落日の零戦(下)
1945年4月、沖縄にて太平洋戦争唯一の本土決戦が行われていた。このとき、日本から多数の戦闘機、爆撃機が爆弾を抱えて、敵艦に突っ込んでいった。いわゆる神風特別攻撃隊である。しかし、その特攻作戦をせずに戦果を上げてきた部隊がいた。
芙蓉部隊である。その部隊に、真珠湾攻撃の時から生き抜いてきた男がいた。佐藤佐之助である。
4月27日、既に世界最強の戦艦「大和」は沈没。事実上、連合艦隊は壊滅した。しかし、まだ日本は戦闘機による攻撃を加えていた。
芙蓉部隊もその一つである。この日、「大和」が出撃した「菊水1号作戦」に続いて「菊水4号作戦」が実施されていた。
芙蓉部隊の第1波攻撃は午後7時34分、「彗星」爆撃機が出撃し飛行場攻撃を行った。この攻撃で250キロ爆弾を飛行場に投下した。そして今、第2波攻撃が行われようとしていた。
飛行場の発進位置についた零式艦上戦闘機52型には、佐藤が乗っている。後続して、位置についた零戦はたったの1機だった。
「2番機、調子はどうだ。」
(良好です。いつでも行けます。)
「そうか、あと2分で出撃する。発進準備をしておけ。」
(了解。)
無線からの報告が終わって、操縦席に沈黙が走った。
(この数で戦場に突入するなら、俺の人生は今日で終わりだな・・・)
佐藤はそう思った。F6Fがうようよいる所に、たった2機で突っ込み艦船に銃撃をくわえるなど、士に等しい。
「2番機、聞こえているか。」
(はい、何でしょう?)
「俺がやられたら、すぐ撤退しろ。わかったな?」
(・・・そういうことが無い事を願いましょう。)
そうこうしている内に2分たった。佐藤は、エンジンをフルにして発進した。後続の零戦も続く。
生きて帰れるか分からない戦闘が開始した。
約30分後
F6Fの編隊の戦闘にサムがいた。
「エンタープライス」から「エセックス」に所属が変わり、さらに沖縄の航空隊の隊長になっていた。
(レーダーに反応!戦闘機らしき機影が2機です。)
無線から報告が入った。サムはすぐに場所を聞いた。
(現在位置から北東方向20キロ先です。速度は300キロ。速度からしてゼロでしょう。)
「わかった。戦闘機隊に連絡。2番機と3番機は俺に付いて来い。ゼロを迎撃する。」
(了解。)
「相手はゼロでも油断はするな。油断していたら、すぐ戦死につながる。分かったな。」
(分かってます。)
「よし!いくぞ!」
3機のF6Fが編隊から離れ、全速力で零戦に向かって行った。
10分後、上空1000メートルの所にいた零戦の佐藤が上空のF6Fの編隊を発見した。距離は3000m。
「2番機!F6Fが3機だ!攻撃がくるぞ!」
(え!?)
無線から声が聞こえた直後、F6Fによる攻撃が来た。
佐藤の零戦に4発が、2番機には1発が直撃した。
「2番機、無事か!?」
(大丈夫です!そちらは?)
「ああ、燃料タンクに被弾したみたいだ。帰還できそうに無い。」
(そんな・・・諦めないでください!)
「おい。発進する前に言ったはずだ。撤退して次の戦闘に備えろ。分かったな。」
佐藤は無線の電源を切った。
(ゼロが1機撤退していきます。)
「2番と3番は追撃に迎え!」
(了か・・うわあああ!)
無線から叫び声が聞こえた。
(3番機が落とされました!ゼロが攻撃してきました!振り切れません!)
「落ち着け!2番機はすぐに離脱、飛行場に着陸しろ!」
(了解!)
F6Fが1機撤退して行き、残ったのは佐藤の零戦とサムのF6Fだけになった。
(真珠湾の奴の癖にそっくり・・いや、本人か!ミッドウェーでの借り、返させて貰うぞ!)
サムはエンジンのスロットルを手に取った
(ミッドウェーの奴だな!決着を付けようじゃないか!)
佐藤も続いてエンジンスロットルを手に取った。
そして2人は同時にエンジンス出力を全開にした。
まず先制攻撃をしたのは、F6Fの方だった。零戦の背後に回り、機銃を発射した。が、零戦はそれをかわし、海面すれすれまで降下した。こうした方が弾は当たりにくいからだ。
F6Fもそれについて行き、零戦の斜め上方の後ろについた。
それは、佐藤が理想としていた状態だった。
(よし、まさかこんな時に使うとは思わなかったが・・。)
そう思いながら、佐藤は操縦桿を強く握り締めた。そして、機体を斜め上方に滑らせ、背面飛行に入る前に操縦桿を右に倒し、フットバーを左側に踏んだ。
零戦の必殺技、「左捻りこみ」である。
(この高度であの技を使っただと!?)
サムは驚いていた。左捻りこみは零戦自体を失速させる技である。
普通は水面ギリギリで使う技ではない。
(まずい、撃墜される!)
サムはそう思って、操縦桿を引いて上昇した。零戦も続いて上昇する。そして、すぐ隣を曳光弾が掠めた。続いて振動がして被弾した事を伝えた。が、F6FもF4Fと同様に装甲が厚いため、落ちなかった。しかし、甚大的なダメージを負った。
F6Fが煙を出しながら上昇していった。零戦も続いて上昇していく。が、その時F6Fがスピードを上げて行き、反転して突っ込んできた。今、戦争初期からの因縁の戦いが終わろうとしていた。
零戦の機銃とF6Fの機銃が同時に火を吹き、両機の機体が削れていく。零戦は垂直尾翼が吹き飛び、F6Fは主翼が折れた。両機とも、きりもり状態になり海面に落ちていった。どちらの風防も真っ赤になりパイロットが出てくる気配は無かった。
その後、1945年8月15日、戦争は終わった。2人が戦死してから約4ヵ月後の事である。
日本の敗退で終わったこの戦争は太平洋戦争と呼ばれ、日本を非難する国も多かった。
しかし、あの戦争のおかげで独立できた国もある。東南アジアの国々がそうである。
しかし、非難されようがされまいが、あの戦争のことは忘れてはいけない。
永遠に・・・・・
ご意見、ご感想をお願いします。
また、リクエストも募集中です。航空機名か空母名と戦闘の名称を送ってください。




