lim1:Encount You
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※作者はプロではありません。ただのプロ志望(←え?)です。アドバイス、感想等、お待ちしております。てか、感想ぷりーっず!
※多少表現が危ない場合がございます(R15指定は、セクシャルではなく(いや、多少は入りますよ?)、グロテスクの方の危惧を予想して)。心臓や頭が極度に悪い方はご遠慮下さい。
※途中、空腹音が鳴っても決して隣の人に噛みつかないで下さい。大変迷惑になる場合があります。
"ぐぅぅぅ──"
そんな、聞くだけなら情けない音が、一人の少女から発せられていた。
しかしその主は、空腹、あるいは胃腸の不具合とか、そう言った類いを示しているだけではないだろう。
山道を抜け、森、林を渡り、或いは、深夜の街をひそひそと走り抜けた。それによって今まで蓄えられてきた、その疲労が、彼女を襲っていたのだろう。
……最も、今までもずっと疲労と空腹に悩まされながら来たのだから、別段、それは特別な状況じゃなかった。よくあること、なのだから。
サバイバルの知識はそれなりにあるのか、食用の草花、生物を捕って。
又は、街の角の、残り物を漁って。
しかしそれにしても、彼女の格好は不自然と目立つ。
純白、と言うには、少々汚れが目立つのだが、タイツの様なピッタリとした衣装に身を包み、更に肩、肘、手の甲、胸、腰、膝、足と要所々々に鎧の様な金具が取り付けられていた。
そして決定打は、脇に抱えている剣だ。
中世の騎士とかが構えていそうな雰囲気はあるのだが、それにしては少女の格好はあまりにも軽装過ぎる。正直、不釣り合いだろう。
それとあえて公言しておくが、ここは現代日本、しかも関東と、割と都会な場所、その周辺の、割と大きい公園の一角だ。
勿論、この少女が誰かに見付かろう物なら、いいとこ可哀想なヒトとして、ネタにされる程度だろうか。
「ヴゥ、ア゛ァァアアガッ……!!」
「っ!!」
もう一度言おう、ここは現代日本だ。
……まあ確かに、中には訳もなく叫びだす人もいるだろう。特にそれは、都会に近付くほど、その類いは増えてゆくのかもしれない。
夜中の都心なんて、ちょっと奥まった所に足を向ければ、そんな類いは、見たくなくとも見ることだってありうる。
が、その突然の叫びが聞こえたのは、日が落ちてまだそれほども経っていない刻だ。早い。
それだけではなかった。足音や息遣い、そして何よりその雰囲気、空気が、その人物が普通のヒトではないと、明確に表していた。
そんな、危険な空気を察したのか──その少女の格好が既に、その状況に合う程に危険ではあるが──脇に抱えていた剣を杖にして、その場を離れようとする。
「あ……っ」
だが、踏み出した足は木の根を蹴り、その体は前へとつんのめる。
ドサッと、その装備のせいか、意外と大きな音を上げてしまい、それは相手に気付かれるには十分だったのだろう。
化け物じみたソレは、向きを反転させ、少女の方へと近付いていった。
とても、変な顔。
低めで、それでも元が割と高い声なのか、それはまるで、猿が度肝を抜かれたような、それともにらめっこでもしたかのような。そんな滑稽さを表面に出していた。
そして印象的な、真っ紅な髪。
その奇天烈な見た目に──何度も言うが、この少女だって十二分に奇天烈である──恐怖したからか、立ち上がった少女は剣へと手をかける。
近付くその影に、嚇しのつもりだったのだろう。
その、不格好で脚も震えているものでも相手にとっては、だが臨戦態勢でしかなかったようだ、数メートルあった距離が、一瞬で縮まる。それほどまでに鋭く、また急な飛び込み、そして突進だった。
彼女が一瞬の瞬きの後見たその顔は、仮面であったこと。
それと、大きく振り上げられた腕には、日本の鎧の籠手のような、拳に棘が埋め込まれた武器が嵌められていたいたこと。
それらが確認はできただろうか。
「きゃ──っ!」
あからさま顔面を狙ってのパンチだったからか、なんとかその一撃を弾く。……いや、逆に弾かれたと言ったらいいのか。
一撃が予想外に重いらしく、両手で、降るようにして防いだ剣をそのまま吹き飛ばすほどだった。
「ガアァァァアアッ!!」
悲鳴のような気合いと共に放たれた、続けての二撃目。
