59.狂瀾怒濤(きょうらんどとう)
調査員が大きな声を上げた理由は二つあった。一つは砂以外の物が入っていた棺が存在したこと。そしてもう一つはそれまで同様砂も入ってはいたのだが、その中に人が見につけていたと思われる装飾品が残されていたからだ。
「ちょっと待ってくれ? 頭の中が整理できねえぜ…… もしかしてこの砂のようなもんは――」エンタクが調査員を後ろから覗きこみながら核心に迫ろうとしたところでハイヤーンがその続きを言わせないよう邪魔をした。
「アンタ! それ以上は言わないでおくれよ。言いたいことはわかるけど、ここには小さい子供がいるってことを忘れちゃいないかい?」そう言いながらミチュリの頭を抱きよせる。
「そうか、そうだったな。すまなかった。ミチュリ、ここはあんまいいところじゃねえからみんなで外へ出ていよう。そのほうがいいだろう?」
「ここにいても役に立てることは無いだろうしそうしようかね。水でも飲んでひと息入れようか。干し肉と乾パンは持ってきてるんだろう? 干し果物もあるかい?」
「ああもちろん持ってきてるぜ。ミチュリは果物が好きだからな。まあ表も大人の話し合いの真っただ中ではあるんだがなあ」
だが部屋から出てみるとシェルドンとカミリガンの姿は無かった。代わりに地面へ走り書きが残されており、もうやることが無いから帰るとある。もちろん帰り道の護衛はニクロマに任せると添えてあった。
「まったく身勝手なやつらだ。話しが拗れたなら二人でいなくなるなんてこたあねえはずだ。つまり二人が揃ってねえと都合が悪いってことだからな。おいおい、なんでそんな不思議そうな顔してるんだ?」エンタクの言葉をすぐ脇で聞いているハイヤーンは、何を言っているのか全く分からない様子である。
「ねえアンタ? なんで二人が揃っていなくなった理由に当てがあるんだい? なにも言って無かったし明らかにケンカをしてたじゃないか。それなのに二人で―― っておい! まさかシェルドンのやつ、カミリガンを殺っちまおうとどこかへ連れてったんじゃないだろうね!?」
「いや、ヤっちまおうとしてるんだとは思うぜ? でもこれ以上はミチュリもいるからやめとこうや。あんな勝手なヤツラのことはどうでもいいさ」
「なに言ってんだよ。いくらなんでも嫉妬が過ぎるだろ! 早く探して助けてやらないと、このままじゃどこかへ連れ込まれて殺られちまうよ!?」
「そうは言ってもなあ。別にはじめてじゃあるめえし、もしおっ始めちまってるとこに出くわしたら気まずいじゃねえか。オメエなんて特に見てられねえだろうよ」
「随分とのんきなこと言ってるけどカミリガンに恨みでもあるのかい? 嫌ってるって公言してるアタイだって助けないといけないって考えてるのに、アンタはなんでそんな冷たいこと言えるんだよ!」
「ん? ちと待てよ? もしかしてオメエさんは、シェルドンがカミリガンを殺しちまうから助けに行こうって言いてえんだな?」
「そうだよ、始めからそう言ってるじゃないか。アンタもそう言ってただろ?」ここまで聞いたエンタクはハイヤーンへ耳打ちをした。すると彼女の顔はみるみる紅潮し耳元まで赤く染め上げて行く。そして――
「いってえええ! なんでオレがこんな目に! チクショウ!」鼻先へ雷を落とされ不満を吐きながらも、恥じらっているハイヤーンに見とれる新婚のオッサンである。
こうして話が一段落し、ようやく休憩の支度を整えたエンタクがおやつを渡していくと、いつの間にかやってきたニクロマが物欲しそうに一家を眺めていた。
「おいニクロマ、オメエもしかして手ぶらか? 水くらいは持ってんだろ? 腹減ったなら乾パンでもやろうか?」パーティーでいるときには豪快に笑い大口をたたくニクロマだが、実は元来大人しい性格なので自分から分けてくれとは言えないのだ。
「おう、なんだか悪い気もするが小腹が減ってるから遠慮なくいただくぜ。食料はシェルドンが持ってたんだよなあ。オイラの担当は荷物運びだから帰りはあの砂の山を運ばなきゃならねえ。しかも置いてきぼりだぜ?」
嘆くニクロマへ干し肉を乗せた乾パンが差し出された。エンタクにしてみれば、自分を追いだしたシェルドンは気に食わないが他のメンバーに恨みはない。かと言って積極的に関わろうとするほどの仲とはとても言えない。
