lim10:Rouge Flower
言われた通りに、先に紅花さんの家へと向かい、何事もなく到着した。
到着したのは、いいんだが……
「これ、どうすればいいんだ?」
中の電気は勿論消えていて、第一、学校帰りに直接海へと向かったのだ。玄関──と呼んでいいのだろうか──が空いてる訳もなく、呼鈴を無暗やたらと鳴らしていたりする。
「中、入ってればいいと思うよ」
「うわっ」
俺の呟きに、いつの間にか隣に立っていた八木カナが答えてくれる。
一切の気配がしなかった。やっぱりこいつ、LIMなのを隠してるんじゃ──?
「だから、私はLIMじゃないって!
……それと、後学の為に言っておくけど、女の子に対しての反応が『うわっ』とか失礼だからねっ!」
だから、何故こいつは俺の言わんとしてることを先に言うのだ。お願いだから心を読まないで欲しい。……まぁ、いいのか?
「でも、入るって?どうすんのさ」
入ってればいい、とは言っても、流石に鍵が掛かっているハズだ、紅花さんが帰ってくるまで待っていた方が──
そう思っていたのだが、八木カナは戸へと手を伸ばし、するとガラガラと音を立てて開いていくではないか。……流石に無用心過ぎやしないか?
「取っ手の部分に指紋認証だかなんだか有るんだ、って、コウのおじいさんが言ってたよ」
「……それは嘘だろ」
現に、俺の目の前にあるこのインターフォンすら、ろくな機能を果たせていないと言うのに。
だが一度、八木カナが戸を閉めると、あたかも開かないかのように振る舞う。
流石に……と思って俺も確かめて見るが、確かに開かなかったのだ。
「ここ、確か、峰渡君のも登録されてるハズだよ?」
「いつの間に?!」
「さぁ?」
やってみれば?と言われたので、今度は把手の部分を掴み、再び横に引いてみる。
すると、なんと言うことか、戸はいとも簡単に開いてしまったのだ。
正直、相当コワイ。後で追求してみようか。
「それで、こんな時間に呼び出してどうしたの?今日って、海、行ったんだよね?」
俺は海に行った事を話していない。どうやら、本当に、こいつは紅花さんに、海へ行くように仕向けていたようだ。
「ああ、でも……一応、紅花さんが帰ってきてからの方が、色々と楽なんじゃないのかな」
そう?、と頷くと、八木カナは直接、台所へと向かっていった。俺は、この前の部屋にでも居ればいいのだろうか?
例の部屋に行く途中、前は気付かなかったが、何やら"ゴツイ"部屋が有るのを発見した。
壁飾りの様に並べられているのは、仮面ではなく、紅花さんが使っていた籠手だったり、日本刀だったり……
「あぁそれも、コウのおじいさんの趣味なんだって。武具マニア?」
急須とポット、それと三つの湯飲みをトレーの上に乗せ、相も変わらず気配を殺して、いつの間にか俺の隣に立っていた八木カナ。……もしかしたら、ただ小さいだけないじゃ?
しかし、趣味でもこんなモノを集めたりするだろうか、普通?
いや、もう十分に普通の域は超しているか。紅花さんも、八木カナも。
「で?海に行ってきた割に、随分と汚れてるみたいだけど……何があったの?」
「とりあえず、紅花さんと遊んで来た。それと──」
「何ぃ?!」
遊んだ、と言ったら、これまた随分と食い付いて来たようだ。
「ってコトは、コウ、まさかホントにあの算段通りに……?じゃ峰渡君はもう……?」
そして、何度も俺をチラ見しながら、何かをぶつぶつと呟き出す。
算段とか、俺がどうこうとか、実に怪しい事ばかり言っているんだが、聞いても大丈夫なのか?
