64.亢竜有悔(こうりゅうゆうかい)
まだ風は冷たいが、陽の光を温かく思う程度には春の兆しを感じる日が多くなってきた。つまりグノルスス洞穴墓所への最初の探索からは約三十の晩が過ぎ、調査員たちは王都とムサイムサ村を数度往復しながら調査を進めている。
しかしシェルドンとカミリガンはあれ以来消えてしまったままで、王都のギルドではちょっとした騒ぎになっていた。まさかSSSSランクの冒険者が行方不明になるようななにかに遭遇したのか、それとも痴情のもつれで重大な事件になってしまっているのだろうかと言いたい放題らしい。
正規報酬の四分の一を受け取り、その後も調査隊の護衛として雇われているニクロマからそんなことを聞かされているエンタクたちも、さすがにカミリガンの身を案じはじめていた。
「まさかシェルドンの野郎、嫉妬に狂って本当にカミリガンを殺っちまったんじゃねえだろうな? 王都に居ねえことはほぼ確定だが、だったらどこに雲隠れしてるんだって話しだしよ。この村じゃなけりゃジョト村にでもいるのかもしれねえがなあ」
「そうさねえ、でもまともに暮らすには手元に金が無いとどうにもならないよ? つまりはギルドの受け付けで貯蓄を引き出さないといけないじゃないか。でもその形跡もないってんだからさ。明らかにおかしな話さね」ハイヤーンの言うことはもっともである。
冒険者にとってギルドとの結びつきは切っては切れないものだ。ある程度のランクになって資産持ちになれば、すべてを持ち歩いて行動するようなバカはいない。王国大金貨に変えたとしても二十枚も持てば剣一本分ほどの重さである。
そのため普段はギルドへ預けておくのが一般的常識だし、それを引き出すのはギルド登録と同じく、瞳を投影する魔道具での個人特定機構を使用することから、絶対に本人でないと行えない。
つまり貯蓄を引き出せばギルドで必ず把握できるため、着の身着のままで身を隠し続けるのは困難なのだ。そこからはじき出される答えは限られる。
「だがシェルドンの足跡も全く分からねえってことはだぞ? ヤツももう…… いや、この話はもうやめだ、ヤメヤメ。オレたちが考えたところで何ができるわけでもねえし、最悪のことを考えるよりも忘れた方がまだマシだってもんだ」
「だけどオマイさん、自分もそうだったけど別人になり変わったって可能性もあるだろ? ああでもそうすると今までの資産を捨てることになっちゃうのか。アンタと違って相当溜めこんでたはずだから、さすがにそれは考えにくいねえ」ハイヤーンはとにかく一言余計である。
「女癖が悪くなきゃ相当の成功者で尊敬される存在になれたと思うんだがな。あれはもう病気みてえなもんだ。一人で満足できねえんだからイカレてるぜ」エンタクがそう言うと顔を赤くしながら無言で呟くハイヤーンだった。
「ま、まあオマイさんにとっては嫌な奴なんだからさ。もうきれいさっぱり忘れちまえばいいさね。アタイももう他人だから忘れることにするし、忘れられないにしても反面教師にして自分はつつましやかに生きて行くことを心掛けるよ」
「そうだな、『貴族と成金こそ声を潜めよ』とかよ。横暴だったり驕ったりしてたら良い目ばかりは続かねえと昔から言うもんな。同じようなやつがいたからこその格言だろうが、まさか身近に出るとは驚きだぜ」
王都へ戻って行った調査員一行を見送ってから部屋の掃除を始めつつ、そんな話をしていると突然クプルが騒ぎ出した。
『おいオッサン、今日はこんな時間に客が来る日なのかねえ? オレサマの魔法柵を破って入ってくるやつがいるぜ。しかも墓場の間辺りからなんて趣味が悪いったらありゃしないな』
「そりゃただ事じゃなさそうだ。こっちも聞きてえことがあるけどどうしたもんかと思ってたからちょうどいいかもしれねえ。とっ捕まえてなんでもいいから聞き出そうじゃねえか」エンタクはやる気満々で出て行こうとするが、それをハイヤーンが静止した。
