表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
time LIMit→ZERO  作者: NOSUKE@home
第二章;碧篇
11/13

lim11:New Term

 始業式の朝。部屋の扉が叩かれる音で目を覚ました。

 こんな朝っぱらから、一体誰だと言うのだろうか。

「どちら~?」

「八木だけど」

「……え?」

 また予想外な人物だった。

 それは何なのだ?あいつは俺の幼馴染みなんて設定は持ってないハズだし、それ以外にも朝起こしに来てくれる要素なんて一切……

「あ──」

 あった。

 春休みの間に忘れてしまっていたが、きっと制服だ。……いや、始業式の朝になるまで忘れてる、ってのもどうかとは思ったが。

「とりあえず、開けてー」

 言われるがまま、ノロノロと起き上がり扉へと向かう。

 ……まったく、少しは男の寝起き、ってものに気を遣ってもらいたいものだ。

「貴方達、まだ寝てたんだ……」

 こいつに直接会うのは、終業式以来──ざっと二週間ぶりだ。勿論、紅花さんとも。

 そんな久々の再開に、開口一番こう言われては情けない。情けないとは思うものの、実際そうだったんだから何も言い返せず、尚更情けないのだが。……いつか見返してやる。

 ジト目を向けられつつ、手に抱えていた制服を受け取り、軽く礼を言う。

 あの翌日、八木カナから電話があった。

 ──制服、学校の予備から貰えるかも。

 そう言われたので、結局新しいのは買いに行かなかった。まぁ、小遣いが減らずに済んだのだから、本当に良かった。

「はぁ~……外で待っててあげるから、さっさと準備しちゃって」

「え?」

 そんな風に言われたものだから、もうかなりヤバイ時間なんじゃないかと思い、目覚まし時計を覗き込んでみた。──って、まだ六時過ぎじゃないかよっ!

 どおりでまだ目覚ましも鳴ってないハズだ。

「全然、そんな急ぐ時間じゃないだろう?食堂だってまだガラガラだし」

「私はいつもこの時間だけど?」

 建物が違うとは言え、こいつに会わなかったのはそれが原因だったようだ。因みに食堂は平日、朝は七時半まで開いている。八木カナとはいつも、約一時間ズレていた、って訳だ。

 それにしても、朝はともかく夕飯に出くわさなかったのは、どうしてなのだろうか?俺だってかなり時間帯はまちまちなのだが……

 それはともかくとして、あの八木カナの事だ。どーせ、律儀にも食堂辺りで待っているんだろう。……ぶつくさと言いながら、なのが容易に想像つくが。

 早速受け取った制服に腕を通してみる。やけにブカブカとしていたが、学園にあった予備らしいし、貰えただけも文句は言わないでおこう。……ここ一年、身長は一センチしか伸びてないんだけど。

 ショージは……ま、その内起きて来るだろう。

「あっ──!レオセンパイっ!」

 部屋を出ようとした時、髪の毛を二つのお団子に纏めた、眼鏡の女の子が小走りで此方へと向かってきた。この娘は、確か──

「えっと……真葵ちゃん、だっけ?」

「──っ!"真葵ちゃん"、だなんて……っ!

 あ、そうそうお久しぶりですっ、レオセンパイっ!」

 呼び方がまずかったのだろうか、一瞬顔を赤らめたのだが、直ぐに話題を転換されてしまう。

 まぁ、嫌がった素振りは無かったし、このままでもいいだろう。

「うん、お久しぶり。それより、その制服──」

「はい!アタシ、明日からこの学校の一年生なんですっ!レオセンパイのコーハイですよっ♪宜しくお願いしますねっ!

 で、どうです?似合ってます?」

 忙しく話してくるものだから、真葵ちゃんがポーズを決めるまで、一体何のことだか反応できなかった。

「え?あー、うん、似合ってるよ」

「良かったー!中学の時と違ってスカート短めだから、ちょっと心配だったんですよ~。

 あ、そうだ。お兄って、もう起きてます?」

「いや、まだ──」

「もー!お兄っ!まだ寝てたのっ?さっさと起きてっ!」

 と、俺が言い終わる前に、寝てるショージを確認してか真葵ちゃんはズカズカと室内へと入って行き、あろうことか襟元を掴み、激しく揺さぶったのだ。……俺だって、そんな起こし方をしたことはないぞ。

「○◇▼☆※□△◎!!」

「やーっと起きた。ほーら、もう七時過ぎてるんだからっ!さっさと支度しなくちゃ、遅刻しちゃうよっ!」

 いや、まだ六時過ぎなんだけど……。

「え、ま、真葵っ!?何でお前が?!」

「寝惚けてないで、早く着替えてっ!レオセンパイももう、準備万端なんだよっ!?」

 寝ぼけてるのは、真葵ちゃんの方なんじゃないだろうか?