「ただいま戻りましたー!」
そんな折、勝手口だろうか?玄関の所とは反対側から、紅花さんの声が響いて来た。
それを聞いて俺達は、その部屋の前から、例の仮面の部屋へと移動する。
トタトタと小走りな、小気味の良い音を立て、そのすぐ後に紅花さんが部屋へと現れる。
「遅れてごめんなさい、二人とも」
「そんなでもないよー。私達もさっき──って、何その制服?!」
上に羽織っているのは、俺の使っていた上着だ。
つまり、紅花さんを受け止めた時の血液が、その緑の制服にはベッタリとくっついているのだ。
因みに、その血は俺のズボンにも沢山着いているハズだが、色的にも、あまり目立たなかったから指摘されかったのだろう。
改めて見ると、まるで拳銃で撃たれたか、はたまた、ナイフで刺されたかのような、酷い状態にしか思えない。まぁ、後者に関しては、笑い事では済まなかったのだが。
「そんなの、早く脱いじゃいなさいって!」
「ま、待ってカナちゃん、この下は──」
それらを不快に思うのは当然だろう、俺だってあまり直視できたものじゃない。
だからか、それをひんむく様にして、紅花さんから脱がしてしまう。途端、固まってしまう。
だってその下の服は、所々血の後があって、そしてそこは全部、ズタズタに引き裂かれているのだから。
……こう、下着とか、色々な場所が見え隠れしていて、改め見ると、凄くエロい。
「……」
俺の方を見て、顔を真っ赤にする紅花さん。
「あ、あははー……」
そして、そんな紅花さんを見て、顔を赤らめながら、乾いた笑いをもらす八木カナ。
「……俺、道場の方で待ってるよ」
「そ、そうしてくれると、助かるかなー?」
自然と、口からはそう出ていた。
だいたい、あんな空気の中、堂々と居座れる程、俺は空気の読めない男じゃ、ない。
──道場の方は、結構寒かったな。
そう思いながら、俺は、妙に興奮してしまった頭を沈める為、二人が来るまでの間、道場の真ん中で黙想していたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、お待たせしました」
多少高めの声で、シャワーでも浴びたのだろうか、上気した顔で、道着を着て戻ってきた紅花さんが、俺の前でお辞儀をした。
その格好と仕草に、この前の事を思いだし、ついつい体を強ばらせてしまった。
一方の八木カナだが、目を泳がせながら苦笑いなんてしている。……お前のその態度は何なんだ。
二人が持ってきた湯飲みやお茶請けを中心に置き、隅っこに積んであった座布団を敷けば、まるで茶の間へと早変わり、なんて。
「あはははー……さっきは、お見苦しいモノを」
それは、特に、お前が言ってはいけないだろうが。
そう思いはしたが、二人の為に、まだ言わないでおこう。
「ともかく、コウからは大体聞いたよ。……その、さ。色々あったみたいだね」
「うん。一応、くぅにも会えた」
「えっ──?」
八木カナではなく、その声は、何故だか、紅花さんから発せられていた。
「あれ、紅花さんには言ってなかったっけ?」
「いえ……聞いてないですけど……。戻って来た時には、お一人でしたし」
てっきり、あの時に言ったものだと思っていたが、どうやら教えていなかったようだ。
「追いかけて直ぐに見付けたんだ。その後少し話はできたけど、『今は帰れない』、って」
「そう、だったんですか」
俺が、彼女を見付ける事ができた割に引き留める事ができなかったのは、どうやら二人、特に紅花さんにとって、結構なショックだったらしい。
空気は重くなってしまったが、二人の思いの大きさに、ちょっと感動してしまった。
「とりあえず、さ!しばらくはくぅを探すの、止めることにするよ」
「「えっ?」」
自分でもちょっと、不思議な事を言ってしまった感じはする。それ以上に、二人の反応が良かったのだが。
間の抜けた返事の後、その後の言葉を促されるように、二人からじっと見られてしまう。
「くぅは、『今は、』って言ってた。だから、今はダメなんだと思う。それはいくら俺達が足掻こうとしてもなんだとも思う。
だったら待とう、って考えたんだ。その"時"ってのをさ」
「それで……いいんですか?」
そんな俺の決意に、多分、気遣ってのことだろう、紅花さんは俺に確認をしてくる。
だから一度、力強く頷いて肯定した。
「そう、したいんだ。
けど──多分、いや絶対、紅花さん達のチカラは必要になってくる。俺だけじゃ、こっちの世界は広すぎる。だから……また、協力して下さいっ!」
精一杯の気持ちを込めて頭を下げる。
暫しの沈黙。二人の顔は分からなかった。驚いているのか、はたまた呆れているのか──
「ぷっ」
「……へ?」
緊張は、また意外にも紅花さんが吹き出したことで、変に崩れてしまった。
今日の紅花さんは、何か変だ。具体的に、と言われると、何とは言い返せないんだけど。
「礼於さん、変な事、言わないで下さい。
私が貴方に協力してるのは、私が貴方に協力したいから、なんですよ?だから、礼於さんが頭を下げる必要なんて、最初っから無いんです。
それに、私もまだ、あの方に会えていませんよ?」
呆れてる様な、それでいて面白げに。怒っている様な、それでいて笑っている様に。だけど、視線だけは、真っ直ぐに俺の目を捉えていた。
「私の方こそ。これからも、宜しくお願いします、礼於さん」
その一言一言が強く響いた。
逆に不安になる。こんなに心強くて、俺には勿体無い仲間がいて、本当に良かったのか?
