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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第五章:オッサンは器がでかい

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53.曲突徙薪(きょくとつししん)

 美しい妖精の泉で祝福を受けながら誕生した新たな夫婦は、もう一人の妖精に呆れられながら帰路についた。なんと言っても、新婚のオッサンが照れくさそうに目配せをしながら、自分のカミさんへ愛想を振りまくところが絵になるはずもない。


 こうして普段はエンタクが観光案内で回っていて良く知ったる道をのんびりと進んだ一行は、ムサイムサ村へと帰りついた。一旦宿兼自宅へハイヤーンとミチュリを下ろし、エンタクとクプルは人力車を片付けに行くために冒険者ギルド併設の馬小屋へ向かう。



『なあオッサン、晴れて夫婦になった気分ってのはどんなもんなんだ? ずっと焦がれていた想いが叶った割にはあんまり喜んでる様子が無いじゃないか』


「なんだよ唐突に()なこと言いやがって。まあ実感がねえってのが一番か。それにこの歳になると色恋事ではしゃぐなんざ恥ずかしくて出来やしねえぜ」珍しく素直に本心を話すエンタクだった。それだけでも心情の変化は感じ取れると言うものである。


『醒めてるように思えるが当事者はそんなもんなのかねえ。以前見た新婚夫婦は店中挙げての大騒ぎで酔っ払いばかりだったってのにな。まあここで同じようなことがあってもいい思いは出来そうにないけどよ?』


「だろうな。一番若くてハイヤーンだし、次はギルド受付のヨマリマ(四十女)だからな。村の人妻連中にはも少し若いのもいるが、そんなのに手を出そうもんなら村から追い出されっちまうからやめとけとしか言えねえ」


『そんなもんオレサマのほうが狙い下げだぜ。外の街へ遊びに行くことも叶いそうにないし、さすがに砂糖粒喰い放題くらいじゃ割に合わない気がするぜ。そろそろ王都へ戻って別の誰かに捕まってみるかなあ』エンタクがこの妖精の脅し文句に大慌てとなるのは明らかだ。なにせ観光業は共同経営と言え、クプルの手助けが無ければ成り立たない。


「おいおい、ここまで関わっといてそりゃねえだろうぜ。オメエだって金色の丘に行ったときゃ大はしゃぎしてたじゃねえか。『やっぱり野生の麦はいいな』とか言ってたろ? 砂糖粒だけじゃなく酒も呑み放題だし、仕事だってなかなか楽しいもんだって言ってたじゃねえか」


『でもよ? 実のところオレサマがいたら邪魔になりそうじゃねえか。別に人族同士の交尾に興味はないけどな? オッサンたちは見られたくないもんだろう?』


「ななな、なな、な、なんだオメエってやつぁ、そんなこと気にしてたのかよ。いらねえことに気を回し過ぎだってんだ。ハイヤーンのやつぁそっち方面で心に傷を負ってるからそうそうそんな機会は訪れねえと思うけどな。オメエだってあの取り乱した様子見たじゃねえか」


『まあそうかもしれねえが、いざって時に出てろと言われるのは、寛大なオレサマだっていい気分しないんだぜ? つーかこないだはようやくそうなったんだと考えてたんだけど違ったのか。あげく求婚したもんだからオレサマはてっきり済んだ物だと思ってたぜ』


「そういうのは順序が逆ってもんだぜ? なかには気にしねえ奴もいるがな。少なくともオレとハイヤーンの間にはそんな事実はねえんだから、妖精の分際で勘ぐりすぎんじゃねえよ」エンタクが言うように、妖精が人の色恋の行方に口を挟むなどと聞いたことが無い。妖精型精霊族は人族とはまったくことなる生態を持つ種族なだけあって、一般的には相容れない形で生活しているからである。


「でもぞんざいな扱いは確かに褒められたもんじゃねえ。明日ゴロチラムへ頼んでオメエさん専用に部屋を作って貰うってのはどうだ? オメエサイズの家具も含めて全部頼んで作って貰おうぜ。布団は裁縫屋へ頼めば出来るだろう」