「アンタ、多勢に無勢って言うだろ? それに数人相手に大立ち回りできるほどの腕前じゃないんだから大人しく迎え撃った方がいいさね。ミチュリが目的ならきっと家の中まで入ってくるだろうよ」その予想は半分当たりで半分外れだった。
確かに家の中にいるミチュリが目的だと思われ追い詰めようと近づいては来た。しかしそのまま押し入ってくると思いきや、賊は思い切った手段を取ったのだ。
『おい! やつらまさか家に火を放とうとしてるんじゃないだろうな? 昼間だってのに松明持ってるぞ? 人数はええっと―― 六人だな、ヤバいんじゃないか?』
「ちょっとアンタ! なにぼさっとしてるのさ! 早く片付けに言っておいで! まさか命を取ろうと思ってたとは予想外だよ。一体どういうことなんだい!?」どういうことかと聞きたいのはエンタクも同じこと。
この家が狙われる理由として考えられるのはアマザ村とミチュリに関わることくらいである。いつか取り戻しに来るのではないかと思っていたからこそ、クプルには空間魔法による侵入者検知をしてもらっていたわけだ。
それがなんと取り戻すのではなく、なんの確認もせず亡き者にするための行動に出るとは予想を超えていた。それほどまでにミチュリの存在が邪魔だと言うならなぜ手元にいるときに始末していなかったのだろうか。
エンタクもハイヤーンも同じことを考えていたが、それをなぜ今になって抹殺しようとしているかがわからない。謎は深まるばかりだとしても、そんなことを考えている猶予は無い。
エンタクは言われるがまま表へと飛び出して迎え撃つ体勢を整える。ハイヤーンはミチュリを連れて玄関扉のすぐ内側で様子を見ながらいつでも出られるよう構えた。
迎撃態勢を取った家主を見た賊たちは、とうとうコソコソすることなく姿を現してにじり寄ってきた。片手には松明、もう片手には剣やナイフを持ち殺る気満々と言ったところである。
「オマエラは何もんだ! なぜウチを狙うんだ、金目のもんなんてねえから無駄だぞ!」エンタクは意味がないとわかりきっている台詞で相手を牽制してみるが、やはり何の意味もないらしく返事は無かった。
賊たちの目的はやはりミチュリなのだろう。エンタクを一斉に襲いはせずバラバラに動いて家へ火を付けようと近づいていく。もちろん防がれないようエンタクの動きを抑えるために二人が正面から襲い掛かってくる。
それを何とか捌きながら打ち合いをしているが、身を守るだけで精いっぱいのエンタクである。クプルの魔法で動きが軽くなっているとは言え、二対一で圧倒できるほどの能力はない。
そうこうしているうちに残りの四人が家のすぐそばまでたどり着いてしまい、家に火を放つと、ハイヤーンは玄関から出て片っ端から魔法で消していった。だがさすがに手数が多く、バラバラに動かれて的を絞りこむことも難しい。
「頼むから死なないでおくれよ? まったく夢見が悪くなっちゃうからねえ」そう言いながら仕方なく賊への直接攻撃に転じると、電撃連鎖を全員へと打ち込んだ。一発で動きを止めた賊たちを見て命があることを願うハイヤーンだが、痙攣している者がいたのでどうやら大丈夫そうである。
同じころ、ようやく一人打倒したエンタクはもう一人と睨み合っていたが、転がったよ四人を見ると動揺したのか踵を返し走って逃げて行く。
だが戦いはこれで終わりではなかった。
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こうりょうゆうかい【亢竜有悔】
高い地位についた人、名声を得た人、また、大金持ちになった人など、栄耀栄華えいようえいがをきわめた人たちは、つつしまないと大きな失敗をして後で後悔するということ。




