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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺は優等生だから。

作者: おむ

注意:事故表現あり 軽度の外傷、パニック等表現あり

太陽の眩しさで、機械的な音で、意識が浮上する。

 ぼんやりとした頭でピピピピ、と喚く固体を叩きつけて、起きたくないという感情も止める。

がばっと起き上がり、パジャマを脱ぎ捨てて、規則に縛られた服で、自分しか知らない自分を押さえつける。

 階段を降りて、洗面所に入る。歯を磨いて、顔を洗って、規則に沿った髪を整えて。

 最後の仕上げに、鏡の前で笑顔を作る。

 うん、今日も優等生。

 鞄を覗く。忘れ物も無い。昨日の夜から何度確認したと思っているんだ。まぁ、そんな習慣も何年前から付いてるのかは思い出せないけど。

 母さんに、明るい声で「行ってきます!」と言って。鏡で作った笑顔を振りまいて、学校への道を歩いていく。

 

 「おはようございます!」

 笑顔を貼り付けたまま、教室に入ればクラスメイト達が話しかけてくる。

 「咲真おはよー!!聞いてよ、宿題やり忘れちゃってさぁ…」

 なんで確認しないの?

 「おはよう、ねぇ聞いてよ…私補習だって〜…サイアク…」

 なんで予習と復習をしておかなかったの?

 「あ、咲真!これ持ってくの手伝ってぇ…」

 なんでその程度一人で持てないの?

 「あの先生だるすぎ…なんで私にばっか指名してくんのよ〜!!」

 鏡で自分の姿見てみなよ。

 

 なんでみんなこれくらい出来ないの?

 

 そんな気持ちを押し殺して、笑顔で「正しい答え」をみんなに返す。

 「えぇまじかよ!俺のやつ少し見る?まぁもちろん、後で貸しは返してもらうけどな!」

 「ありゃ〜…メールでわかんないとこ教えてくれたら多少は教えられるかも。」

 「いいよ、理科準備室まで?俺が行くから友達と話してなよ。」

 「んー…先生君のこと好きなんじゃ無い?…なんてね、冗談だよっあははっ!」

 こんな事を囁いてあげれば、みんなから俺は「優しい人」「優等生」って言うイメージをくれる。

 

 だから俺は、今日も自分を殺すんだ。

 

 「あー…おっも…」

 そんな独り言を、周りに聞こえないように溢して理科準備室に荷物を運ぶ。

 俺が男子だからって後からでかい段ボール二個も追加しやがって。と心の中で評価をくれる人間に悪態をつきながら、人気のない階段を少しずつ登る。

 足元が見えない上、ここは人が普段通らないから掃除をされていない。

 そのせいか、俺は足を滑らせた。

 ズルッ。

 その音を情報として受け取った瞬間、段ボールと自分の体が投げ出される。運が悪く、もう少しで踊り場に着くところだった。前の踊り場までの距離がありすぎる。

 段ボールを出来るだけ押さえつけて、中身が出ないように必死に抑える。自分だけが被害に遭うように、段ボールをお腹側に抱えこんだ。

 ゴロゴロゴロッ、ドン、ガンッ

 無機質で嫌と言うほど大きな音が自分の耳に入る。

 段ボールを見れば、少し凹んでしまっているけど中身は無事みたいだ。

 どこもかしこも痛い。特に、後頭部と背中が。

 段々と息が出来なくなる。必死に息をしようと、段ボールを近くに置いて体を起こしてみるけど、息は入ってくるばかりで吐き出せない。

 「ハッ、ヒュー…ヒュ、ッ、ハッ、…」

 気持ち悪い。

 自分の息の音しか響かない。あーあ、せめて人が通る場所なら希望はあったというのに。

 心臓の音がやけに響いて、目の前の地面に汗と涙と唾液が垂れていく。あぁ、後で拭かないと。自分のことは自分でやらなきゃ。呼吸なんて普段しているのに。毎日、自然と予習と復習をしているようなものなのに。

