第32話:貂蝉と董卓
――3人称side――
「奴ら……何のつもりだ」
俺は今建物の影にいる。ここに面した通りには董卓様を殺そうとしている奴らがのんびりと歩いている。計画は聞きそびれてしまったが、顔は覚えた。
李粛の暗殺までしくじった俺は董卓様からの信頼度をかなり失っている。何とかして巻き返さねば。ついでに"あの方"にも報告しておくべきだな。
――1人称side――
「お呼びでしょうか、董卓様」
今俺は董卓の屋敷に居る。目の前では王允が貂蝉を連れて面会に来ており、俺と李粛は横で他の文官に混じって眺めているという格好だ。
「あぁ、なにやらお前の娘が美しいという噂を聞いてな。本当かどうか確かめに来てもらったのだ。で、娘というのは其奴か?」
「はい。私の養女である貂蝉です。数ヶ月前より董卓様の侍女の一人として仕えさせておりますが見覚えはございませんか?」
「あぁ、数日前に食事を運んでいた奴か。あの時は声をかけたのにも関わらず退出して行ったんだったな。そうか、お前は王允の義娘だったのか」
「……はい」
「お? 今日は逃げないんだな、あの日の威勢はどうしたんだ?」
「董卓様、私はもう退出してもよろしいでしょうか」
「おぉ、王允。まだ居たのか。退出してもいいぞ。そうだな、他の者も速やかに退出しろ!」
「はっ!」
「……董卓様、早く奥の部屋に向かうのは如何でしょうか?」
「ガッハッハ! いい女じゃないか、貂蝉。いいだろう、奥の部屋に向かおうぞ」
退出を命じられた俺と王允さんはこの言葉を尻目に退出せざるを得ないのだが、あとは布岳がきっと上手くやってくれるだろう。信じているぞ……!
――3人称side――
「董卓様、先ずは少し話を交わさせていただけますか?」
奥の部屋に向かった後、貂蝉はベットに座って董卓と話す。本当は今すぐにでも逃げ出したいものの、呂布や王允の為には逃げることができないと半ば襲われることも諦めていた。
「ほう? 話を交わす、か。何が話したいんだ?」
「いえ、普通は事に及ぶ前には多少なりとも親密になっておくものではないかと思いまして」
「なるほど、な。そうだな、女といえば音楽を嗜む奴が多いが、お前はどうなんだ?」
「音楽、ですか? 舞踊ならば上手く踊ることは出来るのですが、演奏するのは余り上手くありませんね。宜しければ一曲踊って差し上げましょうか?」
「おぉ、それはいい。おい! 誰か来い! 笙が吹ける奴は居ないか?」
董卓が大声を上げると、扉がスッと開いた。ちなみに笙とは竹を縦に束にして作る笛のことである。
「はっ、董卓様。不肖、董卓様がそう仰られると思いまして準備しておきました。どうぞお楽しみ下さい」
「おぉ、李儒か。気が利くな。よし、笙を吹かせるから踊ってみろ」
「分かりました」
貂蝉は立ち上がると、部屋の中で踊り始めた。幼少の頃から母親に舞踏を叩き込まれており、また、王允に剣舞まで叩き込まれている貂蝉の踊りはまるで蝶が舞っているようだった。
「良いな。実にいい。そうだ貂蝉よ、お前、俺の妾にならないか?」
「……。踊っておりますゆえ、後ほどお話できればと」
「うーん……なら踊りはもういい。笙を止めろ。どうだ、妾にならないか?」
「董卓様は随分と早急ですね」
「何事も早いほうがいいだろう?」
「……そうですね。妾になる、ですか」
「あぁ」
「畏まりました。相国様のお願いをどうして断ることがありましょう」
「ガッハッハッハ! 素直な奴だ。では貂蝉よ、妾になることになったのだし……」
貂蝉が儚げな顔で溜め息を吐く。董卓は上手い具合に事が運んで上機嫌なため、貂蝉の様子には気づいていない。その直後、戸が開いて部屋の外から布岳が姿を現した。
「董卓様」
「あ?」
「お忙しいところ申し訳ございません」
「なんだ。兀突骨の所の下仕えではないか。なんか用か?」
「西方の馬騰、韓遂が何やら動いているということで兀突骨様がお呼びです」
「チッ。分かった。今すぐ向かうと伝えろ」
「はっ!」
「……ということらしい、貂蝉。また今度呼ぶからその時に来い」
「畏まりました」
「全く、なんでこんな時に……」
ブツブツと独り言を呟きながら董卓は乱暴に扉を閉めた。
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