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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第五章:オッサンは器がでかい

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57.狐疑逡巡(こぎしゅんじゅん)

 次は壁沿いの棺を開けようと調査員たちが再び準備を進めている。カギ爪を引っかけてロープを部屋の外まで這わせると、シェルドンとニクロマへと受け渡す。二人は百戦錬磨の強者である『回廊の冥王』のツートップ、さすがに二度目なので緊張も取れ悪態の一つでも付きたくなったのだろう。


「へいへいそうかい。またロープを引っ張りゃいいんだな? 確かにこれはSSSSパーティーに相応しい仕事だぜ。だがよ? もう危険性が無いとわかったんだから直接開けた方が早いだろうよ。罠なんて無かったんだからビビることはねえぜ」


「まあそう言わずに。これもお仕事ですからね」調査員はシェルドンを諭しロープの準備を進めるように指示を出した。悪態は付いたもののそれでも素直に言うことを聞いている姿は滑稽に思えてエンタクはニヤニヤと嫌な笑い方をしている。


 彼らはたかが調査員ではなく、依頼を出したギルドよりも上位の存在、王室直下機関から派遣された面々なのだから、冒険者ごときとても逆らえるはずがない。


 立てかけるように設置されている棺に、どうやって蓋がくっついているのか不思議だなどと言いながらシェルドンがゆっくりロープを引いていく。隣の棺へ立てかけるようにして蓋を外し終ると、再び全員で中へと入ってご対面である。


「なんでえ、今度は完全に空っぽじゃねえか。なかなか面白いもんなんて出てこねえなあ。でもどうやってこんなに砂が入ったんだろうな。というかコレ砂なのか?」


「なんでしょうね。念のため採取して成分解析をしてみましょう。他にも何か気付いたことがあれば教えてください。来るのは容易なので焦る必要はありませんが、来た時には収穫が多いに越したことはありませんからね」調査員にも冒険者のような未知のものへの探求心があるのは当然で、そうなれば成果を求めるのも無理はない。


 調査員の二人はそれぞれの意見を交わしながら棺の中の残置物を採取し、その容器をシェルドンへと預けた。どうやら護衛や手伝いだけでなく荷物まで持たされているようだ。


 当然それを見たエンタクはニヤニヤが止まらず、いい気味だとあからさまにバカにしている様子である。以前は自分が命じられていた下働き扱いを、パーティーを追放した張本人が味わっているのだから胸がすく思いなのだろう。


 だがエンタクのように嫌な思いをしているわけではないハイヤーンは、旦那の意地が悪いところは見たくないと、肘で突っつきながら諭していた。それでも彼女は満面の笑みを浮かべており、文句を言いながらも明らかに幸せそうである。


 それを見て面白くないのがカミリガンである。別に自分の男が酷い目に合ってるとか、追放したメンバーに笑われているとかそんなことはどうでもいい。許しがたいのはハイヤーンの態度だった。


『ホント嫌な女、アタシのほうが若くてかわいいのに。だいたいあんな冴えないAランクの年寄りと所帯を持って喜ぶなんてバカだわ。アタシみたいに高ランクの男をうまく操ってこそいい目にあえるってもんなのに。あれじゃ今までよっぽど男に恵まれてなかったってことを自分から吹聴しているのと同じだわ。ホント恥ずかし女』


 カミリガンがそんなことを考えているとは露知らず、幸せで笑みの絶えないハイヤーンは視線を感じて彼女を見て笑い返した。別に小馬鹿にしたとか優越感を感じているとか、もちろんそう言うわけではない。


 だがカミリガンはいい方に取らなかったらしく、羨望と嫉妬が混じった微妙な表情で負けじと固い笑顔を返す。その内心に気付いたハイヤーンは下手に刺激しないようにと視線をずらしたが、その様子はエンタクにバッチリ見られていた。


 無言の戦いに敗北した気分のカミリガンは、あからさまな態度で嫌そうに顔をしかめている。さらにはその気持ちを呑みこむことができない彼女は、手近な相手に八つ当たりと言わんばかりに未開封の棺を蹴とばした。その瞬間――


『ゴゴゴゴゴ―― ガコーン』と、地鳴りのような音と共に棺の蓋が開いた。その原理は不明ながら、大人間(バイカル)二人が力を使って開けたのと同じ物とは到底思えない。だがこう言ったことは事実だけが真実である。