 遠くからチャイムが聞こえる。まだ、提出物も出していないのに。荷物も、机の上に置いたままだ。あれ、一時間目は小テストだっけ。しかも、理科の。

 早く戻らなきゃ、俺に任せたあの子が怒られる。あの子の恨みは俺に向いて、俺のこれまで積み上げてきたイメージが水の泡になってしまう。

 ぶわりと涙が滲む。俺は優等生で、みんなに頼られてて、それで、先生にも信頼、されてて。

 俺の不注意のせいで、全部がガラガラと音を立てて崩れていってしまう。あぁ、サイアクだ。

 

 誰か、助けてくれ。

 

 そう思いながら、俺の意識は残酷にも低下していった。

 

 目が覚めた瞬間、消毒の匂いと時計の音がぶわっと体に情報として取り込まれた。

 ズキズキと痛む体を起こそうと、ギシッと音を立てた瞬間に、保健室の先生が走って俺を押さえつけてきた。

 「…ぇ、あ…?先生、なんで…?」

 思ったように声が出なかったが、どうしてか聞いてみれば、

 「…君は馬鹿だよ。なんで、他の子を頼らないの?あんな人気のなくて、掃除も行き届いてない階段、頭のいい君なら危険だって分かるでしょう。」

 …そんなの、知らないよ。

 分かってはいた。場所を聞いた時、あの階段を通らなきゃいけないのかって。

 でも、頑張れば評価が上がるから。

 みんなから、より信頼されるから。

 俺は、その生き方しか知らないから。

 というか、俺は担任の先生の前で頼まれたよ。

 担任の先生は、より荷物を増やしてきたよ。

 だから、

 どうか、俺を責めないで。

 塵になりかけてる俺を、踏み潰さないで。

 「…ごめん、なさい…」

 

 「…はぁ…反省してるならよし。ただ、不安だからせめて後一時間は休んで。それでも痛みがひかなかったり強くなったりしたら早退ね。」

 早退。俺はしたことないなぁ…一時間か……。

 

 …あれ、?

 今って、時間は何時限目…?

 「…先生、今って何時限目ですか?」

 お願い、せめてニ時限目であって。

 そんな願いは虚しく散った。

 「今は四時限目よ。」

 …今日は、小テストが多い日だったのにな。

 「…そうですか。ありがとうございます」

 声が震えてしまったが、そんなことは無視して感謝を伝えた。

 せめてこのくらい、出来ないと。

 「はいはい、じゃあ大人しく寝ていてね」

 布団をかけ直され、カーテンを閉められた。

 …これまで、たくさん頑張ってきたのにな。

 そう思いながら、そっと瞳を閉じた。

 

 「咲真君、起きて。」

 次に目が覚めた時には、痛みは少し引いていた。

 まぁ、動きすぎたらきついだろうけど。

 「…おはようございます、先生」

 「うん、おはよう。痛みはどう?」

 …このくらいの痛みなら、まぁ…我慢すればいいし。

 「大丈夫です!」

 また、笑顔を貼り付けた。

 「…そう。なら、お昼の時間だから食べておいで。無理せずに午後の授業は受けること。」

 そんな約束、守れるとは断言できないけど。

 「分かりました!失礼しました。」

 このくらいの嘘、神様も許してくれるよね。

 

