第三話『封印の鼓動と、もうひとつの影』
(フラウ)「はぁ……第三話ね。封印の本がまた震えてるらしいし……なんか来るらしいし……あたしは寝てたいんだけど、ユリエラが家にいて緊張するんだよねぇ……」
(ミルク)「緊張じゃなくて危機感を持つニャ!!」
古びた魔女の家。
朝だか昼だかわからない微妙な時間の空気のなか――。
フラウはテーブルに突っ伏しながら、もそもそと文句を言っていた。
「……眠い。あたしの家なのに休まらない……」
その隣では、ユリエラ・ランスリーが静かに紅茶を啜っていた。
蒼い髪がさらりと肩に流れ、仕草も静かで優雅。
しかしその存在感だけは、家の空気をひんやりと引き締めている。
「フラウちゃん、昨日からずっと眠い眠いって言ってるわね……もしかして、封印の影響がまだ残っているのかしら?」
「いやもう……眠いだけ……」
「はいはい、ただの怠けなのね。かわいいわ」
「かわいくないし……」
ミルクが、すかさず割り込む。
「フラウ、言い返す元気があるなら動くニャ!」
「やだ」
「やだ、じゃないニャ!」
そんなやり取りに、ユリエラは小さく微笑んだ。
まるで、ふたりを含めて世界そのものを優しく包むような微笑み。
「でも……気になるわ。あの黒い本――『逆旋の書』が震えているもの。昨日より、強く……まるで内側から叩いているように」
フラウは、ようやく顔を上げた。
「……また、封印が動き始めてるってこと?」
「ええ、たぶんそうなの。そして……〝もうひとつの影〟も近づいているわ」
「やだ」
「まだ何も言ってないでしょう?」
「だって嫌な予感しかしないんだよ……どうせ面倒なやつでしょ? で、どうせあたしに丸投げされるんでしょ?」
ユリエラは紅茶を置き、そっと指先を黒い本に触れた。
本の表面が一瞬だけ波紋のように揺れる。
「丸投げなんてしないわ。フラウちゃんが動くときは……私も一緒に行くもの。だってあなた、昔から放っておくと何でも抱え込んで倒れちゃうんだもの」
「倒れないし……」
「倒れるのよ?」
「倒れないってば……」
「倒れたのよ?」
「…………」
(……やっぱこの人、優しいけど怖い……)
ミルクが横から小声でつぶやいた。
「フラウ、相手が悪いニャ。ユリエラは理詰めタイプニャ」
ユリエラは静かに続けた。
「――それより……〝影〟は、あなたの魔力に反応しているみたい。フラウちゃんが気づかないだけで……すぐそばにあるのよ?」
「すぐそばって、どのくらい?」
「ここから……徒歩五秒くらいかしら」
「近っっ……!!」
ミルクの毛が一瞬立ち、窓の外を凝視する。
「や、やばいニャ! 何か来るニャ!!」
フラウは立ち上がろうとしたが――
「やだ、動きたくない」
「動けニャ!!」
その瞬間、古びた家の扉がコン、コン、と軽く叩かれた。
ユリエラの表情がわずかに引き締まる。
「……来たわ。封印の〝影〟――そして、あなたがかつて見た、もうひとつの〝存在〟がね」
「……ねぇ、ユリエラ?」
「なぁに?」
「今からでも、家ごと隣の大陸に転移できない?」
「できないわ」
「ですよねぇ……はぁ」
怠惰な魔女と、静かな魔女。
ふたりの部屋に、扉の向こうからかすかな気配が迫っていた。
――封印は、まだ終わっていない。
――そして〝影〟がフラウを探し始める。
古びた家に、静かな緊張が漂い始めた。
(フラウ)「……結局、扉の向こうの〝影〟って何だったんだろう。いや、知りたくないけど……知りたくないけど……知らないと面倒になりそう……あーもう、眠い……」
(ミルク)「眠くなる状況じゃないニャ! 影が来てるニャ!!」