「おい、カミリガン、何をしやがったんだ!? 蓋が開いてるじゃねえか!」


「いや、アタシはなにも…… ちょっと軽く触れただけなんです。どうして開いてしまったの!? どうしよう……」


「どうするもこうするもありません。心配せずともいずれはすべて開けてみるのですから問題ありませんよ。リーダーさんも彼女を責めないで下さいね」調査員は怯えるカミリガンを気遣って気にしないようにと言ったが、その表情は非常にうれしそうである。


 だが結局その中にも砂のようなものしか入っておらず、それぞれの棺の位置をきちんと記録した上で同じように採取した。ここまでくると調査員もその他すべての棺が気になるようだし、それはここにいるほぼすべての者も同意見だった。


「なあ学者さんよお? こうなったら全部開けるだけ開けてから引き上げないか? このまま帰ったんじゃ寝つきが悪くなりそうだぜ。開けるだけなら手間はかからないとわかったし危険性もないしな」


「うーむ、左様ですねえ。危険性はないと十分検証できましたからやってしまいましょうか。ではお嬢さん、どうやって開けたのかわかればもう一度同じようにお願いできますか?」


「おいカミリガン、ご使命だぜ? 人気者で良かったじゃないか。なんなら俺から乗り換えてもいいんだぜ? センセたちの方がきっと優しいだろうしな」珍しくシェルドンが嫌味を言っており二人の折り合いが以前よりも悪くなっていることが伺えた。もしかするとこれも、ここ最近の探索で散々迷ってパーティーの社会的評価が下がったことに影響されているのかもしれない。


 おかしなことを言われたカミリガンは首を振るだけだ。そのまま調査員の一人へ近づいていき、ぼそぼそと何か説明を始めた。


「アタシはただ軽く蹴っただけなので開け方はわかりません。もしかしたらこの下の辺りに開けるための機構があるのかもしれませんけど……」そう言いながら棺の下を覗き込む。しかし特に何か見つけた様子は無く、すぐに頭を上げてその場を離れる。


「とりあえず蹴ってみればいいじゃねえか。SSSSランクパーティーのくせにビビってんのか? 代わりにオレがやってやってもいいぜ」大分調子に乗っているエンタクはシェルドンに向かって大口を叩いたが、その背後からハイヤーンが膝蹴りをお見舞いし諭した。


「アンタ、あんまりバカなこと言うんじゃないよ。もしもおかしなことが起こったらどうすんのさ。いくらなんでも数日で未亡人は勘弁願いたいもんさね」やけに慎重なハイヤーンだが、それほどロッソマがテレポーターの罠に引っかかったことが脳裏に焼き付いているのだろう。


「それもそうだな。オレたちはただの道案内で報酬も少ないんだから危険を冒す必要はねえ。ここは調査隊に任せるとすっか。さあやってくれ、オレたちは部屋の外で待ってるからよ」


 エンタクに煽られて頭に来たのか、シェルドンはまだ開けられていない棺の側へ行って地面に近い辺りを適当に蹴飛ばしはじめた。しかし棺は閉じたままで一向に開く気配がない。


「おいカミリガン! お前が蹴ってみろ。さっきと同じようにやれば開くかもしれないだろ。力任せだと開かないなんてまったくバカらしいぜ。ニクロマもやってみればわかるさ」シェルドンはやることなすこと上手くいかないどころか、見下していたエンタクにも上から目線で嫌味を言われ相当に腹を立てている様子が見て取れる。


 その態度を見て逆らうことは出来ないと諦めているカミリガンだが、それでもやはりためらいはあるようで、棺の近くまで行っては後ずさりし、キョロキョロしながら助けを求めていた。


 しかし情人(じょうにん)であるシェルドンは顎でせかすだけ、仲間であるニクロマも見てみぬ振りである。もちろんエンタクも興味なしと突き放しているし、他人への情に厚いハイヤーンですら知らん顔である。


 それもそのはず。ハイヤーンにとっては『回廊の冥王』に後から入ってきて大きな顔をするようになったカミリガンは、はなから気に入らない相手なのだ。普段いい思いをしている彼女が困っているところを見てザマアミロとニヤついている。


 いいこともあれば悪いこともあるわけで、この程度は我慢して従っておけと言ったところか。その様子をみたエンタクは、女の静かな争いに身震いする気分だった。




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こぎ-しゅんじゅん【狐疑逡巡】

 きつねが疑い深いように、なかなか決心がつかず、ぐずぐずしていること。優柔不断なさま。


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