65.胡蝶之夢(こちょうのゆめ)
緊迫した状況の中、賊を撃退し安堵した二人である。
「さてと―― うん、どうやら全員生きてるみたいでひと安心だねえ。縛り上げてからゆっくりと尋問するとしようか。オマイさんも怪我はないかい?」
「もちろん、これくれえなんともねえよ。ミチュリにも何もなかったようでなによりだ。それにしてもやっぱり魔法はすげえなあ。オレは一人倒すだけで精いっぱいだってのに」なかば自虐的とも言えるようにエンタクはつぶやく。
「なに言ってんのさ、立派だったよ。二対一だったんだからやられてないだけで十分ってところだろう? 専業の剣士でもないんだしさ」確かにマッパーにとって戦闘はは専門外である。
「そうだな、オメエは十分よくやったよ。だからもうこの辺で諦めとけ。いくらいい歳だからと言って、他人のために命かけたって社会貢献にもならねえだろうぜ」賊が逃げた方から再び誰かが現れたのだが、その姿を見た二人は声にならない声を上げた。
「オメエこんなところで何してやがんだよ。今までどこに居やがったんだ? それにまさかオレたちを殺りに来たわけじゃねえだろうな?」エンタクは家族を守るために再び鉄棒を握りしめて攻撃に備えるが、どう考えても勝ち目は無かった。
「シェルドン! アンタ生きてたのかい、ひとまずは良かったよ。と言いたいところだけど、どうにもそんな雰囲気じゃないねえ。カミリガンも元気にしてるのかい?」
「ああ、しっかりと土蔵に閉じ込められて生きてるぜ。おっと、さっきのやつらに捕まったわけじゃねえ、とは言い切れないが、間違っても俺たちが力づくでやられたなんて思うなよ?」
「違うのか? じゃあ何なんだよ。それに狙いはオレやハイヤーンってわけじゃねえんだろう? あの探索とその後姿を消したのと、全ては繋がってるってことか?」
「まあ繋がっちゃいるけど計画的ってわけでもねえさ。偶然が重なってこうなってるってとこまでは教えといてやるさ。だが英雄譚に出てくる悪役じゃないんだ、事情を細かく説明する趣味はないんでわざわざ話はしないぜ」そう言うとシェルドンは腰から剣を引き抜いて真っ直ぐエンタクへ向かっていく。
一瞬でエンタクの目の前まで走り寄ったシェルドンの鋭い一撃が陽の光を反射しながら振り下ろされる。完全に避けきれるタイミングではなかったのだが、クプルが魔法で体ごと飛ばしてくれたため真っ二つにならずに済んだ。
「ちっ、魔法の助力があるならあまり舐めてかかるのもヤベエな。遊びじゃねえから一気に済まさせてもらうぜ」シェルドンはそう言うと、クプルの助力を見越した力量込みのエンタクへと再び襲いかかる。
その移動速度と剣技の鮮やかさはさすがである。だがその太刀筋は僅かだがためらいを感じさせるものだった。なぜこんなことをしているのかはわからないが、自分の意志のもと進んでやっているようには見えない。
それでも妖精の力を借りて移動速度が倍ほどに上がっているオッサンをあっさり追いつめると、今度こそ避けきれそうにない鋭い一撃が襲い掛かる。避けきれないと悟ったエンタクは一か八かの賭けに出た。
シェルドンの一撃を脇の下で受け止めそのまま握りこむ。手に持っていた鉄棒を当てたとはいえ刃先は脇の肋骨へ向けて食い込んでおり相当な激痛が走った。しかし何としても離すわけにはいかないと力を込めて叫んだ。
「ハイヤーン! このままやっちまってくれ!」脇の下と手のひらから血を流しながらシェルドンへ抱きつくようにしがみつき相手を拘束すると、そのままもたれかかり地面へ押し倒す。これならすぐに動くことは出来まいとの狙いである。
しかしハイヤーンはためらってしまった。それも当然だろう。今殺傷力のある魔法を撃ちこんだとしたら、相当上手くやらないとエンタクもろともあの世行きとなってしまう。その僅かな躊躇がシェルドンに反撃機会を与えてしまった。
地面へ寝転がされたまま、腰から引き抜いた投げナイフをハイヤーンへ向かって放ると、鋭い剣先が真っ直ぐに彼女へと向かう。気が付いたエンタクが止めようと手を伸ばしたが時すでに遅し。
飛んで行ったナイフはハイヤーンの腿へと突き刺さり彼女は膝をついた。さらには緩んだエンタクの拘束から一瞬で抜け出たシェルドンが、まだ起き上がれないでいるエンタクを地面へ一刺しにする。その姿はまるでモズに捕らわれたカエルのようだ。まもなく大量に血を吹き出しながらピクピクと痙攣してすぐに動かなくなった。
その姿を見て激高するハイヤーンが言葉を発する間もなく、腹から真横に致命傷の一撃が繰り出され彼女も後を追う。残されたのは一人で戦う意思の持てない小さな妖精のクプルと、現状を理解している様子もなく、崩れ落ちたハイヤーンの手を握りしめたまま地面へしゃがみこんだミチュリの二人だけだ。
そしてまた彼女もあっさりと斬られ絶命した。
◇◇◇
緊迫した状況の中、賊を撃退し安堵した二人である。だが安堵もつかの間、見知った顔が深刻な面持ちで近づいてきた。
「おい、そろそろ理解できたか? 俺も実際にやってみるまでは疑ってたがな。ああ、もちろんオマエラを殺ることにためらいは無いぜ。なんならもう一度やってみても構わねえさ」
「シェルドン、アンタなにを言ってるんだい? いや、アタイもなにが聞きたいのかわからなくなってきたよ。なんだかこの光景に覚えがあるような気がしなくもないけれど……」ハイヤーンは躊躇いながらエンタクへ視線を移した。
「一体どういうこった…… オレは自分がおかしくなっちまったように感じてるんだがよ? これからシェルドンに斬られた記憶があるぜ。これからの記憶って言い方がそもそもおかしいってのは置いといてだな? オマエさん、なにを知っていて何をしようとしてるんだ?」
「ちっ、察しの悪い奴らはこれだから困る。それに俺は物語の悪役みたいに事情をペラペラ話しながら戦うような真似はしねえって言っただろうが。と言っても言ったのは前か前かその前かの話だから俺の記憶もおかしなことになってやがる。事前にわかっていてもこれだから恐ろしいぜ……」
「アタイは夢を見てるってことなのか? それともこれは死後の世界ってやつだったりするのか? ミチュリは―― どうやらいつもと変わりなくってところか。説明したくないってのはわかったけど、かといって聞かせてくれないとなにもわからないじゃないか。アンタ本当にここを襲いにやってきたのかい?」
「そうだよ、こっちも事情があるからな。オマエラを殺る必要はないから、本当は抵抗しないでその小娘を渡してくれりゃいいだけなんだよ。どうせ他人なんだから構わねえだろうに。もし俺がオマエラを始末して、その後に娘を生かしたまま連れていったらどうなるか考えてみろよ」
「まさかオレの記憶にある出来事が、嫌な予感とか想像じゃなく現実だとでも言いてえのかよ。ついさっき、これから殺されたのが現実だって? これからだって言ってんのに終わったこととして口にすることで頭が変になりそうだぜ」
「大丈夫だ、問題ないぜ。お前は頭が変なわけじゃなくて、頭が悪いだけだからな」そう言ってシェルドンは殺気を解いた。
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こちょうのゆめ【胡蝶之夢】
夢か現実かはっきりわからないさま。また、人の世がはかないこと、人生がはかないことのたとえ。