「──ま。どーせ私も協力しなきゃダメそうだし。コウがやるなら私もやるよー」
八木カナが、紅花さんに続いてそう言ってくれた。
口調こそ嫌々に聞こえなくもないけど、こいつの事だ。口元が弧を描いてるってことは、否定的じゃ、ないと思ってもいいのかな。
「……二人とも。本当に、ありがとう」
もう、そうして再び頭を下げるしかなかった。
ほんのちょっぴり頬に力が入ってしまうのと同時、涙が出てしまった
「だ、だから、私はコウが──」
自分にまで当てられたのが不満なのか、それとも照れてるだけなのか。
予想できなかった訳じゃないけど、八木カナはぶつぶつと言ってそっぽを向いてしまった。
その様子を見て紅花さんが笑い出したものだから、俺もつられて、吹き出してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「"リン"、ね~」
あの後、紅花さんの家の風呂場を借りることになった。流石に、あんなに汚れていては色々と問題があるから、と紅花さんに言われたからだ。
……血だらけの制服で──俺が渡したものとは言え──帰ってきた割に、いや、だからこそ言われたのかもしれないけど。
Yシャツはともかく、ズボンは洗ってもらい、次いでドライヤーで乾かしてもらった。
まあ、これだけ傷んでるんだし、最悪買い替えないといけないな。
風呂場は独特の木の匂いと、紅花さんが使ってるシャンプーか何かの、甘い匂いが漂っていた。
それで、場所を客間へと戻して、紅花さんに夕食をご馳走になり(八木カナは既に寮で、早めの夕食を取っていたらしいが)、その後、今日のことを話し合うことになった。
「ああ、確かそんな風に言ってた。
聞いたことはあるか?」
「ないかなぁ。
──と言うか、橘さんにはLIMについては結構聞いたけど、本人の事なんてほとんど無いし」
「そっか……」
その割に、紅花さんの情報──仮面が弱点なことは向こうに聞かれてるんだから、どうしようもない。
それだって、LIM化した事を伝える為に仕方なく言ったことだろうに。──あれ、ちょっと待て。そもそも、どうしてアイツなんかに知れわたったんだ?
気になって、それを聞いてみる。
「"コウがおかしい"って呟いてたの、聞かれたみたいだよ?
で、食い付くように聞いてくるもんだから、その状況を説明したら、色々と教えてくれたってワケ」
なるほど。
しかし、普通そんなこと呟くだろうか?……八木カナだからだろうか。
「とにかく、その二人については、特に女の子の方は警戒しておこう。こっちから動かなきゃ大丈夫だとは思うけど」
頷く二人。
橘幾斗──LIM化した時は、本人とは似ても似つかない程に変わり果ててた。いや、アレはもう、同じ人間だと、直ぐには分からないだろう。
俺が見たのと、紅花さんの証言から、橘の能力はナイフを無尽蔵に増やして、しかも自在に操るものだと判った。
俺が直接闘うことは無いかもしれない──そもそも、対峙した瞬間に殺られてそうだが──けど、厄介なものに違いない。
そしてもう一人、"リン"と呼ばれた少女。
その姿はさながら、天使そのまんま。けど、その能力は悪魔の様だった。
羽根を飛ばしてきて、その攻撃を受ければ、自然には回復しない、というのだ。
紅花さんの能力故に大丈夫だったとは言え、LIMじゃない俺や、勿論八木カナだってそんなもの、食らうわけにはいかない。その意味からすると、橘以上に厄介なのかもしれない。
第一、あの橘が、あんなに狼狽えてたんだ。弱い訳がない。今後出くわしたくない人物No.1だ。
「──それにしても、紅花さんの能力って凄いよね。『直らない』って言われた傷も、直ぐに治ったんだからさ」
しかも、瞬きするほどの一瞬で。
くぅがLIM化した時も同じ様に、一瞬で治っていたのも、ふと連想させてくれる。
「あーけど、決定的なデメリットもあるんだよ?」
「え、そうなの?」
以外なことを八木カナが言い出したものだから紅花さんに顔を向けると、一度深く頷いて、それを肯定されてしまう。
「はい、この能力はLIM化の解ける瞬間限定ですし……何より、LIM化中の傷しか治らないんです」
解ける瞬間、と言うのは分かっていたが、LIM化中の傷しかってのは、どうゆうことだ?
