52.合縁奇縁(あいえんきえん)
約束通りに妖精の泉へとやってきた一行、いや今はもう一家と呼んでも差し支え無い四人は、和やかな雰囲気を振りまきながら人力車を止めた。
「なあクプル、ここで遊んだり泳いだりしても大丈夫なんだよな? あとで水辺の妖精に叱られやしねえか?」エンタクは恐る恐る自分の妖精へと尋ねた。
『大丈夫だろ。別に誰のものってわけでもないし、汚すつもりでやるわけでもないしさ。心配なら出てくるまで待ってたらいいんじゃないか? なんて言ったっけ? 長い名前のリリイがさ』
「ああ、ルーリーローリリイのことかい? 呼べば来てくれるもんなのかわからないけどこないだは世話になったんだし、一応声はかけておいた方がいいよな? ルーリーローリリイいるかーい? また遊びに来ちゃったよー、砂糖もあるぞー」
このハイヤーンの呼びかけを聞いて、甘いものに目が無い妖精族が我慢しきれるはず無かった。リリイを初めとした数人がハイヤーンの元へとやってきて砂糖粒をねだりはじめる光景はなんとも美しいもので、およそ芸術に似つかわしくないエンタクですら目を奪われる物だった。
「はあ、美しいってのはこういうのを言うんだろうな。同じ妖精なのにウチの汚れとはえれえ違いだぜ。オメエもそう思うだろ?」当の本人へ向かって同意を求めたエンタクに、まっとうな返事なんてしてやるものかとそっぽを向くクプルである。
リリイに許可を取ったところでハイヤーンがミチュリの服を脱がせていく。
「おいおい! こんなところで突然脱がせるんじゃねえよ。今すぐに天幕を張るから待ってろってんだよ」当然のように大慌てするエンタクだったが、構わず脱いだミチュリは中に水遊び用のツナギを着ていた。
「なにを慌ててるんだよ。いくらなんでもここで裸にさせるわけないだろうに。いいからアンタは水から上がった時に備えて設営は頼んだよ? アタイは火を起こしておくからさ」
「はあ驚いたぜ。そりゃそうだよなあ。こんな風に生活の中で女がいたことねえからどうも不慣れでイケねえ。もっと落ち着かねえとみっともねえよなあ」その言葉にうなずくハイヤーンとクプルである。
それにしてもまだまだ寒いと言うのに水に浸かってすいすいと泳いでいるミチュリを見ていると、自分たちも泳ぎたくなってくるなどと談笑する保護者の二人だ。麦の妖精は水に極端なほど弱いため、水辺に近寄りたくもないと嘆いている。
「見てると気持ちよさそうだけど、触れただけで相当冷たいねえ。アンタは冷たくても平気かい? ためしに泳いでみればいいじゃないか、こないだは楽しむ余裕が無かっただろうしね」
「勘弁してくれよ。しばらく水には入りたくねえぜ。溺れたのもそうだし、その後熱を出したり、さらにその後醜態を晒したりでみっともねえことだらけだったからな」
「まあそう言うところも愛嬌の内だと思って笑い話にしといてあげるよ。ところで相談なんだけど、アタイさ『回廊の冥王』を抜けるつもりなんだ。アンタはどう思うか聞いておきたくてね」この唐突な告白にまたもや驚くエンタクだった。
「確かにその可能性を考えてなかったわけじゃねえが、辞めてどうする? その前に辞めさせてもらえるのかよ。SSSSランクはパーティーじゃなくても王国直轄みたいな扱いだって言ってたじゃねえか?」
「だから相談してるんじゃないか。アンタみたいに都合よく死ねりゃいいけど、そんなことそうそうないだろうからねえ。だからいっそのこと、冒険者自体をやめちまおうかとも思ってるんだよ」
「本気か!? 引退するにはまだ早いだろうに。もしオレが宿屋を手伝わせたことが切っ掛けなら申し訳ないような気もするがよ。じっくり考えた結果ならそれを尊重するし、力になれることがあるなら遠慮なく言ってくれ」エンタクは少々責任を感じつつ出来る限りの助力をすると正直な気持ちを伝える。それを聞いたハイヤーンは笑顔でうなずきかえした。
どうやら本気であると悟ったエンタクは、真面目な顔で腕組みをしながら何やら考え事をしている。ここで何を言えばいいのか悩んでいるのか、その表情にありありと出ているがすぐに言葉が出てこない。それでも意を決したように重い言葉を口にした。
「なら―― それならよ? オレと一緒の墓に入るか?」その言葉にハイヤーンは両手で口元を覆い目を丸くした。