それでも大男がひもじい思いをしている姿を見続けるのは辛いし、二人が先に帰った理由もわかっていて落ち込んでいるニクロマをそのままにしておくのは忍びなかったのだ。
部屋の外へ出て来て一休みと言っても、パンをかじったり果物を食べたりしているだけあって皆無言なのだが、それは棺の中から出て来た『砂のようなもの』の正体について誰も考えたくなかったからとも言える。
調査員だけ残し部屋の外へ出た冒険者たちの間でそんな嫌な雰囲気が漂っているとは知らず、興味魅かれる研究材料に出会った調査員たちである。当然のように大喜びで調査を進めている。冒険者風に言うならば国宝級の宝に出会った如くと言ったところか。
それからエンタクたちへ声がかかったのは予定よりも大幅に遅れてからだ。調査に夢中になり過ぎた彼らの気が済むまで結構な時間がかかり、ようやく一段落したところでニクロマが呼び出された。理由はもちろん荷物持ちである。
「いやあ今回は本当に大収穫と言っていいでしょう。これほどの残置物が確認できたダンジョンは初めてです。今までは空か埃が少々残っている程度でしたから」大荷物を背負わされたブツブツ言っているニクロマを従えて調査員二人がようやく出て来た。
「そりゃあなによりだ。オレも案内した甲斐があったってもんだぜ。それにしても結果はすぐにわからないもんなんだろ? 先日鑑定へ出した光る苔の結果もまだ届いてねえくらいだからなあ」エンタクはチクリと探りを入れた。
「ああ、あの苔はごくごく小さな回虫の仲間だと推察していたのですが、先ほど実物を見て確信しました」するともう一人が続いて説明を引き継ぐ。
「その分析は私の所属する研究室が担当になったのですが、報告で光ると言われていたものの届いた段階では真っ茶色だったたのです。そのため光っているところは今回初めて確認できました。残念ながら金銭的価値は現状でほぼ無し、今後光ったまま保持できることでもわかれば別でしょう」
「なんだよ無価値なのかあ。それじゃオレたちの儲けはともかく、駆け出し冒険者たちが懐を温かくできると言ってダンジョンが賑わうこともなさそうだな」そのおこぼれで観光業が宣伝できると期待していたエンタクとハイヤーンはガッカリした様子を見せた。
「それよりも遺留品と思われる中からこれが出てきたのですが、古代語とも魔導文字とも異なるようで解読できないのです。もしかしたら妖精語と言うことはありませんか?」どうやらスピルマンであるハイヤーンに期待をかけたようで、発見された装飾品らしきものの中から板状のネックレスを取り出した。
「どうだろうなあ、アタイも妖精語にはあまり詳しくないんだ。でもアイツらの文字文化ってそれほど発達して無くてどちらかというと暗号に近いから、群れが異なるだけでも読めないことがあるらしいよ? 村へ戻ったら写しを取らせてもらって知り合いの妖精へ聞いてみてもいいけどさ」
目の前にかざされた金属板には確かに見たことのない文字が刻まれている。それは文字と言うよりひっかいたような傷が並んでいるだけに見えるが、見る人が見れば妖精の文字に見えるらしい。
ハイヤーンが読めなかったのは想定範囲内と言えるが、その彼女の背後からミチュリが覗き込んでおり、それを目にした瞬間驚くべきことが起こった。
「あああああああ! うわあああわああ! あわわわあああわああわあ!」
突如大声で叫びだした彼女は部屋の中へ向かって走り出そうとし、ハイヤーンが慌てて捕まえるが、どうしてももう一度隠し部屋へ行きたくて仕方ないらしい。
そんなハイヤーンは、希望通りにしていいものか判断できないらしく、両手両足をバタバタさせているミチュリを抱き抱えながらエンタクへ視線を向かわせた。
「わかった、もしかするとコイツがこうなっちまったことに関連してるのかもしれねえしな。行ってみるとしよう。もちろんオレもついていくから安心してくれ」
暴れるのをやめず叫び続けるミチュリに戸惑いながらも、夫婦は再び隠し部屋へと戻っていった。
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きょうらん-どとう【狂瀾怒濤】
ひどく乱れて手の施しようのないさま。荒れ狂いさかまく大波の意から。