 教室のドアを開けた瞬間、全員の目がこちらを向いた。

 「…えーと…どうしたの?」

 と聞いてみれば、朝俺に頼んできた女子生徒が周りから「謝りなよ!」「ほら、今言わないともう言えないよ!?」と、小声で催促されている。

 …うーん、俺的にはもう面倒くさいし別にどうでもいいのになぁ。

 そんな事を考えて、席につこうと歩き出した瞬間、その女子生徒が駆け寄ってきた。

 「ご、ごめんなさい…っ!!!私が頼んだせいで、咲真君が…そんな怪我…!!」

 あーあ、泣かれちゃった。

 まぁそれもそうか、意識が三〜四時間なくて、帰ってきても頭やら腕やら足やらに包帯巻いてて湿布だらけだしな。

 驚いた素ぶりを見せて、笑顔を貼り付ける。

 「そんなに気にしないで。俺は大丈夫、むしろ最後までやってあげられなくてごめんね。」

 保健室の先生が教えてくれたが、後から理科準備室まで運んでくれたのはこの女子生徒らしい。

 自分でやる仕事だった訳だし、当然と言えば当然だが最終的に頼まれたのは俺だ。

 申し訳ないのは本当。…その申し訳なさの相手は、女子生徒だけじゃなくて過去の俺にもだけど。

 女子生徒は安心したのかより涙をこぼして、笑顔になった。

 「本当にごめんね!ありがとう…!!」

 …この程度で謝るのをやめるなら、元からそんなに申し訳ないとは思ってなかったんだろうな。

 敬語でもないし。

 まぁいいか、時間の無駄だ。

 そう考え、自分の机に向かう。机の上には、荷物が出したまま放置されていた。

 提出物を取り出して、先生に渡す。

 「遅れてすみません。」

 「あぁ!別にいいよ!後で返すからな!」

 …痛みが増してきている気がする。目の前の文字や景色が少し揺れて見える。

 食事をしていないからだと決めつけ、荷物を戻して給食に手をつける。

 半分ほど食べた時、給食の終わりを告げるチャイムがなった。

 本当に今日はついていないな。給食すら満足に食べられないなんて。

 ため息をつきながら給食の皿やら残したものやらを片付けて、歯磨きを始めた。

 なんだか、コップの水に映る自分が、気持ち悪くて。自分じゃなく見えた。

 

 昼休みも終わって、午後の授業に入る。

 痛みは増す一方だが、「病は気から」という言葉を思い出して、必死に授業の内容をノートに取る。

 …文字が歪んで、読みづらい。

 

 嘘だよ。

 大丈夫、大丈夫。なんてったって、俺の席は黒板の目の前なんだから。

 目が悪いから読めないだけだよ。

 目を細めて、集中する箇所を狭める。

 ひたいに汗が滲む感覚がするけれど、

 どうにか一時間、乗り切った。

 

 

 「咲真!次体育だぞ!?」

 「…まじかよ。」

  本当に今日は、ついていない。

 

 無理やり体操着に着替え、傷が見えないように長袖長ズボンを着る。冬に入りかけているから、ちらほら長袖長ズボンを着ている人はいる。大丈夫。バレない。

 頭の包帯は隠せないけど、そこはどうにか誤魔化せるだろう。

 「悠真、美波、咲真〜…って…咲真、その怪我どうした?」

 点呼をしていた体育の先生が、案の定聞いてきた。

 「あぁ、少し怪我してしまって…でも、保健室の先生に無理しない程度ならいい、と言われてるので大丈夫ですよ!多分…。きっと見た目が大袈裟なだけです。」

 嘘はついていない。

 これなら保健室の先生も責められない。大丈夫、大丈夫。

 「…そうか?まぁ、キツくなったら休めよ!透、里美〜…」

 よし、誤魔化せた。これで体育の授業は休まずに受けられる。

 

 準備運動をしていたら、視界がぐらぐらと揺れ始めた。

 …休むべきか?

 でも、準備運動をしないと、体育は基本受けないという目で見られるだろう。

 せめて、準備運動をしてから休もう。

 そのまま続行して、五周グラウンドを走る過程に移った。

 まだ一周目なのに、みんなの倍くらい息切れが酷い。階段での過呼吸を思い出しそうなくらいだ。

 「ハッ、ハッ、ハッ…ゲホ、ッ…」

 三周目に入った頃、目の前がぐにゃりと歪んだ。クラスメイトの顔が、認識できなかった。

 地面の石ころも見えなくて、驚く間もなく俺は地面に倒れ込んでいた。


 …先生、なんて言ってるんですか?

 聞こえない、聞こえないよ。

 みんなの心配そうな顔ですら、歪んで見えない。

 頬に熱い何かが伝う感覚がする。

 …あぁ、俺、泣いてるのか。

 歪んでる原因は、俺の涙のせいなのかな。

 それとも、押さえつけすぎたから?

