不死身の悪女は処刑される
「これより、悪女アンジュ・エンカリアの処刑を執り行う!!」
公爵令嬢アンジュは縄で拘束されギロチンの前に立たされていた。
「ああ、恐ろしい……」「この悪女め!」「生まれたことを後悔しろ!!」
処刑場に集まった群衆が口々に罵詈雑言を浴びせ、石を投げる。
「静粛に!!」
アンジュを見下ろしているのはこの国の王太子にしてアンジュの元婚約者。その隣には腹違いの妹がうつむきながらハンカチを目元に当てていた。
「お姉様、救えなくてごめんなさい。でも神のおわす天界で魂を浄化していただいたら、きっと自分の罪の重さを自覚するわ」
「ふふ、私も天界へ行けるのかしら?」
姉を気遣うような言いながら本当はハンカチの影で嘲笑っているのだろう。
しかし先程まで私に石を投げていた群衆は腹違いの妹をまるで聖女かのように崇め称える。姉とはいえ悪女を憐れんで涙を流すなんてなんて慈悲深いお方だ、と。
しかし、この女は数年をかけて「腹違いの姉に疎まれいじめられる可哀想な妹」を演じ、周囲の同情を獲得していった。そして、それと反比例するように周りからのアンジュの評価は下がってゆく。
「ねえあなた、私あなたのことが気に入ったわ。だってわざわざ弱い女を演じるなんて私にはない発想だもの」
アンジュは妹に話しかける。
「上から目線で生意気な!」
「殿下、お姉様は気が動転していらっしゃるのだわ」
儚げな容姿の彼女が涙を浮かべながらそう言うと皆彼女に見惚れ、そうだと納得する。
アンジュはにぃ、と口角を上げた。
「人を憐れむだけで評価を上げられるなんてやはりあなた素晴らしいわ!!」
「勝手にほざいてろ。おい、早くこの女を処刑しろ」
兵が「はっ」と返事をするとアンジュを無理やりギロチンの上にうつ伏せにする。上から刃が落ちればアンジュの首と胴は泣き別れになるだろう。
「落とせ」
王太子の掛け声を合図にアンジュめがけて一直線に大きな刃が落ちてくる。
次の瞬間、アンジュの首は処刑台の上をコロコロと滑り落ちていた。
純粋で慈悲深い妹を長年いじめてきた悪女の死に、わっ、と群衆の歓声が広がる。
「悪女は今裁かれた!これから私と、新たに婚約者となったミーシャ・エンカリアで国を発展させていくとここに誓おう!!」
「お待ちなさい」
凛とした声が処刑場に響き渡る。
声の主は、アンジュの首。
アンジュの体がひとりでに起き上がり力ずくで縄を切る。そして、自分の首を手に取ると、元の位置に乗せた。切断されたはずの首は綺麗にくっついていた。
処刑場が騒然とする。
「そう……そうだったわ。私の異母妹はミーシャという名だったわね」
その一言で、王太子とミーシャは顔から血の気が引く。
「ば、化物…………」
「あらぁ、化物だなんて心外だわミーシャ」
自身の血で赤く染まった首元と処刑された直後とは思えない活き活きした表情を見た群衆は皆、「化物」以外の語彙が消えたという。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名はアンジュ・エンカリア、公爵家の長女として生を受けたわ」
「だ、だが……お前、いや、あなたは人間では……」
「ふふ、そうね私の本名はヴィクトリア。地獄を統べる女神、ヴィクトリアよ。ああ、冥府の女神とも言われているわ」
瞬間、その場の人間は彼女にひれ伏した。
◇◆◇
この世界は二柱の神が支配している。
一人は天界を統べる男神ルシフェルン。彼は慈悲深く光のような存在だ。そして反対に、もう一人は地獄を統べる恐ろしい女神ヴィクトリア。
そのヴィクトリアが自分が長年蔑みいじめてきた異母姉だというのだ。
聞いてない聞いてない聞いてない!!!!
そもそも、神のことも天界や地獄のことも、おとぎ話程度にしか思っていなかった。本当に存在するなんて知らなかったのだ。
そんな事を知っていたら最初から殿下を取ろうなんて思わなかった。もともとこの国も殿下も大して好きではない。ただ王妃になって贅沢な暮らしをしたかった。それだけだ。
ひたひたと足音が聞こえてくる。
全身が震え、嫌な汗が背中をつたう。
(殺される!)
「ミーシャ、私と共に地獄に来なさい」
「へ……?」
恐る恐る顔を上げると、ヴィクトリア様が満面の笑みで見下ろしている。
状況がわからずポカンと呆けた顔をしていると
「私ね、地獄に飽きちゃって、もっとたくさんの面白い人間が見たくてこの世に降りてきたの。のぼってきた、のほうが正しいかしら?そうしたら、あなたが居たの」
「なぜ、よりにもよって、私が気に入ったの、ですか……?」
「興味深かったからよ。だって私が見てきた人間とはまるっきり違ったんだもの。私が見てきたのはいわゆる極悪人。連続殺人犯とかよ?でもあなたは自分の手を汚さずに地位を確立した。どうして最初から私を殺そうと思わなかったの?そっちのほうが簡単なのに」
(この方は私たち人間とまるっきり価値観が違う……)
「ねえ、だから一緒に地獄に行きましょう?きっと楽しめるわ」
まるで自分の屋敷の茶会に友人を誘う令嬢のように地獄へゆこうと誘ってくる。
「なにも言わないなら良いってことね。じゃあ、帰りましょうか」
ヴィクトリア様が指をパチンと鳴らすと地面から出る黒い渦が二人を飲み込む。
「い、いやああああああああああああ!!」
今まで感じたことのない浮遊感が全身を包んだ。
次に目を開けたときには、あたりは暗闇で包まれていた。しかし、四方八方から怒鳴り声や物騒な金属音が聞こえてくる。
ふと、眼の前が明るくなった。
そこには蝋燭を片手に持ち、不気味に照らされたヴィクトリア。
「ようこそ、我が地獄へ」
ミーシャは場違いな程きれいなヴィクトリアのカーテシーを眺めることしかできなかった。
◇◆◇
「た、助かった……のか?」
王太子はへなへなと座り込んだ。ヴィクトリア様とミーシャは黒い渦に呑まれ消えていった。
だが、自分は五体満足で座り込んでいる。これは見逃されたということだろう。ほっと安心したのも束の間、群衆はいまだ騒然としていた。
「あれは本当に冥府の女神だったのか?」
「首がつながるの見ただろ!」
「あれは人間じゃない」
「俺はもともとアンジュ様の処刑に反対だったんだ」
「ミーシャ様が消えていった……」
「冥府の女神に連れて行かれた!!」
「ああ、ミーシャ様……」
「どうしてこんなことに」
「この処刑を決行したのってだれだっけ」
「それは…………」
民衆の視線が一気にこちらに向く。
「違う、俺じゃない…………俺はミーシャの言ったとおりに、俺は悪くない!」
「うるさい俺らのミーシャ様をよくも!」
「殺せ!」
「王太子を殺せ!!」
「地獄に落ちろ!!」
「よくもミーシャ様を!」
「ひいっ……」
群衆が、もう目の前まで迫っていた。
◇◆◇
「あら、この名前見覚えがあったような……」
『レオナルド・メルヴィル
享年 20歳
死因 民衆によるクーデターにより刺殺
罪状 愚かゆえに国を滅ぼした』
「思い出せないけれど、国を滅ぼしたなら地獄行きね」
最近お気に入りの玩具を持ち帰ってきたヴィクトリアは今日もご機嫌で死者を地獄に送るのだった。