甲に短くも鋭い棘を生やしたその拳は、その華奢な頭へと吸い込まれていった。
障害無く直進したそれは、一撃で原型を崩す。それでも二回、三回、四、五……──
最期、頭を杭で止められた藁人形と化した彼女は、腕を引き抜くと同時、ブリキの人形の様に地面へと崩れ落ちた。
踵を返しゆったりとした足取りで、籠手から、その髪と同じ、真っ紅な血を滴ながら、彼女は歩み出した。
当然、後ろで何が行われているか、確認することはなく。
やられた筈の少女が立ち上がった。
「──貴女、暴走してるでしょう?」
聞こえる訳のない背後からの声に、しかし特に驚いた様子もなく振り返る。
もし、彼女の言うところの"暴走"でもしているのなら、もしかしたら驚くという行為ができなかったのかもしれないが。
「ア゛ァァアア!!」
咆哮一閃、すると再び空いた十数メートルの距離がゼロになる。
先程の剣もなく、数瞬後には命がないであろう状況で、今度は揺れることはなかった。それどころか、余裕にも目を細めるその表情はどこか、微笑みすら感じられる。
「今、助けてあげるから──」
そう言葉を発した直後、木を軸にして大きく左へと回り込み、跳躍。
その時に足払いされてバランスを崩したのか、紅い少女は、その拳を大きく木へとめり込ませてしまう。
その隙に白い少女は飛ばされてしまった自分の武器を拾い、半身を切り、その大きな剣を片手で軽々と構えたのだ。
何故だか、先に構えた時と全く同じ姿に直っていたのだが、その構えは、先の構えとは全く違う、一切の隙が無かった。
それこそ、正に"別人"のように。
木の幹に突き刺さった拳を引き抜き再び、外れてしまった標的へと拳を構え、直進する。
それを『白』は、すんでのところで横にずれ、元の自分の立っていた場所を、横凪ぎに斬る。所謂、日本剣道での"抜き胴"と呼ばれる技に近いだろうか?
しかしあろうことか、『紅』は直前で急ブレーキをかけ左拳で剣を抑え、更に振られた勢いと、そこに撃ち込んだ右拳の勢いをそのまま使い後方へと大きく跳躍したのだ。──相当な無茶苦茶だ。
その、普通は出来ない芸当の一連の流れを見たためか、『白』は、一度距離を取り直し体制を整える。
『紅』もそれに倣ったか、直ぐには攻撃してくる様子は見られない。"暴走"とやらはしていても、彼女が戦闘を軽んじていないのが、そこから伺えた。
「……貴女とは、暴走していない時に交えたかった」
そう、目の前に構える、紅い少女へと話し掛けるのだが、また低く唸るだけで何も答えていないも同然だ。
「うん、分かってる」
それでも、何かを伝えたい、という気持ちが伝わったのか、少女は相槌を打つ。
本当に言葉が通じていようか?本当に分かっているのだろうか?
だが今のでお互いの実力が知れたのは事実らしい。二人とも、低く、そして力強く構え直す。
鋒は胸に、拳は頭に──
それぞれに狙いを据えていたその状態は、『白』が動き出すことで崩れる。だが、その後の動きに、『紅』は動き出すことができなかった。
それは単に彼女のスピードが速まっただけではなく、その鋒から表れた四本の蔓が、彼女の四肢をそれぞれ絡め捕ったからだろう。
そして心臓と剣の距離が、一瞬でゼロとなった。
「宿り──」
「暗い!」
「──っ!!」
止めの一撃は、しかし、またしても突然、十数メートル先から発せられた叫びにより中断させられてしまった。
普段なら、そんなものに気を止めることはないだろう──そもそも、戦闘途中で意識を反らすことが普通ではないだろう。
だが、その少年の発した声は、彼女の手を止めるには十分なモノだったらしい。
──『もう、暗くなっちゃったな』──
「……ちがう」
それどころか、対照を視界から外す。
頭の中に流れるテロップに、大きく意識を持っていかれたのだ。
「ちがう、ちがう……っ!こんな──」
「ゥガァッ!!」
「!?」
気の迷い。その少しの隙を見逃される訳もなく、『紅』は蔓を引きちぎり、距離を置くべく後退する。
それに気付き追い討ちをかけるも、『白』にはもう、先程までのような覇気は無く、つい一瞬前に見せた瞬速も、的を正確に射抜く剣技も、四肢を抑える蔓も、まるで嘘のように見受けられなかった。
そんな心境にも関わらず、『紅』は、ここぞとばかりに予想外の技を繰り出してくる。
──衝撃波。
今『紅』が繰り出したものは、そう呼称するのが良いだろうか?