「アンタ! それって――」
「うむ、オメエも手を合わせてくれたオレの墓があるだろ? あそこへオメエさんの名も刻んでもらおうってのさ。冒険者のハイヤーンはグレイフォーリアの滝へでも身を投げたってことにすりゃいい。理由はそうだな、オレの死を悲観してでも構わねえ。んでここにいるのはムサイムサ村のエンタク一家ってことで大丈夫だろ」
「アタイはさ、アンタのこと見くびってたよ。やっぱりただ優しいだけの男じゃなかったってことかい。ああそうさ、ビックリするほどの大バカヤロウだよ! ばかー!」そう言って怒りに任せ大石をいくつも降らせると、エンタクはたまらず逃げ回る。
「おい、ヤメロっての、じゃあなにか? ホントに夫婦になろうって言ったらどうするつもりなんだよ! オレはそれでも一向に構わねえどころか喜んで飛び跳ねっちまうがな。まだ若えオメエさんにとっちゃオレみてえなロートルと一緒でいいわけねえだろうが!」
「アタイはそれでもアンタの優しさが心地いいし、村での暮らしだって楽しいからずっといてもいいなって思ってんだよ! あとはアンタの気持ち次第だって思ってるわけ! そんなこともわかんないのかよ! このニブチン!」
「ん? それはどういう意味だ? まさかおい、ちょっと待てよ? 頭ん中整理しねえとおかしくなりそうだぜ…… それじゃなにかい? ハイヤーン、オメエさんはオレと所帯を持ってもいいってすでに考えてたってのかよ」
「はあ? 先にそれ聞いてどうしようってのさ! いくら年取ったと思ってるからって、自分がなにか言う前に相手に答えを確認するのは男として情けなさすぎるんじゃないかい? ええ? アンタ自身の考えはどうなんだい?」
語気を強めている割には緊張している様子のハイヤーンである。その証拠に、気を紛らわすためと言わんばかりに両手を盛んに動かしてミチュリの頭を撫でており、どう見ても平常心とは思えない。
方やエンタクもどうしていいのかわからず目が泳いでいて、どうにも情けないいい歳の二人だった。とは言え仕方ない面もある。二人とも若いころから冒険一筋で異性と恋仲になったこともないのだ。
前述のとおり、ハイヤーンは子供のころからのトラウマにより異性としての男性を避けて来たし、エンタクはその特異性からまともな女性には避けられてきた。
そんな二人が、若さを失ったと言っていい歳になって初めてお互いを意識してしまい、初心な三十路と中年の組み合わせが出来上がってしまった。
それでもここまで来たら覚悟を決め、言わなければならない言葉がある。それはエンタクでなくてもわかることだろう。
「いいか、言うぞ? これがオレの本心だからな? ちゃんと聞いてくれよ?」いい歳したオッサンが意を決して想いを伝えようとする。
「わかってるからさっさと言っておしまいよ。まったくもどかしいねえ」そうは言いつつ、受け手の三十路も肉体目当てに近寄ってきた男以外からは真剣に言寄られたことのない身である。
「ゴクリ…… お、オレのカミさんになってくれ。これからはオメエのことを全力で守らせて欲しいんだ。もちろんミチュリも正式に二人の養子にしようじゃねえか」
「ホントにイイのかい? アタイはその振りだけでも良かったんだけどな。もう二度とライモンへ遊び行くなんてこと出来やしないよ? ミチュリのことだってずっと抱えて行くことになるんだから、相当の覚悟がいるだろうに」
「そんなこたあ承知の上だ。それでもオレはオメエと一緒に居てえんだが…… 受けちゃくれねえか?」
「まったくアンタって男は、バカで貧乏くじ引くことが得意で損得勘定が出来ないんだからさあ。ホント、アタイの旦那様は甘ちゃんの大バカヤロウさね」
ハイヤーンが頬を染めた直後、静かな妖精たちの住まいであるはずの泉には、野太い中年男の雄叫びが響いた。
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あいえん-きえん【合縁奇縁】
不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合うかどうかは、みな因縁という不思議な力によるものであるということ。




