51.枯木竜吟(こぼくりょうぎん)
観光案内二日目のこと、今日はムサイムサ鍾乳洞とゴントレイ天空大岩がメインルートだった。鍾乳洞は季節的にもあまり観光に向いておらず、客も自分たちも相当に寒い思いをしてしまった。
しかしゴントレイ天空大岩へつくころにはすっかり体も温まるくらいに今日は良い天気である。お陰で人力車を止めてから岩の間の細道を歩くころには汗ばむほどで春の到来を予感させていた。
「ほおお、これがそうなんですね、あははは、随分と立派なものです。確かに若い夫婦にはご利益がありそうに見えますねえ」
「ちょっとお父さんったら下品な笑い方をして。いい年してこんなものに喜び過ぎですよ? 自分のはもうとっくに役立たずだってのにまったくもう……」
奥方の言い分ももっともで、今回の観光客はもう老齢と言っていい裁縫屋の夫婦であった。それだけに今さらこんなものを見せられても、と感じてもおかしくは無いのがこのゴントレイ天空大岩である。
その出で立ちはまさに男性そのものであり、天へ向かってそそり立つ姿はいかにも子宝に恵まれそうである。ムサイムサ村からそれなりに距離はあるが、若い夫婦が時折願いに訪れる場所として近隣では有名な地である。
「こいつは自然とこう形作ったわけなんですがね、もともと大昔には滝があったらしいですぜ。流れ落ちる滝が岩肌を削って、なぜかこんな形になったってのが定説ですが、どっかの神様の気まぐれなのかもしれませんねえ」
「なるほど、我々の住むジョト村もですが、この辺りは田舎なわりに人口的には恵まれてますからなあ。なにかの加護が働いていると考えるのも面白い。いやあ、ガイドさんに連れて来てもらえて変わった場所が見られて嬉しいですよ。長く続けてもらいたいもんですなあ」
「そうですねえ、先ほどの鍾乳洞も出来れば夏に来たかったわね。ねえお父さん、夏になったらもう一度お願いしましょうよ。その時には美しい花畑も見られるでしょうからね」
「もちろんでさ、花畑で昼飯を食うなんてのはおつなもんですぜ? ご夫婦にもぜひ楽しんでもらいたいですなあ。花の香りが飯の旨さを引き立てるのなんのってね」
『良く言うよ、そんなことしたことないくせに。花なんざ腹を膨らますことも出来ねえ、なんて言いながら観光リストへ入れてたの誰だよ』クプルが余計なことを口走ったが、幸いこの夫婦に妖精語はわからないようだ。
三日目にはその花畑へ案内したが、こんもりとした丘は枯れた葉が一面に敷き詰められているだけで見るものは無かった。それでも光景を想像した奥方は春以降への期待を膨らませたようで、禿山でも十分満足した様子である。
さらにフラメンコン湿地帯へと向かった一行は、寒さ厳しい中耐えに耐えてじっと待ち続け、とうとうフラメンバードの群れが一斉に羽を広げ、大群が飛び立ち隊列を作る美しく壮大な光景に出合うことができた。
最終日はムサイムサ村から一番遠い観光スポットであるロック山の古代遺跡へ行くことにしている。ここはエンタクが調べた観光地の中でも、一番わかりやすい雰囲気を持った場所だからだ。
案の定素晴らしいの連呼を聞かされて鼻高々なエンタクである。数カ月かけて吟味してきた観光地だけあって、どこも評判はすこぶる良い。今回のお客も満足して帰っていったのだった。
「おかえりアンタたち、ロック山は遠くて疲れただろうから、今日は家で夕飯にできるよう用意しておいたよ。まずは温めた果実酒でも飲んで温まりなよ」相変わらずサービス旺盛な新妻風ハイヤーンであり、エンタクの頭を悩ませる一つでもある。
食卓にはいくつもの料理が並び、まるで酒場へ来たのと変わらない。それもそのはずで、ハイヤーンが先ほど買ってきたのだから同じに決まっている。
「まさかそう簡単に作れるようにはなれないさ。いくら天才的だって言っても魔法だけなんだから、それ以外はからっきしのド素人って知ってるだろ? でもこの薄切り肉の炒め物はアタイが作ったんだよ? まあ喰ってみておくれよ」
「おう、これを作ったのかよ、旨そうじゃねえか。それじゃいただくとするか。うむ、うんうん、こりゃうめえ、しょうがが効いてて鼻に通るのがいいねえ。こりゃ宿屋で飯を出せるようになる日も近いな」
「ちょっとオマイさんさあ、料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと言いようがあるだろう? 宿屋のために作ったわけじゃないんだからねえ」
「お、おう、それはすまなかった。めちゃくちゃ旨いぞ、ありがとうな。疲れて帰ってきたところにこんな旨いもん出されたらイチコロだぜ」
「うふふ、そうかい? そうだろう? うふふ、あはは、アタイも捨てたもんじゃないねえ。もっといろいろ作れるようになるともっと楽しいだろうな。ハイナには良く礼を言っておかないとだね」
「あの婆様は料理だけはうめえからな。乱暴なのが珠に傷だがまあそれはウチのハイヤーンも似たようなもんか、あははは」『ビリッ!』「いってええ!」
「まったく調子に乗り過ぎだよ? だいたい夫婦でもないのに『ウチの』だなんて言いすぎだってば。本当にそうなりたいならはっきり言えばいいのに……」
このハイヤーンの言葉をどうとらえればいいのか戸惑うエンタクだったが、あえて聞こえなかったふりをしてやり過ごしてしまった。まともに受け取ればすぐさま求婚すべきだったのかもしれないが、自分自身をまともな人間、立派な男として見ることのできていないエンタクにとっては無理難題に等しい。
だがそれでも、夜眠りにつきながら振り返ると、男としての自信がムクムクと持ちあがり、若かりし頃の力がみなぎってくるような気がするのだった。
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こぼくりょうぎん【枯木竜吟】
衰えたものが勢いを取り戻すことのたとえ。苦境を脱して再び脚光を浴びることのたとえ。




