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(上)初めてのお遣い 〜アンティーク 陰晴円欠〜

少し長くなったので上下に分けています

「お客様、失礼ですが、魔道具のスイッチが入っているか、ご確認ください」

マニュアル片手に、新人店員のカロリナはぎこちなく応対していた。

開店を待っていたかのように現れたのは、近所のゼマ夫人。

その手には、使い込まれた魔道掃除機。これが、うんともすんとも言わないのだという。

「ええ、スイッチですって?それは当然……あらやだ、切れているじゃない。それじゃ動かなくて当たり前だわ……ごめんなさいね、お騒がせして」


「いいえ、解決して良かったです」


少し緊張していたカロリナの表情が和らいだ。


「ところで、あなた見ない子ね。新人さん?」


夫人はバツが悪そうだったが、すぐに切り替えてきた。おしゃべりが好きなのだ。


「はい。先週からなんです」


カロリナは掃除機のメーカー、ティレン社のマニュアルをパタンと閉じた。


「いいわね、若い子が入ると。お店が華やぐわ」


そんな会話に店の奥から野太い声。店主のゾルダムである。


「ゼマさんったらいやだわ。このニコニコ堂は元々華やかじゃないの」


「可愛いとは思うけれども、華は無かったわよ。むさ苦しい店主とひょろひょろした店員しかいなかったのだもの」


「わたしの魔道具愛で溢れているからいいのよ……ああ、その掃除機ね、古くなってくるとスイッチが軽くなりやすいから、優しく扱ってあげてねえ」


「ふふ、分かったわ。あんた、見た目はそんなだけれども、確かに魔道具への愛は本物よねえ」


店主ゾルダムは筋骨隆々としたスキンヘッドの中年男で、ファンシーな内装のニコニコ堂には不釣り合いこの上ない。それでもこの店は多くの常連客から愛されていた――それは、彼の豊富な知識と確かな修理の腕前、そしてなにより深い魔道具への愛のために違いなかった。


「それからこちらは新人のカロリナちゃんよ。カロちゃん、こちらはゼマさん。昔からのうちの馴染みなのよ。ちゃんと覚えておいてね」


「よろしくお願いします、ゼマさん」


「うふふ、初々しいわ。用事が無くてもお店に来てしまいそうね」


「あらやだ奥さん、折角だから魔道具も見て行きなさいよ。新型の洗濯機が入荷したのよ」


商売上手の店主に引っ張られ、夫人は店の奥へ。カロリナはこっそり、ほおっとため息をついた。


(常連さんだったのか。それにしても、不具合の原因がスイッチの入れ忘れなんてこと、本当にあるんだ……)



「よお、カロ。しっかりやってるみたいじゃねえか。出先でゼマさんに捕まっちまってよお、あのオバサン、随分お前のこと気に入ったみたいだぜ」


開店前から出張修理に出ていた先輩店員のオーティスが帰ってきた。


「おかえりなさい、オーティスさん。それは、嫌われるよりは、ずっと良かったです」


「はは、ちげえねえ。


それはそうとよぉ、郵便屋の向かいのメイティスさんと会ってな。ちょっと、魔道ランプの調子が悪いっていうんだわ。俺はこれから別の修理が入ってるし、メイティスさん、平日なのに今日は珍しく家にいるっていうからさ。


おまえ、ちょっと行って、どんなことになってるか見てきてくれよ」


カロリナは分かりやすく狼狽した。出張修理だなんて、まだ心の準備ができていないし、研修の類も全然受けていないのだ。


「えええ、ちょっと、困りますよう……ゾルダムさんに行ってもらった方がいいですって」


「オッサンはこの後予約のお客さんが来るの!


おーい、オッサン!メイティスさん所の魔道ランプが調子悪いって。こいつに見に行かせてもいいだろう?」


(何考えてるの、このヒョロガリ!無理!無理だって!)


彼女が内心で毒づいていると、ゾルダムが店の奥から出てきた。


「まーたこの子ったら、カロちゃんのことをこいつなんて呼んで!」


(えええ、自分がオッサン呼ばわりされているのはいいんだ……)


ゾルダムがオーティスを叱ったのを聞いてカロリナは思わず心の中でツッコミを入れる。


「でも確かにカロちゃん以外に行ける人がいないわねえ。悪いけど、カロちゃん、行って見てきてもらえる?マニュアルと、工具はそこにあるから。マニュアル通りに直せそうなら直して来ちゃって」


