりの拍手の中、段から降りる時に見せた真葵ちゃんのウィンクと、周囲からの冷たい視線に、ただただ耐えるだけの俺だった。
……それよりも、一つ言いたい。あんなラフなもので良いのかよ?!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「つー訳で、峰渡を学級委員に推薦するんだが、あたしは」
絶対"それ"だけで済むハズが無かった。そんなこは分かりきっていたさ。
教室に戻る最中も、戻ってからも、冷やかしの言葉を浴びてきたけど、担任からの「イ・ロ・オ・ト・コ♪」には、一年分の羞恥心を与えられた気分になった。
挙句、いきなりのこの発言だ。クラスの悪乗り連中筆頭に、異議無し、と沸く。
「行動力のある峰渡がやるのが一番だと思うんだが……異論のあるヤツは、後で職員室に来いな?」
ニヤリ、と俺に視線を向けてくれる。要するに、異論が有ろうが無かろうが、俺はこの人に呼ばれているらしい。
新学期早々に職員室にお世話になるなんて……最悪だ。
「じゃ、今日はこれで解散!……他の奴等も、後輩の面倒を確りと見ること、だな」
シイナ先生が教室を出ていく。空かさず、俺も教室を抜けようとする、のだが……。
「峰渡~、ちょっと待てよ!」
席を立ったところで、右隣に座っている男子生徒──名前知らないので、クラスメイトN(頭文字がそれっぽそう)とでも名づけておこう──に、がっしりと肩を掴まれてしまう。
その隙に、今度は興味を持った奴等がわらわらと俺の周りを囲んでいった。
「いや、俺、シイナ先生に呼ばれてるからさ」
助けを求めるように、反対に座っていた八木カナに目配せをする。こいつならきっと、この状況から助け出して──
「お姉ちゃん、『異論がある人は』としか言ってないよー」
──くれなかった。むしろ退路を塞がれた。
おかしい、いつもなら通称カナフェイスを浮かべながらも「こんな変体放っとけー」みたいに言って……あれ、どちらにせよ助けられてはいないのか?
結局、いくら仲間だと言え、"姉妹"だったというのか……
と、嘆いてる間にも俺の進路は塞がれていってしまう。
「で、あの一年生はどうしたんだよ!?」
仕方ない、適当にあしらって、さっさと取り消しを願いに行こう。
生憎こちらには、必殺技ちっくなモノだってあるんだ。
そう──
「ショージの妹だ」
言った途端、やっぱり勢いは弱くなった。これで全てを察せないほど、ショージの評判は良くは無い。……ハズだ。言ってて悲しくなるんだけどね。
「いいや嘘だ!!あんな可愛くて真面目そうな女の子が、多々良の妹だなんてっ!!」
「いやいや、紹介されてただろ、『多々良』真葵って」
「そ、そんな──」
それでも抗う奴にトドメの一言を言ってやると、明らかに落胆の色を強める男子諸君。ここまでさせる兄って、一体皆にどう思われてるんだ?次いで、一緒にいる俺の立場って……?