勿論、そんな技に反応できる訳もなく、攻撃を防ごうとした拍子、まだ当たってもいない内、彼女の体は大きく吹き飛ばされれしまったのだ。
「くっ……!」
「!?──ヒト……?」
そして吹き飛ばされた先には、声を発しただろう少年が立ち竦んでいた。
今ので、巻き込まれてしまったのだ。
「しまった──」
その偶然の部外者を視界に入れ『紅』は、その大きな拳を振りかざす。
──『んー、じゃ、お前は今日から────だ。さっきマンガに書いてあった名前のパクりだけど、カッコイイだろっ?』──
「うん、……カッコいい」
少年を視界に捉えたことでまた起こったフラッシュバックに、少女は、独り言を呟くように答える。
少年と拳の距離、実に一寸。
目を瞑っていたために、前髪を流したのがただの風か、それとも拳圧かは分からなかっただろう。
そんな、本当にギリギリのところでその拳を止めていたのは勿論、『白』が鋒から出してた蔓だった。
止められているその腕には、蔓が無茶苦茶に巻かれてはいるが、それでも止めているのには相当な力が必要だったのだろう。柄を握るその手は力み過ぎで痙攣し、こめかみには血管が浮き出てきている。
「って、ホントに止まってる?」
それでも少年は、いや見ていなかったからこそ、そんな素っ頓狂な声を上げるだけで固まってしまった。
「早く……逃げ、て……!」
「え、あ、あぁ!」
『白』が必死の形相で彼を促し、それでやっとその場からの部外者がいなくなる。
瞬間、いったい気温は何度か下がっただろうか?それほどまでに、彼女の顔には顕著な怒りが──何に対する怒りか、それは柄を握る指に活を入れ、蔓は腕を絞め上げていった。
「ギァァアアッ!!!」
力は弱まるどころか、万力の如く更に強まってゆく。彼女が力を強める度、蔓はその腕から醜い旋律を奏でる。
そこまできて限界を感じたからか、『紅』は、絞められ、形を歪めてしまった自分の右腕を、関節から叩き割り、引きちぎった。
腕を犠牲にしてやっと動けるようになった彼女は、一目散にその場から逃げ出すのだった。
「逃がさなっ──!?」
一方の『白』は、立ち上がろうとして、やっと気付いたらしい。
彼女は敵に吹き飛ばされ、地面へと転がった時から両足が折れているのだ。
そして剣を杖にしようとしてまた気付いたらしい。柄を強く握りしめ過ぎて、その指が、指として機能していないことに。
仕方なく、彼女の体が動けるようになるまで近くの木の幹に寄りかかって休んむのだが、最低限立てる程まで回復するだけでも、思いの外時間が掛かったらしい。
そこから分かることとして、無理をし過ぎたのは外側だけでなく内側も、だったのだ。勿論その頃には相手の姿は見える訳もない。
「れお……」
そして立ち上がった数秒後、彼女の口からは一人の名前が呟かれる。
のろのろと歩みを進める彼女には先程のような覇気は全く感じられず、だがその道程には、今までのような迷いはなかった。
話は、物語が動き出す数時間前へと……──
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……──
「何故、俺はこんなところにいる……?」
「し、知らね~よ!俺が聞きてぇっての!」
そこは監獄だった。
……少なくとも俺たちには、と付け加えたいのも山々だが、隣にいる彼はコレの原因だ。
「大体、あんな所に誰か居るんだって分かってたら行かなかったよ!」
虚しく響く、分かっていたら論。
「はいはい、アンタら何で"こんなところ"に来てるのか、しっかり分かってんのよねぇ?」
「いや、俺は分からないです。コイツに拉致されてただけですから。」
「テンメェ、裏切る気か!?」
裏切るも何も無いと思う。むしろ最初に裏切られたのって俺じゃないのか?
