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8.捲土重来(けんどちょうらい)

 自宅を宿として貸し出すこととなったエンタクは、ヨマリマへ相談しギルドの所有する馬小屋を借り受けた。残されている匂いは気になるものの、現在は馬が一頭もおらず広々としていてなかなか快適だった。


『まったくよ、なんでこんなクサいとこに陣取ったんだよ。もっとマシなところがあっただろうにさあ』


「まあそう文句を言うもんじゃねえよ、何より安く済んだんだ。そんなことよりもいくら出張所だからと言って、ギルドの職員があの婆一人しかいなかったとはなぁ。そりゃ休みもねえはずだ」


 同情はするが別に手伝ってやろうとかそんなつもりは毛頭ない。根無し草のような冒険者からしてみれば、決まった場所で決まった仕事をしている者の気持ちがわかるはずもなかった。


「この馬小屋が空いてる間は5エントで使い放題だぞ? 自宅を二晩貸すだけで元が取れっちまうんだもんなぁ。ぼろい商売だぜ。後は使い終わった後の掃除をしてくれる奴を探しゃオレは何もしなくて済むってもんさ。宿を貸して観光案内してやるだけでウハウハじゃねえか」


『なるほど、匂いなんてどうせすぐ慣れるし少し我慢すれば酒飲み放題、砂糖喰い放題ってわけか。オッサンには商才あるのかもしれないな』


「そうだろうそうだろう、問題は継続的にお客が来るのかどうかだな。ま、何もない時には冒険者稼業をしてりゃいいわけだし問題はねえだろう。カワイ子ちゃんの客が来たらオメエは人気者になっちまうかもしれねえぞ?」


『カーッ、そりゃいい。この村には若い女が一人もいないもんな。まったくビックリしちゃうぜ。こないだ婆の店でなんか言ってたよな。出稼ぎ?』


「うむ、村人の高齢化だろ? 若いのがみんな出てっちまったら後は寿命を待つだけの爺婆だけってことだから大変だわな。全員ポックリ逝ったら村の消滅ってことだぜ?」


『そん中にはきっとエンタクも含まれてるんだろうな。そしたら契約切れだからオレサマはどっかへ砂糖探しにでも行くとするか』


「おいおい、もしもの話だしはるか先のことなんだから、簡単にオレを殺すんじゃねえよ。ついこないだ死んだばっかりなんだし早々何度も死んでられねえぜ。さて次は家を片付けないといけねえ。金のためとは言え面倒だな」


 そう言いながら家の中からごみを放りだし、掃き掃除をしてベッドを整え宿屋として使えるように整えていった。ひとまずはこんなところだろう。だがすべてが終わった後に片付けることも考える必要も有り、考えるだけでうんざりしてくるエンタクである。


『おいオッサン、こりゃなんて書いてあるんだ? オレサマは人間たちの字はあんま読めねえからわからないんだよ。えんタク…… しい、光? わざわざオッサンの家って書いたのか?』


「うむ、これはな? 『エンタクの楽しい観光案内宿泊所』って書いたんだよ。もしかして楽しいよりも素晴らしいのほうが良かったかな?」


『あさましいとかさもしい、怪しいでなくて何よりだよ。略して『えんたくしい観光』でいいな? それでも長いくらいだぜ』


「なるほど、略して呼びやすくするのもありだな。エンとエントは被って金に汚ねえ印象持たれそうだからタクシイ観光にすっか、うむ、こりゃあ我ながらいいネーミングだぜ。よし書き直しておこう」


『ちゃっかりしてるなあ。言い出したのはオレサマじゃねえか。それに金に汚いのは事実だろうに。


 エンタクはそう言うと木製の看板を裏返しにして『タクシイ観光・宿泊所』と書きなおした。最後にギルドから勝手に持って来た植木を玄関先へ置いて見栄えが整ったところでエンタクたちの商売が始まりを告げた。


『んじゃま馬小屋へ戻って次の用意だろ? いよいよオレサマの出番ってわけだからありがたく見てろよ? 空間系の魔法は専門分野だから任せておけ』


「期待してっからしっかりと頼むぞ? 稼ぎが良くなって商売が軌道にノリャあ、よその街へ遊びに行くこともできるようになるからな。若いネーちゃんのいるような店に行きたきゃ頑張らねえといけねえぜ?」


『もちろんだ! 最近ふわふわもっちもちとご無沙汰だからなあ』そう言ってクプルは怪しい手つきをしながら鼻息を荒くしている。エンタクのことを怪しいだのと揶揄したばかりである『この妖精』が一番下品で怪しい奴なのである。



 ギルドから借り受けた馬小屋に戻った二人は、残されていた荷車をきれいに洗い人を乗せられるように布団を敷きつめた。背中のあたりまできちんと覆ってやるとちょっとしたソファのようである。


「よし、それじゃ試してみるか。まずはオレが引いてみるから合図をしたら魔法を頼むぞ? 一度かければしばらくは効果が続くんだろ? 一日くらい持つのか?」


『こんなもんへかけたことが無いからやってみないとわからないな。でも岩を浮かせたまま二晩くらいそのままだったこともあるから大丈夫だろ。問題は浮かせ過ぎないことかもしれないぜ』


 エンタクはクプルを肩に乗せてから、本来は馬へ取り付ける荷車の輓具(ばんぐ)を手で握ると人力で荷車を引きはじめた。それなりの重さがあるはずだが、流石鍛え上げた肉体を持つエンタク、すいすいと進むことができている。


「よしやってくれ、急に軽くなるってことだよな? 少しだけで頼むぞ? 足りなきゃ追加を頼むからよ」


『おう、わかってるよ、任せておけ』そう言うと、クプルは荷車へ向かって対象を浮かせるための魔法をかけた。


「おうおう、コリャ楽だな。もういっちょ頼むぜ。おお、おうおうおー、これくらいで良さそうだ。これ以上かけると浮き上がっちまいそうだから、人を乗せてからかけた方が良さそうだな」


 こうして王国の端にあるムサイムサ村という僻地で、エンタクとリンリクプルによる『タクシイ観光』が開業したのだった。



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けんど-ちょうらい【捲土重来】

 一度敗れたり失敗したりした者が、再び勢いを盛り返して巻き返すことのたとえ。巻き起こった土煙が再びやって来る意から。


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