「でも似てないから、ありだ!きっと義妹なんだっ!」
挙句、現実逃避しだした。そーだそーだ、と瞬く間に広がる、義妹コール。
おいおい、コイツ等どうしたんだ?まさか、真葵ちゃんを狙ってるんじゃないだろうな?って言うか『あり』ってなんだよ、『あり』って。
「……結構、似てるぞ?」
「「何処がっ?!」」
だから、熱気が怖いって。なんでいつの間にか、真葵ちゃんを狙う、みたいな流れになってんだよ……。
そもそも、そこまでショージのこと否定してやらないでくれ。俺の立場が無い。
「ほ、ほら、語尾に"!"付くところとか」
後は突然なところとか。
地毛は──アイツ、染めてるから分からん。
すると、俺だって!なんて、急に大声を出し始めたりするんだから、どうしようもない連中だ。
と思ってると、今度は廊下側が妙に騒ぎ出す。もう、嫌な予感しかしなかった。
特徴的な色の髪の毛が視界に入った。
「あ、レーオセーンパ~イっ!遊びに来ましたー!──って、およ?」
嗚呼、なんてタイミングの悪い……。
更にざわめき立つ教室。そんな中、開いた道に、一直線に俺の元へと来る真葵ちゃん。
「皆さん、仲良いんですね~。
あ、今朝は起こしに行けなくてゴメンなさいっ!入学式の練習がありまして──そうそう、レオセンパイっ!アタシ用事もあるんですよ用事もっ!えっと……あ!そうだ、八木センパイ?って此方にいるんてすよねっ?」
「うん?私?」
人垣を掻き分けて、俺の隣へと現れた八木カナ。まだ居たんだ。
「アナタが八木センパイですかー。えっとえっと、生徒会にお呼ばれしてるんですけど、副会長の八木センパイに挨拶しとけー!ってテッちゃん──あ、担任ですっ!が言ってたんで、来ちゃいましたっ!……ついでにレオセンパイに逢・い・にっ!きゃっ♪」
式で見せた凛々しい姿から一変。とまではいかなくも、このハイテンションに、一同唖然。うん、それが当然の反応だ。
「えっとー……多々良さん、だよね?」
「はいっ!多々良真葵、16才ですっ!」
ビシっ!と敬礼ポーズ。
と言うか、もう16才なんだな、真葵ちゃん。
「じゃ、生徒会室行こっか。多分、もう会長も来てるだろうし」
「はいっ!──あ、レオセンパイもご一緒にっ♪」
「え、ちょっと?!」
二人並んだところで、真葵ちゃんに腕を引っ張られる。
そのまま引きずられる様に教室から出ようとしたとき、丁度教室に入ろうとしていた人とぶつかりそうになった。
「礼於、さん?」
唖然とした空気が一変、妙に、そわそわした空気へと変わっていく。──紅花さんだった。
俺か八木カナに用事があったんだろうけど、また、タイミングの悪い……。
「それに貴女は入学式の……多々良さん、でしたか?」
「はいっ!多々良真葵、16才ですっ!」
再び敬礼ポーズ。しかし俺の腕を掴んだままなので、右手ではなく左手で。
「礼於さんは、どちらへ?」
「いや、俺は──」
「生徒会室ですっ!アタシに付き添ってもらっちゃってますっ♪」
職員室に行きたい、と言わせてはもらえなかった。
「なら、私も同行します」
「え、紅花さん?」
しかもあろうことか、紅花さんまで同行すると言い出したのだ。
だから、俺は職員室に行かなきゃいけないんだって。
「いいよね、カナちゃん?」
「ん?あー、あはははー……」
隣にいた八木カナに確認するも、苦笑いを浮かべて目を逸らす始末。この状況を何とかしてはくれないようだ。
結局、真葵ちゃんが右側(で腕を組まれ)、紅花さんが左側という、何とも形容しがたい光景を生み出してながら、生徒会室へと向かうことになってしまった。
因みに生徒会室は四階の最奥、ここA組の反対側だ。
そして職員室は二階、ここの真下に位置する。
校内でも随一と言われてるの美少女と、(ショージの妹だと言うことを除けば)見た目だけは結構可愛い新入生に挟まれて歩いてるってのに、全く嬉しくない。なんだか晒し者の気分だ。
「なんか、峰渡が可哀想に見えるよな」
頷き合う野郎一同。そう思うなら何とかしてくれ……。
「でもさ、──やっぱ羨ましいよなー、あのヤロ」
更に強く頷き合う一同。
けどこの嫉妬に満ちた頷きは、この状況に耐えるが為に、俺にはもう聞こえなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「君が、多々良真葵か。」
「はいっ!多々良真葵、16才ですっ!」
それはもう定型文なのだろうか?そして気付いてしまったが、海軍式の敬礼だった。
何が違うかって?
海軍式の敬礼は、脇を空けず、縮こまった感じなのだ。理由は、船の甲板が狭いから、だとかなんとか。昔、同級生のミリオタが語ってた。
「ふっ──元気で結構」
会長を初めて近くで見たけど、その微笑み方にドキリとしてしまった。……っていかんいかん!紅花さんとかならまだしも、会長は男なんだぞ?!
