第92話:木鹿大王と甘寧
カァンッ!
鋭い音を鳴らすと甘寧は敵兵の刀を跳ね上げた。使っているのは鉄鎖である。
「おらっ!」
双鉞の片方を振り下ろす。そのまま敵兵の一人が真っ二つになると、再び残りの敵兵は逃げ始める。
「やっぱ敵わねぇよ!」
「なんで村に象が乱入した後にこんな化け物が現れるんだよ!」
「運悪すぎ……ぎゃっ!」
現在進行形で敗走している彼らは哀牢王を殺した後に撤退した兵達だ。中にはストゥントレン首長も含まれており、彼らは甘寧の追撃から必死に逃げ回っている。
「何なんだよ! 川の中に入っても追いつかれるし、走って逃げようにも足が速くて勝てねぇじゃねぇか!」
こうして彼らは半ば絶望しながら走っていたのである。そんな中、一人の兵が唐突に叫び声を上げる。
「あ、あれは!? 象じゃねぇか!?」
彼の視線の先には象が、そしてその上に居る鬼の形相をした木鹿大王があった。
「ぎ、ぎゃあああ!」
「う、後ろに逃げろ!」
「馬鹿か! 後ろにはあの化け物が居るだろう!」
「じゃあどうすんだよ!」
「まさか俺等が逆に囲まれたって言うのか!?」
そう話している間にも甘寧は手を止めない。一人、また一人と彼の双鉞に当たって崩れ落ちる犠牲者が増えていく。
前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。この場合では前門の象、後門の甘寧であるが、兵達は正しく虎や狼に囲まれた時の絶望を味わっていた。
ボキボキボキッ
ついに象に踏み潰された最初の犠牲者も出始める。敢えて触れてはいないが、甘寧は進軍を邪魔され、挙げ句の果てに合流してみると味方が壊滅していたことでかなり頭にきていた。木鹿大王に至っては言うまでも無いだろう。よって彼らが怒り狂った二人によって囲まれたならばそれはもうどうしようもないと言っても過言ではない。
「た、助けてくれ……! 何でもするから……!」
ついに切羽詰まったストゥントレンの首長は命乞いをし始める。彼の護衛は最早片手の指で数えられる程しか残っておらず、ここから巻き返すのは不可能だと言っても良かった。
「「……」」
その様子を見て木鹿大王と甘寧は顔を見合わせる。兀突骨の命令はやむを得ない場合を除き敵の司令官は生きたまま捕獲し情報を引き出すという物だ。助命を嘆願している以上、生け捕りにして捕虜とするのが筋だろう。そこまで考えて甘寧は口を開いた。
「……木鹿殿。その様子だと哀牢王殿はコイツらに殺されたと見えるが、間違っているか?」
「……」
その沈黙を、甘寧は肯定と受け取った。
「なら木鹿殿、コイツは今ここで踏み潰してしまえ」
「なっ!?」
それを聞いて顔を青くしたのはストゥントレン首長である。林邑の首長達の間では命乞いすれば殺されないことが既に公然の秘密になっており、いざとなったら降伏したふりをして隙を見て逃げ出そうと決めていたのだ。
「本当にいいのか?」
「待てっ! 聞いていた話と違うではないか!?」
「……この煩い阿呆を踏み潰してしまえ」
そう言うと甘寧は鉞を振り上げる。
「そこから動くなよ? 動いたら斬る」
そして甘寧は鉞を構えたまま、木鹿大王に言った。
「来い」
そう言われて木鹿大王の象が足を一歩踏み出す。だがストゥントレン首長だって人間である。踏み潰されると分かっているのだからまだ助かる見込みのある方を選ぶ。そう、彼は咄嗟に動いたのだ。
「っ……ぐぁっ!?」
そんなストゥントレン首長の足に容赦無く双鉞の片割れが飛ぶ。
「……他人の親を殺しておいて、自分だけ助かるなんて虫のいい話はねぇだろう」
「くっ……き、きさまっ!」
ボキッ
「ぎゃあああああああ!」
鉞を抜こうと地面に寝そべっていた所、手を砕かれる。森全体に彼の絶叫が響いたものの、気にする人は居ない。象の足が再び掲げられる。
「し、死ぬ、死ぬぅ!? やめろぉぉぉ!?」
迫ってくる象の脚を見て、足や手に重症を負い動けないストゥントレン首長が必死に叫ぶ。そんな叫びも虚しく、足はそのまま彼を踏み抜いた。
ボキボキボキ……グチャッ
生々しい音がなる。甘寧は一瞬顔を顰めたものの、戦場に生きる身としてはそれ程珍しい物でも無いのだろう。直ぐに木鹿大王の方に向き直ると、彼に向かって言った。
「どうだ? 少しはすっきりしたか?」
「……いや、最悪のままだな」
「そうか。なら何故すっきりしないのかを常に自分に問いかけろ」
そう言って再びストゥントレン首長の死体を一目見ると、今度は自分の兵に向かって言った。
「いいか! 此度のことは不幸な事故だった! やむを得ず敵が戦闘中に踏み潰されてしまったのだ! いいな!」
「「「おう!」」」
真っ青な空の下、叫び声が鳴り響いていた森の中に今度は男達の大声が鳴り響いた。
ね、熱が出て、苦しいであります…(筆者のリアル)
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