「アタシは明日からだけど、お兄は今日からなんだから、急いで仕度しておくことっ!

 ──それじゃレオセンパイっ、また後で♪」

 起こすだけ起こして、出会った時と同じようにさっさと出ていってしまう。

 暫く二人で唖然としてしまったが、ふと思い出して、ポケットに突っ込んだケータイを開いてみる。──六時十八分だった。

「……嵐が…………来た……っ!!」

「今回だけは、同意しておくよ」

 朝から青ざめたショージと、同意せざるをえなかった俺だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「おいレオ、これはどうゆうことなんだ……!」

 本人は至って小声のつもりなのだろう。俺の耳とショージの口許は、手のひら一つ分程の距離しかないからだ。

 だが、コイツには自分の声量がどれだけなのかは解っていないらしい。多分、目の前の人物には隠せていないだろう。

「むしろ私がどうゆうことだか聞きたいくらいなんだけど……。多々良、絶対に寝起き悪いと思ってたもん」

 ほら、聞こえてた。

 しかし今朝のことに関しては、ショージも、俺も、苦笑──と言うか、単に苦い顔をせざるを得なかった。あんな起こされ方したら、いくらショージだって、ねぇ……。

 それと今気付いたのだが、八木カナはショージに対しては『君』とかは付けてないみたいだ。ま、コイツに関しては過去一年間の実績があるからだろうけど。

「……何かあったの?」

「ちょっと、ね」

 俺達の反応が悪かったからか、聞き返されてしまった。だがとても言えない。

「──そう言えば、真葵ちゃんは?」

 その元凶は、回りには見当たらなかった。先に済ませたにしては早すぎるだろうに。

「アイツ、昔から朝飯は食わないからな。

 ……で、なんでヤギがいるんだよっ!」

 耐えられず、結局直接捲し立てるんだから、最初っからそうしておけばいいのに。……どーせ、ショージには小声なんてムリなんだろうし。

「気分。……と言うか、多々良を誘った覚えはないんだけど?」

「だ、そうだ」

 納得できないのか、ブツブツと何かを言い始める。小声(のつもりの発言)の方が大きい気がしたのは、きっと気のせいではないはず。

 因みにショージを誘ったのは俺だ。

「そうそう、話は変わるんだけど。今日の放課後、入学式の準備があるから、手伝って」

 また随分といきなりだ。

「は?何で俺が……」

「制服」

「うっ……」

 それは卑怯だろ。

 思わず持っていたお茶を溢しそうになった。

「まぁ安心して。ちゃんとコウも来るから」

 だからって、何を安心しろと言うのだ。

「──それと、今年度はよろしくねっ」

「よろしく、って……今度は、何が?」

「同じクラス」

「……誰が?」

 恐る恐る聞いてみると、八木カナが持ってる箸は俺を指した。

「……誰と?」

 今度は反対の手で、当然だが自分を指差した。

「何で?」

「職員会議で決まったから」

 いやいやいやっ!

「そういうことじゃなくてさ!何で八木がそんなこと知ってるんだよ?」

「私、生徒会でしょ?色々やってたから知ってるの。クラス表の設置とかね」

 なるほど、そういうことだったのか。それなら、残念ながら出任せってことじゃなさそうだが。

「と言うわけで、よろしくね、峰渡君」

「えー……」

「えー、って何よえーって!?」

 こいつも、決して悪い奴じゃない。今までだって何だかんだお世話になってる訳だし、多分、これからも協力関係が続くんだろう。

 けど、それとこれとは、別だ。前みたいなイメージは無くなったとは言っても、主に私生活的な面で、苦手なのは変わらない。……ちょっとでも何かしようものなら、絶対最初に指摘されそうだし。

「それと多々良。貴方の後ろの席、コウだから」

「な、ナニぃぃいい──!!」

 こらこら、ご飯つぶ飛んでるぞ。

「悪さ、しないようにねっ」

 朝っぱらからカナフェイス全開なのは分かったが、ショージのことだ。"悪さ"なんて、紅花さんにはできないだろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そうと聞いてはいても、実際にクラス分け発表を見ると、やさり印象が違うものだ。