そう思っていると、八木カナから解説が飛んできた。
「解りやすく言うと、例えばコウが今怪我してLIM化しても、終わった時にその傷は治ってない、ってこと」
「だから、それってどうゆうことなんだ?」
全然、解りやすくないと思うんだが……。
「あれ、コウ、説明ってしてないの?」
「えと、うん。私の能力は」
そこでジトー、と睨まれても困る。
と言うか、困ったら直ぐにその顔を──カナフェイスを向けられると、非情に、こっちも困るからやめてほしい。
メンドクサイ、なんて呟きながら、実に律儀にも説明しだしてくれたのだが、これはこいつの性格だから仕方無いのだろうか?
「じゃ、説明するけど。
治癒力が上がるってことは、今怪我してもLIM化すればすぐに治るって事なの。それは、分かるよね」
頷く。
要するに、LIM化中だろうが、そうで無かろうが、治癒力が上がってしまえば根本的に大差無いってことだろう。
それくらいなら簡単に理解できる。
「例えばですけど」
次は八木カナからではなく、紅花さん本人から説明がきた。
「私がここに、火傷をしたとします」
そう言って、左手の人差し指を俺に向けてくる。
細くて、意外にも長めなその指を目の前に付き出されて、ちょっとだけドキっとしてしまった。
「もし解放──LIM化したら、確かにここの火傷は、すぐ治ります。……けど、解けた時に、全く同じ火傷がここに現れるんです。
だから、厳密には"回復"、と言うより"修復"と言った方が正しいのかもしれませんね。または、"元の状態へと戻る"とか」
「なるほど……そうゆうことなのか」
「だから、確かにタイムリミットによる回復不足とかは無いけど、代わりに普通の時に奇襲でもされたなら、下手したらそのまま御陀仏、ってワケ。
解った?」
だいたい解った。解ったのだが、何故説明の大半を紅花さんにさせといて、締めはお前がするんだ。しかも偉そうに。
……それと、御陀仏とか、物騒なことは冗談でも心臓に悪い。本人たちは気にしてないようだけど。
「でも何だか、そう聞くと紅花さんって普通のLIMとは逆、って感じがするよね」
「逆、ですか?──言い得て妙、かもしれませんね」
「名付けて、"カメリアンLIM"っ!!」
突然、八木カナが高らかに何かを宣言した。
何?カメレオン?
「あ、あれぇ?もしかして、滑った?」
滑るも何もない。
俺も紅花さんも、突然の宣言に、反応できないでいた。
「い、いや~、折角だからコウの能力に名前を付けてみたんだけどなぁ……」
「カナちゃん、ネーミングセンス──」
「言わないでっ!言ってからどうかとは思ったからっ!」
あ、自覚はしてたんだな。
「な、何よっ!他に何かいい名前でも付けられるのっ!?」
「いや、少なくとも、カメレオンよりはマシになるだろ」
「カメリアンっ!あ、あんな気持ち悪いのと一緒にしないで!
……だいたい、そこまで言うなら代わりに付けてみてよっ」
紅花さんの能力の名前、ねぇ。
LIM化の終わりに、全部元通りになる、んだよな。それって、まるで日の入りした後の太陽みたいだ。元通りまた、昇ってくる。
そう言えば、紅花さんが仲間になってくれたのも、今日も、真っ紅な夕日だった──
「それじゃ、"紅の日の入り"なんてどうだろう?」
「"紅の日の入り"……ですか?」
「うっわ、すっごくダ──」
「良いですね、それ!」
「え、え~……」
八木カナには不評なようだが、紅花さんは予想以上に食い付いてきてくれた。
うん、俺も、結構良い名付けしたなと思っていたんだ。そう切り返されると、かなり嬉しい。……八木カナの反応は嬉しくないが。
(コウもしかして、単純に、峰渡君が名付けたからじゃ──)
「何か言ったか?」
「いやいやっ!
で、何でそんな、名前にしたの?」
今わ"名前"の前の溜めに、「ダッサイ」と聞こえた気がしなくもないが、あえて無視させてもらうことにした。
「紅花さんの能力のタイミングを夕日、後は紅花さんと太陽を掛けてみたんだ。
……それに、その能力を見た時ちょうど、太陽が沈みきる直前だったからさ。それと仲間になってくれた時も」
「太陽、って──言ってて恥ずかしくない?」
そんなことは無いと思う。
紅花さんも、顔を紅くして俯いているし……そんなに恥ずかしいことを言ってしまったのか、俺は?
「ま、でもそんな理由なら、私は茶々入れられないかなぁ」
少なくとも、カメレオンよりはよっぽどいいと思う。あれ?カメリオン、だったか?