これはマズい展開だ。カロリナの背を一筋の汗がツーっと流れ落ちた。


「わたし、できません」


「どんなふうか見てきてもらうだけでいいのよ。修理は、あくまで簡単に出来そうだったらって話。メイティスさんには電話で説明しておくから」


「そこまで言うなら……ふう、じゃあ、行ってきます……」


こうしてカロリナは初めての出張修理に向かうことになった。



震える指で呼び鈴を押したカロリナを迎えたのは穏やかな老紳士だった。


「おやおや、これはまた可愛らしい魔道具屋さんだ。」


カロリナは優しそうなその様子に僅かに緊張を解いた。


「ニコニコ堂のカロリナです。よろしくお願いします。」


「ああ、よろしく。まずはお茶でも上がっていきなさい」


「いいえ、わたし、こんな格好ですし」


彼女は作業シャツの袖をつまんで見せた。オーバーオールにシャツ、キャスケット、工具の入ったリュックというのは、優雅にお茶をする格好ではないだろう。


「なに、構わんよ。魔道具屋さんが作業着なのは当たり前だし、ちゃんと小綺麗にしているじゃないか」


「……では、お言葉に甘えて少しだけ」


カロリナは少しはにかんで誘いを受けることにした。このような善意を断っても、良いことなど一つも無いと知っているのだ。



「魔道ランプの調子が悪いと聞いているのですが」


老紳士が手ずから淹れた茶を一口飲み下したカロリナは、その馥郁たる香りを堪能しつつ尋ねた。


「ああ、最近、骨董市で手に入れたのだがね。かなり古い物らしいが、ちゃんとティレン社のエンブレムが刻まれている。それで、正規代理店のニコニコ堂に見てもらおうと思ったのだよ」


ティレン社は、どんなに古い魔道具でも修理対応することで有名なのだ。


「それで、どんな具合なのですか?」


「日によって明るさが変わるような気がするんだ」


聞けば、そのランプは日ごとに明るさを増しているのだという。


「そうなったきっかけは?」


「思い当たることは、特にないね」


「うーん、長いこと使われていなかったからでしょうか……エンブレムがあるということでしたが、現物を拝見してもよろしいですか?」


「あれだよ。飾り棚の照明にしているんだ」


メイティス氏が指差した方を見ると、確かに飾り棚の上に、壁に取り付けられた小さな照明があった。いかにも古いものだが、植物の蔓のように優美な造形のフレームに円盤型の発光部が支えられたオシャレな品だ。


「わあ、可愛いデザインですね。触ってみても?」


「もちろん」


カロリナは席を立ち、マニュアルを小脇に抱えてその魔道具に近づいた。よく見れば、ここ200年使われ続けているというティレン社のエンブレムが確かにつけられている。その下には“陰晴円欠”と書かれていて、どうやら道具のモデル名らしい。


「ええと……いんせいえんけつ、でいいのかな」


カロリナが持参したマニュアルは、それ自体が魔本となっている。ティレン社の魔道具名を発しながら開くことで、不具合が起きたときのチェック項目や対応方法が記されたページが現れるのだ。


「……これかなあ、“明るさが十分でない”……“スイッチを切り、発光部を柔らかい布などで優しく拭いてください。それでも明るさが回復しない場合は魔法流路の劣化が考えられます。修復方法は”……メイティスさん、このランプ、まず、掃除してみますね」


「よろしくお願いするよ」


魔法流路とは、魔法の励起のために必要な魔力の通り道である。高度な専門知識と技術が必要なその修理はとても無理だが、掃除するくらいなら彼女にも簡単だ。掃除用の布なら工具袋に入っている。


彼女は慎重な手つきでランプを手にするとスイッチを切り、布を取り出して丁寧に発光部を拭き始めた。そのとき


『――――よ』


カロリナは誰かに声をかけられたように感じて周囲を見回したが、メイティス氏のほかに誰もいなかった。外で話している人の声でも聞こえたのだろうか。


首をかしげながらも彼女は作業を続け、拭き上がりに満足すると、再度スイッチを入れた。


「……やっぱり、拭いただけでは特に変わりはないようですね。魔法流路の修理ということになるかもしれませんが、わたし、まだそれはできなくて……ご期待に沿えず、ごめんなさい」


「いや、カロリナさんは修理ではなくて、現状を確かめに来るだけだってゾルダムさんから聞いていたからね。この状況を伝えてくれれば、後でスムーズに修理ができるだろう?」


メイティス氏の言葉にカロリナは顔を上げて曖昧に笑った。


「そう言っていただけると、気が楽になりますね、ありがとうございます。……それにしても、本当に可愛らしいランプですね」


『ランプじゃないよ』


その声は、質も言葉遣いもメイティス氏とは違っていた。しかし、違和感よりも、そもそもランプではない、というその内容への驚きが勝った。


「えっ?」


『マニュアルをもう一度見て』


その言葉通り、慌ててマニュアルをよく読んでみると、読み飛ばしていた冒頭にこう書かれている。


“月齢表示器 陰晴円欠”


「月齢表示器ですって!メイティスさん、これ、ただのランプではなくて月の満ち欠けを表示する魔道具ですよ」


カロリナが声を上げるとメイティス氏は大変驚いた。


「なるほど!それなら満月が近づくにつれて明るくなっていくのは当然だ。よくただのランプではないと気付いてくれたね、ありがとう」


(……えっ、ランプじゃないって教えてくれたのはメイティスさんなのに?)


実際のところ、カロリナが聞いた声はメイティス氏のものではない。しかし、この時、彼女はすっかりそれを彼のものだと信じ切っていた。それでこのような疑問を抱いたのだが、それをわざわざ口にしても何の得にもならないだろうと、そのままにしてしまった。


よく考えてみれば、彼が「ただのランプではない」と知っていたなら修理の相談があるはずもないのだが、初めての出張修理が無事に終わった安心感で、そこまで気が回らなかったのだ。


(ちょっと緊張したけれど、来てよかったな)

初めてのお遣いでちょっと成長できたカロリナを、ちょっとした騒動が待ち受けます


後半に続く!

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