「それで、君達は?」
いきなり振られ、また違った意味でドキリとしてしまった。
「み、峰渡です。その、訳あってついて来ました」
「ワケ?一体どうしたと言うんだい?」
「それは──」
俺ですら理由が分からない。
因みにここへ向かう途中、右側と左側の温度差──煩さ、とでも言おうか──は真逆だった。どっちがどっちか、なんて言う必要は無いだろう。しかも後ろからは生暖かい笑い声が聞こえる始末。
通り過ぎる人皆、口が唖の字になっていたさ。
「まぁいい、後で詳しく聞くよ。で、君は?」
「椿紅花です。会長さんにお話があって来ました」
一方の紅花さんは本当に用事があったようだ、堂々としていた。
それならそうと先に言って欲しいものだ。まるで彼女に嫉妬でもされてるかの様な気分になってしまったじゃないか。
「その声……?まさか、君は──!」
「詳しくは後程に」
あの、常に冷静沈着、氷の生徒会長、なんて呼ばれてる会長が驚きで眼を見開いていた。
また、今日は珍しいモノをよく見てしまう。
俺含め、周りから変な空気が流れてるのを察したのか、会長は咳払いと共に話の路線を戻してしまう。
「それじゃ、多々良。君はそこに座ってくれ。八木は資料を出してくれないか?」
「「分かりました(!)」」
「二人は──まぁ、少し適当に寛いでいてくれ。すぐに終わる」
八木カナが資料らしきファイルを真葵ちゃんに手渡すと、生徒会についての簡単な説明が行われた。
毎年恒例ならしいのだが、この学校では入学試験首席の生徒は、入学早々に生徒会入りする。つまり、去年の首席はなんと、そこにいる八木カナ。
後の生徒会選挙で人事が代わるのだが、首席生が後の副会長、そして会長の候補になるらしい。──真葵ちゃんが会長か、末恐ろしい。
聞いてると、意外と知らなかった仕事とかも他にあり、中々に生徒会とは大変のようだった。
「──と、言うのが主な仕事だ。他にもあるから、そのファイルで全部覚えて来てくれ」
「う、う゛ぅ~っ!沢山有りすぎて覚えきれないぃ~!」
渡された資料の厚さに、既に半泣きの真葵ちゃんであった。
「まぁ、仕事に関してはそこの副会長や、他の役員に聞いてくれればいい。最初の内は慣れないだろうしね」
「はぃ、頑張りばず~……」
生徒会の仕事に、先の不安を抱えたのか、それとも、その分厚いファイルに萎えたのか。或はその両方だろう、頭から湯気を出しながら突っ伏す真葵ちゃんであった。
「──それで、峰渡。次に君の用件を聞こうか」
いきなり話を振られ、背中に嫌な汗を感じてしまった。
「えっとー……、俺は……その──」
今更、「理由もなく着いてきました」なんて言える訳もなく、言葉につまってしまう。
そんな俺を見てか、八木カナが助け船を出してくれた。
「峰渡君は、生徒会に入りたいそうなんです」
「ほう、生徒会に?」
なんだか、凄く泥船の間違いな気がした。
「はい。今日だって、"自分から率先して"学級委員にもなってたみたいですし。凄ーくマジメだとオモイマスヨ?」
最後棒読みで、そんな皮肉を言われてしまう。
「そうなのか?」
そうなのか、と言われても、どう答えていいのかが分からない!
八木カナを睨み付けると、そっぽ向いた挙げ句、更にフォローらしき泥船を出されてしまう。
「入学式でも、そこの多々良さんに紹介されてましたよ」
「……あー、君がその"ミナトレオ"か」
「え、っと?まぁ……そんな、ところです」
ふたたび睨み付けると、下手な口笛なんて吹いて誤魔化されてしまった。
後で恨むぞコノヤローっ!
「君の気持ちはよく分かった。
……だが、生徒会に入るには、多々良や八木の様な例外を除けば、総選挙で選ばれるしかない。
残念だが、入会するのは今回は我慢してもらおう」
「は、はは、そうですよねぇ……」
ここまで真摯に応えて貰っていて不謹慎だが、ほっとしてしまう。
「──が、君が望むなら生徒会のアシスタントをしてもらいたい。丁度良い、人手不足だったし、それでなくてもここは万年人手不足なんでね。
今日──は、もう仕事は振り分けてあるから、明日からでも手伝ってくれないだろうか?