「だから、アンタら同罪なの。……分かってんの?」
そして下される、至極真っ当な教師の言葉。つまりここは職員室なのだ。
弁解をさせてもらえば、俺に至ってはただ"巻き込まれた"だけなのだ。
実際、そこで尋問されてるショージ──多々良尚司、悲しくも友人だ──に、「イイモン見せてやるよ」と言われたからついて行っただけだった。それがこの様。……弁明なんて意味は成さなかったのだが。
「反省文……何枚にしとく?因みに言っておくと、反省文の基準は十枚」
「分かったよ書けばいいんだろ、十枚!」
そしてニヤリ、と背筋に悪寒が走る笑みをされる。嫌な予感しかしない。
「ん~惜しいっ!あたしが予想してたのに五枚足りないっ!!
ってことで二十枚ね」
「はぁ?!」
「だから俺は──」
と、さっきから言っている事を言おうとして止まってしまう。ああ聞いてくれないだろうな、この人は、と思ったからなのだが。
「俺は、──何?厳しく聞こえても、アンタらの将来を心配してのことなの。それも分かってる?」
案の定釘を刺されるが、そう言われるとキツイ。
いくらやってることはヒドくても、一応担任教師なのだ、心配等と言われれば何も言い返すことなんてできやしない。
「まぁ?覗きなんてやって、見付かるようじゃまだまだ大した人間になれてない証拠だけどねっ」
「ちょっ──!」
そしてけらけらと笑いだすシイナ先生──八木シイナ。女性だが男子生徒からは友達感覚に扱われるような先生で悪い人じゃない。……はず。──を見て、どうしても言っておきたいことが浮かんでしまった。
──それが教師の言う言葉か、おい。
「ホンット、多々良はともかく峰渡はもっと、ちゃんとした友人選びなさい?例えばカナみたいな」
その"カナ"って奴の話題を出した途端、今度は違う意味でニヤリとした顔を浮かべるシイナ先生。
ついでにそいつの事を説明しておけば、カナってのは八木カナ。名字の通りだがシイナ先生の実の妹で、俺たちの同級生。クラスはお隣A組で、学級委員なんてのも勤めてる。
「俺はともかく、ってなんだよ!レオだって何も、嫌々俺とつるんでるわけじゃねーだろ?!」
「まぁ……ね。それに先生には悪いですけど、八木さんはちょっと苦手なんで……」
どうも堅物イメージが強いのと、クラスも違って関わりが殆ど無いこと。後はこの人の妹だから近寄り難いのだ。
「まいいや。とにかく、二人は今日は居残り。反省文書き終わるまで帰んなよ!」
「「はーい」」
そんなこんなで、俺達二人は放課後を潰すことが決定したみたいだった。
ここ、私立六花園学園高等学校は、実績もそんな大したことのない、その割りに地元じゃ割と名のある進学校だ。ちょっとした住宅街の側にあるからなのか入りやすいレベルの進学校だからか、生徒数も千人弱と中々に多い。
そんな俺は後一月も待たず、そう、コイツが更衣室の覗きなんて提案さえしなければ、平和に一年生生活を終了できたのだ。……せめて、言うだけは言わせてくれ。今までだって散々巻き込まれただけなんだから。
──まぁ、今回だって、結局そこまで大事にならなかったこと、俺は見られてないこと等々が重なってくれたお陰で反省文二十枚で済んでいるんだけど。
学生寮もある。住宅街、ってのが一番の理由だろうけど、入寮者は数十人といない。ショージとはそこで相部屋という仲だったりする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「早くしろよ、先帰っちまうぞ」
もう三十分も前に書き終わったショージに急かされていた。
「そんな事言われたって、書くことが無いんだよ」
「んなもん、"女子更衣室を覗いてごめんなさい、もうしません"みたいにテキトーに書いておけって!」
確かにしようとしていたのかもしれないけど、そんな事実はないし、認めたくない。
……だいたい、ショージが怒られるのは当然として俺は理不尽に怒られているんだぞ?反省文を書く気なんて一切、起きやしない。
そんなんだから、遅くなりそうだから先帰っててくれ、と伝えるとなんとも軽い足取りで教室を出て行ってしまったショージ。ヒトの事は言えた義理ではないが、まったく薄情なダチだ。
しかし本当にどうしようか。いっそ"もう尚司君のような悪友に捕まらないように気を付けます"とでも書いてやろうか?
「まだ残ってる人がいたの?