 クラス分け表は各学年、各クラス毎に五十音順、男女混合で書かれ、校舎前に張り出されている。

 昨年度の俺のクラスみたいに、教師の気まぐれでも起きない限りは、その順番がその一年間の席順ともなる。

 そんな俺の前後はどうやら、去年と変わらなかったようだ。

 二人とも、それなりに可愛い女子なのだが、席替えを直ぐにしたこと、ショージとばっかり絡んでいたのもあって、あまり面識はない。後は担任次第か。

「なんだ、ショージは別のクラスだったんだな。てっきりまた一緒かと──」

「俺の……後ろに…………こ、紅花様、が──っ!」

 駄目だ、聞いちゃいない。

「ご一緒できなくて残念です」

 その代わりに反対側から、いつの間にか隣に並んでいた紅花さんが語りかけてきた。

 正直驚いたが、ここは経験を生かして、特に驚かなかった素振りをしてみる。

「おはようございます、礼於さん。今朝は、随分と早いんですね」

「おはよ、紅花さん。──八木に起こされたからさ」

「え、カナちゃんに?」

 これ、と自分の制服をつまんで示唆する。

 流石に紅花さんは、それだけで理解してくれたようだ。

「で、そのついでにここまで一緒に来たんだけどね」

「そうゆうカナちゃんは、どうしたんですか?」

「生徒会だって。来て直ぐに中へ入って行ったよ」

 すると、紅花さんは顔色を暗くしてしまう。

「カナちゃんとも一緒じゃなくて、ちょっと寂しいな……」

 それは多分、この場にいないことではなく、クラスが違うことに対してなんだろう。二人とも親友みたいだし、ちょっと気の毒だ。

「ま、まぁ、クラスも隣だし、暇だったら遊びに来なよ!八木も歓迎すると思うし」

「そうですね、そう、させてもらいます」

 そう言って苦笑いを浮かべる。そこまで落ち込むことなのかな、と思いながらも、そんなものなのかもと思うことにした。

「それに、そっちのクラスにはショージだっているんだし」

「はい──」

 何となく、妙に気まずい空気になったのを払うように、その場から動き出して、早足気味で新しい教室へと向かったのだ。

 新しい教室、と言っても、登る階段が一回分増えただけだ。下から三年、一年、二年の階になっているんだから当然だが。

 それよりも、四階まで登るのはやけに疲れる上、教室自体は階を上げるにつれて妙にボロっちくなってくのだ。

 モチベーションを上げろ、と言われても、この学園に関して言ってしまえば無理なんじゃないだろうか?

「じゃ、俺はここで」

 紅花さん達の教室は俺達の教室より奥に位置する。

 結局ここまで、これといった会話もなく、俺の半歩後ろを歩くようにして紅花さんが着いてきただけだった。

「また後で」

「はい、また後程に」

 綺麗なお辞儀をして隣の教室へ向かって行った。やはり、その背中は寂しそに見えて心配──いや、彼女にそれは失礼だろう。

「あ、峰渡くーん、こっちこっちー」

「ん?」

 教室に入ると直ぐに、八木カナに呼ばれた。隣の席を指差してるのは、そこが俺の席、と言うことでいいのだろう。黒板にも座席表が書かれていた。

「隣だね。よろしくー」

「えー……」

「だから、えーって何?!そんなに私が嫌なの、ねぇ?!」

 別に、こいつ自身に対しての嫌気はない。ショージだっていないし、何かアクシデントが起こるとも思えない。……思いたくない。

 要するに、反射的な様なものだ。

「まー、いいけど。

 それより、コウと会ってたんだ?」

「八木が入っていって、結構直ぐにな。──ってお前、生徒会があるんじゃないのか?」

 てっきり、直接生徒会室にでも向かったと思ったのだが。

「あー……、うん。集合時間、三十分後らしいんだよねー」

 あははははー、なんて笑ってるが、巻き添えを食らった身としては実に納得がいかない。

 要するに、だ。八木カナが部屋に来るまで、三十分は余裕があった、と言うことなんじゃないのか?

「いや。そんな訳無かったな」

「え、何が?」

「こっちの話だよ」

 どちらにせよ、直ぐに真葵ちゃんが来ていただろう。

 それに思い出したが、こいつはいつもこの時間だ、って言ってたし、結果として六時起きだったのだろう。

 なんだか、今日はとことん、朝から巻き込まれてる気がしてならない。

 ……いや、ちょっと待てよ?