それに、君には恩もあるようだ。なんだったら次回の総選挙で推薦してあげよう」
断られると思ったのが、まさかの快諾になってしまった。
そ、そんなに真剣に受けてもらえる話題だとは思わなかっただけに、会長の善意がグサグサと心に刺さってゆく。
「良かったね、峰渡君」
「……あーそうだなっ!本っ当に嬉しいさっ!」
こうなったら自棄だ。
生徒会のアシスタントだろうが、シイナ先生の使いっパシリだろうが、なんだってやってやろうじゃないか!
今なら、勢いだけでショージを殴り飛ばせそうだった。あの、ショージを、だ。
「えっ!?レオセンパイ、生徒会のお手伝いするんですかっ?!」
すると、それを聞いたからか、今の今までダウンしていた真葵ちゃんが、ガバリと起き上がる。
「そう、みたいだよ……」
「わーっ!生徒会でも、ヨロシクお願いしますっ、レオセーンパイっ!」
そういって飛び付いてくる真葵ちゃんをあしらう気力すら無かった。
「随分と彼女に好かれているようだな、峰渡。丁度良い、最初は二人ペアで行動するといいだろう」
「はいっ♪」
この時会長の目が僅かに笑っていたのは、歓迎の為か、それとも、八木カナの冗談が分かっていたからか、俺には分からなかった。
ホント、これが悪い冗談だったらどれだけ救われたことか……。
「後は椿。予想は付くんだが──君の用件は?」
「えっと、あの……」
紅花さんは話を振られた途端、俺や、他の二人に視線を回した。
彼女の性格だし、俺みたいに取っ掛かりが無くて話せない、って事ではないだろう。
どちらかと言えば、俺達の存在を気にしている?プライベートに関わるような話なのだろうか?
「……八木、峰渡、多々良。すまないが、君達は暫く外してはくれないか?」
やっぱり、そういった話か。
「はい、分かってます」
「えっ、そうなんですかっ?!」
真葵ちゃんだけは、この空気を読めていなかったようだが。
とりあえず、ポカンとしてる彼女を引きずるようにして、俺達は生徒会室を後にした。
さてどうしようか。
この後、何処かに行く予定があった気もするのたが……?
「とりあえず、もう用事もないみたいだし、俺は先に帰るよ」
「あれ?コウのことは待たないの?」
「下手に待ってるのも、気を遣わせそうだしね」
「ふーん……」
意外そうな顔をする八木カナを尻目に、教室へと戻ろうとした──時、真葵ちゃんに袖を捕まれていた事に気付く。
俺達を耳元に引っ張ってきて、何やら小声で話し出す。
(ねぇねぇお二方っ。なんだか美味しそうな匂い、しませんかっ♪)
匂い?思わず鼻をひくつかせてみが、特に何かの匂いがすることはない。
それとも、真葵ちゃんの嗅覚が鋭いのだろうか?
「違いますよっ!会話ですよ、カ・イ・ワっ!」
「会話?」
「会話って……あなた、まさか──」
匂いじゃなくて、会話?どうゆうことだ?
すると、再び耳元に寄ってきて、こんなことを言い出したのだ。
(カイチョー達の会話、盗み聞き、しちゃいましょっ♪)
「やっぱり……」
「盗み聞きって、ダメだって!」
そう言うや否や、音もなく素早い動きで、扉に耳を張り付け、動かなくなってしまう真葵ちゃん。
八木カナと目配せして引き剥がそうとしたのだが、その時偶然、聞こえてしまったのだった。
『あぁ、確かに僕は──いや、私は女だ』
え……?
『会話さん、ちょっと失礼します』
紅花さんの声が聞こえたと思った途端、ガラガラと生徒会室の扉が開けられる。
「こ、紅花さん?!これは、その……」
「大丈夫です、気配で判ってましたから。それより──」
キッ、と真葵ちゃんの事を睨む。流石の真葵ちゃんでも、その迫力には冷や汗モノだったようだ。八木カナですら、乾いた笑いも出せていない。
「椿、構わないよ」
その状態を解いたのは、後から出てきた会長だった。
紅花さんは困惑したものの、本人にたしなめられた為か、それ以上は何も言わずに引いてしまった。
「聞こえてたかな?僕が女だった、って」
それどころか、苦笑しながらそんな事まで聞いてきたのだった。
勿論真葵ちゃんも俺も、多分八木カナも、聞いていただろう。それでなくとも今暴露してしまったし。
「別に知られたからって、どうこうはしないさ。学園長だって知っているしね。
ただ──僕が女だってことは、できるだけ内緒にしていてほしい」
「何故、ですか?」
紅花さんが問い掛ける。
確かにそうだ。学園長が知ってると言うのに、何故内緒にする必要があるのだろうか?