はぁ……もう下校時刻とっくに過ぎてますよー」
暫くうんうんと悩んでいるたから、突然入口の方から声をかけらた時には驚いてしまった。
日も落ちていたし、部活動時間もとっくに過ぎていただけに、用務員でもない人に声をかけられるのはかなり意外だった。
「八木カナ……」
この、いかにも真面目ですオーラを出した女子がシイナ先生の妹の八木カナ。
見た目……と言うよりは表情が物語ってるとは思うけど、結構な堅物だろう。まぁ、ルックスだけならシイナ先生とは真逆の──甘栗色のサイドテール、そして低身長が相まって"仔犬みたいで可愛いらしい"と、特に女子から人気らしい──存在ではあるものの、中身は……いや、真逆だな。確かに面識が薄いのもあって俺は苦手意識を拭えないでいる。と言うか、この人が男子を妙に厳しく見すぎ、との噂があるんたが。ショージなんて、フツーに歩いてるだけで白い目向けられてたし。
左腕に着けてある腕章を見るに、生徒会の活動か何かだろう。前に、副会長当選していたのを思い出す。ま、ご苦労なこった、ってね。
「シイナ先生に言われてな、居残りだよ」
と、まだまっさらなままの原稿用紙をひらつかせてみる。流石にすぐにソレと判ったのだろう、大きなため息をつかれる。
「あなた、何かやらかしたのね。……お姉ち──八木先生には私から言っておくから、もう帰ってちょうだい。遅くなると親御さんもご心配されるでしょうし」
言ってることはやけに真面目だが、言ってる内容は予想外に優しかった。
ちょっと意外。この人のことだ、「馬鹿なの?」くらいの言葉は容赦してたんだが、飽きれ半分にも心配の色を含めてくれているようだ。まさか……?
「お前、俺の事好きなのか?」
ちょっと真面目な顔で言ってみた。
「なっ……──っ!!」
言った途端、見る見る内に顔が真っ赤になってゆく。
ま、そりゃないよな。流石にこれは逆鱗に触れたか。
やってしまったなぁ、なんて多少の後悔と、もうどうにでも無くなれと思って回していたペンを机に放り投げる。そして雲行きだけは刻々と悪くな──
「どどど、どうしてしょうなるのっ?!」
っていくどころか、予想外に八木カナは取り乱していた?!
凄く慌ててるし、噛んでるし。なんだか逆に罪悪感に捕らわれる羽目になってしまった。こう言った冗談に弱いのか?
「冗談だって。それと、俺、そこだから」
廊下側の窓から見える、校舎裏にある建物を指差す。
素っ気なく振る舞おうと、咳払いをした後にあっそ、なんて言って教室を出ていく副会長サマ。最後に見えた顔の赤さはきっと、羞恥によるものだけじゃないってことはよく解った。……後が怖いな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、あの後延々と時間を食いつぶした挙げ句、提出しに戻って来てみればシイナ先生は先に帰ってしまってたらしい。他の先生に聞けば、八木カナが報告に来た後に帰って行ったらしいが。──仕返しなのか?
急いで寮に帰ると丁度、おばちゃんが食堂の窓口を閉めたところだった。シャッターを叩いて呼んでみたのだが、見事に無視されてしまった。……ここ、時間にだけは厳しいんだよな。
それで結局、近場のコンビニにお世話になることを決めたのだった。勿論夜の外出には基本的に届け出が必要だが、窓から出ていくから関係ない。
そして肝心のコンビニだが、これまた普通に出ていっても十分ほどかかるのだ。まして俺達が出なきゃいけない場所ってのが
「暗い!」
……のだ、思わず叫びたくなるほどには。
窓伝いに進み、奥の柵を越えると学校裏の公園へと出る。公園も相当に広く、ナントカ森林公園て名前だったはずだ。
そんだけ広いなら外灯の数もそこそこあるだろう?って思うのは当然だけど、生憎寮から出られる場所は林のど真ん中。外灯なんて勿論無いし、道だってあるわけじゃない。灯りが無ければ目印も無い、俺も慣れるまでは何回か遭難しかけたこともあるほどだ。
そんな中、月明かりと遠くの外灯に照らされて何かがうっすらと見えてくる。よくよく耳を済ませば妙な金属音も、そこから聞こえてくる。
気になって近付いてみると何かが戦っているかのような……
「なんだよ、あれ」
近付くにつれ、だんだんとそれが人影ではないかと思えるようになってくる。けどもし、これが人の動きだとしよう。それって少年漫画とかのバトルシーンじゃないか、馬鹿馬鹿し──
「くっ……!」
「──!?」
けど、突然目の前に転がってきたモノは、誰の目から見ても紛れもなく
「ヒト……?」
だった。
「しまった──」
見惚れてしまっていた。ただ白いと、そう思った。
月明かりに照らされたその真白いそれは、俺の注意力の大半を持っていってしまう。だから、"もう片方"に気付いたのは、その右手に装着された大きな籠手が俺に向かって振り上げられた時だった。
手の甲の辺りからは鋭い針が生えていて、当たったらいかにも痛そうだ。……じゃない、痛いんだ。何考えてるんだろ、俺。
──思えば、今日と言う日は普通に考えても最悪だった。朝遅刻するし、授業中に当てられれば問題に答えられず恥をさらし、昼は狙ってたコロッケパンが売り切れてて、……代わりに買った"購買部の底力パン"──あれは酷かった。そして放課後はショージの奴に付き合ってたら覗き未遂、反省文は届けられず晩飯も抜き。仕舞いには訳もわからず殺されるのか、俺……?