 真葵ちゃんがショージの事を起こしに来たと言うなら、もしかして、毎日あの時間に来るのか?

 おいおい冗談じゃないぞ。誰か、否定してくれる人はいないのか……?!

「なーに一人で百面相してんの?」

 思わず、そうしていたようだ。

「ところで、百面相はどうやれば二人以上でできるんだ?」

「さぁ?内容が詰まってる会話をすればいいんじゃない?」

 起床時間についての問題は、先送りにすることにした。

 そもそも、真葵ちゃんが一時間時計を間違えていたことには、この時は忘れていたのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 勿論だが、今日は新しい学年・教室の確認と、その担任の発表だけだ。授業は無い。

 そしてもう一つ、この学園ならではの特長がある。

「はう、これで解散。アンタら、路草食ってないでさっさと帰んなよー」

 覇気のまるで込もってない返事を、またクラスの皆がバラバラに言いながら立ち上がる。

 勝手知ったる、と言うか、この(・・)担任に対しては、これぐらいテキトーで丁度良いのだ。だいたい本人がかなりテキトーな性格なのだ。

 誰か、って、シイナ先生の他無いだろう?

 ──そう、つまるところは、全体で集まる様な始業式は無いのだ。

 軽い校内放送での連絡と、担任の長い、ありがた迷惑な話だけだ。それも我らが担任に関しては、ほんの五分ほどで終わってしまう。

 体育館での全体集会は、明日の入学でまとめてやるらしい。"らしい"ってのは、去年は俺達が入学生だったからなのだが。

 それならいっそ、今日は集まらなくてもいいんじゃないか?……って思わなくもないが、少ないとは言え宿題があったり、人によっては他にもやることがあったりと、それなりに集まる意義はあるようだ。

「それと、カナ。分かってるな~」

「はい、大丈夫です」

「それじゃ、解散!」

 八木カナに何かを確認すると直ぐに解散する。勿論、一番に教室を出ていったのはシイナ先生だ。それも軽い足取りで。

「それじゃ、私たちも行きましょ」

「……何処へだ?」

 新学期早々、再びのカナフェイスと共に、今度はため息までついてきた。

「峰渡君、今朝言ったことも忘れたの?」

「今朝?」

 何か約束などしていただろうか?