そもそも、何故そこまでして、男装でここに通っているんだ?
そういった全てを含んでる気がした。
「いきなり、生徒会長が男装癖の女だ、なんて言われたら、皆混乱するだろう?学園長にも、なるだけバレないように、って注意されてるしね。
あぁ、勘違いしないで欲しいが、僕──いや、私はそんな趣味も無ければ、性同一性障害なんてモノも持ってない。顔も知らない祖父の遺言みたいでね。私もあまり詳しくは知らないんだけど、高校三年間、それと大学四年間。男装しなければならないだとさ。
どうやら、ウチはここいらのお偉いとは面識があるみたいで。学園長もその一人らしいね」
淡々と、自嘲を含んだ言い回しでそう語ってくれた。
家庭の事情、ってヤツなのだろう。俺には理解できなかった。
「椿は、昨日、私を助けてくれた人なんだろう?その時に判っちゃったのかな?」
「えと…………はい」
「そっか。なら仕方ないな」
やけに気まずい空気が漂う。それも、仕方のない事なのだろう。俺だって理解が全く追い付かず、どう反応していいのか、サッパリだ。
しかしそんな雰囲気すらもブチ壊すのも、やはりこの娘だった。
「あれっ?でもでも、昨日カイチョーを助けたのって、赤い髪の女でしたよねっ?」
「「あ」」
「およ?」
気まずい空気が一変、今度は、俺達が慌てる番になってしまった。……すっかり失念していたけど、そうだ。紅花さんはLIM化していたんだ。
そう言う真葵ちゃんは多分、ギャラリーで紅花さんの事を見ていたかもしれない。
助けられた会長は意識が朦朧としていたとしても、もし真葵ちゃんがギャラリーに混じっていたなら、バッチリ、あの姿も、動きも見られてしまったハズだ。
「ば、バレにゃいように変装してたんだよっ!ね、コウ?」
「は、はいっ!」
それは無理があると思うぞっ。
へー、とかふーんとか言いながらも、八木カナと紅花さん、そして俺を順々に見渡す。
が、その眼差しは少しずつ輝いてゆき、そして──
「す、凄いですっ!!」
「「へっ?」」
また思わず、三人でハモってしまう。なんてストレートな感想なのだろう。
「あんな動きできるなんて、当に神業ですよっ!いや神ですっ!弟子にして下さい!椿──ううん、コーハセンパイっ!」
「え?えっとぉ……?」
困惑する紅花さんに視線を向けられても、俺達は何も言い返せずにいた。
結局、盛り上がってしまった真葵ちゃんのお陰(?)で会長の件は終わってしまったけど、今度は真葵ちゃんをあしらうのに苦労するのだった。
一応、これも他言無用にするよう言ったは言ったのだが……不安だ。
それにしても、会長が女だった、なんて……。未だに信じられなくて、その事をずっと考えながらいたせいか、もう一つ、大切な用事を忘れていたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「う~ん」
多々良真葵、16才は、寮のベッドに突っ伏しながら悩んでいた。
先程の件。生徒会長が男装した女性だったこと──
「やっぱり、コーハセンパイも私と同じ"獣人"なんだっ!──でも、あれれ?尻尾も耳も無かった……よね?ま、ハッキリ見た訳じゃないし、これからこれからっ!」
──ではなく、紅花の事だ。
しかも、彼女が常人でない事は、彼女と同じ存在であることは理解したものの、どうやら"LIM"という言葉は知らない様子である。
「まー"コレ"もあるし……よしっ!初の仲間ゲットのため、頑張るぞ~!イデっ……」
意気込んで伸ばした両手が、ベッドの縁に当たり自爆する真葵だった。