 ねぇ、教えてよ。神様。

 俺の意識は、また、低下していった。

 

 「…ぁ…?」

 目が覚め、目の前には自分の部屋の電気が見える。

 痛む体を無理やり起こし、カーテンを指先で開けようと試みる。

 体が思うように動かず、少ししか開かなかった。けれど、その少しの隙間から見えたのは星空だった。

 あぁ、帰ってきちゃったんだ。

 医学生の兄さんみたいになりたくて、がむしゃらに頑張ってきたけど。

 いい大学に入って、母さんを出張も行かせずに楽させられるようにしたかったけど。

 父さんからの期待に、答えられるようにしたかったけど。

 弟の、かっこいい兄ちゃんになりたかったけど。

 もう、無理だよ。

 辛いよ、苦しいんだ。

 まだ、俺、高校生だよ。

 周りの同級生と、変わらないよ。

 相談されても、分かんないよ。

 俺に答えを、求めないで。

 

 …そんな事を考えたけれど、そうなるような生活をしてきたのも、自分だ。

 もう何も分からなくて、俺がなんでここまでしなきゃ行けないのかも、分かんなくて。

 段々、全部、無駄なのかなって。

 「おれ、よわいなぁ…っ」

 何かがぷつんと切れたみたいに、俺の目から、また涙が溢れ出てきた。

 弱くて、ごめんなさい。

 

 声にならない嗚咽を溢して、涙が自分の制服に滲んでいくのをただただ見つめて。

 必死に涙を拭いて、押さえつける。

 深呼吸をすれば、大丈夫だから。


 どのくらい時間が経ったのだろう、と鼻をかみながら時計に目をやる。

 …二十時。

 兄さんが帰ってきて、弟と遊んでいる頃だろうか。

 顔を洗ってからリビングに行こうと、泣いたせいでより痛む身体を起こした。

 

 冷たい水で顔を洗う。

 …酷い顔だ。湿布が頬に貼られ、目の端は擦ったせいで赤い。あちこちに擦り傷があるせいで、絆創膏がぺたぺたと貼られている。

 もはや顔を洗うというより、絆創膏を水でなぞっているようなものだろう。

 鼻で自分の事を笑いながら、タオルで水気を取りリビングに向かう。

 お腹がすいた、せめてパンくらいは食べたい。

 兄さんと弟にも会いたい。

 

 ガチャ、とドアを開けて、

 いつもの笑顔を貼り付けた。

 「玲兄さん、湊、おかえり。」

 兄さんと弟がこっちを向く。お願い、泣いたことに気づかないでいて。

 湊はぱあっと笑顔になり、駆け寄ってきた。

 「にいちゃ!おかえり!」

 …足に飛びつかれた。さらに激しい痛みが走り、顔を顰めそうになるがなんとか耐えた。

 「い…ッ、ただいまぁ…」

 肩を上げるのも辛いから、肘から下だけを動かし、ゆっくりしゃがんで頭を撫でてやる。

 いつもなら抱っこをしてあげていたけど、流石に今日は許して欲しい。

 少し寂しそうにしながら、湊は俺の手に頭を擦り寄せてきた。

 ふと玲兄さんに目をやると、じっとこちらを見つめてきていた。

 …俺は玲兄さんの、なんでも見透かしていそうな目が苦手だ。

 全部、必死に取り繕ってもばれていそうで。

 俺の努力も、全部崩壊しそうで。

 なんだか怖くて、目を逸らしてしまった。

 湊を撫でていると、耳に兄さんの足音が入ってくる。

 きつく、怒られるんだろうか。


 目をぎゅっと瞑って、兄さんの行動を待った。

 湊は不思議そうにしているが、手の感触だけで頬に手をやり、すりすりと撫でてやればきゃっきゃっと笑い声を響かせてくれた。

 兄さんが、目の前に来た。

 「ごめんなさい」、その言葉を準備して。

 兄さんの方に、顔を向けた。

 