「でもさ、理由はともかく、やっぱりその名前は言ってて恥ずかしくならないの?」
「だから、何が?」
むしろ、凄く上手いこと言ったと思っている。
「こ、コウも、この名前は恥ずかしいよねっ?!」
「え、えと、……恥ずかしくは──」
「ごめん、コウには聞いても無駄だったね」
騒ぐだけ騒いどいて、溜め息ついたと思えば座り直して、まだ熱々なお茶をイッキ飲みしてしまう。
勿論、八木カナは前に見た時と同じ様な反応をしたのだが、紅花さんも見慣れているのか、それを見ても特に何も言わなかった。
これは、こいつの癖なのか?
「まぁ、コウの能力も名付けた事だし、橘さん達が敵かもしれないって分かった訳だし……。
今日は解散でいいよね」
じゃあねー、と手をヒラヒラさせて、やけにダルそうに──彼女自身のせいだろうけど──部屋を出ていった八木カナ。
帰る場所は同じだし、待っててくれてもいいのに、と思ってしまった。
「心配してくれてるんですよ、あれでも」
俺が怪訝そうな顔を向けていたからか、紅花さんは
「そうなのかなぁ?」
「えぇ。カナちゃんは、無理矢理雰囲気を明るくしようとしただけですよ。だから、少しは大目に見てあげて下さいね?」
その目付きや口調から、紅花さんと八木カナはただの友達と言うより……そう、姉妹の、妹でも見守る様な感じに思えた。
「……さて、そろそろ私達も解散しましょうか」
「そうだね」
八木カナが帰り、俺がお茶を飲み終えたのを見計らってか、紅花さんがそう提案した。
時計は七時半を差していて、確かに良い頃合いになっていた。
それでふと気付くと、今、俺は女の子の、しかも学年随一の美少女の家に居て、かつ二人きりなんて状況になっていた。……いや、ここで変な気を持ったりはできなそうだけど。
「……そう言えば、さっき八木カナに聞いたんだけど!この家の玄関って随分とハイテクなんだね?
まさか、いつの間にか俺の指紋まで登録されてるとは思わなかったよ」
変な気持ちを紛らわせるために言ったから、ちょっと声が裏返ってしまった。
「ハイテクって…………何かありましたか?それに指紋、ですか?」
あれ、どういうことだ?何だか通じてないようだが……。
「玄関が指紋認証のシステムになってる、って八木に聞いたんだけど、違うの?試しに真ん中ら辺から開けようとしたら開かなかったけど」
「ああ、そのことですか。あの引き戸、ちょっとおかしくなってるんですよ。
取手のトコ以外を引いても、どうやら下の方が引っ掛かって開かなくなっちゃったらしいんですけど……」
やっと通じたようだ。が、どうやらアレはデマだったらしい。……あいつ、騙しやがって。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ただいまー」
「だから、何度言ったら分かる──」
「れ、レオ!助けてくれっ!!」
「ちょっとお兄っ!聞いてる……の?」
部屋に上がるや否や、ピリピリとした空気と、涙顔のショージが俺のことを出迎えてくれた。
と言うか、誰だろう、この眼鏡ッ娘は?
「いっつ・わいるだー……?」
「え?」
言われて、改めて自分の服を見てみる。
元々買い替えるつもりはあっただけに、かなりボロボロになっている。
血の跡は染みになってるし、砂に擦れたのか、所々が擦りきれかけてる。ズボンなんてそれが顕著になってる。
それでもお風呂借りたりもしてるし、"ワイルド"では、ないと思うんだけど……
それよりもこの二人だ。
どうやら、何か言い争っていたみたいだが──
「もしかして、お邪魔だったか?」
「いえいえいえ!全っ然っ!まっったく!そんなことありませんよっ!!」
だが俺の気遣いは必要なかったらしく、何故だか女の子の方に、必至に否定される。
……と言うか、君は誰なんだよ。
「あ、アタシ、多々良真葵って言います!真実の真に、葵、です!宜しくですっ!えっとぉー……?」
顔に出てたのか、また随分とハキハキと自己紹介される。
「あぁ、俺は峰渡礼於──」
「レオセンパイ、ですか……っ!宜しくお願いしますっ!」
言い終わる前に、また随分と馴れ馴れしく──と言うか、『多々良』……?
「えっと、もしかして、妹……?」
首を縦に振っての肯定。しかし苦虫を噛み潰したかのような表情で。……まぁ、だいたい状況は分かったさ。
「──それじゃお兄っ!レオセンパイっ!またっ!」
シュタっ、と効果音が付きそうな敬礼をすると、またいきなり帰って行ってしまった。
とりあえず、用事は途中だったんじゃないのか?
「ショージ、いい加減離れてくれ」
「あ、スマン」
また忙しくなりそうだ……。
そんな、今は疲れてどーでもよくなった事を、その時は思いながらいた。