空っぽの鍋、灼熱の渇望――三段構えの『理』
ウチ、アイル。
もう一ミリも動かれへん。
豪華絢爛やったはずの謁見の間は、麻婆豆腐の灼熱で壁や床が赤く光る、戦場の残骸になった。
焦げ付いた麻辣の強い匂いが、冷たい石の床に張り付いとる。
誰かがゆっくりと、水面を叩くような足音を立てて近づいてくる。
「フフ……まったく、壮大な幕切れでござった」
孔明が、涙を流し、ただの男の姿になった神王を一瞥した。
その瞳は、床に横たわるウチの全身の消耗を、冷静に見下ろす。
「アイルは今、『理不尽な運命』という、この世界を縛る最も強大な法則を、料理で打ち破ったのだ」
意識が遠のく。
体内の熱が急速に引いていくのがわかる。
誰か、何とかしてくれへんかな。
孔明は構わず、淡々と語り続ける。
「我が策は大きく三段構え。第一は、Kという極限のライバルで貴女の『愛』を完成させること。そして第二に、その力を利用しようとする『神王』を、貢物という餌で釣り出すこと」
すべてがお前の掌の上なんか?
声に出したつもりが、口から漏れたのは掠れた、熱の無い息だけやった。
孔明はウチの横に、ゆっくりと膝をついた。
「神王は、アイルの料理を『冷たい救済』として、自らの孤独な支配を保つ道具とするつもりであった。永遠に続く『運命の法則』に慣れ親しんでいたゆえ」
孔明の言葉が、妙に腑に落ちる。
あの神王の瞳の奥にあった空虚さ。
「だが、貴女の『怒りの創作』は、その本質を裏切った。神王の支配の道具になることを拒否し、その結果、彼が最も拒絶していた『温かい解放』の味を与えた」
そうや。
あの時の熱は、ウチ自身の料理人としての『自由』やった。
「神王の孤独な法則は、慈愛によって救済され、『理不尽な運命』という重い役割から解放された。これこそ、運命をさばく、我らが目指す『真の神の理』でござる」
お前の話は長すぎんねん。
怒りも悔しさも、麻辣熱と一緒に蒸発して、今はただの空っぽの鍋みたいや。
孔明はスッと立ち上がった。
「さあ、ゴッドミシェロン。これで、この世界を縛る一つの法則は崩れた。しかし、戦いは終わってはおりませぬ。次は、この混乱を虎視眈々と狙う『神を食らう者』ども、さらに別の神々もいるのだから」
軍師孔明の声が、次の戦場への号令をかける。
ウチの意識は闇の中や。
でも、何もない胸の奥で、次の獲物を求めるような飢えがチリチリと燃え始めた。
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