 兄さんの目は、細められていた。

 …兄さんは怒る時、目を細める。

 やっぱり、怒ってるんだ。

 俺が、弱いから。

 兄さんならできる事を、俺は出来なかったから。

 さっきしまったはずの涙が、また出てきそうだ。

 膝を抱えて、兄さんの目から逃げる。自分の涙も、気取られないように。

 兄さんがしゃがむ気配がする。湊も、俺の背中にもたれかかっておんぶして、と言っている。

 自分が情けない。

 おんぶすら、今はもたれかかられるのすら痛くて出来ないや。

 そう思った瞬間、準備していた言葉が口から飛び出た。

 「…っひ…、ごめんなさい…っ」

 じわ、とズボンを通して涙が出ているのがわかる。

 謝るはずの「ごめんなさい」という言葉すら、涙を流したせいで、俺が何も出来ない、弱い人間の所為で、くぐもって、震えて聞くに耐えなくなってしまった。

 昼間はあれだけ女子生徒を心の中で非難したのに。

 一番弱くて、価値がないのは、自分自身だ。

 心の中で思っていた言葉は、すべて自分の事なんだと気づいた時。ぼろぼろと涙が出てきて、どんどんズボンの色が変わっていく。

 バレてしまう。

 俺が、かっこよくない兄ちゃんってこと。

 兄さんの顔に泥を塗るような、醜い弟ってこと。

 もしかしたら、二人はもう俺と血が繋がっていることすら嫌なんじゃないかな。

 ごめんなさい。

 生きてて、ごめんなさい。

 

 そうして、より強く目を瞑って膝を抱え込んだ時、

 兄さんがした行動は考えていたものと全く違かった。

 ぽん、と頭に、兄さんの手が乗せられたんだ。

 その兄さんの手は、信じられないほど優しくて、あったかかった。

 「…れいにぃ、さん…?」

 と呟きながら、顔をあげてみる。

 今の俺はぐちゃぐちゃな顔だろうけど、それよりも兄さんが気になったんだ。

 

 …驚いた。

 兄さんが、今までにないくらい、優しくて、少し悲しそうな顔をしてたから。

 「…気づいてやれなくて、ごめんな」

 兄さんは、俺の頭を撫でる手を止めないまま、そう言った。

 なんで、兄さんが謝るんだろう。

 俺の方が弱いのに。

 どうして。

 そう考えていたら、兄さんは俺の顔を両手で包んで、優しく兄さんの方に向けてくれた。

 「…これまで、頑張ったんだなぁ…」

 そう言って、兄さんは優しく微笑んでくれた。

 あぁ、思い出した。

 兄さんの目を細める癖は、怒る時だけじゃないんだった。

 褒めてくれる時も、優しく目を細めてくれてた。

 俺が、家族に笑顔の仮面越しに接してたからだ。

 …こんなことにすら、気づけてなかった。

 玲兄さんが、頭を撫でてくれてる。それを見た湊も真似をして、背伸びをして頭の近くを撫でてくれた。

 「頭を撫でるのも、何年ぶりだろうなぁ…咲真の事、ほったらかしにしてごめんなぁ…俺、兄ちゃん失格だなぁ…。」

 そう言いながら、玲兄さんは撫でるのを辞めなかった。

 玲兄さんは、兄さん失格なんかじゃないよ。

 俺の方が、兄さんなんかより、ずっと…


 「咲真は、俺の自慢の弟だな…!」

 

 ずっと、欲しかった言葉。

 全部、今玲兄さんがくれたよ。

 頑張ったね。

 自慢の子だよ。

 たったこれだけだけど、俺は、ずっと。

 この言葉が欲しかったんだ。

 

 「…ひっく、えぐ…っ、れい、にぃさ…っ!!」

 俺は嗚咽を溢しながら、兄さんに抱きついた。

 湊も、真似して俺と玲兄さんの間に入り込んでいる。

 湊は小さい手で、俺の頬を撫でてくれた。

 兄さんも、抱きしめ返してくれた。

 傷口が圧迫されて、玲兄さんと湊の手で痛いけど。

 それよりも、この温もりがずっと続いてほしくて。

 俺は、ゆっくり目を閉じて、温もりに溺れた。

 こんなに泣いたのは、小学生以来だった。

 俺は今、きっと世界で一番、幸せだ。

 

拙い文章でしたが、ご覧いただきありがとうございました。

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