それにしても、目の前の"少女"はまるで止まっているかのようにスローだ。アドレナリンが過分泌すると止まったように遅く感じるらしいが、これがそうなんだろうか。
「って、ホントに止まってる?」
「早く……逃げ、て……!」
「え、あ、あぁ!」
白い少女の顔があまりにも必死で、俺は考えるよりも先に脚を全力で回していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「一体、なんだったんだろ」
ふと手元を見れば、レジ袋にオニギリが3つとペットボトルの麦茶が入っていた。人間、無意識にでも動くことはできるんだなぁ、なんて、変な所に感心してしまった。
何か考えだそうとすると先程の事しか思い浮かばない程には気になってるらしい。
──本当に現実だったのだろうか?
──見間違い?それとも何かの勘違い、思い過ごし?そもそも勘違いしたり思い過ごせるモノだったろうか?
──映画の撮影……にしては、マイクもカメラも、それに、証明が無くちゃ無理、だよな、きっと。
──それじゃ、なんであんな、二人とも俺より断然線も細かったろうに、女の子が戦い合ってたんだ?しかも漫画の中から飛び出してきたかのような戦いを。
そんな考えがループし続ける。自分に妄想癖でもあるのかも、なんて事まで考え出すともはや、苦笑いも出てこない。
だから別に、現実を確かめたかった訳じゃない。誰に云うでもなくそんな事を呟いて、寮までの帰り道からちょっと外れたところへと足を進める。
ここら辺りだろうか?正直こんな広く、目印も無い所じゃ正確な位置なんて分からないだろう。だいたい、本当に暗いし。それでも周りで、さっきのような大事が起きてない事だけははっきりと確認できた。
多分その時は、あの白い少女をもう一目、見たかっただけなのかもしれない。ちょっとした希望と恐怖心を押し込めて、元来た寮の近くの柵をよじ登る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え?」
部屋に入った時に捉えた情報は、もう一度見たかった真っ白な髪と衣装。そして青空のように透き通った瞳と、俺のでもショージのでもなさそうな、
"ぐぅぅぅ……──"
可愛らしいほどには貪欲な、お腹の音だった。
どうやらそれは、俺の希望と恐怖心、そして買ってきた弁当を消し去るには充分過ぎたらしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……食べるか?」
思わず聞いてしまった。
さっき見た表情が、今はこんなにも間抜けに見えるのも不思議だ。
おにぎりを出してやると心なしか、目がキラキラしだしたようにも伺える。そしてそれにそのままかぶり付くと、今度は少しずつ濁った目へと変化してゆく。
「うぇ……」
「違う違う、ここをこう剥くの」
コンビニおにぎりの食べ方をレクチャーするなんて、人間多しと言えども中々にレアだと思う。最近じゃおにぎりを買ったことの無い人は殆どいないんじゃないだろうか?
「ほら、これで食べてみ」
中身を取り出してやっても食べる気配は一向にない。その間にも空腹音は鳴り響く。
仕方なく、さっきこの娘がかじって跡になってしまった部分を口にする。うん、うまい。
その後に残りを差し出してみると、おそるおそるだが口へ運んでいってくれた。パリっ、と効いた海苔の音に一瞬びっくりしつつも
「……うん」
頷いて、二口目、三口目と次々に運ぶ。具を口にしてしかめっ面になってしまうが直ぐに嬉しそうな顔へと変わってゆく。
そして二つ目、三つ目。
「ごちそうさま」
「あぁ、お粗末様」
って、俺の分……──