第2話 芸術と人生の不毛な問答(二)
芸術と人生の不毛な問答(二)
――某月某日――
――昨夜、俺は飲めぬ酒を喰らった。
おかげで今日は頗る気持ちが悪い。何故俺が酒など喰らったのかなど説明の要はないのだが――
――このところ得体のしれぬ痛みと不眠状態が続いている。
*
――先日の事だ、俺は芸術家たちが集う居酒屋に行った。よく行くわけではない。気が向いた時にとか、無性に得体のしれぬ怒りが俺の裡から時々湧き上がる。
――自分でも悪い癖だとおもいつつもそんな時に誰でもいいから論戦をしたくなる……
――その店は十五坪位の広さで既に客は十数人位いた。相変わらず侃々諤々とお互いをののしるような論戦がなされている。店のオーナーは六十歳前後で、自らを詩人と称して自作の詩を自家出版し、店内に置いているが浅薄で観念的な内容である。
で、俺は或る若い二人の論戦を暫く聴いていた。
二人は芸術が人生に何故必要か、何の意味があるのか云々、といった類の内容を論じていた。
A:「君は芸術が人々の魂に与える養分が人生を活気づけるという事を何故認めないのか」
B:「そんな絵に描いたようなもの、人間が好き勝手に表現しているものが魂の養分などとよく言うよ。そりゃあ少しは刺激にはなるかも知れぬが所詮は人間の虚栄心を満たすにすぎぬ」
この手の何処まで話しても交わらぬ会話が延々となされている。どちらにせよお互い負けたくないというつまらぬプライドの戦いに過ぎぬ。
で、俺は二人の会話に割り込んだのだ。
「君たちの話を聴いていたが、二人とも抽象的すぎて噛みあっていない。それと単なる情報知のみで語っている。それでは感情論でしかない。もっと自分自身の言葉で語った方がいいんじゃないの」
俺の発言に二人はふいに怒り狂ったような表情になった。
「で、二人とも何か表現活動はしているの?」
俺の発言はさらに二人に火をつけたようであった。
二人とも多少絵画や言語表現をしているような事をぶつぶつとほざいた。
――これからが益々論戦が激化していくのだか…
A:「あんたは自分の言葉で語れるのか! 語れるのなら語ってみろ!」
B:「そうだ、横から偉そうに僕たちを納得させるように語ってみろ!」
「君たちの話す内容にどんな根拠があるのか、まずそれを聴きたいものだ」
二人の敵となった俺は睨みつけるように言った。
A:「あんたは僕達の話を聴いていたんだろう。だからあんたから話すべきじゃないの」
B:「そうだ、それを先に話してもらおうか」
それで俺は止む無く話す羽目になったのだが、この観念的な知識過剰な二人には通じまいと思ったが、この状態では嫌でも喋るしかなかった。俺から割り込んだ以上は当然でもある。
――俺は眼前の二人にはまともな論理性など微塵も無いと思っていたから敢えて小難しい物言いをしようと思った。
「私が私であって私では無い、しかし私は私として存在する。どうこの意味が理解出来るの? 同じ言葉を何度か繰り返すと混乱するんじゃない。」
俺の吐いた言葉に二人は何が何やらというまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
仮に喧嘩になってもこの俺様は重労働で肉体は鍛えていた。いざとなっても何も問題は無い。俺は生き死にに関わるような状態になると全ての動きがスローモーションのよう見える。これは天性のものだ。
A:「それは言語矛盾だ、オウムの様に同じ言葉を繰り返しただけだろう。馬鹿々々しい。話にならんね」
俺はこの二人がどのような内容の反論をするのかははっきりと分かっている。人間の顔を見れば殆どの事は手に取る様に分かる。これも天性のものだ。眼は口ほどにものを言うというが、瞬時に相手の考えや感じている事など分かる。一般では所謂洞察力というらしい。俺にとっては何の不思議でもないのだが殆どの人々はそうでもないらしい。
――ああ、俺はつまらぬ不毛で論戦にもならぬ話を一時間もしてしまった。無駄にエネルギーを浪費してしまった。無論こんなことは俺にとっては日常的な事なのだが、それで飲めぬ酒を少し飲んだのだ……
――誰だか『肉体が老いる前に精神が老いる』と言っていたが正に殆どの連中がそうだ。肉体即自我という考え方を打破せぬ限りは当然である。