「入学式の準備っ!今朝、放課後にあるからって言ったんだけど」

「あー、……?」

 そんなこと、言われていただろうか?いや、きっと言われていたのだろうが、聞き逃したんだろう。

「……制服」

「あ」

 た、確かに、これ(・・)を渡してもらったことを理由に脅されていた。

「はぁ、そんなことだろうとは思ってたけど、ホントに忘れるなんてね」

 何も言い返せなかった。

「ま、いいから着いてきて」

 そっけなく、と言うよりは呆れているのだろう、スタスタと先に行ってしまう。

 これ以上何か言われるのも嫌だし、遅れないように着いていくことにした。

 二年A組は、体育館から一番遠い。当に正反対の位置にあるのだ。

 教室のすぐ近くにある階段を使うのが楽ではあるが、これから室内体育や全校集会、行事の旅に向こうまで行かなければ、と思うと、やけに面倒に感じてしまった。

「なぁ八木。妙に焦げ臭くないか?」

 その途中、階段を降りきった辺りで、妙な臭いが漂ってきているのに気付く。

「焼却炉近いし、それでじゃない?今日はゴミも沢山あったみたいだし」

「沢山って?」

「昨年度の資料や廃材とかね。生徒会や教職員で回収してたし、それ──」

『おいおい、向こうで火事だってよ!』

「「────!?」」

 ふと聞こえてきた言葉。

 丁度、そんな会話をしていただけに、偶然とは思えなかった。声の聞こえた方を振り返ってみれば、既に何人かの野次馬らしき人が集まってきていた。

「まさか、焼却炉の方で?」

「い、行きましょっ!」

「ちょっ──!」

 俺自身気になっていたし、何より、あんな切羽詰まった顔で言われたなら、俺達が行っても意味無い、先生を呼ぼう、なんて綺麗事は言えなかった。

 俺も小走りに行ってみると、現場には数人の教師と、八木カナと生徒会の先輩らしき人が道を封鎖していた。なるほど、確かにあれは八木カナの仕事だ。

 それにしても、ここからは十メートルは離れているだろう所から、炎の壁、と言っても過言ではないモノが出来上がっていたのは、流石にビックリした。

 大量に資材があった、とは聞いていたけど、こんな炎は映画くらいしか見たことがない。

「あ、峰渡君っ!ちょっと来てっ!」

「え?」

 野次馬に混ざって現場に見惚れていると、俺を発見した八木カナから呼び出された。

「早くっ!!」

「あ、お、おう」

 指示をもらい、消火器を幾つか運んで来てくれた教師から、それを受け取る。

 実際に使うのは初めてだが、見よう見まねでピンを抜き、レバーを握りながら消火薬を炎へと吹き掛ける。意外と勢いがあり、ホースから手が抜けそうになってしまう。

 俺がやりだしたのを見ていた数人も、消火器を受け取りに行き助っ人してくれる。たかだか校舎の一角なのに、八人で、ってのは少し大袈裟すぎやしないだろうか?

「おい!こっち切れたぞ!」

「こっちもだ……。チクショウ、何で消えないんだよ!」

 しかし、何故だか火は消えなかった。

 俺の使っている消火器も、殆ど無くなってきているのに、勢いは弱まるどころか、逆に強まってきている。

 この消火器、期限切れなんじゃないだろうな?

「い、急げ!向こうに火織(かおり)がいるそうだぞ!」

 その一言で場が凍りつく。

 見ると、八木カナのすぐ隣で踞っている男子生徒が、「火織先輩が、火織先輩が」と、顔を真っ青にしながら呟いている様だった。

 と言うか、"カオリセンパイ"って誰だっけ?何処かで聞いた名前だが──

「生徒会長ーっ!ご無事ですかーっ?!」

 一人の女子が火の中に叫ぶ。あぁ、生徒会長か。──……じゃなくてっ!

「大変じゃないか!早く助けないとっ!」

 近くにいた教師に問い詰める。

「それが出来ないからこうしてるんだ!……くそっ!消防はまだ──」

 もうかれこれ十分近く経っている。消防なんて待っていられないじゃないか。

 この先は焼却炉だよな、なら、

「ちっ!」

「お、おい、君?!」

 消火器を投げ出して走り出す。

 教師が俺を止めようと手を伸ばすが、それを避けて前へ進む。自分でも不思議なほどに、カラダが前に出ていた。

 ──が、炎の壁への一歩を踏まずして、俺の体は後から、引っ張られるようにして押し倒されていた。隣を紅い波が過ぎる。

「い、今誰が行ったんだ?!」

 あれは、紅花さんだった。

 直ぐに、さっき俺を止めようとした教師と、八木カナが隣へと走ってくる。

「ちょっと峰渡君!後先考えないで変なコトしようとしないで!

 ──それより、今のって」

「あぁ、紅花さんだと思う」

 教師に聞こえないよう、小声で八木カナに耳打ちする。

 今のを見て、この状況をより不安がっているのか、周りも更にざわついてしまう。あの状態の紅花さんなら大丈夫だと解ってはいたので、寧ろ、会長の方が心配だった。

 しかし数秒もすると、数人が炎を指差して叫び出す。そこからは生徒会長を抱えた紅花さんが飛び出してきた。

 二人とも服のあちらこちらが焦げている割に、身体の方は無傷のようだった。流石、と言うべきか。

 紅花さんは生徒会長を地面に寝かせると、そのまま走り去ってゆく。

 だからって、壁を走り、そのまま飛び上がって行くのはやり過ぎだ。皆、唖然と見上げるだけだった。

「おい、夏織!しっかりしろっ!」

 側にいた教師の叫びで皆が振り向く。一斉に此方に向かって駆け出す辺りに、生徒会長の人望が伺えた。

「峰渡君、私たちはコウを追いかけよ」

「そうだね」

 人並みを掻き分け、屋上へと急いだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 紅花さんは、屋上の隅に隠れていた。鍵は彼女が予め開けていたらしく、あっさりと扉は開いた。