『まったくそうやって、あの手この手でオレサマを留めておこうとするんだな? 仕方ないからまだしばらくは一緒にいてやるとするか。でも絶対に部屋と家具を揃えてくれよ? それと毎日砂糖粒も五個くらいは寄こすんだからな?』


「なに言ってんだよ。台所に置いてある瓶から勝手に喰いまくってるくせによ。なんなら専用に分けておいてもいいんだぜ?」


『いやいや今のままでいいぜ。わざわざ別にしてもらうのも手間がかかって悪いからな。うんうん、そうだよ、それがいいな』実際に一日五粒どころではない量の砂糖が消費されているのが現状である。別にこっそり取りに行かなくとも誰も叱りはしないのだが、砂糖粒を食べ過ぎていることを多少引け目に感じているのか、それとも恥ずかしいのか、クプルはコソコソとちょろまかしているつもりだった。


 これで廃業の危機は脱したと安堵したエンタクだったが、冒険者ギルドが見えてくると表情をこわばらせた。入り口には見慣れない黄色い布がかけられている。


『よおオッサン、あの黄色いのはなんだ? いかにもなにかの合図みたいだよな。まさか受付の年増(ヨマリマ)になにかあったんじゃないだろうな?』


「いや、アレは冒険者へ重要な連絡がある時の目印さ。緊急性が高い場合は赤い布をかけることになってんだ。オメエの冒険者登録の時にヨマリマが説明してくれただろうが聞いてなかったのかよ」


『まったく聞いてなかったし、オレサマが冒険者登録したことも忘れてたぜ。特になにも変わらないんだから忘れっちゃってもしかたないよなあ』妖精はもっともらしいことを口にして、聞いていなかったことへの言い訳に変えた。


「オレの経験から考えるとだな、この連絡事項ってのに嫌な予感しかしねえぜ。強大なモンスターが近隣に出たって言われたなら大分マシってもんだぜ。おそらくは王都から調査隊がやってくるってこったろう」


『ああ、例のダンジョン最奥部のアレか。気になってるんだから早く片付いたほうがいいんじゃないのか? 何が出ようとも大した影響もないだろうに。それとも自分が案内に駆り出されるから新婚なのに家に帰れないと嘆いてるのか?』


「まあ当たらずとも遠からずってとこだ。王都からの調査隊が来るってことは、王都で活動してる冒険者パーティーが来るってことになんだよ。その中から誰が選ばれるか、志願するかを考えるとなあ。ハイヤーンがすんなりと引退なり脱退なり出来るといいんだが、そう甘くはねえかもしれねえぜ」


『なるほど、そう言う面倒なしがらみがあるってことかい。やっぱりオレサマも冒険者やめようかな』登録したてでまだ初期のFランクである妖精がいらぬ心配を始めたのでエンタクは苦笑で返す。


「まあなんにせよヨマリマから詳細を聞いて対策を考えねえといけねえぜ。王都ギルドからの連絡があったってこたぁ、もうまもなく本体もやってくるってことだからな。ダンジョンの難易度から中級パーティーに割り当てられてりゃ万々歳さ」


 だが情勢と言うのはこういう時に限って嫌なほうへと傾くものである。ヨマリマから調査隊の詳細を聞いたエンタクは、大きくため息を吐きながら自分の勘の鋭さを呪いつつ、ギルドを後に次の場所へと向かう。


 ついさっきは廃業の危機、それが片付いた矢先に夫婦の危機がやってきて頭の痛いオッサンだったが、先に酒場へ行っていたハイヤーンと合流した時には、それが序章にすぎなかったことを思い知るのだった。




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きょくとつ-ししん【曲突徙薪】

 災難を未然に防ぐことのたとえ。煙突を曲げ、かまどの周りにある薪を他に移して、火事になるのを防ぐ意から。


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