49.悶絶躄地(もんぜつびゃくち)
ハイヤーンの表情には辛いことを思い出していることがありありと浮かぶ。だとしても話してしまいたいことがあるのだろう。さらに言えばそれはエンタクに対する信頼の証とも言える。
「アタイらの生れた村は地図にも乗ってないし名前もないようなスピルマンの集落だった。ほぼ自給自足で村人の他に誰かを見かけるとすれば森林や泉に住む妖精くらいのものさ。もちろん王国に属しているわけじゃなく、大昔からそこに住んでたいち部族ってだけさね」ハイヤーンは辛い過去を思い出すように一句一句かみしめながら並べて行く。
「アンタはきっと知らないことだろうし、アタイも話すのはとっても恥ずかしいんだけどさ。ここは聞いてもらわないといけないような気がするから心して聞いておくれよ? スピルマン同士の繁殖ってのは――」
「ちょっと待て! いきなりすげえ事ぶっこんでくるなよ。もう少し柔らかい表現はねえのか?」
「うるさい! 話の腰を折るんじゃないよ。こういうのは勢いで言ってしまわないと余計に恥ずかしいんだからな? だからスピルマン同士に限るからあんまり気にするなってば。とにかくそう言うアレはだな、男女がアレするまでは人間や他種族とかわらないんだけど、だいたい十晩もすれば生まれるわけさ」
「なん、だと……? いくらなんでも早すぎやしねえか? 人間は長い方だがそれでも王国民のほとんどは人間種だぞ? 十晩で産まれるならスピルマンだらけになりそうなもんだがなあ」
「まあお聞きよ。リザードマンのような種族は卵を産むだろ? スピルマンも似てるんだけどさ。母親の勘に頼って植物へ植えつけるんだよ。まあわかりやすく言うと寄生させるってのと変わらないかもしれない。そんで植物から栄養を貰っておおきくなるわけ。でもちゃんと育つのは何十人に一人なんだよ」
「ふむ、そう言う仕組みなのか。するってえとオマエさんは子供の時に村を出たからそういう経験がないと?」『バッカーン!』ハイヤーンは目の前にいる無神経なオッサンへ向かってジョッキを投げつけた。
「だからそういう時は気を使えって言ってんだよ! まったくもう、アンタを優しいと感じるアタイ自身の神経を疑うちゃうじゃないか! まあでもそうだよ、前にも言っただろ? でさ、親を亡くした子供は別の家の大人に引き取られるんだけど、女児の場合は繁殖用の家畜のように扱われるわけ。アタイたちもそうなるはずで村全体で管理している施設、つまり繁殖場に引き取られたのさ」
「家畜って…… スピルマン同士でそんな扱いできるもんなのか? 情だとか常識とか倫理観とかあるだろうに」エンタクの言ったことは、正論や正義と言った社会的、人間的な価値観に基づいたものだ。しかしスピルマンのみの社会では違うらしい。
「アタイも王都へ来てからは色々と驚いたよ。でも村ではそんなことを疑問に思うことは無かったねえ。アタイの両親も仲がいいってことは無かったし、母親から特別な愛情を感じたこともなくてただ育てているだけって感じだったかからねえ。そもそもスピルマンの集落が男だけで成り立たせている小さな社会だし、女は繁殖用って概念が根強いんだよ」
「男上位社会ってのは王国全体でもそうだけどなあ。ちと極端すぎやしねえか? それに疑問を持たないってのも信じられねえぜ」
「疑問を持つほど教育を受けないのさ。頭が悪けりゃ考えることもなく、日々の暮らしで精一杯だろ? 村では大人の女でも話すことと家事をするのがやっとだよ。それでもたまに賢いヤツが出てくるってことなんだろうねえ。連れて行かれた施設でアタイらの面倒を見てくれていた大人がさ。こんなことを続けさせてはいけないと言って逃げるよう手配してくれたってわけ」
「その後、王国行きの馬車隊に拾われたってことか。それにしたって価値観をひっくり返すのは大変だったろうな」
「そうだねえ、まずは服を着ることから始めたからな。村の子供はみな素っ裸だったからね。あとは旦那を無くした女も次を見つけるために裸でうろついてたよ。アタイの母親も含めて、な。それが王都へきたらずっとマシな生活が出来ただけじゃなく、魔法の才を認められて上級な暮らしをさせてもらえたんだから驚いたよ」
「幼馴染も魔法スキル持ちだったのか。しばらくは王都の施設で一緒に教育を受けていたんだろう?」
「そうだよ、だけど王宮魔導士になれるほどじゃなかったらしく、魔法兵団に入るか自力で生きて行くかを選ぶことになって冒険者になったのさ。魔法兵団のほうが他国との小競り合いでしょっちゅう駆り出されていたから危険だと思ったんだけどねえ」
「いや、その考えは正しいだろ。今も国境近くでは争いは続いているしな。兵卒はどんどん送られてるぜ。ある意味冒険者は気楽で悪くねえ選択さ」
「まあ生き延びてこそ、だけどな。アタイは運よく上級の教育機関へと送られたんだけど、そこでまた酷い目にあったんだよ。まったく男ってのはどうしょも無い生き物だってことをこれでもかと植えつけられたもんさね」
「まさかオメエ…… そうか、辛かっただろうなあ。そりゃ男嫌いにもなるってモンだ」うんうんとうなずきながら同情していくエンタクだが、どうやらハイヤーンの臨む態度ではなかったらしい。
「このオッサンは…… また雷を落とされないのかねえ。言っとくけどアンタが想像したような…… その…… アレなことは無かったからな! 未遂だよ未遂! まあめちゃくちゃギリギリなことが何度もあったけどさ。魔法で拘束されて閉じ込められたりしたこともあったよ」
「いや、考えすぎだったなら良かった。オメエさんの言い方がやけに深刻だったからな。行くとこまで行っちまったように思えたぜ」そして鼻先に雷が落とされてから話は続いた。
「いくら縛られようともこっちも魔法が使えるからね。そりゃめいいっぱい抵抗するに決まってるさね。そのうち手を出されることも無くなったんだけど、そう言う女はどうなると思う?」
「うーん、それはオメエさんが冒険者になったことと関係があるってことだろ。つまり追い出されたってことか」
「その通りさ。結局は魔法の教育機関と言ったって、女だったら上位の王宮魔導士やその候補たちの慰み者候補だったってわけ。幼馴染は見た目がそれほど良くなかったから先に解放されたんだろうねえ」
ハイヤーンの独白を聞いたエンタクは、さすがに涙は流さないまでも心の中は土砂降りだった。男女間で起こる肉欲の汚い部分、しかも男側のそれを幾度となく見せられ被害をこうむり続けたことで原因で精神的にかなりまいってしまったのだろう。
そのためハイヤーンは、自分で自分に自己暗示の魔法をかけ、取り乱すことを抑えつけていたのだ。事情を理解したエンタクは決意を言葉に出した。
「任せておけ、オメエにもミチュリにもそんあヒデエことはさせやしねえ。オレが絶対に守って見せるぜ!」この台詞にはハイヤーンも驚きである。なぜなら――
「そうは言っても、アンタよりアタイのほうが完全に強いけどなあ。もしアタイが誰かにやり込められていたとして、アンタで助けられると思うのかい?」
なにもそこまで言わなくてもいいだろう、心構えの問題なのだから。とエンタクは口に出せずふてくされていた。
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もんぜつびゃくち【悶絶躄地】
耐えられないほどにひどい苦痛のたとえ。立っていることができないほど悶え苦しんで、のたうちまわり、地面をはいずるという意。