「もおっ!コウも無理しないで!」

「ごめんなさい、カナちゃん……」

 LIM化はまだ解けていないのか、髪はまだ真っ紅(まっか)なままだった。

 その割に、いつもの凛々しい姿ではなく、八木カナに叱られて小さくなっているんだから、なんだか可笑しく思えてしまった。

「でも、私が行くのが一番かな、って」

「はぁ……。峰渡君もだけど、あんまり無茶しないでよホント。心臓に悪いんだから」

 ぶつくさと文句を言っているかのようだが、俺にはもう分かる。こいつなりの心配の仕方なのだろう。

 だから、此方も努めて礼を言うことにする。

「ありがとな、心配してくれて」

「別に、心配なんてしてないっ!」

 赤く膨れ上がる八木カナのほっぺたを見て、素直じゃないんだからと、俺と紅花さんは、顔を見合せ笑っていた。

 俺達が上に来ている最中に火が消されたらしく、今では白い、薄い煙が軽く昇っているだけだった。一先ず安心、と言ったところか。

 後は会長の容態だが──

「そう言えばカナちゃん、変なコト聞くけど、生徒会長さんって男性、だよね?」

「そうだよ?まぁ、名前はどっちも女っぽいけどね。夏織(けい)って」

「そう、だよね……」

 こんなことを聞くなんて、何かあったのだろうか?

 俺からしてみても、生徒会長はとても格好よく、憧れているほどなのだが。

「ううん、何でもない。二人とも、今のは気にしないで」

「別に気にするほどじゃないよ。

 それより八木、そろそろ体育会の方へ行かなくてもいいのか?」

 騒動も収まってきて、消防も来たところで、準備のことを思い出した。

「そうだね、行きましょ。──あ、コウはさっさと帰りなさいね?」

「え?どうして?」

「その服」

 先程の件で、制服はかなり汚れていた。スカートの端なんて焦げてしまってボロボロだ。

「後で私の──じゃ小さいだろうから、お姉ちゃんが使ってた予備の、持ってくから」

「うん、ありがとう、カナちゃん」

 小さいと聞いて、思わず視線は二人の身長差を確かめてしまった。……15センチ、といったところか。

 そのまま視線を、天辺から下の方へ持っていく。そちらは……大差無い、といったところだった。

「いでっ!」

「失礼だよっ!!」

 八木カナに殴られた。

 いつも思うのだが、俺はそんなに分かりやすい表情をしているのだろうか?

「────っ!?」

 見れば、次には鳩尾(みぞおち)に正拳がクリーンヒットしていた。え?紅花、さん……?

「少しだけ、反省していて下さいっ!」

「ちょっ…──」

 全身から力が抜ける。そこで暫らく、俺の意識は遮断されたみたいだ。

 この後遅れて体育会に行った俺が、二つの意味で八木カナに怒られたのは言うまでもない。

 気絶させられて、置いてけぼりにされた挙げ句ソレなんだから、正直理不尽さを隠せなかった。

 ……あと、どっちに(・・・・)失礼だったのかは、個人的に聞いてみたかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 礼於達がその場を離れ、蛍が保健室へと運ばれた後。校舎の隅、ある水道前にて。

「仕方ないなー。……うん、アタシの出番だよねっ!」

 おもむろに眼鏡を外し、スカートのポケットへとそれを突っ込む一人の少女。

 すると、頭の上で尹でいる二つの団子結が自然とほどける。その時、髪の緑色がより鮮やかになったのに気付ける人は、あまり多くないだろう。

 それは、そんな些細な変化より、他の、明らかな変化──結い目だった場所から生える猫の様な耳、そして、スカートを持ち上げるようにして伸びてきた尻尾に、気を取られてしまうからに違いないだろう。

「うーっ!やっぱこの格好、外だと恥ずかしいっ!……にゃん♪なんちて」

 一人でポーズを決めたり、恥ずかしがったり、一体何がしたいのか。そう言いたいのは最もだが、今から彼女がしようとしてるのは"ボランティア"だ。勿論、如何わしい意味ではなく、正真正銘の、だ。

 蛇口を順々に捻ってゆき、全てから水を勢いよく出す。

 端から走り始め、ハープでも奏でるようにそれに触れてくと、蛇口から作り出された線は、まるで魔法でもかかったかのように起動を曲線に変え、彼女の真上、一ヶ所へと集まってゆく。そしてそれは、巨大な縦長の楕円となり、静止していた。

「よーし……────イっちゃえぇぇぇええええっ!!」

 掛け声一閃、それは鋭い無数の水流となり、火の壁へと直進してゆく

「な、何だ?!」

「ヤバっ!逃げろ!」

 突然襲い掛かってくる水流に、その場にいる全員が驚き、避難する。

 炎の中を縦横無尽に、まるで生きている龍の様に駆け回った水流は、あろうことか、いくら消火器を使っても弱まらなかった炎を、一瞬で覆いつくし、消してしまったのだ。

 その一方で、それを産み出した当の本人は、それこそ猫の様に(・・・・)、その場から去っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