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第141話:奥方一行の長安入り

建安元年(西暦196年)1月

 

 益州から呼んでいた馬雲騄(ばうんろく)、蔡文姫、呂玲綺、貂蝉(ちょうせん)、厳婦人を乗せた馬車の一行が長安に到着した。聞くところによると護衛無しで彼女達だけで来たらしい。治安がそこそこ良い方とは言え戦乱後の漢中を通り成都から長安に向かう旅である。盗賊や物剥ぎが普通に出るのにも関わらず護衛無しを断行したというのだから、兀突骨は心配で門の外まで出迎えに来ていた。隣には呂布も一緒である。

 

「あら兀突骨様、長安の中でも待てない程寂しかったのですか?」


 そんな兀突骨だったが、やっとの事で来た馬車から降りた馬雲騄(ばうんろく)に開口一番嫌味を言われてしまう。言外の意図まで訳すと「益州に私達をずっと放置したのは兀突骨様ですよね?」だ。普通に怖い。

 

「いや、護衛無しで来たって言うから心配でさ……」

 

「そんな事を言うなら自分が護衛になれば良かったのでは?」


 白けた目で馬雲騄(ばうんろく)が兀突骨を睨み付ける。兀突骨は恐縮するものの、その沈黙を破ったのは新たに馬車から降りてきた蔡文姫であった。

 

「あっ! 兀突骨じゃないっ!」

 

 そう言って空気を読まずに兀突骨に抱き着く。

 

「ちょっ、ちょっと! 当たってるって!」

 

「……? 何が?」

 

 小首を傾げて蔡文姫が兀突骨を見上げる。その様子に対し何も言えない兀突骨だったが、蔡文姫の突然の乱入によって兀突骨を問い詰める流れがおざなりになった事を感謝しているのは秘密であろう。

 

「兀突骨も来てたんだ」

 

 そんな中、もう一人の妻である呂玲綺も馬車から降りて来る。こちらは銀色っぽい髪の毛が風に吹かれることによってより艶めかしく見える。というか長い間妻達に会っていなかったせいで誰を見ても綺麗に感じる。相変わらず馬雲騄(ばうんろく)はちょっと怖いが、別に美しくない訳では無い。

 

「あらあら、お熱いですこと」

 

 図らずも妻達に囲まれることになってしまった兀突骨を見て馬車から降りたばかりの厳婦人が言う。側には貂蝉(ちょうせん)も立っていたが、当の貂蝉(ちょうせん)の方は不満気に兀突骨の方を見ていた。

 

「馬車から降りてからずっとあの調子よ。呂布様の方は手を出す様子すら無いのに」

 

 その言葉を聞いて呂布の方を見る。が、肝心の呂布は久しぶりに貂蝉(ちょうせん)達に会えたのが余程嬉しかったのか隣に立ったままずっとフリーズしていた。何を呼び掛けても反応が無い。……まぁ暫くすれば治るだろう。

 

 それにしても貂蝉(ちょうせん)は成都に居る間に随分環境に慣れたようで、前の堅苦しい敬語の癖も無くなっていた。厳婦人はどうやら元来敬語を使うらしいが、貂蝉(ちょうせん)の方はこれが素なのだろう。まぁ元々王允(おういん)に拾われた孤児だったらしいし当たり前かもしれない。

 

「そう言えば兀突骨、改めてだけど長安奪還おめでとう」

 

 そう思っていると蔡文姫がお祝いの言葉を掛けてきた。素直にお礼を……んんん? 蔡文姫?


「蔡文姫、お前長安陥落のこと知ってたのか?」

 

「勿論よ。あんたが南蛮から帰ってきた時は知らなかったけど、漢中を攻め終えて長安に向かう頃には流石に気づいたわ。漢中を制圧しきったのに戦いが終わる雰囲気じゃなかったもの。どうせあんたの事だから私に配慮して伝えなかったんでしょ?」

 

「あ、あぁ」

 

 全てお見通しである。流石は才女様だ。そして蔡文姫の才女っぽい所を初めて目にしたというのは秘密だ。

 

「で? お父様の墓は何処にあるのよ? この際だから墓参り位はするわよ。王允(おういん)さんの墓だって一緒に有るんでしょ? 貂蝉(ちょうせん)さんと一緒に向かうわ」

 

「あ、それなんだけど……」

 

貂蝉(ちょうせん)さんも行きましょ。兀突骨が案内してくれるらしいわ」

 

「そうね」

 

「あの……」

 

「で? 何処にあるのよ。早く言いなさいよ」

 

「勿体ぶらずに早く言って下さい」

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、漸くその意味が分かった。二人しか居ないのに既に五月蠅い。話も聞いてくれない。いや、馬雲騄(ばうんろく)や呂玲綺、厳婦人もこの場に居るから彼女達も加わるともっと五月蠅くなるかもしれない。


「いや、実は蔡邕(さいよう)殿、義父上も王允(おういん)殿も亡くなっていないんだ」

 

「「はぁ?」」

 

 蔡文姫と貂蝉(ちょうせん)の声が被る。何を言ってるんだと言いたいのが顔から見ても分かった。

 

李傕(りかく)の追手から上手く隠れていたらしくてね。今は門の内側で待っている筈だよ」

 

 それを聞いて蔡文姫が俯く。心做しか少し震えているようにも見えた。

 

「蔡文姫?」

 

「……」

 

 しかし蔡文姫は答えない。

 

「えっと……?」

 

 兀突骨が心配して蔡文姫の顔を覗き込むと蔡文姫は急に顔を上げる。

 

「っ……! そういう事は早く言いなさいよっ!」

 

 次の瞬間、蔡文姫は兀突骨に思い切り飛び蹴りをかました。



 

 こうして無事妻達が長安に入り、蔡邕(さいよう)王允(おういん)との感動の再会を過ごした後。蔡文姫と貂蝉(ちょうせん)、厳婦人と呂布、呂玲綺の五人は蔡邕(さいよう)王允(おういん)ともう少し話し込むことになって屋敷に向かっていった。残された兀突骨と馬雲騄(ばうんろく)は役所に向かいながら歩いていた。


蔡邕(さいよう)様と王允(おういん)様は亡くなっていなかったんですね」

 

「あぁ。張温殿の屋敷で世話になっていたみたいなんだ。後でお礼とかを持っていかないといけない」

 

「そう云うことは任せて下さい。成都ではよくやっていましたから」

 

「成都で?」

 

「はい。諸将の奥方とも話さなければなりませんし、お礼の品等を届けるのもよくやっていましたよ。成都ではやることが無かったので劉璋様や馬岱(ばたい)殿の指導、武術の鍛錬、書類の整理、奥方との交流ばかりやっていましたから」

 

 それはやることが無いと言えるのか……?

 

「うーん、なら任せようかな。いつもありがとうね」

 

「そう思っている癖に益州に居る時間は短いですがね」

 

「ごめんって」

 

 ちょっとイジケている馬雲騄(ばうんろく)の手を繋ぐ。これで機嫌を直してくれたら幸いである。

 

「全く……埋め合わせはきちんとして下さいね?」

 

「はは……。近い内にするよ」

 

 そんな会話をしながら馬雲騄(ばうんろく)と兀突骨は益州から持ってきた書類を片付ける為に役所に入っていくのであった。

実は長安に来る前の数日、蔡文姫の目は赤かったとか赤くなかったとか…。

今日から月水金更新に戻ることになります。地図に関してはすぐに貼り付けたい…貼り付けたいんです…。


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