4.閑雲野鶴(かんうんやかく)
ムサイムサ村に到着した一行は、騎士団による取り調べを受けてから無事に解放された。とはいかなかった。
「だからもう契約しちまったんだから無理ですって。わかんねえのかなぁ。騎士団にゃ妖精に詳しいお人はいねえんですかい?」
「そう言われても証拠物件だから押収する必要がある。それが終わったら返すこともできるだろうが、どっかで盗んで来たものだった場合はめんどなことになるかもしれんな」
「そりゃ無えでしょう。誰とも契約して無かったからオレが契約できたわけだしね? ああもう、詳しいヤツがいりゃ済む話だってのにめんどくせえ」
『じゃあよ、オレサマがいっちょ逃げっちゃうからよ? それでやり過ごすってのはどうだ? 夜になったら飲み屋で落ち合うってことでどうよ?』この妖精、なかなかの策士である。
「ふむ、悪くねえな。こんな狭い村じゃすぐに見つかっちまうだろうが時間稼ぎにはならあな。その後はまた考えるとすっか。今はこの足止めがうっとおしいからなあ」などと言っている側からクプルは羽音を立てないように歩いて出て行こうと様子をうかがう。
だがその時、騎士団詰所に大柄の騎士が入ってきて、クプルは危うく踏みつぶされそうになってしまった。こいつが偉い奴かもしれないと、結局出て行かずに様子見だと言って入り口の側へと陣取っている。どうにも好奇心旺盛らしい。
「遅くなってすまぬ。王国騎士団北方方面長のグーテンと申す。今回の輩を捕らえるのに協力したと言うのは貴殿か? 協力に感謝する。しかしあの道に空いた穴はなんだね。ちとやり過ぎではないのかな?」
「こっちは命がかかってたんでね。道のことまで気にする余裕は無かったんですよ。どうかお目こぼし願いやすぜ?」
「まあそれは良い。それより妖精の問題を何とかしないとならん。どうやら王都を初めとするあちらこちらで同様の詐欺を働いていた疑いがある。しかし貴殿も冒険者なら知っているだろうが、妖精はそのままだと言葉が通じない」
「そうですねえ、契約しない限りはなんもわかりやせんからねえ。それでオレにどうしろと? まさか王都へ行って証言しろとはいいやせんよね? 今着いたばっかってのに」
「そのまさか、と言いたいところだが、我々も暇じゃない。だから貴殿には死んでもらう」まさかの宣告が騎士団方面長から発せられ、エンタクは慌てふためいた。
「そ、そんな無体な! いくら騎士団だからってやり過ぎでしょうが! そんなこと許されるはずがねえ!」
「まあ落ちつけ、我が面倒だと言ったのは野盗どもの連行と始末だ。今回交易馬車を襲ったことは御者の証言で十分、しかし妖精を買い戻そうと追いまわしただけで攻撃はしていないと言っておる。そこでだ――」
「なるほど、オレを殺ったと。おおっと、そうじゃねえ、オレはもう死んでるんだっけな。うっかりしてた。そうそう、さっき死んじまってねえ。いやあ参ったよ」
「そうだろうそうだろう、我もそうだと思っていた。災難だったな。ん? おお、そこにいるのは彼奴と同じ名の新人冒険者ではないか。よしよし、我が冒険者ギルドへ口利きしてすぐに登録と身分証明の発行をさせようではないか」
とんだ騎士団方面長がいたもんだ。と誰もが言ったとか言わないとか。そんなわけでAランク冒険者エンタクは野盗に襲われ命を落としてしまった。もちろん妖精も死んでしまったが、こちらは名前がわからなかったので一緒に埋葬され、墓には冒険者と妖精の夫婦と刻まれている。
無縁仏でなかっただけマシなのかもしれないが、こうして新たにFランク冒険者となったオッサンルーキーのエンタクは、男の妖精リンリクプルと共にこのムサイムサ村へと移住することとなった。
住まいは野盗の協力者だと発覚した男の家を貰い受けることになったのだが、家を出て正面が共同墓地という最悪の立地である。しかもそこには、自分とかみさんである妖精、それに自分を殺した罪で処刑された野盗どもまで埋葬されている。
それでもタダで家を手に入れ、新たな身分証を発行してもらい別人にもなり変わった。これでもうSSSSパーティーから追放された役立たずと言われることもないだろう。あとは何をして生計を立てて行くのかをじっくり考えればいい。
今までの人生では何かをなすこともなかったのでいいとこ五十点と言ったところだ。墓石へそんな文言と点数を刻み付ける。ならば新しく始める第二の人生で残り五十点を稼いでやればいいだけだ。
そんな話をしつつ、村の酒場へ繰り出すエンタクとクプルだった。
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かんうん-やかく【閑雲野鶴】
世俗に拘束されず、自由にのんびりと暮らすたとえ。また、自適の生活を送る隠士の心境のたとえ。大空にゆったりと浮かぶ雲と、広い野にいる野生のつるの意から。