第二話『封印の魔女と、退屈な再会』
(フラウ)「ふぁあ……前回は、黒い本をうっかり開けちゃったんだっけ。ま、よくあることよね。封印とか、だいたい勝手に開くし……で、今度は昔の知り合いが来るらしいの。めんどくさいなぁ……」
(ミルク)「いや、世界の封印が関係してるニャ!? 寝てる場合じゃないニャ!」
「……ミルク、あの黒い本、どこ行った?」
「知らないニャ! あれ勝手に光って、棚の裏に飛んでったニャ!」
「……掃除してないから、見つけづらいんだよねぇ~」
「それ、毎回言ってるニャ!」
昼下がりの古びた魔女の家。
フラウ・メリッサドールは、ゆるゆると本棚を漁っていた。
床には埃が積もり、ミルクはくしゃみを連発している。
「へっくしゅん! もう、なんでこんなにホコリだらけニャ!」
「魔法で掃除すればいいんだけど……魔力の節約中なの」
「……昨日、魔法陣を爆発させたの、だれニャ!」
「うん、それで疲れたの」
そんな緩い会話をしていると――。
コンコン。
珍しく、ドアが叩かれた。
この辺りに人なんて滅多に来ない。
フラウとミルクは、顔を見合わせる。
「……ミルク、開けてみて?」
「いやニャ、あんたが開けるニャ」
「……眠いんだもん」
「どんな理由ニャ!」
しぶしぶミルクがドアを開けると――
そこには、ふわりと水色の髪が光を受けて揺れる女性が立っていた。
「あら、やっぱりここにいたのね、フラウちゃん」
「……え、うそ。ユリエラ?」
フラウの目がぱちぱちと瞬く。
その名を聞いて、ミルクが飛び上がった。
「ユリエラ・ランスリー!? 北方ラーメシア大陸の封印の魔女ニャ!?」
「そんなに驚かなくてもいいのに……久しぶりね、ミルクちゃんも元気だったかしら?」
「元気じゃないニャ! フラウがまた封印を勝手に解いたニャ!!」
「ふふ……やっぱり、そうだったのね」
ユリエラは微笑みながら家の中へ入る。
歩くたびに、周囲の空気が少し柔らかくなるような――そんな雰囲気を纏っていた。
「ていうか、ユリエラ……何年ぶり? 五十年? 百年?」
「そんなに経ったかしら? あっ……あの時のティーセット、まだ持ってるの?」
「ああ、あの欠けたやつ? 棚の奥で眠ってるよ」
「ふふ、やっぱり。フラウちゃん、捨てられない性格だものねぇ」
「別に思い出深いわけじゃなくて、動くのがメンドイだけ」
「そういうとこ、全然変わらないわね」
ふたりの間に流れる空気は、どこか懐かしくもゆるい。
けれど、ユリエラの瞳の奥には、かすかな緊張があった。
「……フラウちゃん、あの黒い本、どこにある?」
「え~、やっぱそれ目当てかぁ。封印、解けたの気づいたんでしょ」
「うん。世界の〝鼓動〟が、ちょっとだけ戻った気がしたんだけれど。あれ、多分〝時の檻〟の封印書だよ」
「でしょ? でも今さら面倒なことに関わりたくないんだよね~」
「……でも、放っておいたら――」
ユリエラが言葉を切る。
フラウの目が、半分だけ開いたまま鋭くなる。
「……〝世界崩壊〟が、再び起きる、ってやつ?」
「ふふ、さすがフラウちゃん。寝ぼけてても勘が鋭いのね」
「寝ぼけてるから頭が冴えてんの」
「どんな理屈ニャ!」
ミルクが突っ込む。
「でもさ、ユリエラ。なんでアンタがそれを探してるの?」
「……うーん、ん~……まぁねぇ。あの封印、本来わたしの担当だったの」
「は?」
「だから、フラウちゃんが勝手に解いちゃって、今わたし、ちょっと困ってるの」
「いや、知らんがな……」
「お願い、フラウちゃん。ちょっとだけ手伝って?」
「……〝ちょっとだけ〟って、どのくらい?」
「世界が滅びる前まで、かなぁ~?」
「全然〝ちょっと〟じゃない!!」
ミルクが再びツッコむ。
フラウは溜息をつき、ソファにずるずると沈み込んだ。
頭の上でミルクが尻尾を振りながら言う。
「どうするニャ、フラウ?」
「どうしよっかね~……ユリエラがいると、なんか眠くなるんだよなぁ……」
「それ、わたしの癒やしの魔力のせいかも」
「……迷惑だわ」
「ふふっ、そんなこと言ってぇ、昔は〝ユリエラの癒やしで寝落ちするのが一番好き〟って言ってたのにぃ」
「言ってない」
「言ってたニャ」
「お前まで!」
三人(?)の言い合いが続くなか、
古時計の針がまた〝逆回転〟を始めた。
――ドクン、ドクン。
「……ミルク、これ……また鳴ってる」
「嫌な音ニャ……」
「やっぱり、封印が完全に開いちゃったかもねぇ」
ユリエラが静かに呟く。
その声だけが、妙に現実味を帯びていた。
「……フラウちゃん、時間、動いちゃったよ」
「……はぁ。めんどくさい……けど」
フラウは立ち上がり、欠伸をひとつ。
指を鳴らすと、家中の埃がふわりと舞い上がり、魔法で整頓される。
「……やるか。久しぶりに」
「おお!? ついにやる気出したニャ!?」
「ううん、寝るために片付けただけ」
「寝るなニャアア!!!」
その喧騒の裏で――
ユリエラの笑顔の奥には、微かな影が落ちていた。
まるで〝もうひとつの影〟を知っているかのように。
(フラウ)「うーん……やっぱりユリエラは相変わらずだったなぁ。あの人の声、眠気を誘うんだよねぇ……次は何が起きるんだっけ? まぁ、なるようになるか」
(ミルク)「なるようにならないニャ!! あんたが動かないと世界が滅ぶニャ!!」




