48.幽愁暗恨(ゆうしゅうあんこん)
さすがのミチュリも寝ている間だけはハイヤーンの側にいるかどうかを判断しきれない。つまりその間だけ彼女は解放され自由を手に入れる。
「オメエさんも大変だなあ。こう四六時中引っ付かれたら疲れちまうだろ? 嫌だとかそう言うことじゃなくてだから勘違いするなよ? 子育てってもんはやってみねえとわからねえ苦労があるってことだと今更ながら知って、自ら苦労を抱え込んだオメエには敬意を持ってるんだぜ?」
「敬意払ってもらうためにやってるわけじゃないけどね。とにかくアタイはあの子のためになることをしてあげたいだけなのさ。前に少し話したと思うけど、幼馴染がいたって言っただろ? その子とアタイが生まれた村を二人で出たのが七歳の頃、つまりミチュリが一人になったのと近いんだよ。だから境遇を重ねちまってるのかもしれないねえ」
「だがオメエさんは王都生まれだと言っていたろ? もしかしてそんなことで見栄張ってたのかよ。まあそんな歳で村を出て王都までやってきたくらいだからよほどのことがあったんだろうな。王都なら身寄りのねえガキがうろうろしてんのは珍しくねえ。オレも王国の孤児政策で回収されるまではゴミ漁りしながら生き延びてたんだぜ?」
エンタクのような孤児たちを集めて、置き引きやひったくりをさせる犯罪集団を壊滅させるため、ナロパ王国で突如施行されたのが孤児政策だった。集められた子供たちは十歳で地神神殿でのスキル判別を受け、それぞれにあった機関へと送られる。
王国軍兵士や医療に向いたスキルを持っていた子供たちは厚遇されるが、それ以外は孤児院でごった煮のような生活を送り、やがてそれぞれ仕事先を宛がわれる。だが一部は長く続かず仕事をやめてしまうことも当然のようにあるのだ。
そう言った者たちと、そもそも定職につかなかった者だちは、冒険者を初めとする根無し草になるのが一般的である。それでも冒険者はまだマシなほうで、当然犯罪集団に入ってしまうものも多く、末路は知れたこと、当然生涯は短い。
「やっぱりアンタも苦労してるんだねえ。アタイは孤児政策じゃなくて村を出た直後に出会った地神巡礼の馬車隊に拾われたのさ。それで王都まで来てスキル判定を受けたってのが切っ掛けだねえ」
「オレが産まれた直後ってのはまだ王国全体が貧しくてな。王都と言っても今ほど栄えて無かったのさ。だから親だけが死んじまったガキなんざ珍しくねえし、苦労だなんて思ったこともねえな。恵まれてねえとは思うがそんなことよりスキルに恵まれたかったってのが一番さ」
「そのスキルのせいでアタイは散々な目に合って来たよ。判別で魔法関連に秀でていると言われて神殿直轄の教育機関へ入れられ、そのまま魔法部隊入りさね。そこまではなんとか一緒だった幼馴染とはそこで別れることになったわけ。その選択が悪かったんだろうねえ、彼女は冒険者になって命を落とす羽目になったのさ」
「だから子供の不幸は放っておけねえってわけか。それにしちゃ懸命過ぎやしねえか? いや、悪いこたあねえんだがよ、行き過ぎつーか驚かされたつーか……」
ハイヤーンはうつむきながらうなずき、クプルへ席を外すよう合図した。つまりこれから話すことはエンタクにしか聞かせられないのだと言うことは明らかだ。随分ともったい付けてからジョッキへ酒を注ぎひと息に飲み干すと、大きな吐息の後に静かに語りだした。
「これは本当に誰にも話したことが無いことだから絶対に口外しないと約束してもらいたいんだ」ハイヤーンにはなにか決意のようなものが感じられる。しかしエンタクはその思いの強さに気圧されてしまった。
「随分と仰々しいものいいじゃねえか。そんな大切なことをオレなんかに聞かせていいのか? 言い難いことなんざ誰にだってあるもんだ。別に無理に話さねえでもいいんだぜ?」
「そうかもしれないが、オマイさんとは長い付き合いになりそうだから知っていてもらいたいって気持ちもあるのさ。もしこの話を聞いて付き合い方を変えたくなってと言われても、それはそれで仕方ないねえ。アタイに覚悟はできてるよ」
その迫力に耐えきれず、エンタクはどさくさまぎれに酒瓶を取り茶の入っているジョッキへと注ぎ一気に飲み干した。とてもシラフでは話せないのだろうし、聞くこともできないと言った空気が台所に充満している。
「よしわかった、そこまで言うなら腰を据えて聞かせてもらおうじゃねえか。だが先に行っておく、なにを聞かされようとオレは態度を変えたりしねえしオメエさんとの付き合いを放りだしたりはしねえぜ」
「ふんっ、アンタはいつもそうさ。そうやって人が欲しいと思う言葉をかけてくれるのさ。だが優しければいいってわけじゃないよ? たまにはちゃんと突き放すべきこともあるんだからねえ。シェルドンが図に乗っちまったのだってそうさ。謙虚がいいこととはかぎらないいい見本だろうに」
「まて、今そのことが関係あるのか?」エンタクは当然のように疑問を投げかける。するとハイヤーンも当然のように頭を振ってから答えた。
「いや、全然関係ないよ。とにかくアタイやミチュリには優しくしてもいいけど、誰それ構わずじゃ困るって話さね」
それを聞かされわかったようなわからないようなエンタクである。そして話はいよいよ本題へと移っていった。
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ゆうしゅう-あんこん【幽愁暗恨】
人知れぬ深い憂いや恨み。




